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『The answer is……』

Apple Sauce.

作者: 雪つむじ

『The answer is……』の後日談となります。

ホラーではないと思いますが、シリーズなので一応ホラーとなっています。

いつもこの季節になると、実家からはカラフルなリンゴの箱詰めが届く。

赤や、黄色や、緑。まるで、忘れるなとでも言わんばかりに。

色とりどりのリンゴを上から眺めると、最初にどれを手に取ろうか。

きれいに洗って、かじってみようか。

わくわくする。

ただ、私が好きなのは、いつも決まって一つ。

ベッドサイドに置かれた真っ赤なリンゴを、手のひらでコロコロ転がしていると、その柔らかさに心を奪われそうで。

私の手がリンゴをもぎ取って、無理やり口に押し込む。

キスをする必要もないのに。

キスをする場所じゃない場所に。

キスをする。

てらてらと濡れて光るリンゴは。

赤い色を、垂らす。

どうして、クリスマスの飾りにはリンゴが入っているのか、聞いたことがある。

明確な答えはなかったけれど、このイベントにリンゴが飾ってあるのを見かけると、ほんの少しだけ、背徳的な甘さを感じる。

最初。

私とあなたは、何も纏っていなかった。

それが、リンゴを口に入れることで、纏わなければならなくなった。

知恵の実。

スーパーでも手に入る、安っぽい知恵の実。

それを、二人で、端からほおばる。

互いの顔が見えなくなるくらい、近くから。

互いの目が、見つめあうことができるくらい、近くまで。

真っ赤に、ベタベタになった二人の顔は。

そのまま、まるで延長戦の様に、互いをむさぼり始める。

互いの体に、口づけをする。

口づけをしたところが、リンゴのように真っ赤になる。

どうして、人はリンゴのように赤くなるのだろう。

黄色や、緑にならずに。

あぁ、そうか。

リンゴは赤いからだ。

だから、私はリンゴが好きなんだ。



リンゴの種は。

生きているうちは、芽を出さないそうだ。

つまり、芽を出したリンゴは、死んでしまったということになる。

死んでいた、でもいい。

その場合、リンゴは生き返ったのか。

それとも、新たに生まれたのか。

それはそもそも、リンゴなのか。

どこまでが死で。

どこからが生で。

カラカラに乾いた種を見ていると、そんなことを考えてしまう。

カラカラに乾いた種を、あなたの耳の奥に、そっと、埋める。

するとその種は、芽を出す。

知らず知らずのうちに。

じわじわと、脳の中に根を張り、だんだんと、感覚を麻痺させる。

まるで、アダムとイヴのように。

世界が、イラストの一枚のようになる。

毎夜毎夜、繰り返される日常。

つまりは、日常こそが最も恐ろしい。

そのことをはっきりとさせるように、サイレンの音が、今日も窓の外に響く。

『…この不可解な事件は、その発生から今日まで、原因不明のまま…』

つけっぱなしのTVからは、毎日同じコメントが流れてくる。

それも、日常にさっと滑り込まされたものになった。

誰も、TVなんか見ていない。

つまり、もう誰も、違和感を覚えない。

プチ、プチ、プチ。

耳奥に残るノイズ。

カツ、カツ、カツ。

長い廊下を、靴底が叩く音。

コンコン。

ノックされるドア。

「どうぞ」

カチャっと、鍵の開く音がする。



「あ、京子ちゃん」

グレーのスウェットを着ためぐは、久しぶりに来たであろう知り合いに、パッと顔を明るくした。

通された部屋の中には、本当に何もない。

マットレス、トイレ、壁にはクッション材。

空は、格子状に切れ目が入っている。

「ひさしぶり、めぐ。元気?」

にっこりと、笑い返す。

「うん、元気だよ。でも、毎日毎日こんな格好だから、根っこが生えちゃいそう。全然、運動もできないし」

そういいながら、私にギュッと抱き着いてきた。

深呼吸。

「あぁ、久しぶり、京子ちゃんの匂い。本当に、おいしそう」

そう言って、首筋にそっと、舌を這わせてくる。

私も、めぐを抱きしめる。

「ねぇ、めぐ」

「なぁに、京子ちゃん」

頭を、よしよしと撫でて。

耳にそっと、口を近づけて。

「私のこと、好き?」

そう言って、耳たぶを噛む。

「うん、好きだよ、京子ちゃんのこと」

甘い声。

「私を、また、食べたい?」

めぐは、ぶるっと震えて。

目を、とろんとさせて。

「うん、うん。また食べたい。もっと食べたい」

だんだんと、息が荒くなる。

「食べさせて」

首に、舌とは違う、硬い感触が当たる。

そのまま、手がブラウスのボタンに触れて。

その中に、細い指が、するりと、滑り込んでくる。

「京子ちゃん、あのね、あたしね」

荒い息を継ぎながら、めぐが言う。

と。

コンコン。

ドアが再びノックされる。

「残念、めぐ、また今度だって」

そのまま顔を埋めようとするめぐを、そっと引きはがして。

「京子ちゃん?」

そっと、口づけをする。

めぐの味を、確認する。

「また今度、会いに来るから」

私はそう言う。

「また来るから」

その、とろんとした瞳を見に。

「きっとだよ」



建物の玄関を抜けると、真っ平らな芝生が広がる。

後ろにはクラシカルな形をした、いかつい建物。

その形はまるで、どこかで何かを威嚇し続けているようで。

どこへいっても、この手の建物には、周りになにもない場合が多い。

見える範囲に民家はなく。

遠く、フェンスの向こうに見えるのは電波塔。

つまり、フェンスのこちら側が、この敷地で。

そのフェンスが仕切っているのは、外か、中か。

守っているのは、どっち側なのか。

そんなことを考えながら、ひび割れたアスファルトを進む。

変色した草が、アスファルトの間から見え隠れする。

時折、その草を踏んで、歩く。

「おまたせ」

広い駐車場の一角。

茶色い車の助手席に座る。

「木野、元気そうだったか」

倒していた椅子を起こしながら、隆がそう言う。

建物からなるべく見えないように、という配慮なのか。

それとも、単に眠かったからなのか。

小さな車の中に、大きな人が乗っているのでは、どうやったって隠れようがないと思うのだけれど。

「ええ、元気そうだった。全然変わってない」

「そっか」

そう言って、ダッシュボードにおいたメガネをかけ直す表情を見て。

この人は、外を見たくなかったんだな。

そう感じてしまった。

うやむやのうちに、重ねた体。

冷たかった温もり。

私は、誰の温もりを求め。

隆は、誰の温もりを求めたのだろうか。

きっと、生臭いものしか残らなかったろうに。

「京子はさ」

エンジンをかけ、ナビが次の目的地を告げるのを聞きながら。

「京子は、木野を、どうしたかったんだ」

心臓が、ドキリとする。

「どうって?」

車が動く。

カチリカチリ。

ウインカーが音を立てる。

それっきり、隆は何も言わない。

車は勝手に曲がっていく。



水が、ガラスの上を流れていく。

触ると、ガラスはとても冷たい。

もしかしたら、ガラスではなくて、ポリカーボネイトかもしれない。

それほど、熱は伝わってこないのかもしれないし。

もう、熱は伝わり切って、放散して、冷めてしまった後なのかもしれない。

「最近知ったんだけど」

隣の、大きな水槽を触りながら、隆が言う。

「リンゴってさ、国によって、色が違うんだって」

そのまま、その手を滑らせると、つられるように、向こう側から大きな魚が姿を現した。

「リンゴを描きなさいって言うと、だいたい、赤く塗るんだって。でも、それはここだけの話で、緑だったり、黄色だったり、ほかの色に塗る国もあるんだって」

大きな魚は、そのまま口をパクパクさせながら過ぎていく。

開いた口の中から、鋭い歯が、見え隠れする。

「どうして、赤く塗るんだ」

そう言って、私を見る。

「魅力的だからじゃない」

過ぎていく魚を追いかけながら、そう答える。

「魅力的?」

「魅力的。だってね」

そう言いながら、私は脇にある階段を上っていく。

「この水槽に、たくさんの魚が入ってる。でも、この魚たちに、リンゴをあげたって、きっと食べない」

階段は、水槽の上へと続いている。

「だって、魚は、リンゴなんて、まったく興味がないもの」

そう言いながら、バッグの中から取り出した真っ赤なリンゴを、放り込む。

魚が跳ねたような音を立てて、リンゴは沈んでいく。

その脇を、大きな口は通り過ぎる。

「たまたま、興味のある物が赤かった。リンゴは、同じ色だった。だから、リンゴは赤く塗られる」

そう言って、後から上がってきた隆の腕をつかむ。

「京子?」

「水槽の中の魚は、何に興味があると思う?」

腕を抱きかかえるようにして、手すりに近付き。

「あなただよ」

そのまま、手を取って水槽に身を投げた。



不幸な事故だった。

そう片付けられた。

大きなリンゴと化した、半球状の水槽の中で、魚たちは、ダンスをした。

ごちそうだったのだろう。

この上なく。

驚いたのだろう。

だから、その大きな口は、容赦なく。

歯をむき出しにして。

赤い絵の具をまき散らした。

落ちたのは二人。

助かったのは一人。

運が良かった。

残念だった。

そう?

そうなの。



リンゴは、今日も店頭に並んでいる。

赤い色をしている。

誰が並べたのか、わからないリンゴを手に取って。

ニコニコと、私は歩く。

ありがとうございました。

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