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犯人の背後に潜むもの

「怪我をした様子はなかったが、どこか痛むところはないか?」

「え? うん。ちょっと頭がぼんやりしてるけど、元気みたい」


 レナエルは顔を上げると、ベッドの上でもぞもぞと身体を動かして確認した。


「あれ? このベッド……?」


 少し身体を動かしただけで、ふわふわと弾むベッド。

 腰から下に掛かっている上掛けも羽のように軽い。

 手足に感じるシーツの肌触りは、するりとなめらかだ。


 辺りを見回してみると、薔薇の模様の薄い布地が幾重にも下がる、繊細な細工が施された天蓋の柱が目に入った。

 その豪華さは、レナエルが滞在していた王城の部屋より上に見えた。


「あのね、レナ。ここはわたしが監禁されていた部屋なの」


 言われて天蓋の布を透かせて見ると、確かに、以前姉に教えられていた通りの、豪華で少女趣味の部屋が広がっていた。


「結局、ここはどこなの?」

「アルラ湖畔にある、オクタヴィアン家の別荘だ。ギュスターヴとその手下どもを捕らえ、ジネットを救出すると同時に、この建物を占拠した」

「オクタヴィアン! じゃあ、やっぱり辺境伯が犯人だったの? でも、あたしを攫ったのはギュスだから、二人は共犯だったってこと? たしか、親戚だもんね」


 ギュスターヴと辺境伯の関係は以前から聞いていたし、直接、本人の口からも「私の伯父だ」と聞かされた。

 だから、共犯であると一人で納得したのだが、ジュールにあっさり否定される。


「いや、辺境伯はおそらく無関係だ」

「えっ! なんで? ジジがこの別荘に捕まってたのに?」

「この別荘の所有者は辺境伯だが、実際に使っていたのはギュスの母親だ。実際、この別荘にいた私兵や使用人たちも、辺境伯ではなく彼女に雇われていた。だから、母親も共犯の可能性が高い」

「共犯?」

「ギュスは口を割ることはないだろうし、母親もまだ捕まっていない。捜査は始まったばかりだから、推測の域を出ないがな」


「あの男の目的は、一体何だったの?」

「奴は第二王子の筆頭騎士など、二番手でしかないと言っていた。何の価値もないのだと。だから俺を倒してリヴィエ王国一の騎士であることを証明し、ビンデバルト帝国一の騎士として取り立ててもらうのだと、口走っていた」

「は? ちょっと、待ってよ。なんでここに、北の大国まで出てくるの?」


 いきなり話が大きくなったことに、レナエルは驚きの声を上げた。


 姉と自分の誘拐事件は、国家をゆるがす陰謀へと変貌していく。

 何がどう繋がるとこうなるのか、さっぱり分からなかった。


「今、北で不穏な動きが起きてることと、関係があるの?」


 とりあえず、自分が知っていることを足がかりに質問してみると、彼が頷いた。


「どちら側から話を持ちかけたのかは分からないが、そうだろうな」

「でも、それとあたし達とは何の関係もないじゃない?」

「いや、あるんだ。奴はお前たちを、帝国皇帝に献上するつもりだった」

「献上って、奴隷にでもするつもりだったの? あっ! まさか、あたしたちを……慰みものにする……とか?」

「馬鹿か! お前にそんな役目が務まるか!」


 いきなり怒鳴られ、レナエルはひっと肩をすくめた。

 その鼻先に、人差し指をつきつけられる。


「言ったはずだ。お前たちの能力は、戦局をも大きく変えると。お前たちは、この国を滅ぼすための駒として、利用されるところだったんだぞ」

「まさか、そんな……」


 お前も狙われているのだと常々言われていたし、実際、危険な目にもあった。

 けれども、自分たちの持つ力の恐ろしさを軽く考えていたから、姉を助けたい一心で軽はずみなことをしてしまった。


 ジュールが助けに来てくれなかったら、敵国のスパイとして利用されたかもしれない。

 自国を滅ぼす奇襲作戦を、伝令する役目をさせられたかもしれない。


「ご……めん……」


 震える声で謝罪を口にしようとすると、人差し指を突きつけていた手が、がっと開いた。

 うなだれていたレナエルは、それに気付かない。

 いきなり両頬と顎を片手でぐいと掴まれ、上を向かされた。


「な……ひゃい! ……ん、ぷ、ぷ」


 口を両頬から摘まれ、唇を突き出した間抜け顔をさらし、謝罪なのか悲鳴なのかわからない声を上げると、ジュールは顔をぐいと近づけた。


「それはもういいと、言ったはずだ」


 脅すような低い声も、間近から睨みつける少し吊り上がった黒い瞳も、全く怖くなかった。

 その言葉と視線の奥に、何かを感じる。

 それを見極めようと目を凝らすと、頭での理解より先に、彼の指が食い込む頬に異変が起きた。


 なに?

 ——熱い?


 彼の指先から発せられたような熱がじわりと広がり、やがて顔全体を浸蝕していく。

 レナエルの変化に気付いたらしく、ジュールの瞳が僅かに見開かれた。

 その彼の表情に、心臓がどくりと鳴り、頭のてっぺんにかっと血が上る。


「ちょ……っと! やめてよっ!」


 彼の手を両手で掴んで、渾身の力で引きはがそうとすると、大きなごつごつした手は、思いのほかあっさり緩んだ。


 今だ!


 腹立ち紛れに、そのまま彼の腕をねじり上げるつもりだった……が、一旦緩んだはずの腕は、今度はびくともしない。

 それどころか、再び力が込められた片腕に、レナエルの身体はくるりと反転させられ、ベッドの上に放り出された。


「相変わらず、甘いな。レナ」


 羽枕に顔を埋め、ベッドの上で軽やかに上下に弾むレナエルの上に、嘲るような言葉が降ってきた。


 彼がいつものように、片方の口角を上げて皮肉な笑みを浮かべているのだろうと思うと、悔しさと恥ずかしさで、顔が上げられない。

 シーツを鷲掴みして、唸りながら屈辱に耐える。


『ばかねぇ。黒隼の騎士に勝てる訳ないじゃない』


 そんなレナエルに追い打ちをかけるように、面白がるような姉の声が頭の中に聞こえてきた。

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