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新たな主従関係

 王城に戻った翌日。


 相変わらず無機質で殺風景な王太子の執務室に、双子の姉妹とジュール、ダヴィドの四人が呼び出された。


 レナエルはオレンジ色、ジネットはラベンダーの色違いの華やかなドレスを着せられている。

 アクセサリーや髪型は全く同じ。

 もちろん、王太子の見立てによるものだ。


 二人の顔の造りは全く同じだが、これまでの生活環境の差で、肌と髪の色が少し違っている。

 身長も同じはずだが、レナエルの方が少し低く見えるのは、ダヴィドが廊下で拾ったオレンジ色の靴のせいだ。


「君たち二人には、城に上がってもらおうと思ってるんだけど、どうかな?」


 ギュスターヴ周辺の捜査を開始し、母親の行方を追っているという簡単な説明があった後、王太子が苺のたっぷりつまったシャルロットを二人に勧めながら、話を切り出した。


「え? 王城に?」


 思いがけない話に二人が顔を見合わせている間にも、王太子はにこにこしながら話を進めていく。


「今回のようなことが、また起こらないとも限らないだろう? 君たちの能力が、他に悪用されることがないように、僕の手元に置いておきたいんだ。実はセナンクール男爵とは、もう話をつけてあるんだよ。君たちには男爵令嬢として、王家に仕えてほしい」

「……それは、わたしたちに戦に協力しろということですか?」


 ジネットがフォークを静かに皿に置いて、凛とした瞳を王太子に向けた。


 ギュスターヴの計画が成功していれば、姉妹は敵国の密偵として、利用されていたことだろう。

 距離を問わずに会話できる能力は、戦況を大きく変えることができるのだ。


 王太子はこの事件が起きる前から二人の能力に興味を持ち、ジュールや部下たちに秘密を探らせていた。

 今回の事件のこともあり、北の隣国との緊張感が高まる今、立場上、同様のことを考えてもおかしくなかった。


 王太子はジネットの問いに、満足そうな笑顔を見せた。


「さすがに、するどいね。確かに、絶対に君たちを戦に利用しないとの約束はできないよ。いざ戦になれば、民のために何としても勝たなければならない。そのために、できる限りの手を尽くすのが王族の務めだからね」


 王太子の答えに、ジュールとダヴィドまでが顔を強ばらせた。

 ジネットは目をそらすことなく、真っすぐに王太子を見つめている。


「だけどね、戦が起こらないように手を回したり、停戦や休戦を画策するのも、王族にしかできない役目なんだ。それに戦に限らず、君たちの能力が発揮できる場面は多いだろう。僕はなるべく、平和的な事柄で、君たちの力を借りたいと思っている」


 真摯な言葉に、ジネットは大きく目を見開き、頬を紅潮させた。


 五年前の戦を休戦に持ち込んだのは、若き王太子の功績とされている。

 王国最強の白翼騎士団を率いながらも、王太子は争いごとを好まない人物であることも広く知られている。

 それゆえ、彼の言葉には強い説得力があった。


 この人が、近い将来、この国を背負って立つのだ。


『レナ、わたしはこの王太子についていきたい』


 レナエルの頭の中に、陶然とした姉の声が聞こえてきた。


「ねぇ、ジジ。君は僕の近くに仕えてくれないか? 肩書きは僕付きの侍女っていうことにはなるけど、セナンクール男爵の右腕から、王太子の右腕になって欲しい」

「は、はいっ。微力ながらお仕えさせていただきます。殿下」


 いつも冷静で表向きは上品なジネットには珍しく、彼女は大きな音を立てて慌てて椅子から立ち上がると、王太子の前に進み出て、深く膝を折った。


「引き受けてくれて嬉しいよ、ジジ。それからレナ。君たち姉妹が近くにいると、二人まとめて誰かに狙われる危険がある。だから申し訳ないけど、お姉さんとは少し離れていてもらいたいんだ。君は、僕の弟の第四王子の……」

「あのっ!」


 王太子が言い切ってしまったら、それは簡単には拒否できない。

 だから、レナエルはその前に思い切って立ち上がった。


「ん? なんだい?」


 無礼を叱責されるかと緊張したが、彼はふわりと笑って小首をかしげた。


「あたしでは、騎士になれませんか? あたしは騎士になりたいんですっ!」

「おいっ! レナ」

「レナ、なに言い出すのよっ!」


 いきなり突拍子もないことを言い出したレナエルに、ジュールとジネットが驚きの声を上げた。

 しかし、王太子はにこにこしながら、レナエルの言葉を繰り返して問う。


「へぇ。君は騎士になりたいの?」

「はいっ。あたしは、自分が守りたい人を守れないのは嫌です。誰かに守ってもらうのも、足手まといになるのも嫌なんです。だから……」

「それはお前が女なんだから、仕方がないだろう」


 言葉を割り込ませてきたジュールを、王太子が目で制止する。

 それから、レナエルに視線を戻すと、続きを促すように微笑んだ。


「女はだめですか? 騎士になれませんか? ジュールはあたしに、男だったらいい騎士になれただろうって言ってくれたんです。もし、男じゃなくてもなれるのなら、あたしは、騎士になりたい!」

「ちょっと、レナ!」


 ジネットが血相を変えて戻ってきた。

 レナエルの片腕を強く掴み、怒った顔で妹の目を覗き込む。


『レナ! だめよ。騎士になんか、なっちゃ駄目!』

『どうしてジジまで反対するの? あたしは、ジュールみたいな騎士になりたいの! 今のままじゃ、気が強いだけのただの娘でしかないけど、ちゃんと訓練すればきっと……』

『もおっ! ジュール・クライトマンに憧れてるのは分かるけど、それは、方向性が違うわ! 女の子の幸せは、そんなところにないわ』

『なんでよ! あたしは、やりたいことをやるのが幸せなの! 女だからっておとなしくしてるのはごめんだわ!』


 そっくりの顔を突き合わせて、無言で睨み合っている二人は、頭の中で激しく言い争っていた。

 もちろん、その声は他の誰にも聞こえないが、二人の表情の変化や、身振り手振りの様子は、どう見ても、だだをこねる妹を姉が説得している図だ。


「お前ら、ちゃんと皆に分かる声で話せ」


 なかなか決着がつきそうにない二人に、ジュールが呆れたように言うと、王太子が声を立てて笑った。


「ははは。そんなに騎士になりたいの?」

「はいっ!」

「んー、残念ながら、この国には女性の騎士はいないんだよね。でも、他国では女騎士を採用しているところもあるから、女性だから無理だってこともないんじゃないかな? じゃあ、レナ。この国の女性騎士第一号になってみる?」

「なりたい! なります!」


 瞳を輝かせたレナエルのもう片方の腕を、今度はジュールが強く掴んでぐいと引いた。


「レナ! いい加減にしろ。騎士はそう甘いもんじゃない! 女がわざわざ危険に身を置くようなことをするな!」


 脅すような威圧的な目で見下ろすジュールを、レナエルは上目遣いに睨み返して反抗の姿勢を見せた。

 二人の間に激しい火花が散る。


 しかし、王太子は揉めている二人に気を留める様子はない。

 年齢不詳の無邪気な笑みを浮かべて、うきうきと話を先へ進めていく。


「とはいえ、その年齢だと小性ペイジから始めるのもねぇ……。でも、我が筆頭騎士殿がレナの実力を認めているのなら……」

「認めてなどいない!」


 ジュールが横から否定したが、王太子は彼をちらりとも見ない。


「従騎士からでいいんじゃない? もちろんジュールの……ね!」


 王太子は、これは名案だとばかりに、両手をぽんと打った。


 ジュールはその言葉に唖然としていたが、しばらくして正気に戻ると、長机に大きな掌を叩き付けた。

 そして、王太子を前にしているとは思えないような口調と表情で、猛然と抗議を始める。


「殿下、何を言い出すんだ。俺は反対だ! 俺の従騎士がどうこうではなく、レナを騎士にすること自体に反対する! 女の騎士だなんて、こんな馬鹿な話があるか!」

「そうですよ。僕はどうなるのですか? ジュールの従騎士は僕なんですから……」


 ダヴィドも情けない声で異議を申し立てたが、彼の方には、王太子はあっさりと解決策を出す。


「じゃあ、君は騎士になればいいんじゃない? そろそろいい頃だと思っていたんだ。僕が叙任してあげるよ」

「え…………本当ですか? 僕が、騎士に?」


 ダヴィドは信じられないという風に、何度も瞬きした。


「きゃあ、ダヴィド。すごいわ! ……あ、でも駄目。そんなことしたら、レナが従騎士になっちゃう」


 一瞬、なぜかジネットが喜びの声を上げたが、すぐに冷静になった。

 ジュールの従騎士の座が空けば、そこにレナエルが納まってしまうのだ。

 妹には幸せになって欲しいのに、それではその幸せは遠ざかる。

 ジネットは苦悩に顔を両手で覆った。


 ジュールも、一旦出た部下の叙任の話を潰したくはなかった。


「ダヴィドは騎士にしてやってくれ。だが、レナが従騎士になるのは困る! 俺の従騎士になりたい奴は、俺の団にいくらでもいる。人材には事欠かない。レナは予定通り、フェルディナン殿下の侍女にしてくれ」

「侍女なんてごめんだわ! あたしは騎士になるんだから!」

「こっちこそ、女の従騎士などごめんだ」


 王太子は再び睨みあう二人を興味深そうに眺めた後、くっと笑った。


「せっかくいいこと思いついたのに、引き受けてもらえないとつまんないんだよね」


 彼は悪戯な天使のような表情でそう言ったあと、別人のように表情を引き締め、ジュールに向かってすっと右手を上げた。


 ジュールは、王太子のその表情と仕草にぎょっとする。


「では、リヴィエ王国王太子シルヴェストル・エドゥアール・カルネ・リヴィエの名において、我が筆頭騎士ジュール・クライトマンに命ずる。貴殿はレナエル・クエリー・セナンクールを従騎士とし、我が国第一号の女性騎士の育成に心血を注ぐように」


 執務室に堂々と響き渡る声で、王太子としての命を下されてしまい、ジュールにはもう、なす術がなかった。

 がっくりと長机に肘をついてうなだれる。


「くそ……。こんなはずでは」


 彼は近い将来、レナエルを自分のそばに置こうと考えていた。

 しかしそれは、決してこんな関係ではない。


「おいっ、レナ!」


 腹立たしい気持ちで一杯のジュールが、低い位置からレナエルを睨み上げた。


「おまえ、分かっているのか。俺の従騎士になるということは、俺と主従関係を結ぶということなんだぞ」

「主従関係?」


 きょとんとしているレナエルを前に、彼はゆっくりと身体を起こすと腕を組んだ。

 片方の口角を上げて、少し吊り上がった目を眇め、高慢に言い放つ。


「これからは俺がお前の主だ。せいぜい、俺に尽くすんだな」

「尽くす……って……? えーっ!」


 レナエルが驚きのあまり、絶叫した。


 少なくともレナエルが見た限りでは、従騎士のダヴィドはほとんど単独行動をしていたから、ジュールとの主従関係は感じなかった。

 だから、自分も白翼騎士団の構成員の一人になるのだという、軽い認識しかなかった。


 あたしの主ということは、あたしはジュールの命令に従わなきゃならないってこと?

 セナンクールの旦那様のように?


 この陰険な騎士を相手に、そんなことができるとは到底思えず、顔から血の気が引いていく。

 しかしこれはもう、王太子の命まで下された決定事項だ。


『どうしよう、ジジ。あのジュールがあたしの主だなんて、ありえないっ!』

『あなたが望んだことよ。こうなったら、やるしかないでしょ?』


 レナエルは頭の中でジネットに泣きついたが、つんとそっぽを向いた姉からは、冷たい言葉しか返ってこなかった。



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