誰も知らない物語
これは月見山りりはヒトデナシの前日譚です。
一応これ単品でも楽しめる仕様になっているかと思いますが、どちらかと言えば設定を多分に含んだ外伝です。
本編のアドレスを書いておきますが、
https://ncode.syosetu.com/n1399es/
下にもリンクも貼っておきます。
人類が完全に地球のありとあらゆるものを理解し、魂や精神ですらもがデータ化された時代。
人類はナノマシンにより、宇宙に出ずとも地球だけで資源を賄えるようになっていた。
時代の移り変わりと共に、人間の手によって自然も生物も改良されていた。
その1つに妖精がいる。
妖精とは、人間の遺伝子を改良して作られた所謂キメラで、全長30cmにも満たない人類の血を引く新種の生命だ。
それは愛玩動物として、そして人間の新たなパートナーとして世界に受け入れられていた。
そんな、何もかもが飽和した世界に1人の天才が生まれる。
男の名はケニー……彼は後に人類を滅ぼす男だ。
ケニーは成長と共に、何かに突き動かされるかのように、信じられない量の知識を飲み込んでゆく。
その様は、天才や神童という言葉では片付けられない程のものだった。
ケニー15歳。
この時、彼はとある研究室に1人で居た。
眼の前には何処にでもある量子コンピューターの端末。
彼はそれに手を触れる。
丸一日。
彼が組んだ膨大な量の "人間に干渉する" プログラムを作るまでに費やした時間だ。
ケニーはこれを作り上げた後、現代医学で簡単に治療できたはずの、自らの精神に巣食う幼い人格達に名前をつけた。
自由という意味を持つ[フラベルタ]
偏在という意味を持つ[ウビー]
ケニーはそれらの人格を切り離し、ありったけのナノマシンの集合体に移植し、共に海へと流した。
そして、それが見えなくなるまで見送った後……。
プログラムを世界中に解き放った。
エーテル通信により拡散されたプログラムは、世界中のナノマシンに共鳴。全ての人類の脳を破壊して回り……最後にその送信者たる[神に愛された者]と呼ばれたケニーの脳をも破壊し……ここに人類は滅びた。
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人類の滅びた後、ある大陸に、並行世界よりある人間がよこされる。
それは、この世界の人間が発見すら出来なかった稀代の魔法を使う人間であり、この世に存在する "神" より遣わされた存在であった。
男の名は月見山。
神より元の世界へと帰るために与えられた条件に同意し、彼は人間の滅んだこの世界に自身の持つ魔法の概念を振りまいていった。
それは、過酷な環境に身を置けば与えられる救済としての意味合いを持ち、これから生まれる新しい命への祝福として各地へと受け継がれていく新たな概念である。
数ある魔法の念動力は猪へ伝わり、座標転移は蟻に、肉体活性は狼に、精神魅了は猫へと伝わった。
そこから数年。
最後に、新たなる世界の覇者となる者達の慰めに、死者が思いの強い者の元へ重なり夢の中で同調できる魔法[ドリームギフト]を残し、月見山は神との約束通り元居た世界へと帰っていった。
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月見山が去り、しばらく月日が流れた頃、海岸に流れ着いたそれは動きを見せ始めた。
アトムレイバー。
原子レベルの操作が可能なそれは、研究者達より永劫とナノマシンという通称で愛されていた。
主人を失ったナノマシン達は、空気中から、大地から、植物から、現存している生き物から、そして滅んだ人類が残したありとあらゆるものから少しずつを転化させ……やがて、滅んだはずの人類を再現した2つの肉体を作り上げる。
作り上げられた体に宿った幼い2つの命はナノマシンより、永遠に失われた片割れの事を知り、悲しみから来る産声を上げた。
やがて2人は泣き止み、自らに残されたケニーからのメッセージを聞いて動き出す。
「好きに生きて欲しい。それが僕の生きた証になる」
この言葉を元に、フラベルタとウビーは共に活動を開始した。
新しく人を作ろう。それが彼らの当面の活動理由だ。
ウビーは、人を人たらしめる施設が必要と、ライフラインを永遠に供給出来る万能工場を作る。
ナノマシンがやるとは言え、形あるものなら何でも作り出せてしまうので、錬金術から名を貰い、工場の名を[アルケミー]とした。
それは、今や誰もが飛ぶことのない場所である空に透過させ配置する。
フラベルタは、人が必要と、ナノマシンを使って人類を模倣した生き物を作り出す。
それは、今や亡き人類の遺伝子を継いで作り出された妖精を元にして作られ、永遠に失われた片割れに……つまり人間になり得ない者として、種族名を[ヒト]としたのだった。
ヒトが出来たのならば、次に国が必要だ。フラベルタはそう言い、そのまま国を作った。
常春の気候を持つこの大陸に相応しい名前として、そして、滅んだ人類の使っていた言語を散りばめ[ハルノワールド]と名付け、自らはそれを見守る立場に……現人神として存在することを決める。
一方でウビーは、観測者にまわるというフラベルタと袂を分かち、大陸の反対側に国を作った。
ケニーの好きに生きろという言葉そのままに、ウビーの所有する箱庭世界として、名を[ボックスワールド]と名付ける。
そこから、ウビーは本当に好きにした。
ケニーの残した記憶から人類の歴史を調べ、世界観が気に入ったと、中世ヨーロッパをベースとした街を、ヒトを、そして実現可能なファンタジーのシステムを作り上げた。
その要は、かつてハルノワールド上空に作ったアルケミーと同等の工場。
自己が生態マスターコンピュータとして動くそれは、コンピュータの基本動作の1つから[キュー]と名付けられ、その下に作った王国は、そのままキューカとした。
ウビーがそんなふうに世界を作ってしまったので、やれやれと思いつつもフラベルタもそれに合わせる。
同じく、アルケミーの下に国を作り、名をアルカとした。
しばらく。
ヒト達は各々試行錯誤しながら暮らしを始めようとしたが、ベースになった妖精がそれぞれ違う言語を使う個体だったためか、その子であるヒト達が使う言語は別々のものになっていた。
つまり、同種間で言葉が通じなかったのだ。
おまけに、それはヒトが自分達で作り上げていった文化ではなく神がかった命から与えられた箱庭の文化だ。
国づくりは円滑にいかなかった。
フラベルタは敢えてそれを静観していたが、ウビーはそれを良しとしなかったようで、ケニーの記憶から学習型の多言語音声変換装置を作り出し、それらを民に配る。
やがて、装置により辿々しいながらも言語の通じるようになってきたヒト達は、手探りのまま王を決め、既にある環境に沿うように生活システムを確立していった。
ウビーはその暮らしや文化の作りに助言をし、人々はやがて、ウビーを神と呼び始める。
その際に、神の言葉の代理人として、そして人々からウビーへ言葉を届けるメッセンジャーとして、神子という役割を持った者が擁立された。
これは今後、神が好きにして良いとも決まる。
そんなウビーの動きに、フラベルタも文明レベルに差がつかない程度にテコ入れをし、2つの国は均衡を取り出した。
ヒトの行動範囲が広がっていくにつれて判明したのは、生まれたばかりの人類というのは自然に対して非力だったということ。
というのも、この大陸には魔法を使う獣、[魔物]が居たのだ。
魔物の知識はケニーの知り及ばなかった知識。もっと言うならば、それはケニーの死後に生まれた概念だ。ウビー達には解らない。
その上、海岸近くに住んでいた者は、旧世界の生物兵器である蛸人と呼ばれる存在に容易く蹂躙されていた。
だが、それでもヒトには数がいる。ウビーは慌てず対応をしていった。
ピントを合わせた位置の簡易情報が表示される玩具を再現し、それをモノクル、眼鏡、バイザー型に加工して配布。
その際、悪戯心に、馬とトナカイの登録をあべこべにする。
更に工場を拡大し、そこから転移ゲートを介して物理現象を届けるシステム[神業]を開発し、そのコントローラーに当たるジンギプレートを配布した。
それらがヒトの間に行き渡った頃には、ようやくウビーの作りたかった疑似ファンタジー世界としてのボックスワールドの雛形が完成する。
ウビーはケニーの言葉通りに生きていた。
やがて、ヒトの数が安定しだした頃、ウビーは更なる刺激が欲しいと言い、人間の一部を改造し、亜人と呼ばれる生物を作り出す。
その技術は、かつての人間が作り出した妖精とは違い、哺乳類同士しか加工できないものだったが、それでも一定の成果を上げた。
シャチやカワイルカをベースにした、淡水と海水のマーメイド。
2尾の猫をベースにしたワーキャット。
狼をベースにしたワーウルフ。
そのどれもがヒトよりも圧倒的に強く、バラバラに配置されたにもかかわらず、勢力圏を伸ばしてゆく。
特にシャチをベースで作ったマーメイドは、ケニーの死んだ土地……即ち、海の外の世界を否定したいが故に、ウビーが意図的に遺伝子レベルで海上の人種、及び人工物を襲うようにインプットし、彼らはこの大陸の門番としての役割を持たされた。
そんな中、更に強い生き物が創造される。
エルフだ。
これも、ウビーがファンタジー世界を再現しようと作ったヒトの亜種になる。
ウビーはフラベルタとは違い男性体だ。
フラベルタとも離れ寂しくなったのか、それは女ばかりの、それも美形ばかりの種族として地上の一部に君臨した。
そんなウビーの子供のような夢と癒やしを詰め込んだエルフの中に、ある時1人の子が生まれる。
透き通るような肌を持って生まれたその子は、白という意味でケイトと名付けられた。
ある時、ケイトの両親が幼いケイトを連れ、里に訪れていたウビーに相談を持ちかける。
我が子がどんどんと黒くなってゆく……それが夫妻の相談だった。
ウビーがその子、ケイトを預かり解析すると、メラニズムと呼ばれる遺伝子疾患である事が判明する。
ウビーの元々。
それはケニーという男の脳がバグを起こして生まれた未熟な人格だった。
それ故ウビーは、同じく孤高の存在として生きることになるであろうケイトに感情移入をしてしまう。
そして、これから異物として辛い目に合うであろう彼女に、神言を与える。
「この者はダークエルフという。どんどんと黒くなっていくが、将来はお前達の王になる器だ。大切に育てろ」
ウビーは自分でも不思議に思いつつ、知らぬ少女にケニーの名を隠し与えた。
この言葉にケイトの両親は一瞬呆気に取られたが、間もなく安堵の涙を流しだす。
既に、ケイトは他のエルフから少なからずいじめを受けていたのだ。
だが、ウビーの……他でもない神の言葉を賜ったのだ。それはケイトを守る事になる……はずだった。
しかし、皮肉にもこの神言が裏目に出る事になる。
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ケイトの両親はケイトに王としての教育を施した。
同時に、他のエルフ達から為される苛烈ないじめから守る為にケイトは外へ出さなかったのだ。
ケイトもケイトで、子供ながらに将来王になるからとそれを受け入れていた。
だが、それでもケイトは子供だ。外で遊びたい。
その気持は日に日に大きくなってゆき、ある時ケイトは家から脱走する。
それは、前回怒られもしたものの、それでも反省せずに起こされた2度目の脱走だった。
外に出たケイトが初めての友達を作って家へと帰った時。ケイトの両親は、他ならぬ同族のエルフ達によって物言わぬ死体にされていた。
黒き魔人を王にするわけにはいかない。そんな理由だ。
王になると聞き嫉妬した他のエルフにより「ケイトは将来魔物と同じ存在……魔人になる」と、そう悪意を持った噂を流されていたのだ。
弓を向けられ、ケイトは泣いて命乞いをすると、「王になることを諦めて奴隷になるのならば命だけは助けてやる」との内容が返ってくる。
ケイトに選択肢は無かった。
そこからケイトの人権は無くなった。
生まれて初めての友達は、そのままご主人様になってケイトを弄び始めてゆく。
エルフの王になるならば、ヒトしか起動できないジンギを使えるか? という実験という名目で、身体のあちこちを切られ血を滴らせたり……。
弓の練習の的になれと言われ、逃げ回った結果あちこちに矢傷を作ったり……。
生きたエルフの王の肉はどんな味がするのかと、右腕を切り落とされたり……。
耳の奥に何処まで木の棒が入るかという遊びにつきあわされたりした。
右腕と聴覚を失ってなお、それでも死ぬよりはマシだ……と、ケイトはそう思って日々を暮らしていた。
しかし、そうなると残るのは聴覚を失ったただの奴隷だ。間もなく、ご主人様から飽きられてしまう。
かくして、最後のお遊びにと、ケイトはエルフの里から遠く離れた森に連れて行かれ、四肢を縛られ、目隠しをされて放置された。
エルフ達の最後の遊び。
それは、真っ黒に育ったエルフの子を魔物の中に放り込んだ後の事を想像して楽しむという、実に悪趣味なものだった。
その後、ケイトを見たものは誰も居ない……彼女が、平行世界からの慌て者との運命の出会いをするその時まで……。
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これに絶望したのはウビーだ。
自らが心の拠り所にして作った種族。それが凶悪な成長を遂げ、神言まで与えた少女を知らぬ間に虐待し、あまつさえ不可侵と決めた国境先に捨てたのだ。
こんな種族がフラベルタの代わりになるわけがない。
ウビーはそう考え、エルフに同じだけの苦痛を与えてやろうと、エルフを食い物にするオスだけの種族、ゴブリンを作った。
最初こそ効果を上げていたゴブリンの増大によるエルフの蹂躙だが、作られたゴブリンの遺伝子は、徐々にエルフという種の優勢性に負けていった。
エルフは、他ならぬウビーにより、ゆっくりとだが成長する生き物として作られていたのだ。
しばらくはちゃんとエルフの腹より生まれていたゴブリン達だったが、それはやがてエルフとゴブリンの中間種族に変化してゆく。
遺伝子の優位性が釣り合ってしまった瞬間だった。
ここから更にしばらく、中間種族を一定数産んだ後……エルフは、とうとうゴブリンの種を持ってしてでも同族であるエルフを生む程の優位性を獲得する。
ウビーは嘆いた。
箱庭が思い通りにならないからだ。
ウビーは、生まれてしまった失敗作達にドワーフという名を名付け、フラベルタの元へと向かう。
袂を分かったとしても、フラベルタは世に残るたった1人の片割れだ。彼は、そんな彼女にアドバイスを求めた。
フラベルタは、ハルノワルドの各地に中継アンテナを設置し、それを元に極小の監視カメラを空中に飛ばし、アルケミーの中に引きこもって人々の生活を眺めるという生活を繰り返していた。
そして、会いに来たウビーの所業を聞き、静かに……そして猛烈に怒りを顕にする。
「生き物はおもちゃではない」
これはケニーの思想だ。
ケニーが人類を滅ぼした理由は彼らにも定かではない。
しかし、ケニーが人間という種の驕りに嫌気を見せていたのは事実だ。少なくとも、これは切っ掛けの1つにはなっている。
「他の誰でもない貴方が。ケニーの嫌った人間と同じ事をしてどうするの」
この言葉はウビーの心に曲がって届いた。
ケニーの意にそぐわない自分は、ケニーの片割れである[人間]を名乗る資格がない。ウビーはそう判断し、人々の間で作られた概念[ヒトデナシ]になることを選んだ。
ウビーはドワーフ達をフラベルタに預けた後、工場を改造し、自己の改造複製体を作り出し、それらを同期させ、名の通り偏在する命として全てにウビーと名付けた。
作り出したそれらの命に、皮肉を込めて[神]という概念を与え……ウビーはケニーの後を追う形で個を捨てたのであった。
残された神達はフラベルタに習い、各地に居る神子を使って中継アンテナを設置させ、極小の監視カメラを飛ばし、それと自己とリンクさせて[ボクスワ]と呼ばれるようになったボックスワールドの監視者を始めた。
フラベルタは、突如作った覚えのないカメラからの映像を受信しだしたことに違和感を覚え、それらを覗き見……その時初めてウビーの自決を知る事になる。
フラベルタは嘆いた。
どうしてウビーを叱ってしまったのか。
たった1人の片割れだったのに、今やそれのデッドコピーが各地に偏在している。
それも、全てウビーを許容してやれなかった自分のせいだと、心がぐちゃぐちゃになるまで自身を追い込み……やがて偏在する神達に接触した。
神達は全てフラベルタの思い通りに動いた。
フラベルタが「同じ生命がいくつもあってはいけない」と言えば、活動する神は1体を残し、全て工場に転移し、その役割をスペアボディとした。
これ以上命を弄る行為は良くないと言うと、そこで亜人の生産は終わる。
これらは、目を輝かせて自分勝手に生きようという意思を持っていたウビーらしからぬ行動だった。
これによりフラベルタは、神達はウビーではないと結論づける。
残った少年タイプの見た目の[神]だけは、見た目も思考もウビーそのものだったが、その個体の命令権の全てもフラベルタに譲渡されていた。
裏付けするかのように、改良されたマスターコンピュータにもその記述が残っている。
フラベルタは意図せず世界を手に入れてしまったのだ。
フラベルタは神になりたいわけではない。
ただ、ケニーの憎んだ人間とは違う、愚かながらも愛おしい新たな[ヒト]という人類を見たかっただけだ。
フラベルタは片割れの死と同時に、何もかもが思い通りになる世界を手に入れ、それ故に何もかもを失った。
そのまま神と相談し、明確な国境を作り、そのラインを持ってして不干渉を決める。
そして、フラベルタは心の慰めに1人の少女を選んだ。
それは、ウビーの忘れ形見のケイトが知らぬ姉にして、自らが名付けた少女マナ。
彼女に、今は亡きウビーに習い、神子という役割を与え共に過ごした。
そこからしばらく。
歪ながらも、技術も文化も発展し、ヒトも亜人も完全にフラベルタがコントロールを手放しても良くなった頃。
フラベルタはウビーの分まで……とはいかないながらも、自由に振る舞いだした。
ウビーの好きそうだと思った闘技場。それをより楽しめるように、モニターと拡声器を施したのに始まり、ウビーの忘れ形見であるのに何故かボクスワで迫害されだした亜人達をハルノワルドで積極的に受け入れたり、自身を神と呼ばせるのに十分な奇跡をいくつか見せてみたりもした。
この頃より、ウビーが贔屓にしていたエルフという形態を好んで使いだすようにもなった。
やがて、フレベルタも人々より神と呼ばれるようになった頃。ボクスワで異変が起きる。
フラベルタを含むこの世界の誰もが知らない存在が、厄介事そのものになって迷い込んできたのだ。
彼女の名は月見山 りり。
それは、かつてウビーが残した負の遺産を消して回る存在であり、真の意味で神へと届きうる少女だった。