白翼の騎士×黒隼の騎士
城壁の裏門ともいえる軍の通用口付近は、赤土をならした広い鍛錬場になっていた。
白翼騎士団に所属する騎士や見習いたちは、普段、ここで訓練をしている。
レナエルたちがこの場所に着いたときには、既に訓練が始まっていた。
全体でざっと二百名ぐらいの男たちが、いくつかのグループに分かれて、それぞれ違った稽古をしていた。
上級者たちは、一対一で剣を交える実践的な稽古だ。
制服に二本の金色のラインを入れた教官たちが、汗を流す男たちを怒鳴りつけている。
「うわぁ、すごい迫力! なんて……素敵」
レナエルはブルーの瞳を大きく見開き、両手で口元を押さえた。
感動と興奮のあまり、それ以上言葉が続かない。
ただただ、目の前で繰り広げられる剣技の数々と、剣を弾き合う金属音に酔いしれていた。
ジュールはそんなレナエルを横目でちらりと見て、口元だけで笑った。
「やってるね」
その声に気づいたジュールが顔を向けると、従者を連れた王太子が歩いてきた。
王太子の腰には、黄金の柄に豪奢な装飾を施した長剣が下がっている。
それが意味することを察して、ジュールは軽く息をついた。
「ジュール。ちょっと相手になってくれないか。最近、執務室にこもることが多くてね。身体がなまって困っちゃうよ」
「……はい、お相手しますよ。殿下」
既に上着を脱ぎ始めている王太子にジュールが答えると、従者が訓練を続けている団員たちのもとに、足早に歩いていった。
あれ?
どうしたんだろう……。
訓練風景に夢中になっていたレナエルは、王太子が来たことにも、その後の二人の会話にも全く気づいていなかったが、さすがに目の前の異変に気づいた。
団員たちが一斉に稽古をやめて左右に分かれ、鍛錬場の真ん中を大きく開けたのだ。
「やあ。元気?」
その声がようやく耳に入って横を見ると、ジュールの向こうから、腕まくりをした王太子が、にこにこと手を振っていた。
左右に分かれた団員たちが、ざわついている。
「殿下と隊長の勝負なんて、久しぶりだな」
「この国の最高峰の剣だからな。ぞくぞくするぜ」
そんな興奮した声が聞こえてきて、これから何が始まるのかを理解した。
男たちの声の中には、隊長の隣に立つ女性の姿に色めき立っているものもかなり混ざっていたが、そこまでは聞き取れなかった。
「持ってろ」
ジュールは制服の上着をレナエルに押し付けると、鍛錬場の真ん中に颯爽と出て行った。
少し遅れて、王太子が悠々と歩いていく。
二人は少し離れて向かい合うと、それぞれ剣を抜いた。
ジュールは足裏で地面をざっと払うと、足を開いて重心を低く取り、右ひじを張って剣を右頬の高さに突きの姿勢で構えた。
対する王太子は、両腕を下ろして切っ先を地面に向け、力を抜いたすっとした姿勢で立っている。
その場が、痛いほどに緊張した空気に包まれていく。
「始め!」
審判の声が上がった。
高い金属音が響き、ジュールの重く力強い剣を、王太子が華麗に受け流して回り込んだ。
そのまま流れるように繰り出される王太子の剣は、ジュールが力で弾き飛ばし、土を蹴って反撃に転じる。
彼らの印象そのままの、白と黒を連想させる全く正反対の剣の応酬を、周りの者たちは固唾を飲んで見守っていた。
なんて、すご……い。
どちらの剣もすばらしいが、俊敏ながらも力強く重いジュールの剣の方が、レナエルの好みだった。
だから自然と、彼の動きを目で追っていく。
切れのある身のこなしも、相手を威圧する鋭い視線も、背中にずんと響く低音の気合いも、すべてが魂を揺さぶるようだった。
「止めいっ!」
その声で二人は動きを止め、向かい合って剣をおさめる。
一拍置いて、周囲から大きな歓声が上がった。
二人は興奮さめやらぬ声を背に、ゆっくりと戻ってきた。
レナエルを襲った感動の波も、そう簡単には引かなかった。
どきどきする胸を押さえながら、ちらりと隣を見ると、ジュールの少し荒い息づかいや、額に貼り付いたダークブラウンの前髪や、顎にしたたる汗を手の甲でぐいと拭う仕草までが、眩しく見える。
のぼせたように彼の精悍な横顔を見上げていると、彼の向こうから王太子がひょいと顔をのぞかせた。
「どうだった? 女の子には退屈だったかな?」
「いいえ、いいえ! すごく、かっこ良かったですっ!」
勢い込んで答えた後、ふと、姉が言っていたことを思い出した。
「殿下とジュールって、同じ剣の師匠についていたんですよね? どうしてこんなに剣さばきが違うんですか?」
「同じだ」
ジュールがそっけない一言で答えた後、王太子が説明をしてくれる。
「そうだよ、同じなんだ。硬も軟も両方あるのが僕らの剣技なんだ。僕たちは自分の適性とイメージに合わせて、使い分けているだけなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。戦の先陣を切るのなら、力強くて俊敏な動きを見せた方が、敵に威圧感を与えられるだろ? 後続の兵たちを鼓舞することもできる。逆に、王太子は優雅に見える方がいい。それだけのことだよ」
言っていることは分からなくもないが、さっきの二人の動きは全く共通するものが感じられなかった。
どうにも納得がいかなくて、首を傾げて考え込んでいると、王太子がにっこり微笑んだ。
「そうだ、ジュール。たまには逆にやってみないか? 我が隊の者たちに、剣の奥深さを見せてあげようじゃないか」
主の気まぐれに、ジュールはにやりと笑った。
「それは面白いな」
二人は連れ立って、訓練場の真ん中にゆっくりと歩いていった。
さっきの真剣な打ち合いから、さほど時間が経っていない。
思いがけない二試合目に、団員たちは驚きの声を上げた。
二人は向かい合って剣を抜いた。
騎士は静かに剣を下ろし、王太子は右頬の位置に剣を構え腰を落とす。
普段と、そして先の試合と立場を入れ替えたような、全く逆の二人の構えに、周囲の男たちは度肝を抜かれたようにどよめいた。
最初の一撃は王太子から。
先の試合でジュールが見せた技と、全く同じように突きに出る。
その剣をジュールが軽く受け流した。
優雅な身のこなしのジュールと、鋭く斬り込む王太子。
剣を打ち合う音だけが、その場に小気味良く響く。
戦い方が変われば、表情まで変わるのだろうか。
口元に薄い笑みを浮かべ、挑発するような視線を相手に向けるジュールに、レナエルはぞくりとした。
背筋を伸ばした凛とした構えや、曲線を描く剣の軌跡に目を奪われる。
力強い剣が好みだったはずなのに、なぜかその目には、華麗に剣をふるうジュールしか映らなかった。
大きな歓声を浴びながら戻ってきた二人は、しばらくの間、団員たちの上達度について話していたが、しばらくして王太子は執務室に戻ってしまった。