私、今を精一杯頑張ります。
初めての投稿なので、誤字脱字が多いと思いますが、宜しくお願いします。
序章:私はシオン・ド・リテール伯爵令嬢?
海と山と広い大地を持つアスバーレは、豊かな国だ。王を頂点とした王政制度や貴族社会といった堅苦しいものもあるが、至って平和な日々が流れている。
そう感じるのは、私がアスバーレの東に位置する穏やかなリテール地方を治める伯爵の娘だからかもしれないが、この世に生を受けて6年、日々は平和に過ぎていた。
6歳の少女が考えるような事じゃないと思われるかも知れないが、実は私がこんな事を思いふけるようになったのは、3歳の時にかかった"はしか"が原因なのだ。
両親や兄は主治医から病名が明らかになっていない子供特有の大病だと告げられ、覚悟するよう言われたらしい。
40度を超える高熱が幾日も続き、体のあちこちに現れる発疹。
主治医すら解明する事のできなかった病を、私が"はしか"だと確信したのは、熱も発疹も退き平常を取り戻してからだった。
どうして3歳の子供にそんな事が分かるかと問われれば、私が羽鳥 凛の記憶を持っていて、その時に"はしか"にかかった事があるからだ。
羽鳥 凛とは、日本人であり性別は一応女性年齢は…不明。
(というか何歳で命が尽きたのかは思い出せないものの、おそらく前世というものだと思う。)
"はしか"にかかるまでの私は、シオン・ド・リテールという3歳の子供だった。その記憶は間違いなくあるし、鏡に写る姿に違和感はない。
変わったのは頭の中というか気持ちの中?目覚めるように解け合うように羽鳥 凛の記憶はシオンという私の中に甦った。
困惑する事に、シオン・ド・リテールの知識や経験及び常識といったものは3年程しかないのに比べ、生まれ変わる前の羽鳥 凛としての知識や経験や常識が20年以上はある。
そうなると、シオンとして過ごしてきた経験よりも、ある程度人生を重ねた凛の思考の方が強くなるのは自然の流れで、時折物思いに耽るのも至って普通だろう。
しかも凛の一生は終結したが、私はシオン・ド・リテールとしての人生をまだ、6年程しか過ごしていない。
だからこそ後悔しないように、しっかりと歩んで行こうと思っている。
☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆
私が羽鳥 凛の記憶を取り戻してから身に染みて分かった事は、記憶を取り戻したからといって、飛躍的に能力が上がるなんて、夢のような事は起きないという事だった。
否、考えようによっては弊害の方が多いのだろう。
昔呼んだ小説やゲームのように、特別なスキルが備わり、何でも思うがままのヒロイン人生が歩める。と、いう素敵な流れならばいざ知れず、その他大勢の中に埋もれていた羽鳥 凛は、羽鳥 凛。シオン・ド・リテールはシオン・ド・リテールでしかないのだ。
伯爵令嬢として生を受けた今の方が、以前一般庶民だった事と比べれば基本スペックは高い。
それなのに、ここに来て羽鳥 凛の知識が足を引っ張るのだ。
はっきりと自覚したのは、この国の専門書を意気揚々と開いた時だった。
言葉はシオンとして習得出来ていたので気がつかなかったのも大きい。
いざ読もうと意気揚々とハードカバーの分厚い本を捲れば、字どころか何らかの記号や落書きの羅列にしか見えなかった。
文字すら教わっていない3歳の子供であれば当然といえば当然の事で、以前の記憶が甦った事で文字も何となく読めるようになっているのだろうと思い込んでいた私の脳は、間違いなくファンタジー一色。
しかも、この世界には魔法というものが存在しているので、余計だ。
立ち直るのに多少時間はかかったものの、癇癪を起こすほど精神年齢が低くない私は、すぐさま行動を移した。
気を取り直し、現状を把握するべく色々な事を試した結果。
1.特別なスキルは特に備わってていない。
2.以前の知識以上の事は出来ない。
3.私の体力レベルも今までのシオンと何ら変わる事がない。
というなんとも現実的なもので、今はしっかりと受け入れている。
(文字どころか、この国の事全てが未知で、それこそ、貴族社会だとか王政だとか、今から学ぶ事の方が多いんだよね…しかも凛の常識が受け入れるのを拒むというか…)
後1つ、ただ限り無くありふれたスキルしか持ち合わせていない私だが、存在自体は普通ではなかった。
黒髪に黒い瞳日本人では当たり前の特徴が、この国では異例だからだ。
黒髪を持つ者も、黒い瞳を持つ者もいる。しかしその両方を持つ者がいないという事と、私に関していえば顔のつくりが明らかにこの国の者とは違っている。
では何故というと、何代も前のご先祖様の容貌が色濃く現れた隔世遺伝なのだそうだ。
ちなみにリテールの両親は社交界でも人目を引くほどの美形で、目鼻立ちもしっかりしている。
髪と瞳の色はというと、父は金髪碧眼、母は淡い蜂蜜色した艶やかな髪と新緑の瞳の持ち主で、私との共通点は一つもない。
血の繋がりを疑われても仕方がない程似ていないのだが、両親は私の容姿を神秘的だととても喜んでおり、愛してくれているのが救いだ。
(どうせなら、金髪碧眼の美少女に生まれたかった…)
普通の6歳であればそんな誉め言葉を素直に喜べたのだろうが、二十歳も過ぎた精神年齢を持つ私はどこまでもヒロインにはなれない星の下に生まれたのだと、改めて実感したのはいうまでもないことだった。
1・令嬢に婚約者は必要なようです
私、シオン・ド・リテールは12歳になった。
黒髪と黒い瞳と言った特徴はそのままに、身長は少しだけ伸び幼女から少女と成長を遂げている。
6歳の誕生日を迎えてからはマナーレッスンやらダンスレッスン
と令嬢が身に付けなくてはならない事を叩き込まれるのが日常だが、中々様になってきたと思う。
本来なら嫌がったりさぼったりという年齢で中々上達するに時間が掛かるのにと先生達にお褒めの言葉を頂いているのだが、日に日に要求が厳しくなってきているように感じるのは私だけだろうか。
まぁ、令嬢として恥ずかしくない位には身に付けなくてはと思うし自分の為だと思えば、その事に不満はない。
淑女教育には全く不満のない私だが、現在目の前の状況には不満しかなかった。
「シオン、こちらがフレーズ公爵家ご長男のアリスト様よ。とても素敵な方でしょ?」
そういって微笑んだ母ローズ・ド・リテールの新緑の瞳には、明らかに期待が隠っている。
本心では"会ったばかりなので分からない"と素直に言ってしまいたいところだが、ここは他家しかもリテール家よりも明らかに身分が高い公爵邸だ。
12歳であれば無邪気に本心を語っても咎められないのではないかとも思うが、そんな場所で礼儀もわきまえずに振る舞える程度胸の無い私は、向かい側に座る美少年アリスト・ル・フレーズ子息へとニッコリと微笑んで見せた。
子供らしく見えるように完璧に作り上げた私の笑みは、今のところ大人たちには好評なのだが、アリスト少年には不評だったのだろう。
不自然に見えないくらいの仕草で目を剃らされた。
確かに相手は艶やかな黒髪と、意思の強さが全面に押し出された金色の瞳を持つ美少年で、何年かすれば精悍な美男子になるであろうと容易に想像できる有望株だ。
黙っていても美少年の回りに集ってくであろうご令嬢は、比べるまでもなく私より可愛く美しいだろう。
元々この国の人達は、目鼻立ちがしっかりしており、彫りも深いのだ。
そんな華やかな少女を見慣れていれば、私に関心を持てなくても当然だと、素直に外見だけを見て感じた感想を口にする。
「はいお母様。とても素敵な方ですね。」
当たり障りの無い褒め言葉に満足したのか"そうよね"と頷いた母は、公爵夫人へと満面の笑みを向けていた。
「あら、シオンちゃんもそう思ってくれているの?それだったら、ローズお話を進めさせて貰っても宜しいかしら」
息子に良く似た美貌を持つリナリー・ル・フレーズ公爵夫人の弾んだ声に、母の声も弾んでいる。
"お話とは?"と尋ねる間もなく、まるで少女のように会話を交わしている二人を、呆然と見つめていた私は、先程の返事が失敗だったという事に漸く気付いた。
ここで止めなくては、話が盛り上がり否定するのも難しくなるだろう。
私の社交辞令的好意だけしか確認せずに進められ、美少年事アリストは良いのかと、すがるように視線で訴えた。
するとその視線をどう受け止めたのか、アリストは無駄の無い動きで立ち上がり、私へと手を差し述べてくる。
「退屈だろ?庭を案内しよう」
この場から連れ出して作戦会議なのだろうか。勝手に話が進め盛り上がってある母親ふたりと、差し出された自分よりも大きな掌を交互に見つめどうするべきか決めかねていると、リナリー公爵夫人までもが進めてきた。
こうなっては立ち上がるしかなく、私の掌よりもはるかに大きな掌を掴み母へと振り返る。
「大丈夫よ。後は私達に任せてくれれば」
それが心配なのだと期待外れな返答を返す母に、どう違うと伝えれば良いのかと立ちすくんでいると、余り強くもない力でアリストから手を引かれ、その場を後にするしかなかった。
☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆
フレーズ公爵家の庭園は、丹念に手を入れられており、中でも色鮮やかな花の彩りが美しいく見る者の目を楽しませてくれる。
そんな庭園を、精悍な美少年自ら案内してくれるというのであれば、年頃の少女は皆頬を染め胸をときめかせる筈だ。
だが、私は12歳の少女であっても中身は成人女性で、美少年を愛でる事はあっても、好意を寄せるまでには至れない。
ましてや、少年と婚約なんて私の中の常識が受け入れられなかった。
隣を歩くアリストも、私との婚約など御免だろうに、母親達を止める事もせずに、私を連れ出して何をしたいのだろう。
足取りには迷いすら伺えない。
母親同士が盛り上がり事を大きくする前に、話を終わらせようとは思わないのだろうか。
連れ出される際に繋がれた掌が、今だに繋がれたままだった事が幸いし、足を止めるだけでアリストの気を引くことができた。
頭一つ以上離れた高さから向けられる金色の瞳が、僅かばかり近くなる。
「もう、疲れた?」
微かに寄せられた眉は、不機嫌からくるものなのか、それとも気遣いからくるのかは分からない。
何せ会ったのは今日が初めてで、言葉すらほとんど交わしていないのだ。
貴族の嗜みや強靭、義務といったものの中に、"婚約"も含まれるのだろうが、以前の道徳心からか結婚は愛が無くては行えない行為だと私の中に揺るぎ無い理がある。
「疲れてはいませんが、お話をいたしませんか?」
いつまでも庭を歩いていても仕方ないと思い切り出せば、面倒臭そうに肩を上げられ溜め息を吐かれた。
(私とは話したくないって事?だったら、さっさと戻って私とは婚約しませんって言った方が良くない?)
米神がひくつくのを抑え、ただひたすら見上げていると、アリストは近くにあったベンチを視線で示し、そちらへと歩み初める。
手を繋いだままの私も、そのままそちらへと連行されたのだが、いつこの手は解放されるのだろうかとどうでも良い事が気になった。
(これじゃあ、戻りたくても戻れないじゃない!)
「何の話がしたいの」
ベンチへと隣り合わせに腰を下ろすと、唐突に尋ねられ私は勢い良く身を乗り出す。
ここには第三者の目が無い為、令嬢としての振る舞い云々は横に置いておくことにした私を、アリストは一瞬驚いたように目を見張らせては見せたものの、その事に触れてくることはなかった。
「婚約の話です。お母様方のあの様子だと、私達の婚約話が勝手に進められてしまうかもしれません。そんな面倒な事が起こる前に、さっきの場所に戻った方が良いと思うんです」
回りくどく言うよりも直接伝えた方が良いだろうと率直に言葉にすると、アリストは特に驚きもせずに金色の瞳に興味の色を浮かべてくる。
「シオン嬢からしてみれば面倒でも、俺の方は違うかもとは考えないの?」
予想外の事を問われ無意識のうちに首を傾げてしまったものの、早々に我に返り肩を落とした。
「それは、貴族の義務からですか?アリスト様は公爵家の跡取りですから、婚約者を作られた方が何かと宜しいでしょうが、私は特に必要としてません。」
正直に心情を述べれば、アリストは小さく笑みを溢している。
笑うと以外にも可愛く見えるのか…なんて、大人目線で私が見ているとは思ってもいないだろうが、見惚れる位に絵になった。
恋愛のようなときめきは少年相手に沸き上がらないものの、率直な意見を咎める事なく聞いてくれる所は、とても好感が持て先ほどのイメージも改められる。
「うちの母親が言っていた"月の雫の妖精"にも、意思と思考があるって事か」
予定外とばかりに漏らされた言葉に、頬が強張る。
(正真証明の美少年に言われると、単なる嫌みにしか聞こえない…)
鳥肌まで立ち掛けたのをどうにか気力で抑えた私は、伊達に優秀な淑女教育を治めてはいないのだ。
「私の容姿に関して、そんな回りくどい言い回しをして頂かなくても結構ですよ?なんなら、異端で結構です。自分でも異端だと分かっていますし卑下してもいませんから、そう呼ばれても痛くも痒くもないです。反って分かりやすくて良いくらい。」
そんな私の言葉が卑下しているものではないと分かると、最初眉を寄せて険しい表情を見せたアリストは、話終えた頃には口を半分開き唖然とした表情を見せていた。
「話が逸れましたが、婚約の件です。もし、アリスト様に婚約者が必要な事情があられるなら、他のご令嬢とご婚約されるのをお薦めします。」
私を巻き込むなとばかりに満面の笑みを向けた私は、漸く復活した様子のアリストへと、そうする事は決して難しくは無いのだと賛辞の言葉を告げる。
「アリスト様は公爵子息ですし、お姿もとても素敵です。今までもそうだったでしょうが、ここは改めて厳選し直してみて下さい。」
そうと決まれば早急に母親達の話を止めなければと、立ち上がり掛けたものの、どうやらアリストの方の話はまだすんでいないらと、再びベンチへと促された。
「シオンは?何でそんなに婚約したくないのかな。身分違いの好きな男でもいるとか。」
笑顔を浮かべつつもどことなく機嫌の悪くなったように見えるアリストは、返事を聞くまでは動くつもりは無いとばかりに、長い足を組んでみせる。
「好きな人はいませんが…恋をしたいんです。結婚は、好きな人とするものだと思ってますから」
段々と声が小さくなるのは、アリストが真っ直ぐに見つめてきて恥ずかしいからだ。
お陰で何だか、顔も熱くなってきたように感じる。
「恋ね…でもさ、格上の家から話を持ってこられちゃ、早々に断ってもいられないだろ。今は年齢的に逃げられるかもしれないけど、後何年かしたら逃げられ無い時がくるんじゃない?」
自分が今その時だとアリストは言うが、上位貴族であれば断る事は難しくないはずだ。
実際今アリストに婚約者がいないのは、のらりくらりと断り続けた結果なのだろうから
嫌…そうして逃げてきたからから、中の上位の伯爵令嬢である私は逃げられないと、進言しているのか。
くるくると考え込んでいたせいか、俯いてしまっていた頭の上に軽く重みが伝わってきた。
「じゃあ、仮の婚約って事にしとけば良いんじゃないか?」
金色の瞳が楽しそうに揺れているように見えるせいか、頷いて良いのか迷いに迷う。
「仮ですか…そんなのありましたっけ」
まだまだどんなに優秀でも貴族の常識を勉強中である私は、聞いたことがない事も多い。仮婚約?とばかりに首をかしげていると、笑いと共に答えが帰って来た。
「無いな。無いから俺とシオンの間だけの話。婚約してもお互いに干渉しない。でも最低限の役回りはきっちりと演じる。結婚は…互いの同意がなければ実行しないっていう約束。」
私よりな提案を述べられ、驚きつつ瞬きを繰り返していると、延びてきたアリストの掌に頭を撫でられた。
「これがアリスト様の婚約者に望むものであれば、私はとても助かりますが、一つだけお願いがあります。気になる方が現れた時や、好きになった方が出来られたときは、即座にお知らせ下さい。その時点でこのお話は無かったことにしますから」
身を乗り出して強く強調しすぎたのが悪かったのか、苦い笑みが浮かべられる。だがそれも一瞬の事で、アリストは爽やかな笑顔を浮かべると、契約の宣言を告げたのだった。
「じゃあ、決まりだな。宜しく、婚約者殿」
2.私の婚約者アリスト・ル・フレーズ公爵子息は、以外にもまめな方でした。
正式に婚約が交わされ、私には3歳年上の婚約者ができた。
相手は勿論フレーズ公爵家のアリストだが、フレーズ公爵家の領地と、私の住むリテール領地は移動するのに馬車で3日程かかる距離にある。
婚約者同士の逢瀬がどのくらいの頻度で行われているのかは全く分からないが、距離的なものから考慮すれば頻繁には会えないだろうと思っていた。
だが実際はというと、私の読みは大きく外れ、以外にも数日と経たないくらいで顔を会わせている。
見惚れる程の美少年に僅かばかりの緊張をもって応対していたのは最初の数回くらいで、最近では気の置ける男友達といった感じだ。
たから、問いかける内容にも気遣いは一切無い。
「アリストは暇なんですか?」
世間話という世間話も無くなった頃、ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「何で?」
不躾だと怒る事もなく、単純に疑問を返すアリストからも華美な装いは抜け去っている。
婚約という不実な契約が実行され共犯者となった時から、互いに畏まるのは辞めたのだ。
でもどんなに砕けてもアリストの気品が損なわれないのは、生まれついてのものだからだと思う。
貴族そのものといった雰囲気を素のまま纏ってはいても口が悪く、貴族のご令嬢には決して受け入れられないであろうそのままのアリストを、私は案外気に入っている。
「フレーズの領地から、ここまで移動するのに3日程かかるでしょ?なのに5日も経たないうちにまた顔を見せるから、きちんとお家に帰っているのかと思って」
往復6日程かかるはずが、5日で顔を見せるのは単純に計算しても早すぎるのだ。
「あぁ、言ってなかったっけ。俺王都の屋敷に住んでるから、馬をとばせばそんなにかからないんだよね。」
なんだそんな事とばかりに返されれば、心配して損したと私も肩を落とした。
アリストが王都にあるフレーズの屋敷に住んでいると聞いて、私が今まで何度も伝え忘れていた要件が脳裏を過る。
住まいの話が出なければ、今日もすっかり忘れていたので、今言っておく事にした。
「じゃあ、もっと近くなるわね。私も王都の屋敷に移る予定だから」
移動距離が短くなるわよと伝えると、何が気に入らなかったのか、アリストの金色の瞳が僅かに細くなる。
「何でだよ、社交界にデビューって訳でも無いのに態々王都に移り住む必用は無いだろう?」
辞めればと言わんばかりのアリストに、私はそれこそ何故と首を傾げた。
「幼馴染みが楽しみに待ってくれているから、辞めないわよ?」
ただ伝えただけだと話を終わらせに掛かると、アリストはそれ以上食い下がっては来ないものの何やら思案顔で、軽くテーブルを叩いている。
「あぁ、私が王都に戻ったら婚約者の役割が面倒とか思ってるかもしれないけど大丈夫よ?王都に戻れば私も幼馴染みのルルに付き合わされて、確実に忙しくなるから」
幼馴染みであるルル事ルルーシュを脳裏に思い浮かべ、苦い笑みを漏らしていると、アリストから明らかに温度の下がった声がかけられた。
「何それ、自分ば忙しくなるから俺には会いに来るなって言ってんの?」
誰もそんな事は言っていないと、大きく首を左右に降って答えると、少し気持ちが落ち着いたようだった。
「なぁ、幼馴染みのルルってそんなにシオンにべったりなの?」
呆れ顔のアリストに幼馴染みの名前を上げられ、私はにっこりと微笑む。
「ルルは人見知りだから仕方ないのよ。でも、とっても美人さんよ!紺色の髪も、サファイアのような瞳も、キラキラしてて物語の人物みたい。」
弾むように答える私が可笑しいのか、漸くアリストは和やかな表情を浮かべていた。
「シオンのいう美人って興味あるかもな」
どんな想像をしているのか楽しそうに笑っているアリストに、私もにっこりと笑みを浮かべる。
「ルルが嫌がらなかったら、紹介するわね。アリストとルルが、仲良くなってくれたら私も嬉しいから。」
☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆
王都にあるリテールのお屋敷へと、私が住まいを移したのは夏を過ぎた頃だった。
王都へと戻った途端に、母にはお茶会の誘いが相次いでいる。
相手は同じ年頃の子供を持つ家が多いらしく、大半は子供達同士仲良くさせたいとの内容だった。
以前はそんな誘いを掛けて来た事も無かった家が、婚約者がフレーズ公爵家のアリストと知った途端に掌を返してくる。
本当に社交界とはろくでもない場所だと、私は実感しているところだ。
「凄い招待状の数だな。」
ドアを軽くノックした後、当たり前のように開かれたドアから現れたのは、五つ年上の私の兄スレイブだった。
こちらは、両親の容姿をしっかりと受け継ぎ、蜂蜜色のさらさらとした髪に、青空のような明るい瞳を持ち合わせた落ち着いた雰囲気のある美形である。
しかも学園をトップの成績で卒業するほど優秀で、今は魔法省の研究部に勤める自慢の兄だ。
「そうなんですよねぇ…お母様は無理してついて来ることはないと言ってくれてますが、どのお宅にも行かない訳にはいかないんじゃないかと思ってお兄様をお呼びしました」
私が腰を下ろしていたソファーの一人掛けの椅子へと、洗練された身のこなしで腰をおろしたスレイブは、適当に一枚の招待状を手に取った。
「父上も母上もお前に甘いからな。良いんじゃないか?行かなくても」
イタズラな微笑みを溢した兄に、私は口を小さく尖らせる。
「そんな事すれば、常識を知らないだとか何とか好き放題文句言われるのが落ちなのに?本当はアリストのせいでこんな面倒な事になってるんだから、アリストにどうにかさせるのが一番だと思うんですが、リテール家に当てて寄越されているので、そういう訳にもいかなくって…。今度会ったら文句言ってやります。」
ぷんぷんと、広げたままの招待状を集めていると、斜向かいから大きな掌が伸びてきて、頭を撫でられた。
「アリストに文句…ね。それを黙って許すアリストを想像出来ないが、私の妹が頭の悪い令嬢でなくて良かった。」
辛口なコメントだが、暖かい眼差しを向けられながらでは、大した威力もない。
兄は昔から、私にたいしてこんな感じだ。
両親のように過度に甘やかしてくれる事は無いが、困ったときには必ず力になってくれる。
「で、まずはこの招待状を選別するのか?」
招待状の多さに軽く肩を上げている兄に、私は話が早いとすぐさま頷いた。
「基準はどうする。うちと関係の深い所だけで良いか?」
真新しい紙に貴族名と日時を写しとり始めた兄は、仕事が早い。
「そこなんですよね。フレーズ公爵家との関係性も重視するべきですかね。アリストは問題無いとしても、リナリー様の立場もあるだろうし…」
そう言って首を傾げた私に視線を向けた兄は、それまで迷う事なく動いていた手を止め、何かを思考した後口を開いた。
「リナリー様よりもアリスト本人の方が問題だな。彼は第一王子の幼馴染みの一人で、派閥もそれに属している。お前の幼馴染みに先に話をしておかないと、確実に誤解するだろうな。現に今も良からぬ妄想で荒れてるし」
初めて聞かされる内容に、私は情けなくもポカンと口を開けて固まってしまう。
そんな私を見つめたまま、兄は握ったままの万年筆を手放し深く背凭れにもたれ掛かった。
「表だって第一王子と第二王子はいがみ合ってはいないが、魔力量の多い第二王子が重要視され、第一王子の取り巻きは神経が過敏になっている」
初めて聞く内容に、私は別れた頃の小さなルルが泣いているような錯覚を覚えた。
「王子同士がどうのこうのというよりも、回りが過敏に反応し過ぎるのが問題なんだか、第一王子の取り巻きは身分が高くて、扱い辛いのが現状だ。」
兄が苦い笑みを浮かべているのは、その幼馴染みの中にアリストもいるからなのだろう。
しかも、うちの兄は第二王子のお目付け役も兼ねている。
その事をアリストが知っているとするならば、王都に移り住むと言った私を領地に留めておきたいと思うのも頷けた。
「まぁ、婚約者の兄の目を気にしてか、最近アリストは大人しいんだが、お前ががこちらに戻ってきても顔すら見せないせいか、今度は第二王子の方の機嫌がすこぶる悪い。あの様子じゃ、最悪の妄想を繰り広げているんだろうな。」
どうしたものかと、私へと視線を投げてくる辺り、兄は一筋縄じゃいかない性格をしている。
今日早めに帰宅してきた兄の目的は、この話をする為だったのだろう。
「近々、ご挨拶に伺いますと伝えて下さい。」
手紙のやり取りは相変わらず行っていたが、一言も不満を伺える文章が無かった為に、全く気付かなかった。
ルルは大丈夫なのかと心配を口にすれば、兄は何かを思いだしたのか曖昧に頷く。
「まぁ、アリストは自業自得…身から出た錆びとしか言いようが無いからな」
無意識のうちに洩らされたであろうその言葉は、私の耳には届かなかった。
「お茶会は、なるべく数を絞るから安心していい。」
再びリストへと向かい始めた兄に、私は軽く頷くと、側に控えていたメイドへと新しい紅茶をお願いしたのだった。
☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆
私が王宮に参上したのは、その次の日だった。
一応、第二王子にも王子としての役割がある為、都合の良い日を尋ねてから訪ねる予定だったのだが、指定された日は翌日。
兄曰く、当初からあった予定を全てキャンセルして、決行されたらしい。
いくらなんでもそこまでするなら参上は見合わせると記した手紙を早急に送ろうと慌てていると、元々こうなる事を予想しての段取りだったので問題無く、他の日に変えられた方が困るとの事だったので、それに従う事にした。
さすが長年第二王子のお目付け役を任されているだけの事はあると、兄には感心しかない。
第二王子に会う為、出勤する兄に付き従い私も馬車へと乗り込んだ。
実は王子と社交界デビューすら果たしていない令嬢が、会う機会は余り無い。
ではどうやって会うかというと、父親が社会勉強と銘打って城に参上するさい連れてくるのだ。
社会勉強中に運良く王子と会えれば言葉を交わし顔を覚えて貰えるという流れなのだが、勿論確実に会う事は出来ない。
その為、繰り返し社会勉強を行わなくてはならないのだ。
まぁ、王子でなくとも将来有望な青年が数多く存在する場所なので、婚約者探しにもなるのだろう。
これは、親同伴の婚活と言っても良いのかもしれない。
先程から廊下ですれ違う令嬢は、皆見目麗しく身のこなしも流石で気合いも入っている。
「相変わらずこちらは凄いですね。」
隣を歩く兄を見上げれば、笑いを噛み殺すように掌で口許を覆っていた。
「私は、お前の神経の図太さの方が凄いと思うぞ。」
そこは、私も否定せずに曖昧な笑みで流す。
というのも、向けられてくる視線の数が凄いのだ。驚愕の表情であったり、忌々しいと蔑む視線であったり、ただひたすら見つめてくるだけの視線が一番気持ち悪いが、それら全てを丸っと綺麗に流し私は凛とした態度を貫く。
怯もうものなら、これ幸いと付け入られるのがこの世界だ。
しかも誰に名乗らなくとも、この異端の容姿で、シオン・ド・リテールだと解るから余計に気は抜けない。
誰もが遠巻きで様子を伺っているだけで声を掛ける者などいないだろうと高を括っていると、想定外の出来事が起こった。
「シオン嬢?」
はっきりと名前を呼ばれては、足を止めないわけにもいかずに私は仕方なくも立ち止まる。
先に振り返り相手を確認した隣の兄が、僅かに溜め息を溢したのは私にも感じ取ることが出来た。
「どうして、ここに?」
石畳で出来た廊下に靴音を響かせ歩み寄って来たのは、漆黒の黒髪と金色の瞳を持つ精悍な青年アリストで、兄の溜め息を誘うには十分な理由を持っている相手だ。
「ごきげんよう、アリスト様」
場所が王宮だからか、幾分声が低くなっているアリストに、淑女の礼を向けると、同じく紳士の礼が返ってくる。
リテールの屋敷であれば、"こんにちは"で済むのに、本当に面倒臭い等と考えていると、兄へと挨拶が移っていた。
「スレイブも、お久しぶりです。」
学園で先輩だったせいか、それとも私の兄だからか、アリストは以外にも親しげに言葉を掛けている。
端から見れば、気心の知れた友人同士に見えるだろう。
「お久しぶりです。今日は第一王子の元に?」
兄の返しは幼馴染みで学友のアリストが、度々こちらに足を運んでいると伺えるものだった。
そんな問いに否定も肯定も無く曖昧に頷いて返したアリストは、私へと視線を落として来る。
「それで、シオン嬢はお兄様とこれから社会勉強に向かわれるのですか?」
この状況で、態々確かめてくるアリストに「はい」と、返すと僅かばかりに眉間に皺が寄るのが解った。
「妹は、将来魔法研究所に所属するのが夢なのたとか、私の仕事場にも興味があるとせっつかれて連れてきたんだ」
暗に婚約者がるのに社会見学は必要ないだろうと言いようだが、穏やかに返す兄に、アリストも強く出られないのか渋々納得したような態度を見せる。
「魔法研究所では、時折魔法の暴走があると聞きます。大事な婚約者に何かあってからでは困るので、私もご一緒させてもらってもよろしいですか?」
(はぁ?付いてくる?)
アリストの全く有り難くも無い申し出に、兄を見上げれば困ったような笑みを浮かべて大袈裟な程思案しているように見せていた。
それもその筈で、魔法省に入るには前もって許可が必要なのだ。
「いえ、私は兄が付いていますし…アリスト様にもしもの事があってはなりませんし…それに第一王子とお約束があられるのでしょう?」
遠巻きに付いてくるなと返せば、金色の瞳に意地の悪い光が宿る。
「今日と決めた約束ではないので、王子の方は問題ありません。それに魔法が暴走した際には、間違いなくお役にたてますよ?」
自信ありげに兄へと進言したアリストに、兄は諦めた様子で同行を許した。
「お兄様?」
良いのかと尋ねるように見上げれば、穏やかな笑みを張り付け簡潔に教えてくれる。
「シオン、アリストの魔力は私以上だよ」
断りようが無いとばかりに、視線だけで後は頼んだと告げられても、こっちも困るのだ。
(丸投げは無いよ。お兄様…)
肩を落とし、反対側を歩くアリストを見上げれば、思い通りに事が運んだ為か非常に機嫌が良い。
この機嫌が後どのくらい持つのだろうかと、私はこの先の算段をつけるのに大忙しだった。
☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆
王宮の隣に立つ魔法省の建物は、本来魔力を宿していない者の出入りは許可されない。
というのも、魔力に耐性の無い者が長時間魔力に当てられると、体調を崩すからだ。
ちなみに私にも魔力はあるらしい。らしいというのは、魔力があっても使えたためしが無いからだ。
三歳以前には、何度か簡単な魔法を使っていたらしいが、"はしか"が完治して以降魔法は使えなくなった。
恐らく、凛としての記憶が問題なのだろう。常識や価値観が塗り代わり、魔法の原理が私の中から抜け落ちたようだった。
自慢じゃないが私の魔力量はそれこそご先祖様と同じレベルで、この国の魔力保持者の上位3位に入るらしい。
使えればそれこそ物語のヒロインの座は間違い無いだろうが、使えなければなんの意味もない自慢なので、知る人は僅かばかりの魔法省のお偉いさんと、うちの兄とルルくらいだ。
人の行き交いの多い王宮から、魔法省の建物へと移ると、殆んど廊下を歩く人の姿は無くなっていた。
皆自分の研究や仕事に終われているのだと、昔初めてここに足を踏み入れた時に魔法省のお偉いさんに教えられた事がある。
あれから、数年経ってもそれは変わらないようだ。
お陰でこちらは大助かりとばかりに、兄とは私を挟んで反対側を歩いているアリストへと声をかけた。
「何でついてきたの?」
私の隣をゆっくりと歩いていた兄だったが、礼儀を全く気にする事無くアリストへと唐突に質問息を投げ掛けたせいか、驚いた表情で様子を伺っている。
突然質問を投げ掛けられたアリストの方は、特に驚く事もなく軽く頭を掻くと、「暇だから」と、平然と返してきた。
そんなアリストにも兄は驚いた様で、視線だけを向けている。
「暇潰しに付いて来られても、迷惑よ?」
はっきりと拒絶を示せば、アリストは言葉にならない声で長く唸ると、兄へと視線を向けていた。
「最近、機嫌悪そうなのに合わせて大丈夫なの?婚約の件もあるし、シオンに迷惑掛かけるくらいなら、俺が前に出るけど」
単に私を心配して付いてきたのだと言うアリストに、兄は心底以外だとばかりに、真面目な顔で首を傾げている。
「心配無いわよ?こちらに戻った挨拶に行くだけだから」
にっこりと笑って見せる私に、アリストは眉間に深く皺を寄せ呆れたように首を降って見せた。
「拒否られたら気分良くないだろ?」
こちらの言葉を信じていないのか、吐き捨てるように言い放つと、兄へと刺すような視線を向けている。
「態々、妹に嫌な思いさせなくても委員じゃないの?」
敵視され刺すような視線を向けられた筈の兄は、一瞬呆気にとらはしたものの、とうとう声をあげて笑いだしていた。
そんな兄に怒りを募らせたアリストの表情は殺気立ち、視線だけでも人を殺せそうなくらいなのだが、兄は心底珍しいものを見たとばかりに笑い続けている。
私はというと、そんなふたりを呆れて眺めていた。
「安心していい。王子がシオンに辛く当たる事は無いから。」
笑いを納めた兄に、疑い深い視線を向けているアリストだが、先程よりは表情に柔らかさが戻ってきている。
兄は何がツボだったのか度々小さな笑いを溢しているが、一つ咳を吐くと改めてアリストへと向き直った。
「第一王子に幼馴染みがいるように、あの気難しい殿下が唯一側に居るのを許した幼馴染みがシオンだよ。性別上良からぬ噂が広がらないよう、情報操作はされてあるがね。」
兄の説明の途中から、徐々に不味そうな表情を作り初めたアリストは、とうとう膝を折りその場に座り込んでいる。
「まさか、紺色の髪の美人な幼馴染みのルルって、ルルーシュ殿下?」
項垂れたまま尋ねてくるアリストには、私の苦い笑みは見えて居ないらしい。
「正解です」
私の返事と重なるように変なうめき声を上げたアリストは、心底困りきっている。
これは、追い討ちかと思わなくも無いが、以前に口にした願いをもう一度伝えてみた。
「アリストもルルとは、仲良くしてね」
「オレ、ルルーシュと仲良くなれる気がしないんだけど…」
この際漏らされた泣き言は、聞かなかったことにした。
3.俺の婚約者シオン・ド・リテール伯爵令嬢。
季節が夏に移り変わり王都の暑さから逃れるために、母親がフレーズの領地の屋敷へと移っても、俺は王都の屋敷に残っていた。
残った理由は特に無い。領地に戻るよりは王都に残り気心の知れた友人と、馬鹿をやりつつ長い休暇を楽しむ方を選んだだけだ。
毎日誰かの屋敷へと出かけ遠乗りに出掛けたり、令嬢から招待されるお茶会に参加したりして過ごしていると、ある日唐突にフレーズの領地へと移った母から、早急に領地へと戻るよう命令がかかった。
うちの母は言い出したら聞かない上に、機嫌を損ねると大変面倒な人だ。
たかだか数日領地に戻って、母親の機嫌が取れるならと、俺は素直に領地へと戻った。
しかも戻った早々お茶会に強制参加とは、ついていないと内心文句を言いながら着替えを済ませれば、いつも通りの流れで執事が今日のお茶会のメンバーを告げてくる。
相手に失礼が無いようにとの配慮から行われているものだが、相手は母の最も仲の良いリテール伯爵夫人だと告げられれば聞き流しても問題はない。
ただ「今回はご令嬢もご一緒だそうです」と、付け加えられた言葉には僅かばかりの興味が過った。
リテール伯爵家の長男は今通っている学園の先輩にあたる人物で、顔は知っている。
穏やかな雰囲気を持ち、両親譲りの美形な上に頭も切れる男だ。
第二王子のお目付け役などしていなければ、自分の幼馴染みの相談役になって欲しかったと、本気で残念に思う。
(リテールの令嬢ねぇ…)
リテールの令嬢の噂は随分と前に途切れたが、今でも時々令嬢の間で持ち上がっていた。
両親や兄とは全く異なった容姿を持つ少女。
この国では見かけることのない面立ちは、その昔この国を崩壊の危機から守ったという伝説の魔法使いの一人の面影を、色濃く写し出しているのだとか。
ただその姿が美しいのか醜いのか、目にしたことのある者の意見は様々で統一性がないので想像もつかない。
ちなみにうの母親から聞く話では"月の雫の妖精"との事だが、友人の愛娘だ。悪くは言わないと思う。
この退屈なお茶会も、王都に戻っ際には友人達との良い話のネタになると、母の待つ庭園へと足を運んだのだった。
☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆☆☆☆
手入れの行き届いた庭園の一角にガーデンセットを設置し、早々に客人を待つ母はすこぶる機嫌が良かった。
待ち人がリテール伯爵夫人だからか、それとも母お気に入り"月の雫の妖精"が一緒だからか、と考えたものの、両方で間違い無いだろう。
どんな気まぐれで自分を呼び出したかは解らないが、退屈凌ぎにはなると、客人を待っていると、淡い蜂蜜色した艶やかな髪に新緑の瞳が目を引く美しくも可憐な夫人が現れた。
「ローズお久しぶりね」
そう言って声を掛けた母にリテール夫人も挨拶を交わし、俺も紳士の礼を述べた。
すると、リテール夫人の後ろに隠れるように立っていた娘が、漸く姿を現し口を開く。
「ご招待ありがとうございます公爵夫人。ご子息様とはお初にお目にかかります。シオン・ド・リテールと申します。以後お見知りおきください。」
にっこりと微笑んだ少女シオンは、立派に淑女の礼をやって見せたが、その時の俺はその存在を認識するのでいっぱだった。
(何だこの生き物は…っていうか、生きてんのか?)
艶やかな黒髪に、潤んだ黒い瞳は太陽の光を浴び存在を際立たせている。
噂通り顔立ちは全く違っているものの、その全てが計算されて作られたかのように整っている。
単純に綺麗だと思った。
聞いていた年齢よりも小さいせいか、全てが頼りなく見え、口を開かなければ生があるのかさえあやふやに思える。
存在感は圧倒的にあるのに、儚くも消えてしまうのでは無いかと不安にさせられるのだ。
だからだろう、母親達が会話を交わしている間中、俺はシオンから目が離せなかった。
「はい。お母様、素敵な方ですね」
いつ自分へと話が向けられて来ていたか分からないままに、笑みを向けられ、柄にもなく恥ずかしくなる。
今までどんな令嬢にもペースを乱された事は無かった。
恥じらって視線を逸らすのは、相手の筈だったのにと、多少の苛立ちが過る。
そんな事を一人で思っているうちに、シオンの興味が母親達の話に戻っている事に気付いた。
隣では、母親がシオンの返事に受かれて、盛り上っている。
シオンの興味を惹くものから引き離したい一心で、俺はこの場から連れ出す事にした。
「退屈だろう?庭を案内しよう」
差し出した掌を中々掴んで貰えずに焦れていると、母からの後押しが利いたのだろう。小さな手が躊躇いがちに掴んできた。
繋いだ掌をいつまでも離せなかったのは、小さすぎて歩幅が検討もつかなかった事に加え、いつ消えてしまうか不安だったからだ。
全く、自分の思うように運べない。
ただ恐あの調子だと、うちの母親は婚約に話を持っていくだろう事は、容易に想像が付いた。
親が纏めた縁談というところが気に入らないが、シオンが自分のものになると思えば、まぁ良いかと思えた。
話をすれば、するほどシオンは面白い。一見儚げな印象を受けるものの、中身を知れば知るほど真逆で図太く気も強い。
(恋をしたいと言っていたが、俺以外に恋したら相手消しちまうかもなぁ。)
ルルーシュに挨拶に行くと言ったシオンと別れ、今までの事を思い返しながら当初の予定通り第一王子である幼馴染みライラスの部屋へと顔を出す。
すると、部屋の主人とは別に残りのふたりの幼馴染みの姿もあった。いつもと変わらない風景。
何も変わらない日常に、これからはシオンが加わるのかと思うと、無意識のうちに顔がにやけてくる。
自分でも分かるくらい機嫌を良くしていたところに、余り歓迎できない言葉が掛けられた。
「アリスト、すまない。ルルーシュが迷惑を掛けているようだな」
まばゆいばかりの金髪に、赤みがかった瞳を持つライラスは男らしく精悍な顔立ちを、僅かに歪めてみせる。
王者たる佇まいを持つライラスが、明らかに気落ちする姿も珍しく、アリストは軽く笑い飛ばした。
「いや、最近良く絡んで来ると思ったら、ルルーシュのお気に入りだったらしいじやん。」
そう言えば、シオンと婚約した当初、ライラスが本当にリテールの令嬢と婚約したのかと聞いて来た事があった。
その時は、婚約は面倒だと笑い飛ばしていた自分が、急に態度を変えた事が信じられずに尋ねて来たのだろうと思ったのだが、ライラスはルルーシュの幼馴染みと婚約したのかと尋ねたかったのだろう。
いつも思うが、不器用な幼馴染みは言葉が足りない。お陰で、真意に気付くのが、後からになる事が多々ある。今回の件もそのひとつだ。
ライラスとルルーシュは、母親は違うが同じ王を父に持つ兄弟だった。
そのせいか一緒に過ごす時間は少なく、互いに干渉し会わない。仲は悪くもないのだろう。ルルーシュは守るべき弟なのだと、ルルーシュに過敏に反応する回りの態度を嗜める事もあった。
俺はライラスの言葉を、早い段階で聞き入れれば良かったのだ。
ライラスは生まれた時から王者だった。第一王子、次期国王。
国民の為この国を守り、この国を発展させる義務があると静かに語ったライラスは当日3歳だった。
その時は真面目な奴だとしか思っていなかったが、人一倍真剣に学んでいる姿をいつも目にしており、何故だか時折胸が傷んだ。
ライラスの魔力は少ない。表だって誰も口にしないが、魔法のあるこの国ではどうしても魔力が重要視される傾向がある。
こんなに努力して頑張っているのに、時折王宮で耳にする噂は「第二王子の魔力は我が国のトップレベルだそうですよ」と、第二王子の事ばかりだった。
どうにもならない苛立ちが日々積み重なったある日、事件が起きた。
第二王子ルルーシュの魔力が、暴走したのだ。
その日も俺達はライラスの部屋で変わりなく過ごしていたが、世間話をしながらも異変は感じとっていた。
だから念のためにと結界を張ったのだが、その直後礼儀もかなぐり捨たように第一王子であるライラスの部屋のドアが開かれたのには腹が立った。
現れたのは、魔法省の者だろう。王宮勤めの者の制服とは異なっている為一目で区別出来る。
結界が無ければ入室許可も取らずに足を踏み入れていただろう魔法省の者は、見えない壁に阻まれその場に押し留められていた。
「失礼いたします。ライラス殿下、アリスト様に急ぎお話がありまして、宜しいでしょうか」
告げられた内容にライラスは無言のまま、こちらへと視線を向けてくる。
「何かあったのか?」
部屋の外にいる魔法省の者にではなく、こちらに尋ねてくるのは、咄嗟に張った結界のせいだろう。
ライラスにも魔力が無い訳では無いのだ。
「弟殿下が魔力を暴走させてるみたいですね」
事もなく伝えると、ライラスは息を呑むのと同時に眉をつり上げた。
「そこでアリスト様のお力もお借りしたく参りました。」
時間が惜しいとばかりに告げられたものの、俺は軽く手を降る。
「場所は魔法省だろう?自分達でどうとでも出来るだろ」
行くつもりはないと言えば、あちらも引き下がれないと言葉を募ってきた。
「ルルーシュの暴走をアリストなら押さえられるのか?」
全く動かない俺にライラスは溜め息を漏らすと、魔法省の者に問いかける。
「恐らく、魔法量はルルーシュ様の方が勝りますが、発動センスはアリスト様の方が長けておられますので」
淀みなく答える魔法省の者に、無意識で舌打ちが漏れた。
「魔法に関しては個人情報だろ。勝手に洩らしてんじゃねぇよ」
この国の民は貴族平民に関わらず魔法の診断が行われる、その診断結果は魔法省の管轄で保管されるのだが、それは決して公開されることは無い。
ただ魔法を所持していると分かれば、他者よりも優位に居られるのだから、口を閉ざす者の方が少いのだ。
アリストはその少ない者だった。
「そうかならばアリスト行ってもるえるか。俺がルルーシュを止められれば良かったのだが、出来ないからな。」
今まで何をしても決して出来ないと口にした事の無かったライラスに、出来ないと口にさせたのはルルーシュではないが、そういう状況を作り出したのはルルーシュなのだと、腹の底から怒りが沸いてくる。
「行けばいいんだろう?行ってやるよ。ただし怪我させても責任取れねぇからな」
そう吐き捨てると、部屋の素とへと歩き出す。
「アリスト、結界が解かれていない」
完全に結界の外へと出てしまったからか、ライラスが珍しく慌てた様子を見せた。
「あぁ、このくらいなら平気だから、事が済むまでそのままにしとく」
じゃあ行ってくると、手を降ればまたしてもライラスにすまないと頭を下げられた。
またしても小さな舌打ちが漏れる。
「甘やかしてっから、暴走なんてへまやらかすんだろ」
苛立ったまま吐き捨てた言葉には、どこからも返事は反ってこなかった。
結局この時アリストが駆けつける前に、ルルーシュの暴走は治まり、魔法省の建物を一棟半壊にして終息したのだが、それからだアリストがルルーシュに対して攻撃的になったのは。
立場上第二王子であるルルーシュに、正面から何をする訳ではないが、全てを否定してきた。
未熟だ。つかえない。数々の暴言を吐いたのは幼さからくるものだった。
今では精神的にも成長し、気に食わない相手であれば視界に入れず関わらないといった対応をとっている。
自分はそれが許される立場だった。
「アリスト気になるなら、ルルーシュの元に行ってみるか?」
物思いに耽っていると、突然声を掛けてきたライラスに、眉間の皺を寄せたまま溜め息を漏らす。
「嫌止めとく。シオンも来ない方が良いっていってたから」
「幼馴染み殿は今日来られてたのか。道理で、ルルーシュの機嫌が良かったはずだ。」
無表情ながらも相手の様子はきちんと把握出来ているライラスに、俺は素っ気なく話を終えようとしたものの、多少考えるような仕草を見せられ思い止まった。
ここで話を終えれば、ライラスもこの後の言葉を飲み込む事を長い付き合いで分かっているからだ。
しかも、何だか嫌な予感がして落ち着かない。
「だったら、やはり顔を出した方が良いと思うぞ。幼馴染み殿の婚約が決まった時期から、ルルーシュは何かに取りつかれたようにアリストの素行調査を初めていたからな。」
初めて知らされる話に、項垂れ掛けていた体を慌てて起しても、ライラスの表情は相変わらずの無表情だ。
「この報告書を見せれば、きっと思い直す筈だと俺にも見せてくれたが、余り誉められたものじゃ無かったな」
内容を思い出したのか、凛々しい眉を歪めるライラスに、飛びかからん勢いで詰め寄る。
「何でその時に取り上げてくれなかったの!」
ライラスもライラスだが、報告書の出来をライラスに確認を頼むルルーシュもルルーシュだ。
「嫌、珍しくルルーシュが満足そうな表情を見せたからな。取り上げるのも可哀想だと思ってそのままにしておいたんだが、やはりアリストに迷惑をかけるのも申し訳ないので知らせたまでだ」
「やっぱ、ルルーシュのとこ連れてって、そんで俺の援護を頼む」
「了解した」
余り当てにならないと思いつつも、第二王子と対面するにはアリストの力を借りる他はない。
こんな事ならさっき動揺して離れるべきでは無かったと、己の判断を悔やんだのだった。
4.実は皆仲が良いようです
魔法省の一角にある兄の研究室に足を踏み入れどれ程の時間が過ぎただろう。
数年ぶりに顔を合わせたルルーシュは、相変わらずの美貌に磨きがかかり以前の幼さが嘘のように、落ち着いた雰囲気を纏っている。
だが、話の内容は子供が正義を振りかざすようなお節介そのものだった。
良くここまで調べたものだと感心しなくもないが、内容がアリストの素行調査では誉めようがない。
数枚に渡る報告書には、アリストの女性関係から素行の悪さが記されてあり、私はその一枚一枚に目を通さなければならないという苦行を強いられていた。
女性受けする精悍な容姿と、上位貴族の子息という肩書きを十二分に利用した行いは、達が悪い。
とんだ不良子息だとは思うが、私に実質被害がないので情報として頭の隅に置いておく程度のものだった。
「シオン、シオンはアリストに騙されてるんだ。目を醒ました方が良い。」
つらそうに眉を寄せるルルーシュの姿は、見ている方が胸を痛めてしまいそうだ。
困り果てて部屋の片隅で様子を眺めている兄へと助けを求めて見ても、軽く首を降って左右に降られ期待できない。
どうしたものかと、言葉を探していると、部屋のドアがノックされた。
「スレイブ、少し邪魔しても良いか?」
私には聞き覚えのない声に問われると、途端に佇まいを直した兄は、ルルーシュへと視線を向けルルーシュが返事を返した。
「どうぞ」
ルルーシュの声に答えるように開かれたドアから現れたのは、輝く金色の髪に赤茶色の瞳を持つ、毅然とした青年と、先程別れたら筈のアリストだった。
「兄上…」
まさか、自分の兄が現れるとは思ってみなかったのか、ルルーシュは一瞬固まったようだが、その後に続いたアリストを見て、美しい顔を歪める。
「シオン嬢、初めてお会いするな。ルルーシュの兄ライラスだ。以後よろしく頼む」
誰よりも先に言葉を掛けられ、座り込んでいたソファーから立ち上がった私も淑女の礼を返した。
「シオン・ド・リテールと申します。こちらこそ宜しくお願い致します。」
頭を上げると、ライラスにソファーを示されそれに従うように腰を下ろす。
そんな私を見届けると、ライラスは一人掛けのソファーに、何故かアリストは私の隣へと腰をおろした。
「アリスト様?」
まさか第一王子を引き連れて再び現れるとは想像もしていなかったせいで戸惑っていると、視線の先ではアリストがルルーシュの調べた報告書を手にしている。
「良く調べてあるな。」
苦笑いを浮かべたアリストに、ルルーシュは満足な笑みを浮かべていた。
「ありがとう。アリストが兄様を心配するように、僕もシオンが心配だから、出来る限りの事はさせてもらったよ」
悪びれる事無くそう述べたルルーシュに、アリストの表情も苦いものになった。
「その報告書を読んで、シオン嬢はどうしたい?」
ライラスはその内容を知っているのか、静かな声で私に問いかけてくる。
生まれもった王者のそれが、この場を支配ているようだ。
アリストもルルーシュでさえライラスの問を妨げない。
「そうですね。結構なやんちゃをされていたようですが、私に実害は無いので、特にどうしようとは思いません。」
考えるのも面倒になり、素直に答えると、ライラスは驚きの表情を見せた。
「こういっては何だが、アリストとルルーシュの仲も良いとは言いがたいぞ」
その言葉にアリストとルルーシュへと交互に視線を送る。
「それはアリスト様とルルーシュ様の問題で、私には関係ありませんよね」
ライラスにではなく、アリストとルルーシュに尋ねれば、二人とも各々に騒ぎだした。
「確かにそうだけど、アリストの素行の悪さ見たでしょう?シオンに絶対迷惑掛けるよ。関わらない方が良い。」
「はぁ?今迷惑掛けてるのは間違いなくお前だろうが」
「僕は今シオンを困らせてるかもしれないけど、この後アリストの掛ける迷惑に比べれば可愛いものだと思うけど」
「何勝手に決めつけてんだ!」
その光景を私と兄そしてライラスも呆れて眺めていたのだが、どうにも収集はつかなそうだ。
「シオン」
見かねた兄に呼ばれどうにかしろと視線を向けられたのだが、ライラスも同じ気持ちのようで、静かに頷いている。
また、面倒な事をこちらに降るんですかと、肩をおとしつつルルーシュへと声をかけた。
「ルル、婚約しても私とルルが友達で幼馴染みな事には変わりないわよね」
「当たり前でしょ!折角王都に戻って来たんだから、これから色んな事をしようよ」
これからの事に思いを馳せているのか、ルルーシュの美しい顔には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「そうね。でも、婚約を破棄したらそれは結構難しいのよ。今よりずっと小さい頃なら出来てたことも、年齢を重ねると未婚の令嬢っていうだけで変な噂をたてられるの。私は、お父様やお母様にそんな迷惑を掛けなるくらいなら、シオンと会うのを止める方を選ぶわ」
決別を匂わせる内容に、ルルーシュの表情が段々と色褪せて行くのを、回りが息を呑んで見守っていた。
ルルーシュの気持ちに流されるように、部屋の温度も下がったように感じて隣のアリストを見ると、鋭い視線でルルーシュを観察しているようだった。
「それで、シオンは僕ともう会えないと伝えにきたの?」
感情的の抜け落ちたルルーシュは、美しく整いすぎて人形のようだ。回りが息を呑む中、私はあれ?と首をかしげた。
どうも、言いたいことが伝わっていないらしいと気づいたのは、ルルーシュの体を覆うように淡い紺色の魔力が見えたからだ。
「それは、婚約を破棄した場合でしょ?ルル、私さっきこれからも宜しくって言わなかったかしら…婚約者のアリスト様も私がしたいようにして良いと言ってくれてるから、今まで通り色んな事が出来ると思ったんだけど…」
言いたいことが上手く伝わっていないらしいと、今までの話を思い起こしていると、ルルーシュの雰囲気も幾分か軽くなっている。
「アリストが他の男と会っても良いって言えば、問題ないの?」
言い方は余り宜しくないが、概ね間違いないと頷いて見せる。
「婚約者が誤解しなければ良いんじゃないかしら?でも、普通は許せるものじゃないのよ。どうしても男性は女性を所有したがるから。良かったわね、アリスト様が話のわかる人で」
ルルーシュににっこりと笑いかければ、ルルーシュも笑顔を返してくる。
「ごめんなさい、アリスト。身辺調査はやり過ぎたと思うけど、お陰である程度の厄介事の予想はついたから、後は僕が処理する。気にしないで今まで通りの生活を送ってくれて良いよシオンも気にしてないみたいだから」
素直に謝るルルーシュに、アリストと兄はひきつった表情を見せ、ライラスは満足気に頷いていた。
「良かったなルルーシュ。シオン嬢がアリストと婚約していれば、今までより王宮に来やすくなるぞ」
婚約者が一緒であれば王子と会っていても、好奇の目に晒される事無く、ましてや第一王子の幼馴染みだアリストについてきても問題はないと助言まで行っている。
ライラスの助言に一層喜びを露にしたルルーシュは、アリストへの蟠りも綺麗に無くしたようだ。
「二人とも仲良くなれそうで、良かったですね」
サファイアの瞳に笑みが浮かんでいるのを確認したアリストは、渋々と頷いて見せた。
「じゃあ、これはこの先も必要ないね」
ルルーシュは上着の内ポケットから一枚の封筒を差し出してくる。
それを受け取った私が中を開くと、隣から覗き込んでいたアリストの米神には大きな青筋が浮かんでいた。
内容はというと、ルルーシュから父王に当てたもので、自分の王位継承件を放棄する変わりに、アリストと私の婚約を破棄させて欲しいとの懇願書だ。
その書状は即刻アリストの手によって、灰へと変えられたのだった。
「本当に、仲が良いな」
王宮のルルーシュの部屋で先程からあぁでもないこうでもないと、様々な石をつかんでは離している私たちに掛けられた声だ。
私とルルーシュは部屋の中央に置かれているそれなりに大きなテーブルを囲んで立っていたので、そのまま重厚なドアを開いて現れたライラスに、挨拶を向ける。
「兄様、こんにちは」
「ライラス様、ごきげんよう」
「あぁ、二人とも元気で何よりだ。」
威厳に満ちた顔に僅かばかりの笑みを浮かべたライラスは、テーブルから離れた場所に一人掛けの椅子に腰をおろしている幼馴染みへと、視線を向けた。
「あれは、何をしてる?」
興味深げに視線をシオンとルルーシュに向けるライラスに、アリストはつまらなそうに答える。
「石に魔力を移す実験だってさ」
ここに来て数時間経つが、どれも成功せずに時間が過ぎているのだが、二人は飽きもせずに何やら祈る様なポーズで繰り返していた。
端から見れば可愛らしい姿も、時折暴発するルルーシュの魔力のお陰でおちおち気も抜いていられないのだ。
「それでアリストは、ルルーシュの魔力が暴走しないか見守っている訳か」
変われば変わるものだと言わんばかりのライラスに、アリストは気まずさから視線を反らす。
「しかし、ルルーシュは分かるがシオン嬢もそんなに魔力があるのか?」
魔法省に足を踏み入れられる位なので、魔力はあるのだろうが、他の物質に魔力を宿す程の量はありそうに見えないと、アリストへ視線で問うと、アリストも肩を上げて分からないと返した。
「ルルーシュ、先程から幾度か魔力が暴発しているようだが、シオン嬢に怪我はないだろうな」
魔力のコントロールがどうだとふたりして真剣に話し合ってい所に声を掛けると、ルルーシュがシオンをすみなく見渡している。
アリストが付いていて、怪我をさせる訳は無いと思いつつも、自分のところまで届く暴発は気がかりだった。
「シオンは、魔法では怪我しないんで大丈夫です」
服の方もアリストが防御してくれているので、汚れひとつないと、にこやかに答えるルルーシュに、アリストが無言で立ち上がっている。
「魔法では、怪我しない?」
意味が分からないと腕を組んだライラスをよそに、シオンへと歩み寄ったアリストは、ふたりのいるテーブルの側で観察する事にしたらしい。
「もっかい暴発させてみな」
アリストの言葉に首をかしげつつも、ルルーシュは石を握り混み力を流す。
すると、以外にも大きな爆発音と煙幕に三人の姿が掻き消された。
数秒程で広がっていた煙幕は拡散し、三人の姿も煙幕にのまれる前と寸分変わらずに現れる。
「本当だ…。魔法が相殺されてる」
自分の見た事が信じられないとばかりに、低く漏らしたアリストは、形の良い指を顎に当て、口を閉ざした。
ルルーシュとシオンが首を傾げて眺めていると、思案したままのアリストが口を開いた。
「シオンは魔力を持ってるんだよな。ルルーシュの魔力の暴発を相殺できるくらいには高い。魔力量が多いから効かないように見えているだけじゃないのか?」
尋ねられたシオン本人にはさっぱり分からず、ルルーシュへと助けを求めると、変わりに答えてくれる。
「シオンの魔力量は多いけど、魔法も効かないよ。一般的な治癒魔法も拒絶するから、怪我なんかしたら大変なんだ」
本気で困り顔を見せるルルーシュに、シオンは大したことじゃないとばかりに笑って答えた。
「別に治癒魔法が効かなくても、普通の医療は効果があるので大丈夫ですよ?それに、魔力があるせいか傷の治りも普通よりとても早いんです。」
特に問題ないと答えるシオンに、ルルーシュは大きく肩を落とす。
「3歳までは、魔法も使えていたみたいなんですけど、高熱を出して寝込んだ後には、使えなくなっていました。体質が変わってしまったんですね」
笑って済ませるシオンに、アリストとライラスは思い思い呆れた表情を浮かべた。
「あっ、でもルルの魔力と私の魔力は共鳴するらしいです」
説明は出来ないと、ルルーシュを見上げると、大丈夫と宥めるように頭を撫でられる。
「共鳴で何が出来んの?」
純粋な興味から尋ねたアリストに、ルルーシュは何ができたかと思い出していた。
「何が…、シオンのいる場所に瞬間移動したり、魔力を流し込んで一時的に治癒力を上げたり?後、シオンの魔力を受けとる事くらいかな」
余りないと、漏らしたルルーシュに、アリストの瞳は凍えるような冷たさを見せる。
「魔力は個人で性質が異なるよな。何でお前とシオンが共鳴出来るんだよ」
「暴走した時に何かあったんじゃないかな?僕の魔力の暴走止めてくれたのがシオンだったから」
ルルーシュは当たり前のように漏らしたが、間違いなく魔法省の中でも極秘内容に含まれているものだとわかる、アリストとライラスはきつく他言無用を言い渡す。
何故だと納得できていなさそうなルルーシュに、シオンの安全に関わるからだと言えば、それ以上に追及してくる事も無かった。
難しい話も終わりだと分かると、シオンとルルーシュはまたしても、実験へと取り掛かり始める。
そんなふたりから離れもとの椅子へと腰を下ろしたアリストに、ライラスが静かな声で語り掛けた。
「シオン嬢の魔力量は恐らくルルーシュと同等かそれ以上か」
「あの暴走を何の策もなく相殺したんだぜ、ルルーシュ以上だろ。」
「リテール伯爵が溺愛する令嬢と、素行の悪いアリストの婚約を承諾した理由が分かって良かったな」
「それ、本気で言ってんの?」
「何だ、違うのか?」
「嫌、違わないな。まぁ、自分の婚約者位自分で守れねぇと格好つかないし、良いんじゃない?」
金色の瞳に好戦的な光を灯し、アリストは隣に立つライラスを見上げる。そんなアリストにライラスは、満足気に大きく頷いた。
5.とうとう学園に入学しました
王都の中央にある王都学園は国内トップの成績を誇る学園だ。授業内容は一般的な授業の他か専門的な授業を受ける事ができる。
受け入れは12歳から16歳までとなり、学ぶ教科によって在籍年数も変わってくるが、どの学科の卒業生も優秀な人材ばかりだった。
貴族も一般市民も同じく成績のみを考慮され、入学を許可された者は等しく寮住まいとなるのだが、さすがに一般生徒と貴族の子息を同等の部屋に入れるのは難しいと、階級別に住まう棟は別れている。
その王都学園にシオンはルルーシュと共に、今年はれて入学する事となった。学科は魔法研究学科。主に魔法の原理と、魔法の可能性を学ぶ学科で在学期間は2年となっている。
先に在籍しているアリストやライラスは、法皇学と何やら難しい学科に席があるらしい。
第二王子であるルルーシュもそちらを学ぶべきなのではないかと尋ねてみたところ、ライラスがしっかりとそちらを学んでくれているので、自分は自分の得意分野を伸ばした方が将来兄の役にたてるからとのことだった。
「シオンの部屋と、僕の部屋は隣同士みたいだから、良かったね」
石畳で出来た寮の廊下を歩きながら告げられた言葉に、違和感を持ってしまうのは、凛の記憶からだ。
「普通、部屋って男女別棟とかになるんじゃないのかな?」
入学手続きはルルーシュがやるから大丈夫だと引き受けてくれたので任せてしまったが、そういうものなのだろうかと、隣を歩くルルーシュを見上げると、そうなの?とばかりに流された。
「ここの寮って、階級別だったり学年別だったり学科別だったりで、細かい規定があってね。運良く今年の魔法研究学科の貴族階級は僕とシオン位だった。他の棟に行けばまた違う学科の貴族がいるみたいだけど、セキュリティの関係上この棟のこの階には出入りできなくなってるみたい。」
あぁ、それは第二王子の為のセキュリティかと思い至れば、男女どころじゃないなと納得できる。
「兄様やアリスト達は下の階を割り当てられてるみたいだよ」
何故第一王子よりも上の階なのかと驚いていると、年齢的に移動の便利な下の階を上級生が使用するのだそうだ。
「そっか、ルルこれからも宜しくね。」
「僕こそ、宜しくね。」
ふたりで和やかに挨拶を交わしていると、何やら廊下の一ヶ所がやけに騒がしい。
ルルーシュの話では、この階を使用するのはふたりだけの筈ではなかったかと首を傾げていると、騒ぎの現況である人物が靴音を響かせこちらに歩み寄ってきていた。
「あれ、アリスト様?」
見慣れた露かな黒髪と金色の瞳を持つ精悍な青年は、見間違える筈も無いアリストその人だ。
「何を、騒いでたんですか?」
部屋の前では、使用人のメイド達がほっとした様子を見せ、その向かいからは、金色の髪と赤茶色の瞳を持つ第一王子が威厳に満ちた足取りでこちらに向かっていている。
「何で、ルルーシュの隣の部屋な訳?」
元々鋭さのある金色の瞳に、苛立ちを募らせたアリストに見下ろされ息を呑んでいると、隣に並んでいたルルーシュが先程と同じ説明を繰り返した。
「セキュリティの問題なら、お前らも下の階に来れば良いだろ部屋だって余ってんだから」
納得いかないと、捲し立てるアリストに、ルルーシュはのらりくらりと返事を返すところから、聞き入れるつもりは無いように見える。
「でも兄様やアリストは学年も上だし、学科も違うでしょ?活動時間だって合わない事が多いんだから、階が違う方がお互い気兼ねしなくて良いと思うよ?」
正当な回答に私も頷いていると、アリストの瞳が明らかな苛立ちを映した。
「婚約者が同じ棟にいんのに、違う階に王子とふたりだけで部屋を使わせたりすれば、シオンが悪く言われんのくらいわかんねぇの?」
まぁそこは確かにと思うが、そのくらい言われても別にいつもの事だからと言い掛けたといえば今以上に苛立ちを募らせるのだろう。
どうしたものかとシオンが思案している側で、ライラスがルルーシュへと問いかける。
「下の階には俺やアリスト以外の者もいるから、ルルーシュが嫌がるのも無理はない。なら、この階にアリストの部屋を移したらどうだ?そうすれば、シオン嬢が何か言われてもアリストが何とかするだろう。」
ライラスの提案に、渋々と頷いたルルーシュを、ライラスは良く聞き分けたとばかりに、頭を撫でた。
撫でられる事を恥ずかしそうな表情で受け入れるルルーシュに私も心を和ませ笑みを浮かべながら見守っていたのだが、アリストは興味が無いとばかりに、自室の移動を指示し始める。
「ライラスは、ルルーシュに甘過ぎる」
どこからも異議が上がらない事を確認すると、話は纏まったとばかりに先にふたりの元を離れていたアリストの横を通りすぎる際、機嫌の悪い声でそんな言葉をなげかけられた。
言った本人は機嫌の悪さなど無自覚のようで、ライラスはそうかと真面目な顔で返すと、今後の選択教科の相談に入っているシオンとルルーシュへと振り返る。
「ふたりとも、楽しそうで良かったな。」
「こっちは、楽しくないんだけど?」
無意識に呟かれた言葉に、アリストは大きなため息と共に不満を返した。
いまいち、勝手が分からず、纏めての投稿となってしまい長々と失礼しました。次回からは、少しづつ投稿したいと思います。