最終話
「田中美夏――これからは美夏と呼ばせてもらうわ。あなたは美夏と中学校が違うから知らないと思うのだけれど、私と美夏は同じ中学校だったのよ」
近藤はゆっくりと、そして淡々と言葉を紡いでいく。僕は黙って耳を傾けた。
「今でも鮮明に思い出せるわ、中学一年生の二学期、人間関係がある程度固まってきた頃ね。ホームルームも終わり、私が帰ろうと教室の扉を開けた時、美夏が声をかけてきたのよ、一緒に帰ろうって」
「私、見ての通り、顔が整ってるでしょう? でもね、その頃の私は内気な性格だったのよ。だから、女子達からは嫉妬の眼で見られたの。男子は顔が整っていても暗い私なんか相手にしなかったのね、だから、私、友達が一人もいなかったのよ」
近藤は淡々と自分は美人だと言い切った。
なんだろう、近藤からは人間味が感じられない。性格も、喋り方も、仕草もだ。自分で言った通り整った顔もあいまって人形のように思えてくる。
「その頃の私は友達が出来ないことをそんなもんかと割り切っていたの。だから、初めは美夏を拒絶したわ。でも毎日誘ってくる美夏に私は折れて、渋々一緒に帰るようになったの。私もそれが段々楽しくなってきてね。私達は友達になったの。美夏には友達が私以外にもいたけれど、私には美夏が人生で初めての友達だったわ。とても、とてもうれしかったのを覚えている」
僕は怒りを言葉に乗せて吐き出す。
「だったら! だったら何で! 彼女にあんなことをした!」
近藤は僕の怒鳴り声を受け流してまた喋りだす。
「だからよ。高校に進学してからクラスも別々になって、美夏は段々と私以外の人間と過ごすようになった。その中にはあなたも入っていたわ。私はそれが我慢ならなかった。命と同じか、それ以上に大事なものを取られた気がしたの。だから、佐藤らを利用して美夏を虐めたのよ、手加減なんかせず、徹底的に虐めたわ美夏が自ら命を絶つように」
近藤は説明になっていない言葉を淡々と、吐き出し続けている。
怒りでどうにかなりそうなのをナイフを触って落ち着かせる。
「そうすれば、美夏は私を憎んで死んでいくでしょう?意識が途絶える最後の瞬間まで私の事を考えながら死んでくれる。最後の思い出は私となるのよ」
こいつは彼女が誰にも相談しないのを知っていて、彼女の優しさを分かっていて、それを利用したのだ。
僕は走った。
近藤に向かって全速力で。
走りながらナイフを開く。
距離がゼロになった瞬間、ナイフを振り上げる。
「うああああああああああああ!」
ナイフを振り下ろす。近藤の心臓を狙った渾身の一撃。
切っ先が近藤に触れる瞬間、いきなり身体の力が抜けた。
ナイフが手から離れ、地面へ落ちる。それを近藤は蹴り飛ばす。
地面に倒れこんだ。
「な……なにが……起こって……」
なけなしの力を振り絞り、首だけで近藤を見る。
近藤は、スタンガンを持っていた。
「私、美人だから防犯対策はばっちりなのよ」
近藤はしゃがみ込み、僕の首にスタンガンを当てる。
「死にはしないわよ」
僕が動かなくなったのを確認し、近藤は踵を返し自転車に跨って去って行った。
僕はゆっくりと目を開ける。もう、指一本動かせない、声さえも出ない。
そんな朦朧とした意識の中で、近藤に言う。
彼女の最後の思い出はお前なんかじゃない、僕だったと。
僕の意識はそこで途絶えた。
これにて、完結になります。
ここまで、読んでいただきありがとうございました。




