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狩人を狩るもの

 狩人は誰もが実力者だ。森での行動に優れ、魔物と相対しても討伐して戻って来る。彼らは強い。しかし、屈強な彼らですらある日突然森から帰ってこなくなる。


 いつも通り森へ向かい。そして、いなくなるのだ。狩人という職業を続ける以上、最後は森で死ぬ。それは早いか、遅いかの違いだけ。その狩人がどんなに優れていようと、太刀打ちできない魔物と遭遇したらそれまでだ。


 ハントギルドに寄せられている情報はあくまで生還した狩人による情報であり。生還できなかった時、情報は何一つもたらされる事はない。狩人たちが命を落とした原因は最大の謎であった。



§§§



 

 もう僕は帰るはずだった。もう、ゆっくりと帰るだけだったのだ。


 ......なのに僕は全速力で森の中を走っている。いや、正確に言うと、逃げているのだ。


 ――――町への帰り道、森の奥から嫌な気配を感じた。強い魔物の気配というよりも、身の毛もよだつ気配というのだろうか。


 マルの気配探知に引っかかるギリギリ。影も姿も見えない遠く離れたそいつに、なぜか僕は嫌悪感を抱いた。突如口の中が苦くなり、早く離れたいと思った。そうして背を向けた時。気づかれてしまった。


 体にねっとりとした視線がまとわりついたような不快な感覚と共に≪ミツケタ≫と耳元で囁くような幻聴が聞こえた気がした。


 気味が悪く、僕はなりふり構わず全速力でその場から駆け出した。すると――。


≪リョウリョウリョウリョウリョウリョリョリョーウ≫


 まるで、突然駆け出した僕を嗤うような、奇怪な鳴き声が森の中を反響する。体に付着する不快感が更に増した。まるでナメクジが全身を這っているようだ。こんな奴と相対するなんてごめんだ。早くそいつから離れたい。相手と相対すらしていないと言うのに僕の逃走劇が開始された。


 一刻も早く森から抜けだす為に、僕は走った。そいつの姿は確認できていない。そいつも完全に僕を補足しているわけではないはずだ。それなのに、遠くで聞こえていた木々の騒めきや、木がへし折れる音が段々と近づいてきている。

 どうしてだ?マルと同じ精度の気配探知能力があるとしか考えられない。これはマルだけの魔法じゃなかったのか?!


 僕が木々を掻き分け進んでいるのに対して、向こうはまるで一直線に僕に向かって走っているようだ。徐々に距離が詰まってきている。


 このまま森を抜けてしまったら、町まで誘導してしまう事になる。一度隠れてやり過ごすか。なにかそいつの関心を移せるものはないか考える。


 ぱっと思いついたのは、昨日全滅させたゴブゥーの集落だった。そこにはゴブゥーの遺体がそのまま放置されている。そいつの目的が食事の為の狩りであるなら、もしかしたら気が引けるかもしれない。


 僕は森の脱出をいったん諦め、目標地点をゴブゥーの集落へ移した。追跡者も違わず追いかけてくる。......正確すぎて嫌になる。


≪リョウリョウリョウリョウリョウ≫


 嗤い声がもうすぐそこにいるかのように聞こえ、苦虫を嚙み潰したように僕は顔をしかめた。



 ゴブゥーの集落に到着するとすぐに身を隠す。息もきれぎれだが、気配を隠すために、静かに呼吸を整える。



 遅れて数瞬、そいつも集落にたどり着いた。姿を確認するとそいつは、全身が毛むくじゃらだが長い手足だけが露出している。立ち姿だけを切り取るとそいつはカエルを連想させる出で立ちだった。

 しかし、容姿はカエルとは似ても似つかない。全身の毛はボサボサで絡まりダマになって薄汚れており、ところどころ緑色の苔が生えている。体は大きく、手足を地面につけている状態で3メートルは超えているように見える。手足が異様に長く折りたたまれているのが奇怪で気持ち悪さを感じる。

 もし立ち上がりでもしたらどれほどの高さになるのか。


 そいつは見たこともない魔物だった。顔は見えないが、こんな特徴のある魔物だ。ハントギルドの受付が伝え忘れたという事はないだろう。おそらく記録にない魔物なのだ。


 そいつは、散らばっているゴブゥーの遺体を、興味深く観察している。僕は大木の陰に隠れて成り行きを静かに見守る。


 そいつがゴブゥーの遺体の傍に身をおろすと、≪くちゃくちゃ≫と咀嚼する音が聞こえてきた。少し咀嚼しては違うゴブゥーのもとへ移りまた≪くちゃくちゃくちゃ≫と咀嚼する音が聞こえてくる。


 そいつの気を引くつもりでここへ誘導したわけで、試みは成功したといってもいい。しかし、その様子を観察していると気持ち悪さがこみ上げてくる。僕はそいつから視線を外さないように注意しながら少しずつ離れていく。


(もう僕の事を追って来るなよ化け物)


 心の中で毒づいた時だった。そいつの顔だけが180度回転して、僕を見つめてきた。


≪リョウリョウ≫


 囁くよう鳴き、初めて正面から捉えた顔は、まるで200年生きた人間とでも形容するようなしわくちゃな顔だった。

 ヤツはそのしわくちゃな顔を更に歪ませてニッコリと微笑んできたのだ。


 ゾッと悪寒が走って全身が引き攣る。


 ≪リョウリョウ≫と鳴くそいつは、もう一度ゴブゥーに向き直り、≪クチャクチャ≫と咀嚼音をたてる。何なんだこいつは!!!!????


 彼我ひがの力量差は読み取ることができない。もしかしたら、死ぬ気で挑めば討伐できるかもしれない。

 でも、死ぬのはごめんだ。死ぬ気なんてさらさらない。僕は思考を切り替え、町に向かって一直線に駆け出した。マルも必死についてくる。


 木々を掻き分け、障害物も一躍で飛び越える。今出せる全力のスピードで今のうちにできるだけ距離を稼ぐ、戦うにしても森の中では不利だ。それに、平原に出れば希望もある。


 ヤツは今までに遭遇したどの魔物よりも大きかった。そしておそらく一番強い。ゴブゥーの集落でヤツが背中を見せていたのにも関わらず、チャンスだとは到底思えなかった。もし、あの時、背中に剣を突き刺したとして、あの毛皮を突き破って体表に傷がつけられただろうか?ここにきてまた攻撃力に不安を覚える事になるなんて思いもしなった。


 後方からバキバキバキと枝が折れる音が連続して聞こえてくる。お腹なら満たされただろうに僕の追跡はやめる気はなかったらしい。

 いつでも、僕を補足できる自信から呑気に食事をしていたと思うと腹が立ってくる。

 僕はちらりと背中を確認する。しかし、ヤツの姿は見えない。


 怪訝けげんに思っていると頭上からパラパラと木片が落ちてくる。くそ!上かよ!木々を伝って移動していたのか!


 ヤツが上空から飛び降りてくる。


 先ほどまで僕の居た場所にドンと轟音と共に巨体が現れ、地面を陥没させる。ヤツは僕が避けたのを確認すると、長い手で地面をバンバン、バンバンと叩き。≪リョリョリョリョリョリョリョウ≫と奇声をあげる。

 既に森の出口は近い、もしかしたら町までこの奇声が届いたかもしれない。異変に気付いて迎撃態勢に移ってくれてるとありがたいのだが......。

 なんにしても門兵に合図を送って、それから連れてきてしまった僕が時間を稼がなければいけないだろう。万が一防壁を越えて町中に侵入させるわけにはいかない。僕の戦いは門兵の攻撃準備ができるまでの時間稼ぎだ。


 ――門兵さん期待してもいいんだよな......?


 「マル!」


 僕の合図でマルが粘着弾を放ち、命中させる。しかし、体格差もあり、拘束することができない。毛にまとわりついて若干迷惑がっている程度だ。

 僕の剣による追撃はやめ、マルを背負い触手で固定して走る。手足に狙いを絞り、マルには粘着弾を連射を続けてもらう。

 嫌がらせ程度の牽制だが、足運びを制限出来るので効果はあるようだ。

 なんとか森の出口にたどり着くことができた。


 森を突き抜けた僕と間髪いれずに、けたたましい音を立て森のカーテンを突き破ってヤツも飛び出してきた。木々が爆散したように飛び散る。

 ヤツは急に変わった景色にあっけにとられたようで、キョロキョロと視点を動かしている。


 その隙に僕は赤煙筒を着火させ煙で門兵に合図を送る。赤い煙が天に向かって高く伸びた時、町の方から空気を震わせる太鼓を叩く音と、遅れて町中に響き渡るだろう鐘の音が鳴り響いた。

 きっと町中から兵をかき集めているのだろう。


 だけど、まだ安心なんてできない。森を抜け出ただけで、町まで距離がある。門兵はなんとかして門まで走ってこいと言っていた。もう一走りだ。



 僕とマルは二手に分かれて町へと駆けだす。ヤツは一瞬どちらを追いかけようかと迷いを見せるが、結局僕を狙う事に決めたようだ。

 カエルが飛び跳ねるように迫って来る。

 僕にとって平原は森と違って走りやすい。ヤツが僕を捕らえようと大きく跳躍した時を見計らって、僕は魔力の循環を瞬間的に高め、超加速で回避する。僕が瞬間的に使える緊急回避だ。


 避けられてしまったことが癪に触ったのか、ヤツはバンバンバンと地面を叩き、歯をむき出しにして叫ぶ。


≪リャーーーーーオオオオオオウ≫


 ヤツの叫びと同時に強風が吹き荒れたと思ったら、空気の塊が僕の体を攫って吹き飛ばした。風系の魔法か?!


「うぉお?!!」


 僕は空中でもがくが、掴めるものはなにもなく、地面に落とされる。受け身を取るとるために体に回転を加える。そのおかげでダメージは最小に抑えることができたが、地面を何度も転がる事になってしまい目が回る。


 マルは、僕が風の魔法で吹き飛ばされるのを確認した時点で僕の元へ駆け寄っていた。しかし、ヤツも追撃を開始していて切迫している。僕目掛けて先に跳躍したのはヤツの方だ。


 僕が何とか立ち上がった時には、ヤツは僕を捕らえる直前だった。僕が咄嗟に身をかがめヤツの体重を下から受け止めようと身構えたのと同時ぐらいだろうか、僕の視界を覆っていた毛むくじゃらの姿が消えた。


 マルが横合いからヤツの顔面に突進を成功させ、ギリギリのところでヤツの攻撃を逸らしてくれた。

 空中姿勢で脳に衝撃を喰らったヤツは勢いそのままに地面に打ち付けられドスンと地が響く音をたてた。僕は一度体制を整えるべくその場から離れる。


 ヤツは、脳震盪を起こしたのか、立ち上がろうとするがうまくいかないようだ。くぐもった呻きを発しながら、手足をバタつかせ暴れる。これを好機とみてマルが何度も触手を鞭のようにしならせ打ち付ける。毛皮に覆われた部分のダメージは読み取る事ができない。狙うなら毛皮のない顔か手足だろう。


 僕も剣を抜き隙を見て足を切りつけ、そしてまた距離をとるそれを3回繰り返す。足を切り飛ばす事はできなかったが大きく抉る事はできた。もう使い物にならないだろう。


 更に攻撃を加えようとした時、ヤツのスタンが解除され、反撃を受けてしまった。


 ヤツは横たわった体勢からその長い腕を振り切り、僕とマルを同時に薙ぎ払った。たった一発。やみくもに振るわれたその一薙ぎであっても人間の僕が喰らうには十分な威力だった。


 僕の左腕が衝撃を受けバキと音を立てたかと思うと、更にボキボキボキと追従するように体の中を響き渡る衝撃と音。大げさに吹き飛ばされた僕は、地面に横たわって血を吐く。口の中が鉄臭く苦い。体を動かそうとすると激痛が走り、自ら動かす事を拒絶しているようだ。

 意識が朦朧として目を開けているのすら辛い。ゆっくりと瞼を閉じる。目をつぶっているのにマルが焦っているのがわかる。ごめん動けないんだ。僕の右手に触れてくれるか、魔力を渡すから。受け取ったらマルだけでも逃げてくれ。


 マルは僕の体を触手で掴み町の方へ、町の方へと引きずる。


 ≪リャーーーーーオオオオオオウ!リョウ!リョウ!リョウ!≫


 ヤツは僕にトドメを刺そうと足を引きずって向かってくる。足が全く使い物ならないとわかったのか、腕を伸ばし、体を引き寄せ、腕を伸ばす。よだれをまき散らし、憎悪に歪んだ表情で叫びながら、ほふく前進で近づいてくる。


 マルは僕を引きずるのをやめ、彼我との間の壁となった。


 マルは触手を使った攻撃を仕掛けるが、ヤツの歩みは止まらない。とうとうヤツの攻撃範囲に入ってしまった。


≪リオウリオウリオウ!≫


 ヤツの振り下ろす手をマルは体を使って受け止める。避けてしまえば僕に当たってしまうので、自ら攻撃を受けてめ、弾いているのだ。2度、3度、4度と攻撃を受けてマルは動かなくなった。


 マルはどこかやり切ったように満足気だ。僕の顔の近くで動かなくなってしまったマルに労いと感謝の気持ちを込めて、ポーチからポーションをとり、マルにふりかけた。


≪リャーーーーーオオオオオオウ!≫


 これが僕が聞いた最後の叫びだ。


 僕のその手には空になったポーション。近くにはマル。草原に吹く風はやさしく。空は澄み渡っていた。あぁ、こいつさえいなければ悪くないシチュエーションだったのに残念だ。


 僕はヤツの絶叫と振動を身に受け視界が暗転した。


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