初恋
拙い文章ですが楽しんで頂けると幸いです。
蝉の鳴き声が耳朶をたたく。直射日光が暑いけど海風が心地いいとベンチに座りながら考える。隣に座っている少女が話掛けてくる。
「今日も暑いね」
「夏だからね、今日は何する?」
「ごめんね、今日は遊べないの」
「え?」
彼女の顔見ると、とても申し訳なさそうにしてる。
「なら明日にしようか」
「ごめんね、明日も遊べない」
「じゃあ…」
「引っ越すの」
言葉の意味が理解出来なかったが少しずつ頭が働き意味を飲み込んでいく。
「パパのお仕事で遠い街に行くの。ずっと前から言おうと思ってたんだけどね、言えなくて」
「いつ…引っ越す…の?」
上手く呂律が回らない。
「今日の夜」
「今日なんだ…」
「でもね、遠い街に行くけど絶対また会いに来るから絶対に。約束するから」
「うん、待ってる。このベンチで待ってる」
「私もう帰らないと。それじゃあじゃあね…じゃなくてまたね!」
「うん、またね!」
彼女の後ろ姿を見送る。彼女の小さい背中が見えなくなるまで。
ーー
「次は〜、終点終点です。」
電車のアナウンスで目が覚める。柄にもなく初恋の夢を見ていた。顔をまだ覚えているが、名前はもう忘れてしまった。6年振りの帰郷だから。こんな懐かしい夢を見たのかもしれない。
まぁ、あの後彼女が俺に会いに来る事はなかったけど。
無人駅から出ると夏の熱気が体を包む。確かあの時もこんな感じに暑かった日だった気がする。空を見ると立派な積乱雲が見える。
道は、体が覚えているから特に何も考えずに体が動く。
しばらく歩くと、海を向いて置いてあるベンチが見える。
真っ直ぐ家に帰るつもりだったがあんな夢を見た後だったからか自然とこのベンチに来てしまった。
ベンチに人が座っている。珍しい普段は、座っている人なんて居ないのに、よく見れば女性のようだ。
女性がこちらを振り向いた為顔が見える。
俺は、はっと息を飲んだ。
俺は、普段運命の出会いとか言うカップルを見ると鼻で笑うタイプなのだがこの瞬間は、これまでの自分を殴ってやりたい。
振り向いた女性は見覚えのある顔だ。ほとんどあの頃と変わっていない。あの頃の顔から少し大人ぽくなっただけだ。
女性が俺の事を見ると、笑顔になり手を振ってくる。
俺も手を振り返そうとした時
「ママー!」
背後から少女の声が聞こえて来て、俺の横を通り過ぎて行く。その後を追って男性も通り過ぎて行く。
「走ったら危ないわよ。貴方も注意してよ」
「ごめん、ごめん君を見た途端急に走り出すもんだから」
そこには、幸せそうな家族の風景が広がっていた。俺は、振ろうとしていた手を静かに下ろして家路につく。
--
娘の手を握る。小さい手だがしっかりと私の手を握り返してくる。
「それにしてもどうしたんだい?急に行きたい所があるって言うから。ここに思い入れでもあるのかい?綺麗な景色だけど」
夫が海を見ながら私に問い掛けてくる。
「昔ここに住んでたのよ。それによくこのベンチで近所の男の子と遊んでたの。顔も名前ももう覚えてないけどね」
「ママーもっと海の近くにいきたーい!」
「あら、なら行きましょうか」
夫と私は、娘と手を繋いで歩き出す。