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五話目


 電車の中、僕は佐藤らが意識しないと認識できない程の距離でつり革を持ち、携帯を弄る振りをして奴らを観察する。

 向かい合わせになった座席で佐藤らは雑談をし、下品な笑いを周囲に振りまいている。周囲の人間が眉をひそめているのには気が付かないようだ。

 僕としてはそうでなくては困るが……迷いなく刃に血を付けられないから。


 電車が出発してから四つ目の駅、そこへの到着のアナウンスで佐藤は席を立った。

 取り巻き二人は前の駅で下車したので居ない。

 電車がスピードを段々と落とし、停車した。佐藤が降りてから数人が降り、そこで僕は電車から出る。

 佐藤の後を追いかけ、僕は改札を通る。さっきまで汚く騒いでいた佐藤は何処へやら、今は真顔で足早に歩いている。

 駅を出て、少し歩くと道が細くなった。まだ、冬の余韻が残っているこの季節だ、もう辺りは足元がぼやける程、薄暗くなっている。僕と佐藤の他には誰も居ない。流石に佐藤は僕に気づいているようで何度か振り返っては目が合った。


 佐藤が角を曲がり、姿が消えた瞬間、僕は出来るだけ足音を出さずに走り、距離を詰める。僕が角を曲がるとすぐそこに佐藤の背中がある。女子にしては高めの身長、肩にかかった髪が左右に揺れ動いている。


 胸の奥が、すう、と冷える。


 僕はもう一度走り、佐藤の肩に手を置く。

 佐藤は飛び上がり、「ヒィッ!」と悲鳴を上げる。


 「動くな」

 驚くほど冷たい声が出た。


 「だ、誰?!」

 佐藤が振り向こうとする。


 「だから、動くなといっているんだ!」

 手に力を入れ、振り向こうとするのを抑える。ポケットに手を入れ、バタフライナイフを握る。閉じたままのナイフを佐藤の目の前に持っていく。

 佐藤の肩がビクリと跳ねる。

 ロックを外し、ラッチの反対を握り、ナイフをくるくると回す。初心者が覚える簡単な技だが結構派手だ、普通のナイフを取り出すよりも威圧感が違う。

 最後に手首を返すと、小振りの刃が姿を現した。

 刃は辺りの闇を吸収し、鈍く、鈍く、鈍く、輝いた。


 明らかに佐藤の呼吸が速くなる。

 「な、何が……し、したいの?」

 

 「んん~何がしたいって言われてもね、そのまんまだよ。君の身体にこのナイフを突きさすんだよ」


 ん、と佐藤が固唾を飲み込む。


 「なんで、そんなことを?」


 「よく考えたらわかるはずだろう? ああ、君は心当たりがあり過ぎるのか、あんまり恨まれることはしない方がいいよ、こんな風に身を滅ぼすからさ」

 ナイフを大きく揺らす。

 それに合わせて佐藤の肩がビクリと跳ねる。


 「彼女の事だよ、田中美夏」

 

 「あ」

 彼女は声を漏らす。


 「彼女、自殺しちゃったんだよね、君も今日聞いたろ? 僕と彼女は付き合ってたんだ、家族にさえ内緒にしてたけどね。僕は勿論止めたさ、でも彼女はもう決めたことだと言って飛んだんだよ。飛ぶ前に聞いたんだ、君たちに嫌がらせを受けてたって」

 僕の呼吸も荒くなる、抑えきれないほどの怒りが胸を支配する。


 

 









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