私たちの食レポート
今私はスライ君に連れられてお食事に来ている。私のお腹事情を察してデートに誘ってくれたの。デートだよデート。ちょっといつもと違う雰囲気でご飯が食べられるのはなんだかうれしい。
「デートに誘ったのは良いけど、実は全然詳しくないんだ」
スライ君がちょっとだけ気まずそうに頬をかく。
「私も、お外で食べるのは全然だからどこのお店でも大丈夫だよ。知らないお店に入るのも冒険みたいで楽しそう」
「......そうだなぁ」
「南町に行ってる時は、ご飯はどうしてたの?」
「南町の時は全部宿屋の食事処で食べてたよ。お腹が空いた時はいくらでも作ってくれたんだ。結構美味しかったし。あの宿は当たりだった」
「いいなぁ、私も一緒に泊まりたかったなぁ。私は寮でフーちゃんとふたりっきりだったから」
「あぁ、ステラは寮に残ってたんだっけ。食堂が使えない間食事はどうしてたの?」
「自分で作ってたよ。スライ君が寮に残ってたらスライ君のご飯も作ってあげようと思ってたのに」
「それは......惜しい事をしたな」
「そうだよ。そのつもりでいたからがっかりしたの。私を置いていくスライ君にはもうご飯は作ってあげない」
「ちょっと待ってあの時は――――」
私はスライ君の言い訳を遮るようにスライ君の腕にしがみつく。
「でも、スライ君はもうそんなことしないよね?」
「......しない」
「うん。今度は連れてってね」
ついついスライ君が困るような一言を言っちゃうのは私の悪い癖だなと自分で思いながら、そんな他愛のない会話をして通りを歩いていると良い香りが漂うお店があった。私の意識がその香りに引き付けられているのと同じで、スライ君の意識も引っ張られてるようだ。
「ステラ、良かったらここのお店にしよう」
「良い香りだよね。私もこのお店が気になった」
「じゃぁ決まりだな。マルとフーランもここで良いよな?」
「ぎゃ」
マル君もプルンと揺れて応える。
店の扉は開いておりそのまま中へ私たちは入った。店の人は微笑ましいものを見たというように表情をやわらげ奥の席へと案内してくれた。
「わぁ、なんか雰囲気のあるお店だね」
私はこういったお店に入ったことがなかったので店内の様子をキョロキョロと物色する。オシャレなランプの柔らかい光で照らされて落ち着きのあるお店だ。
スライ君は席につくなりさっそくメニュー表とにらめっこしてる。
「ステラ、大変だ」
「どうしたの?」
「料理名を見てもどんな料理かさっぱりわからない」
「なにそれ、ちょっとみせて」
私はスライ君からメニュー表を受け取り、お品書きを確認していく。
「ララターユ・ソワイル、ナポタン・リリィ、ベッセ・グゥッド......」
ちょっと待って全然わからない。私の様子に気付きスライ君が自慢げな顔を向けてくる。スライ君もわからないのに何でそんな顔できるの?私はモヤモヤした悔しい気持ちになった。
「ご注文は決まりましたか?」
わわ、店員さんが来ちゃったよまだ何も決まってないのにどうしようスライ君!
「今日のおすすめを4人分と、あとボリュームのあるサイドメニューってありますか?それと......」
店員さんは注文を確認するためにスライ君の方へ近づいて行った。
「すみません。ちょっとカッコつけてオシャレなお店に入ったんですけど、よくわからなくて助けてください。飲み物とかデザートとか良い感じのやつお願いします」
スライ君......小声で話してても聞こえてるからね。だって距離近いもん。店員さんも笑うの我慢して口元がムズムズしてるじゃん。
「じゃぁそれでお願いします」
「かしこまりました」
店員さんが厨房へと入っていくのを見届ける。
スライ君が一仕事終えたというようにキリっとした顔でこっちを見てくる。それがなんだかおかしくて、段々と笑いがこみ上げてくる。
「あはは、どんな料理がでてくるのかな?」
「全く予想ができない。でも、僕はあのお客さんが食べてるお肉が出てきて欲しいと思ってる」
「ここからだとよく見えないけど美味しそうだね。楽しみ。はやく食べたぁーい」
私はフーちゃんの手をニギニギしながらすごく楽しくなっていた。好きな人と、初めての場所で初めて食べる料理。デートなんだと思うと自然と笑顔になれた。
しばらくすると湯気を立ち上がらせた料理が運ばれてくる。サラダにスープにパンにお肉料理だとわかるのに、いつも食べているそれとは違った見た事のない料理だ。
「すごーい、美味しそうこんな料理みたことないよ」
見慣れたはずのセットメニューなのに、見た目と香りがいつも食べている料理と全然違う。私は自然と口元近くで小さく拍手していた。
「じゃぁ、ステラとフーランのレベルアップを祝して乾杯」
「かんぱーい」
「ぎゃ」
「レベルアップ?」
「ほら、魔物石のチカラを取り込んだら強くなれるって説明しただろ?まだ、実感はないと思うけど、フーランは確実に強くなってるよ。ステラもね」
「フーちゃんはわかる?」
「ぎゃ」
そうなんだ。本当に強くなれてたら嬉しな。
「じゃぁ、スープから食べてみようかな」
スライ君がスープをすくって口に含む。
「......おいしい。ステラも早く食べてみて」
「うん。じゃぁいただきます」
私は白く濃厚なクリームスープをスプーンですくい、ゆっくりと口の中に誘い込む。口に入った瞬間に広がるキノコの風味とミルクの柔らかい味わいが舌を楽しませる。体が空腹だったことを思い出したように、もう一口、もう一口と食べる手を抑える事ができない。
細かく刻まれてたキノコから出たエキスがスープに溶け込み深い味わいを演出している。スープなのにお腹を満たす満足感がある。それなのに、飲めば飲むほど逆にお腹が空いて食欲が出てくるような不思議な感覚。
ゆっくり味わって食べていたつもりなのに気付いたら、お皿は空になってしまっていた。
「ずいぶんとお気に召したようだね」
スライ君がニヤニヤしながら私の様子を観察している。もしかして食べてるところ全部見てたの?今になってそれに気づき夢中で食べてしまっていたことが恥ずかしくなってくる。
「すごくおいしいんだもん」
なにも聞かれてないのに、全部スープが美味しいせいにした。
「はは、ごめんごめん。魔物石を吸収した後は必ずそうなるんだ。お腹が空いてどうしようもなくなる。そのために食堂はやめてこっちに来たんだよ。食堂だとおかわりに限度があるからさ」
「でも、いっぱいご飯食べるの幻滅しない?」
「全然!逆になんかこういうの良いなって思ったよ」
「......本当?」
ホントはお腹が空きすぎてガツガツ食べたいという葛藤があるけど流石に食い意地が張ってるみたいでなんかそれは恥ずかしい。
「本当、本当。ハイ、これも食べてみて」
スライ君が中央に並べられたサイドメニューの一皿をとりわけ私に渡してくれた。彩り野菜が盛りつけられた綺麗なサラダだ。上には乳白色のドレッシングと赤い粉末の香辛料が降られている。一口食べると、みずみずしい野菜の食感とドレッシングの酸味と旨味で口の中が幸せだ。
「おいひぃ」
私は受け取ったサラダを瞬く間に食べてしまった。一度口を付けてしまうとなくなるまで止まらない。
「はい、おかわりどうぞ」
スライ君はそれを予想していたというように、すでにおかわりのサラダをよそっていた。私はスライ君の手のひらで転がされてるみたいで釈然としないながらも、口を一文字に結びそろそろとお皿を受け取ってまた食べてしまう。
そんな私を見て、スライ君がくつくつと笑う。ちょっとひどいんじゃないかな?
「ステラってさ、たまに猫みたいだよね。今の恐る恐る獲物を取って安全な場所まで移動して食べる感じがさ、猫みたいだった」
私は、もぐもぐしながら、頬を膨らませて不機嫌さを前面に出した。
「怖くない。怖くない。むしろ可愛い」
かわいい?そう?かわいい?怒ってるんだけどなぁ。かわいい?
「スライ君もちゃんと食べて、感想言って」
「あ、はい」
スライ君がもう一度スープをすくって口の中にいれる。
「うん。ねっとり美味しい」
私は、思わず口の中を噴き出しそうになった。慌てて口を押さえて中の物を咀嚼して飲み込む。
「感想へたくそ過ぎるよ!」
「結構真面目に答えたんだけど」
「うそだー!じゃぁ今度はコレ食べてみて?もうちょっと長く感想言ってみてね」
私はメイン料理のお肉をスライ君の口元に持っていく。
「えっと。このまま食べたらいいのかな?」
「食べて、あーん」
「あ、あーん」
「どう?どう?おいしい?感想は?」
「く、口の中に広がるお肉の甘味、それを包み込むように濃厚なソースがより一層お肉の甘味を引き立てたかと思ったら、噛みしめると弾ける香辛料の風味がピリッとして更にお肉の甘味が際立つ素晴らしい一品だ」
「なにそれ......ふふ」
私はスライ君の真剣に言うそれっぽい感想を聞いて笑いが耐えきれなくなった。なんでもないただの会話のはずなのになんか笑えてきてしょうがないよ。楽しいなぁ。
「スライ君、お肉の甘味に夢中だね。それしか言ってないよ。あははは」
スライ君が食べたものと同じものを私も一切れ食べてみる。うん。美味しい。
「ステラどう?どう?おいしい?感想は?」
「お肉が甘くてやわらかくてほっぺが落ちそうです」
「僕の方が食レポは上だね」
「スライ君のはダメだよ。全然ダメ」
「何がダメなの?」
「浅い」
「浅い?!」
私はケラケラ笑いながら、いつの間にか意識することなく自然に料理をパクパクと食べていた。お皿が空になる度にスライ君が勝手にいろんな料理を追加で注文する。こんなに頼んでも食べれないって思ってたけどいくらでも食べれちゃう。私の体どうしちゃったの?!
フーちゃんも遠慮なしにガツガツ食べている。どんどんお皿が空になっていく様子は見てて面白い。フーちゃんが美味しそうに食べるから私の手も止まらなくなっちゃうんだよ。
今日だけでいくつも新しいレシピと出会えた。料理を食べながらもどんな食材が使われているか、どんな香辛料や調味料が使われているのか想像する。いつか私も同じものが作れるようになったら、スライ君に食べてもらおうと思った。
「私、こんなに食べたのは初めてだよ。お腹大丈夫かな?」
「食べたいって思ってる内は大丈夫だよ、それに1回お腹いっぱい食べたら次から普通に戻ってるから」
「それならいいんだけど」
「でもそろそろ、満腹も近いかもしれないな、デザートに移ろうか」
「デザート!」
思わずデザートに反応してしまった。だって楽しみにしてたから。スライ君の口角が少し上がったのを私は見逃さなかった。
「すみません。デザートお願いします」
あぁ、店員さんが私たちの予想外のバカ食いに苦笑してる。まだ食べるんだって思ってるよね。ちがうの!いつもはこんなに食べないの!
そう思いながら、テーブルに残っている料理を胃袋の中へ片づけていく。食べ終わったお皿を重ねてデザートが配膳できるスペースを確保する。準備完了です店員のお姉さん!デザートください!
しばらくして店員のお姉さんがデザートを持て来てくれた。
「料理美味しかったですか?」
「はい!すごく美味しかったです!」
店員のお姉さんはニッコリと笑ってデザートを置き、食べ終わった料理の皿を回収して戻っていった。
デザートはフルーツたくさん乗ったタルトケーキ。タルト生地とケーキ生地の2層になっており、その間にはフルーツソース、表面にはクリームと、そのクリームが見えなくなるぐらいたくさんのフルーツが乗っていて、そのフルーツを鮮やかに見せる為に艶のあるソースが表面を塗られている。そのうえ更に白い粉で繊細に飾り付けされて食べるのがもったいないぐらい綺麗なタルトだ。
それが、ホールで出てきた。すごいボリュームだ。あんなにいっぱいご飯を食べた後だというのに口の中に唾液が溜まって来る。
私がまじまじとケーキを見つめていると、スライ君がケーキをひとつ取り分ける。
「あ、ごめん!私がやるよ?」
「いいんだ。今日は僕がやるよ。次の時はお願いする」
次もちゃんとあるんだ?そうなんだ。次もスライ君とこうやってデートできるんだね。
「......ありがとう」
今日、私の胸の中がずっと温かさで満たされている。スライ君を見つめてると、私の中からトクン、トクンと反応が返って来る。目の前のタルトなんかよりもずっと甘酸っぱい感情だ。この気持ちが私の世界を明るく彩ってくれている。
全員にタルトが行き渡って改めて「いただきます」をする。私はこんなに幸せでいいのだろうか?
私は誰よりも早くタルトを食べ終わると、目の前のタルトに視線を向ける。すると、スライ君が待ってましたとばかりに追加を手渡してくる。スライ君また私が食べるところ見てたな?スライ君のタルトまだ一口しか食べられてないじゃん。
「スライ君、また見てたの?恥ずかしいよ......」
「ごめんね?我慢して?」
「あぅ、それ。......いじわる」
スライ君は以前私がした事の仕返しができて満足そうだ。これには文句も言えないじゃん。スライ君のいじわる。私はスライ君の注目を別の話題で逸らそうと話を振る。
「ねぇ、スライ君はどうして召喚騎士になりたいの?」
「え?」
「召喚騎士になる事が目標なんだよね?」
「そう......だな」
スライ君は腕を組み、考えながらゆっくり言葉を吐き出す。
「僕の兄さんが、召喚騎士なんだ」
「そう......なの?お兄さんがいるんだ?」
私と一緒だ。私の一番上の兄さまも召喚騎士。
「あぁ、そういえば、話した事なかったな。5年......もうそろそろ6年か。6年前の召喚の儀でドラゴンが召喚されたのを覚えてないか?」
「覚えてる。すごい話題になったもん。もしかして?」
「そうそれが僕の兄、ロキアロッド兄さん。兄さんがドラゴンを召喚した日、僕は召喚騎士になる事を決意したんだ。兄さんの後を追うようにね――――」
また、貴重な評価を頂けました。
☆満点がもらえるようにスキルアップを目指し精進します。
今日も読んでくれてありがとうございます。




