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その手にあるもの

 僕は今、魔車の座席で揺られている。行きの時は埋まっていた僕の隣のスペースは空白だ。そこにマルの姿はない。座席から見える外の風景も綺麗に刈り取られさっぱりとしてしまった。まるで世界が切り替わってしまったような感覚になる。

 

 およそ1ヶ月という期間を南の防壁町で過ごした。実質1ヶ月だが僕の中では濃密な時間でそれ以上長く滞在していたような気分だ。

 この南町での滞在期間中、僕は強くなる為に、魔物を倒して、倒して、そして倒した。


 魔物を倒して手に入れた魔物石に僕の魔力を限界まで流し込むと、魔物石は魔力粒子となり放出される。これを体内に取り込むと魔物のチカラを手に入れることができる。この減少に気付けた事は僥倖だった。


 魔物のチカラを吸収して強くなれる僕とマルは特殊だ。魔物石のチカラを取り出すためには前提として魔物石に魔力を流さないといけない。しかし、人間は魔力操作が満足に行えないため、魔物石に魔力を流す事ができない。

 でも僕はそれができる。僕が魔力操作ができるようになったのは、マルを召喚してからだ。これは推測だけど、マルの感覚強化魔法による恩恵で僕は魔力を感じる力が強くなったために、人間だけど魔力感知能力が向上して魔力操作ができるようになったのではないかと考えている。

 

 初めはC~Dランク程度のチカラしかなかった僕らが、この1ヶ月の間にCランク、もしくはBに届くのではないかという強さを手に入れた。まぁそれはふたり合わせての戦闘力なのだけど。

 チカラを求めるあまり最後の最後で慢心してしまっていたのは否めない。今回の冒険で得るものは大きかったが、しかしもう切り上げようと思ったその日に、それらを吹っ飛ばしてしまうほどの失敗をしてしまった。僕は危うく死ぬところだったのだ。


 南町最後の戦いで、得体の知れない魔物。リョウリョウガルマと名付けられたそいつに僕は危うく殺される寸前だった。たったの一撃で僕の左半身は壊滅的ダメージを受け戦闘中に昏睡してしまっていたのだ。


 話によると、間一髪救出された僕はすぐに町の治療院に運び込まれたらしい。そこには回復魔法が使える眷属が集められていたが、僕の損傷具合は激しく上手く回復魔法の効果を引き出せず、誰もが僕の死が抗えないものだと悟ったらしい。



 しかし、マルが僕の体を手当てし、複雑に折れ曲がった左腕や突き出した骨を元の位置に戻したことで、回復魔法の効果を引き出す事に成功し、眷属たちの治療によって命を繋ぎとめたというのだ。

 しかも、命を救ってくれただけではなく、ケガまでもきれいさっぱり直してくれた。僕の体は健康そのもので、障害のひとつも残っていない。僕はマルと町の眷属たちに救われた。


§§§


「......知らない天井だ」


 僕は隣を確かめてみるが美女の姿はない。どうやら朝チュンイベントではないみたいだ。


「目が覚めたのね」


 突然声をかけられ僕はびっくりして体を硬直させてしまった。聞き覚えのない声。少し年配の女性の声だ。僕は恐る恐る声のした方向を確認する。......良かった。......ちゃんと服を着ている。朝チュンイベントではなかった。......本当に、良かった。


「はい、お水。気分はどう?体で痛むところはないかしら?」


 僕はコップを受け取り、ありがたく水を飲むとコップを返した。言われたとおりに体の調子を確かめてみるが特に違和感はない。


「はい、大丈夫、みたいです」


「そう良かったわ」


 僕はいつも僕の傍にいる眷属の姿を探す。ベッドの中や部屋中を探してみてもマルの姿を見つけることができなかった。


「あの、マルを......、僕の眷属の丸っこいやつを知りませんか?」



 部屋に待機していた看護人に尋ねると、棚から何かを手に取り悲痛な顔もちで近づいてくる。


「あのね、ベッドのすぐ近くに水溜りができていたの......」


 そういってと言って瓶を手渡してきた。なんでもその水溜りになっていたゼリー状の液体を瓶に保管してくれていたらしい。


「君の眷属の事は......残念に思う。......あの子はとても賢く、君想いの優しい子だったわ」


 彼女はここに僕が運び込まれてからの一連の流れをゆっくり丁寧に教えてくれた。説明が終わると居たたまれなくなったのか、悲し気な笑顔を浮かべた後に部屋から出て行ってしまった。


 説明はそう多くなかったが、僕は瓶を手渡された時にすべてを理解した。......なんてことだ。どうしてこんな事になってしまったのか......。


 僕は瓶をカバンの中にしまおうとカバンを取り出す。


「......マル何してんの?」


 カバンの中でプチサイズのマルが触手を伸ばし『おっすだじぇ』みたいな軽いノリで触手を振り上げていた。すみません。僕はマルの気配を感じるのに見当たらないから知らないか尋ねたのだ。


「いやいやいやいや、みんなマルが死んだと思ってるよこれ、どうするのこれ?」


 マルは悪びれずにぽよんと飛び跳ね僕の手の上に乗った。


 うん。そうだね。僕にはわかるよ。魔力が少なくて、体を小さくして省エネモードになったんだろ?もしもの時を考えてたもんな。ポーションも全部使っちゃって、魔力が枯渇しそうな場合は体を小さくして魔力の消費を抑えるって。ちゃんと上手くできたんだな。

 マルは『だじぇ。だじぇ』と頷く。


「あぁ、だとしても床に水溜りといういかにもなシチュエーションがあの人たちの想像を刺激してしまったんだ。僕の頭からあの人の悲し気な笑顔が消えないどうしてくれる。......今度からは気を付けような」


『こんどはベッドにしみこませるじぇ』


「それはおねしょしたみたいになるからやめようっな......は?マルの声か?今マルの声が頭に響くように聞こえるんだけど......なんで?」


『しらんじぇ』


 今までうっすらと想像していた声が明確に聞こえてくる。


「いつかは声も聞こえるようになればいいなとは思ってたけどこのタイミングかぁ、僕が寝てる間になんかした?」


『?』


「......まぁいいか、後で考えよう」



 問題は皆がマルが死んでしまったと思い込んでいることなんだよな。実は生きてましたっていう雰囲気でもなかったよあれは。完全にあの人の中でストーリーが出来上がっている感じだった。

 部屋から出る前に見せた横顔、うっすら泣いてたもんな。僕が泣いてないのにあの人が泣くってどうなの?もし、自分の眷属が死んだらとか考えちゃったの?そういう涙もろい世代なの?......生きてるよ?カバンの中で生きてたよ?ごめんね?


 心の中で謝ったし、もう中央に帰るし、勝手に勘違いしちゃっただけだし、誤解解くのも面倒だし。うんそうだね。


「よし!マル。中央に帰るまで死んだふりでいこう。だから、はい!カバンの中で寝ときなさい」


『わかったじぇ』


 せっかくなので、瓶の液体に僕の魔力を沁み込ませ、マルに入ってもらう事にした。マルがスルスルと瓶の中に入り込んでいく。よし......封印完了だ。さて、魔車の予定を調べてとっとと中央に帰ろう。さらば南町永遠に。




 部屋をでると門兵がキザったらしく壁に持たれて立っていた。仕事をさぼってなにをしている。


「よぉスライ。目が覚めたか」


「あぁ、この通り。ここが夢の中じゃなければ僕は起きてるよ」


「っふん。相変わらずの減らず口だな。......だがお前にとっちゃ夢の中の方が良かったかもしれねぇな。聞いたぜ、お前の眷属の丸っこいやつよぉ。......溶けちまったんだってな。その......なんだアイツは勇敢に戦ってたぜ」


「......あぁ」


「......アイツがよぉ。スライ、お前を守って時間を稼いだおかげでギリギリ間に合ったんだ。小さな体ですごいヤツだった。あのでっかい魔物を体ひとつで食い止めてたんだ。......だから、この場にいない事が残念に思う」


「いや、マルならちゃんと生きてる」


 僕はなんでもない事のように堂々と真実を伝えた。門兵は虚を突かれたような表情を浮かべ、俯いたと思ったら手で顔を隠しくつくつと笑い始めた。どうしようこの人テンションがおかしい。


「っはは!言うじゃねーか!そうだな。そうだよな!マルはお前の中で今も生きてる!」


「うん?マルはカバん――」

「聞いた話じゃ、最後の最後にお前の手当てをして命を救ったって言うじゃねーか!」


「......うん、らしいね」


 門兵が壁に預けた背中をはがし僕の元へ近寄って来る。僕の前に立つと握りこぶしを作り僕の心臓部分にトントンとこぶしを当ててきた。


 どうしよう胸ドンだ。


「......お前がアイツの事を覚えている限り、アイツはお前の中でずっと生き続ける。......だからよぉ。これから大変な事が起きてもお前はひとりじゃねぇ!この!胸のなかに!アイツがいる!そうだろう!!」


 何を言ってるんだこいつは......門兵の熱量が増してきた。


「だから大丈夫だ。なんだって乗り越えられる。お前はすげぇやつだ!スライ強く!生きろ!」


 僕は空気の読める男だ。気圧されて言葉が出てこないが、とりあえず力強く頷いておいた。門兵は熱く語ってしまったことで気恥ずかしくなったのか。人差し指をピンと伸ばし、その人差し指で鼻の下をさすった。なかなか見られない照れ隠しだ。若者が絶対にしない照れ隠しだ。まだ、生き残りがいたのか?という絶滅危惧されている照れ隠しだ。その指は何を拭き取っているのだ?なぜ“照れ”でその行動に至った?ただ一つだけわかる事が僕にもある。門兵の照れに需要はない。


「俺とした事が、つい熱くなってしまった。悪いな」


「いや、いいんだ。それだけ思ってくれたのだろう?」


 もういいから早く僕を開放してくれ。門兵は優しい表情でフッと微笑んで、右手を差し出してくる。どうやら握手を求めているらしい。でもその手はさっき鼻の下を拭いたからなんか嫌だ。


 僕は握りこぶしを作って門兵の手のひらに軽くパンチした。僕の中で手のひらだけがセーフゾーンだった。


「よしてくれよ。今生の別れでもないんだ」


「相変わらず、生意気なヤツだな」


 僕は門兵に背を向けて歩き出す。


「......魔物と戦っている時に、一番に駆けつけてくれたんだろ?ありがとう」


 危ないところだった。ちゃんと門兵イベントを終わらせておかないと、また偶然を装って待ち伏せされるところだった。


「......フン、仕事をしただけだ。......おい!」

「ん?」


「ハントギルドにも顔を出しておけ、初めての魔物だ報告する義務がお前にはある」


「わかったよ」


 ......ほらね。




 僕は治療院を出てすぐにハントギルドに足を運んだ。


「おや、あんたもういいのかい?酷いケガだったていうじゃないかい」


「あぁ、回復魔法が良く効いたみたいでこの通り」


「そうかい。それならいいんだよ」


「門兵のおっちゃんにここに顔を出しとけって言われたんだけど」


「そうさね。あんたが大丈夫なら、あの魔物の事についてちょいっと話が聞きたいねぇ」


「そのつもりで来たさ」


 僕は受付の人の質問にひとつひとつ答えていった。どうやら魔物の遺体はもうハントギルドに持ち込まれていて厳重に保管されているらしい。後日中央に運ばれるそうだ。本来、討伐した魔物は狩人に所有権があるが、赤煙筒を焚いて門兵の助けを借りた場合、所有権が町へと移ってしまうらしい。だから僕の取り分はごくごく僅かになるらしい。

 僕としては命が拾えたのだ、文句なんてない。逆に少し素材を融通してくれる事にびっくりしたぐらいだ。


「あんたはあの魔物に欲しい素材はあるのかい?なければ金銭での清算になるんだけどねぇ」


「素材はなんでもいいのか?」


「貴重な素材は無理だけど、一応言ってみるといいさね」


「それじゃ、アイツの魔物石が欲しい」


「はぁーーーー。あんたもいっぱしの狩人みたいな事言うんだねぇ。何の価値もないというのに、全く」


「僕には1番価値のあるものなんだ」


「はいはい。森へ行く人種にゃほとほと呆れたもんだねぇ。今持ってくるから、ちょいっとお待ちなし」


 魔物石を受け取る。今まで一番大きな魔物石だ。


「......あんた。もう森へ行ったらいかんよ?魔物石を集めるのもそれで最後におし」


 僕と受付の人の視線が交わる。


「わかってるよ」


「心配だねぇ。......自棄になるんじゃないよ」


 受付の人はマルの幻影を探すようにぽつりと呟いた。


「あした、中央に帰るよ。色々とありがとう」


「特別なことはなんもしてないさね。気を付けてお帰り」



 僕は別れの挨拶をして、ハントギルドを後にした。


 やっぱり僕はもう中央に帰った方が良いらしい。僕の顔を心底心配そうに見ていた。ここにいたらずっと気遣われてしまうだろう。自分勝手に暴れまわって痛い目をみた僕の自業自得なのに、あざける人は誰もいない。中央では笑いぐさだった僕がここでは悲劇のヒロインになった気分だ。みんなの心配りが痛い。


 死にそうになったけれど、ケガは完治しているし、後遺症もなければ、マルだって生きている。僕は運がいい。南町を選んで本当に良かった。




 魔車の予定を確認しに行く。


「おう、兄ちゃん帰るのか。そうか、そうか、出発は明日の8時だ、なにちょっとぐらい遅れても待っといてやるから、ちゃんとご飯を食べてから来いよ。じゃぁまた明日な兄ちゃん」


 御者の人が優しい。



 宿屋の扉を開け中に入る。


「あ、お客さん。今日も泊まるのかい?」


「うん。明日中央に帰るんだ。一泊だけ」


「うんうん。大歓迎だよ。ご飯もいっぱい食べて、ゆっくり休みな!また厨房ひっくり返していくらでも作ってやるからね」


「いや、今日は普通の量で良いよ」


「そう?なら、とびっきり美味しいやつにしようかね。恋しくなって、また泊まりに来たくなるようにね。はは」


 宿屋の人は明るく笑った。みんな優しい。





 翌日時間通りに魔車に乗り込み帰路につく。


 

魔車による帰路、魔車の座席で揺られて外の風景を見る。綺麗に刈り取られさっぱりとしてしまった麦畑。行きとは違う帰りの風景。まるで世界が切り替わってしまったような感覚に僕も少しだけセンチメンタルな気分になった。


「結構良い町だったな......」

 

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