いるだけで邪魔なドレス
「ジネットから、何か連絡はあったか」
翌朝、部屋で朝食をとっていると、ジュールが入ってきた。
お茶を注いでいるモニクの手が震えて、カップがカチャカチャと音を立てているが、彼の方は一向に構わない様子だ。
いつもの堅苦しい制服に身を包み、まるで睨んでいるかのような顔で、テーブルに近づいてきた。
「夜、おしゃべりはしたけど、特に何もなかったわ。でも、なんだか元気がない様子なのが気になる」
「監禁されて、もう七日経つからな。疲れも出るだろう」
「そうかもしれないけど、ジジがあたしに何か隠してる気がして……」
ここ数日、姉が何かを企んでいるような気がしてしょうがなかった。
普通に雑談していても、どこかぼんやりしていて元気がない。
何度問いただしても、なんでもないとはぐらかすが、自分に心配をかけまいとしてのことかもしれない。
レナエルはつのる不安を溜め息に変え、手にしていたフォークを皿に置いた。
「ごちそうさま。もう、いいわ」
皿の上にはまだ、白いソースがかかったオムレツが半分と、蒸した野菜が残っていた。
「まだ、具合が悪いのか?」
「もう元気よ」
「なら、いいが……。殿下から、お前に城の中を案内してやるように言われている。今は庭園の薔薇が見事だからな。これから俺は騎士団の訓練の監督に行かなければならないが、その後なら時間が……」
そこまで言ってから、ジュールは自分が余計なことを口走ったことに気付いた。
「行きたい! 薔薇なんてどうでもいいから、その隊の訓練ってやつに、あたしも連れて行って!」
瞳をきらきらと輝かせたレナエルが、がたりと音を立てて、勢い良く椅子から立ち上がった。
この国最強の王太子の軍隊の訓練なんて、部外者がそうそう見られるものではない。
どんな武器を使っているのだろう。
どんな訓練をするのだろう。
どんな技で戦うのだろう。
騎士たちが剣を交える金属音が、もう耳に響くようだ。
レナエルの胸は期待に大きく膨らんだが、彼の反応はつれなかった。
「遊びじゃないんだ。女は連れて行けない」
「邪魔しないから、お願い! 見るだけだから!」
レナエルはジュールに詰め寄ると、真剣に食い下がった。
ジュールは自分の失言を激しく悔いたが、滅入っている彼女の気を紛らわせるには、いちばん手っ取り早い方法だ。
少しぐらいならいいだろうと思い直す。
「……だったら、もう少し地味なドレスに着替えろ。その格好では、いるだけで邪魔だ」
その言葉に、レナエルは自分の姿を見下ろした。
王城に来てからは、部屋に用意されていたドレスを、仕方なく身に付けている。
今朝着ているのは、胸元の広く開いたすみれ色のドレス。
胸元を、幾重にも重なった豪華なレースが飾っているが、全体の形はシンプルで、裾もあまり長くないから動きやすいと思って選んだのだが……。
「どうして? このドレス、そんなに派手じゃないけど?」
「どうしてもだ。着替え終わる頃に迎えにくる」
そう言うと、彼は不機嫌そうに部屋を出て行った。
「変なの」
ドレスの何が邪魔になるのか分からず首を傾げていると、モニクがくすくすと笑った。
「だって、レナってすごく綺麗なんだもん。そんなに胸元が開いたドレスを着ていったら、軍の若い男たちは、そわそわして訓練にならないわよ」
レナエルは彼女の言葉にも納得がいかず、ますます首を傾げた。
広く開いたドレスの胸元は余り気味で、どう見ても男性の目を引くとは思えない。
それに姉と違って、これまで男に言い寄られることがなかったから、自分がそんな対象だとは思ったこともない。
だから、ジュールやモニクは考え過ぎではないかと思う。
「じゃあ、ここに来たときに着ていた、シャツとズボンでもいい?」
「あら、だめよ。だって、将来有望の若い騎士に見初められるかもしれないでしょ? これはチャンスよ!」
「言ってること、矛盾してない?」
「いいのいいの。さ、これに着替えて!」
うきうきとクローゼットを引っ掻き回していたモニクは、襟元が詰まった明るいブルーのドレスを取り出して、楽しそうに笑った。