僕は帰ってきた
久しぶりに帰ってきた街は、お祭りムードで活気付いていた。丁度収穫が終わり、5日間行われる収穫祭の真っただ中だった。収穫祭が5日も開催されるのは防壁町の住民も入れ替わりで参加できるようにという配慮からだ。
防壁町でも各家で小さなお祝い事をしたりするので、みんながみんな参加するわけではないが、収穫祭りは美味しいものが屋台に並ぶので楽しみにしている人は多い。
僕は手ごろな屋台でロックタートルの串焼きを買って、食べ歩きながら寮へと帰る。普段より多い人、陽気な音楽に楽しげな笑い声が祭りの賑やかさを演出している。日が沈む夕刻ともあって、お酒の入った大人達たちは大きな笑い声をあげていて、一方子供たちは灯篭を持って町の中を練り歩いている。それぞれが自由に祭りを満喫している。
寮へ近づいた時に口論しているのか怒鳴り声が聞こえてきた。皆が笑顔を浮かべ楽しそうにしている雰囲気の中でそこだけ浮いている。周りに配慮はしているのか、人混みから離れたところで話し合ってる男女が数人。
まぁ、祭りの日にはトラブルもあるだろうし、普通なら無視するところなのだけど、僕には無視できない理由があった。その口論の中心人物がステラなのだ。でもどういう関係かもわからないし、僕が突入していい案件かもわからない。
だから僕は、いつでも助けに入れる態勢で、まずは状況を確認するために物陰から窺う事にした。のだが、どうやら危険はないようだ。
「ステラ、なんでお前はこうもダメなんだ」
「ごめんなさい。兄さま」
「まぁ、ステラは女の子だし、召喚された眷属もチンチクリンと来たもんだ。空も飛べない鳥みたいな変な生き物に期待する方が酷ってもんですよ兄さま」
「それでも、兄さまが直々に特訓を付けてくれたというのに、相手にもならないのは予想外すぎましたね。あれじゃ特訓をしてあげたのに、まるで虐めたみたいで兄さまが不憫ですよ」
「はい。せっかくのご厚意を受け取ることもできずに、恥ずかしい限りです」
どうやら、ステラの家族の話らしい。一番先に叱りつけていたのが長男で、次に入ってきたのが次男、最後が恐らく三男だろう。兄妹の中ではステラが一番下のようだ。
「恥ずかしいと思う気持ちがあるなら、ちゃんと眷属を鍛えろ。私たちは召喚騎士を代々生み出す優れた血統だ。お前の兄たちを見ろ。全員がランクBの眷属だ。もう召喚騎士となる事が確実だろう」
「......はい」
三男と思われる人物が前にでる。
「確かに、俺は最初こそランクCの眷属を召喚してしまった。兄さまたちが優れた眷属を召喚したのに俺は不甲斐ないと思った。でもな、兄さまはそんな俺でも鍛えてくれて、ランクBの強さまで引き上げてくれたんだ。ステラお前は女だからって言い訳で逃げてる。努力が足りない」
「おいおいちょっと言いすぎだ。さっきも言った通り、召喚した眷属がこんなんじゃ期待する方が酷ってもんだ。チンチクリンな魔生物でランクDの強さ、憐れみしかない。結局は努力しても無駄さ」
「......ふたりともそれぐらいにしておけ。ステラ、鍛錬は怠るな。おまえの眷属は氷を作るしか能のない眷属だ。このままじゃ誰の役にも立たない置物だ。わかるか?私はお前の為に言っているんだ。せめてランクCの強さを手に入れろ。そうすれば盾役ぐらいにはなれるだろう。わかったな?」
「......はい」
ステラの兄たちは、ステラをその場に残して祭りの中心へと姿を消した。僕はあまり触れてはいけない部分を覗き見してしまったのかもしれない。本当は今にでもステラのところに駆け寄って言葉をかけたいところだけど。今の姿を見られたくはないだろう。
ステラはフーランを抱き寄せ小さく呻いていた。
祭りの賑やかさの光で作られた物影そこに誰にも気づかれないように小さく身を潜めるステラ。
結局僕は、声をかける事もなく、寮へと戻った。マルがカバンから顔を出し心配そうに2人の姿を見守っていた。
僕は自室に入ると、荷物の整理と手早く身支度をしてその時を待っていた。実はマルにステラが帰ってきたらわかるように気配探知をお願いしているのだ。それで、ステラが戻って来るのを見計らって僕は偶然を装い街へと出かけるふりをした。
ちょうど僕が学校から出るタイミングで、ステラと出会わせる。僕の姿を確認したステラがびっくりした表情を作る。
「ステラ、おかえり?いやただいまかな?」
僕はできるだけ優しくステラに微笑んだ、さっきの光景を見てしまってやはり心配だったからだ。
「......おかえりスライ君」
「ぎゃ!」
先にマルとフーランがいつもの挨拶をする。氷を受け渡すあの挨拶だ。ステラが所在なさげに手をさ迷わせているのを捕まえる。
「あ、ごめんステラ、お土産買ってくるの忘れた」
「えーー。ひどーい」
「ごめん、ごめん。お詫びに祭りの屋台で奢るってのはどう?」
「デートのお誘い?」
ステラが上目遣いでぎこちなく笑った。
「デート、かなぁ?」
「デートじゃないなら行かない」
「デートです」
ステラがくすくすと小さく笑って僕の肩に顔を預けてきた。
「ありがとう。着替えてくるから待っててくれる?大体1時間ぐらい」
「いくらでも」
「はは、冗談だよ。できるだけはやく準備するけど、やっぱり少し時間かかるからスライ君の部屋で待っててくれる?」
「急いでないからゆっくりでいいよ」
「......ありがとう。スライ君は優しいね」
ステラは俯いたまま顔を剥がし、寮へと駆けて行った。この場には僕と、マルと、フーランが取り残された。僕の肩が少し濡れていたのは気付かない方が良い事だ。
「フーラン、ついていかなくていいのか?」
「ぎゃ!」
「あ、そう。じゃあ僕の部屋で一緒に待つか?」
「ぎゃぎゃ!」
自室に戻った僕はまったりとマルとフーランのやり取りを眺めていた。今まではどんな会話をしていたのか全く分からなったが今はちょっと違う。以前通りフーランが何を言っているのか僕にはわからないが、マルの声は理解できる。
今は......。
『びっくりどきどき、アイスはやぐいちょうせんだじぇー!』
「ぎゃぎゃ!ぎゃぎゃ!」
って言っている。びっくりドキドキ、アイス早食い挑戦ってなに?
マルが床の上に陣取りその手前には皿が用意されている。その横でフーランが砂時計をセットして10個の氷を作り出した。
マルがウォーミングアップをするように揺れている。その間フーランが効果音担当なのかドラムロールのように小さく「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」と鳴いている。
僕は頬に手を当てて眺めている。
フーランが「ギャ!」と鳴いて砂時計をひっくり返し、マルの手前の更に氷を置く。マルは手前に置かれた氷を次々に体内に取り込んで消化する。マルは砂時計が落ちきる前にすべての氷を消化した。
フーランは「ぎゃぎゃぎゃ!!」と笑いながら手を叩いている。どうやら成功らしい。
フーランは自分が作った氷がどんどんなくなっていくのが面白いみたいだ。
『ほんばんたのむじぇぇ』
「ぎゃ」
なに?本番だと......?
フーランは砂時計をしまって、次々と氷の皿を作り、その氷の皿の上に10個の氷を並べていく。おそらく、お皿で数をカウントしていくつもりなのだろう。賢いなフーラン。砂時計をしまったことから限界でどこまで食べれるかの挑戦なのだろう。っと思ったら違った大きな砂時計が出てきた。2種類あるのかよ。大体5分かな?準備が整ったのか、ドラムロールのように小さく「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」と鳴きだした。マルは体を縦、横と伸ばし王者の風格を醸し出している。
フーランが「ギャ!」と鳴いて砂時計をひっくり返し、マルの手前の更に氷皿を置く。氷更には10個の氷が並べられており、それをマルは触手を使って掴みどんどんと体内に取り込んでいく。触手の2本使いだ。この一か月間の特訓の成果が早くも役に立っている。
どうやら触手2本使いはフーランもびっくりしたようで手を水平に伸ばし「ぎゃーーーー!」と鳴いている。フーランの素晴らしいリアクションだ。フーラン君はこの一月リアクション芸の特訓をしていたのか。
マルの方もすごい、皿に並べられた氷が面白いように消化されては、新しい氷皿が積みあがっていく。いつの間にか僕は前のめりになってマルの早食いに見入ってしまっていた。
刻々と砂時計の砂は零れ落ち半分を切ったが、マルのスピードは衰えない。氷皿が5、6、7と積みあがっていく。すごい。
砂時計が残りわずかになり、マルの前に10皿目が投入された。これを食べきれば100個達成だ。フーランは砂時計を注視し、迫りくる制限時間を「ギャ!、ギャ!、ギャ!」とカウントとする。最後の詰め込みだ。僕も手に汗握りどうせなら100個の大台に行け!と応援してしまっていた。
フーランの最後のカウントと同時にマルも最後のひとつを体内に取り入れた。「よし!」と僕が間に合った事に安堵したのと同時にマルの体が爆発して部屋中にシャーベット状のマルの体が飛散した。爆発する時にフーランがひときわ大きな声で「ギャ!」と鳴いたものだから僕はびっくりして悲鳴を上げてひっくり返ってしまった。
「うわああああああ!!!!」
シャーベットまみれになった部屋と訪れる静寂。
『びっくりどきどき、アイスはやぐいちょうせん。だいーせーこーだじぇーーー!』
フーランが僕の驚いたリアクションを見て、「ぎゃあ...ぎゃぁ...」と鳴きながらうつ伏せになったかと思ったら、手を床に叩きつけて「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」と爆笑した。フーラン貴様、リアクション芸人が人のリアクションをみて爆笑するとは何事だ!ぶっ殺す!マルは掃除しろ!
僕とフーランが取っ組み合いのケンカをしている最中にステラが僕の部屋についた。
「......なんか楽しそうだね」
「そうでもないぞ」
ステラも合流したことで、予定通り祭りへと繰り出す。
「それでさっきフーランと何があったの?」
「あぁ、フーランは直々に教育しなければいけないと思ったよ」
僕は先ほどのびっくりドキドキアイス早食い挑戦の事を事細やかに説明し、フーランがいかに性根が腐っているかを力説した。
「は、はぅ、ひ」
ステラが僕の腕に絡みつき、顔を埋めてくる。
「あははははははは、なにそれ!あはははは」
よほどステラのツボに入ったのか、僕に頭をグリグリと押し付けて笑った。思いっきり笑って満足したのか、目元の涙を指で拭って僕を見上げてくる。
「スライ君ごめんね。面白すぎたよ」
「そーですか」
ステラの屈託のない笑顔をみたら、僕もまぁ良いかという気分になった。少しは元気になったみたいで良かったよ。
ステラはその後も僕の腕を抱えたまま祭りの中を回った。僕は「もしかして、ステラは僕の事が好きなんじゃね?」という自爆フラグを叩き折り、勘違い君にならないように努めた。
でも、こうやってくっつかれるのは別に嫌いじゃないので好きなだけくっついてくれてもいいんだからね!と心の中で思っていると、マルを頭にのせたフーランが半眼で僕を眺めていた。
(嫉妬か?ステラの方から抱き着いてきてるんだからな!)
そう心で毒づいたら、フーランの半眼が鋭くなったように感じた。なに?なんて恐ろしい子。半眼で語るガキは嫌いだよ。
「ぎゃ」
「仲良しだねぇ」
「そうでもないぞ」




