魔王現る
月下に映える魔王城。
太陽がごとき彩光を放つ魔性の月は、紅色の夜空を背に受け、禍々しくも、美しく、魔王と勇者、そのふたつの黒影を見下ろしていた。
「クク……、よくぞここまで来たな。大儀であるぞ。勇者よ……」
「……魔王、聞こえてる? あなたは許さない。大勢の人たちを殺めた罪、贖ってもらう」
「ほざけ! 小娘風情が! 我の考えなど、貴様ごとき小娘に解せるはずもなかろう。力無き者は蹂躙され、力ある者の食い物にされる。これこそが、世の摂理。弱肉強食の世である。おまえたちはその輪廻から外れ、あまつさえ、自らが種の頂点だと錯覚し、我が物顔で世界を蹂躙している。うぬぼれ、堕落している人間どもに、我が直々に天誅を下し、いずれに責を受ける謂れがある? 我に滅ぼされた者たちは、ただ、我の糧になったに過ぎない。そのことを栄誉と誇るこそすれ、事しもあれ、その敵討ちだと? 笑止千万である」
「そう。だったら……、あたしがあなたを殺せばいい。それから、あの人を救う」
「ク……ククク……ハァーッハッハッハ! この期において、未だ、そのような世迷言を吐けるとはな、片腹が痛くて仕方がない。貴様……我を笑い殺す気か? ククク……」
「それで死んでくれるなら、こっちも苦労はしない」
「しかし……、フム、そのような理由で我が魔王城まで至るとは……中々に見上げた根性だ。それでこそわが怨敵というものよ。……どうだ? このまま世界の半分を――」
「いらない」
「我の部下に――」
「ならない」
「じゃあ、このまま我だけを逃がして――」
「あげない」
「ほぅ……、どう足掻いても、我を殺そうとするか……、ククク……ハァーッハッハッハ! ……それでも勇者かよォォ!?」
「うん」
「ヒトの願いを無碍にして、そのうえ、問答無用で殺しに来るって……! ひどくない? ひどいだろォォォォォ!? やめてよおおおお! もおおおおおお!」
「あなたは人じゃない」
「はい? いやいや……、ねえ、例えばだよ? 我が、そりゃもう、かわいいかわいいウサギちゃんだったとするじゃん?」
「うん」
「そんなウサギちゃんがよ? こんなにも必死になって、命乞いしてたら、そらもう助けるでしょ!? 何が何でも助けちゃうでしょ?」
「ううん」
「え?」
「ううん」
「ウサギ!?」
「あたし、ウサギの肉、好きだから」
「へえ、そうなんだ。ちなみに我は牛と豚と、鶏しか食べたことないから、そこらへんの肉の味、想像できないかな……おいしいの? て、あれ? なんか話脱線してない? てか、好みの問題? え……、じゃあ……小熊さん……とかだったら? ほら、あのかわいいやつ」
「小熊、んまい」
「雑食かよ!」
「哺乳類は基本的に、なんでも食べられる。これ、地元じゃ常識」
「んなアホな……! おまえはどこの狩猟民族の出だよ!」
「……そんなの、どうだっていい」
「どうだっていい……そんなのあるワケないじゃん。どうだってよくないよ。……まあ? でも? そんなこと言って、やっぱり見逃してくれるんでしょう?」
「ううん。見逃さない。この時の為に、いままで頑張ってきたから」
「勇者よ、情けは人の為ならず。……という言葉があります。良い行いをすれば、自ずと、自身にも良い事が返ってくる。此れ即ち人道也……神はあなたの行いを、見ていらっしゃいますよ」
「この世に、神も仏もいない」
「え、なんでそんなにスレてんの……? 勇者なのに神様とか、信じてらっしゃらないかんじ?」
「信じてない。無神論者」
「これっぽっちも?」
「……でもやっぱり頂きますと、御馳走様は言う」
「うんうん。たしかに食材に感謝するのは良いことだよね。……あれ、そういう問題だったっけ?」
「もう、いい? しゃべるの、あんまり、得意じゃない。はやくしないとまたじ――」
「あのね、いいわけないでしょ! 我の命をウサギと同等に扱わないでくれません? そういうのがこういう悲しみの連鎖を引き起――」
「頂きます」
勇者はそう言うと、大きく踏み込み、自分の身の丈ほどある剣を、目にもとまらぬ速度で振ってみせた。
「うわあああああああああああおい!? 容赦なしかい!!」
「うん」
「うん、って……、んもぉぉぉぉぉぉぉ! やだぁぁぁぁぁぁぁぁ! この子! 怖すぎ! 勇者、怖すぎ! てか、ハルゴンのやつ、これを言えば助かるとか言っておいて、全然効かないじゃん! このあと説教だわあいつ。許さねえわ、マジで」
「……動かないで。せめて痛みはなくしてあげられるから。それが、あたしの出来る唯一のこと」
「ク……我に、大人しく殺されろ……と? そう、のたまっておるのか、小娘? ……フ……、舐めるなよ。そんなこと言ってると、キレちゃうぞマジで! つーか、キレた! テメーは我を怒らせた!」
「そう……」
「ククク……心底興味とかなさそうだな。……しかし、それでもまけない、くじけない、へこたれない! ま、く、へ! その三拍子そろってこそ、魔王というものだ」
「そうなんだ」
「う、うん。まあね。……しかァし! こういうこともあろうかと、奥の手として、かの有名なギガントドラゴンを飼っていたのだ!」
「ギガントドラゴン……?」
「ああ、そうだ。ひとたび動きだせば、山は崩れ、咆哮すれば、天をも震わす。口から吐く熱線は、鋼をも一瞬で溶かすという、なんかすごく怖いドラゴンだ! 我の誘いを断った報い、とくと受けるがいい! 恐れよ! 震えよ! そして我に泣いて許しを乞え! さぁ……邪神をも食い殺す、その万有の頂点たる姿を、その目に焼きつけろ! ギガントォォォドラゴォォォォォォン!」
バッと、勢いよく手を挙げる。
しかし、待てど暮らせど、一向に、近所の山が崩れる気配も、天が震える気配も、ましてや、鋼が溶ける気配もない。
「……あれ? なんで? なんで出てこないの?」
「ギガントドラゴンって、もしかして、これ……?」
どこから取り出したのか、勇者は自分の体の倍以上はある、ドラゴンの頭骸骨を、ごみ箱にごみを捨てるのように足元に放った。
骨は虚しく、カランカランと、床上に転がった。
「あの……さ、これ、どしたの……?」
「なんか襲ってきたから、食べた」
「食べたァ!?」
「生で」
「生でェ!?」
「味はイマイチ」
「味はイマイチィ!?」
「いうほど強くなかった……」
「てか、哺乳類だけじゃねえのかよ、食うの! これ、どっちかっていうと爬虫類に分類されるよね?」
「想像してたより食べられた」
「食べられた……て、おま、これ……、維持費と導入費に、どれくらい費用費やしたと思ってるんですか! これの為に、どれだけ黄金伝説作ったと思ってんですか!」
「500円くらい?」
「やっす! 今どきのガキの小遣いでももっと貰ってるわ! いいか、よく聞け? このために、我、66兆2000億もの金を借金したんだぞ?」
「いち、じゅう、ひゃく……よくそんなお金貸してもらえたね」
「まあね。これも魔王たる我の人徳……もとい、魔徳の為せる業だからね」
「そっか……、こういうところも……迂闊……」
「え? なに? 聞こえない」
「なんでもない」
「……ともかく、このために1年くらい牛丼食ってたんだぞ!? もう最近なんて、寝ても覚めても牛丼と紅ショウガが我の脳内と口内を占拠して……、なんか……、今ではものすごくあまじょっぱい思い出が……それに口内炎とかもすごいし……て、そういうことじゃなくて、人ん家のものを勝手に壊すなって教わらなかった? 人ん家のギガントドラゴン勝手食うなって、教わらなかった? あなたの親御さん、どんな教育してるの?」
「あたし、親いない」
「あ、きみの親殺したの、我の軍勢だったわ」
「――頂きます」
「あひんっ!?」
気が付くと、勇者はすでに、剣を振るっていた。
まさに、神速の一撃。
多分、一刀両断されたのだろう。
勇者が言った通り、痛みは全くなかった。
瞳に映る全てが、ゆっくりと、まるで『静止』に向かっているように、時を緩めていく。
あ、ご紹介が遅れました。
我――僕は、ここ、魔王城にて、魔王という、阿漕な商売をやらせてもらっている魔王と申します。普段はこんな口調なんですけど、さっきまでのは……まあ、雰囲気づくりみたいなものです。以後、お見知り置きを……。
はい?
なに?
以後お見知りおきを、とか言ってるけど、死んでるじゃないかって……?
はい。
確かに、いま、僕の命は風前の灯……と、いうよりも、消えゆく最中でしょう。
このまま目を瞑ってしまったら、それこそ、そのまま起きなくなるでしょう。
ですが、ご安心くださいませ。
魔王は、死にません。
……あ、いえ、心の中で生きている……、とか、そういう事を言うつもりはありません。
とにかく、こうして、ばっさりと斬られましたが、きちんと生きているのです。
『カウントダウン開始――』
――どこからか、僕の頭に――脳内に、声が響いてくる。
女性の声。
淡々とした声。
聞き覚えのない声。
これが僕の能力。
『5――4――3――』
永遠に続くと錯覚してしまうほどの3秒から2秒までの間に、僕は、僕の体から熱が逃げていくの感じた。
生が逃げていくのを感じた。
『2――1――』
――ドカン!
なんだろう、どこからか、聴き慣れた衝突音が聞こえてくる。
『0』
ピタ――
時間が進む感覚は消え失せ、空間が、時間が静止した感覚。
例えるなら、一瞬で湖ごと周囲を凍らされた魚のような感じ。
腕、肩、指、筋の一本に至るまで、すべての動きが制限された世界。
目の前の、僕を切り裂いた勇者は、瞬きすらもしなくなり、僕の体から『落ちていく感覚』がなくなっていく。
そして――
『時間、逆行します』
僕の体の中心。
腹のあたりに、掌に収まるほどの黒い、丸い物体が出現する。
それはまるで、ブラックホールのように、周囲のモノ、空間、時間を吸い込んでいった。
そして、すべてを吸い尽くし、真っ白な、何もない空間に残ったのは、そのブラックホールと僕と、勇者のみ。
……さて、今回はどんな嫌味を、あの方に言われるのやら――
僕は静かに瞼を閉じると、その流れに身を任せた。
――体は再び稼働可能となり、深く、深く、海底へと沈んでいく感覚に包まれていく。
そして、体が小さく……収縮していくような感覚。
不快ともとれない、奇妙な感覚が、きれいさっぱり消え、やがて、僕はおもむろに瞼を持ち上げた。
この作品は以前の『タイトル斬り』のコンテストに応募した作品です。
タイトル斬りというのは、決められたお題に沿ってお話を書くというコンテストです。
最終選考までは残ったのですが、力不足がたたって、落選してしまった作品です。
このまま腐らせておくのも勿体ないかな、と思い、こちらでも公開させていただくことになりました。
一応、慣れないながらも伏線を張ったり、『ヤれた』を二つの意味で捉えたりと、色々な事にチャレンジしてみた作品でした。
楽しんで読んでいただけると、私も嬉しいです。