姉の心配
『ジジ……ジジ?』
『レナっ! あなた無事なの? もしかして捕まっちゃったの?』
呼びかけると、焦ったような姉の声がすぐに返ってきた。
『ご……めん、ジジ。連絡できなくて……』
『一体、何があったのよ。もしかして、あなたまで捕まっちゃったの? 黒隼の騎士がついていたというのに、王城にはたどり着けなかったの? 今、どこにいるの? 怪我は、ない……の?』
矢継ぎ早の質問に、口を挟む余地もなかった。
いつもは冷静な姉の声が、徐々に涙まじりになっていく。
以前、逆の立場になったことがある。
深夜に悲鳴を聞いた後、連絡がつかなくなったジネットを案じて、何度も繰り返して呼びかけていた時だ。
あのときと同じ辛い思いを、ジジに味わわせてしまった……。
『大丈夫。捕まったりなんかしてないわ。王城には無事……とは言えないかもしれないけど、夜中にちゃんと到着したの』
『だったら、どうしてすぐに知らせてくれないの! ずっと待ってたのに』
『心配かけて、ごめん。実は城に到着した時、あたし、ルカに乗ったまま気を失ってたんだって。一日中雨に濡れたせいか、高熱を出しちゃって……』
『え……?』
ジネットは絶句した。
昨日、レナエルたちが八人の男に襲われたという話は聞いていた。
雨の中、馬を走らせ続けていることも知っていた。
しかし元気が取り柄の妹が、気を失ってしまうほどの過酷に耐えていたとは思っていなかったのだ。
レナエルは姉にこれ以上の心配をかけまいと、明るい調子で説明を続ける。
『そのまま眠り続けて、起きたのがついさっき。だから、連絡できなかったの。まさか、もう夕方だなんて思わなかった。だから、ほんっと、ごめん!』
『大変だったのね。そんなこと、知らなかったから……怒っちゃって、わたしこそごめんね。熱は、もう下がったの?』
『まだ少しあるみたい。頭も痛いし。でも、大丈夫。ごはん食べたらきっと治るわ』
『ごはん……か』
姉が苦笑気味に呟いた言葉が、今ひとつ聞き取れなかった。
『え? なに?』
『ううん、なんでもない。いい? 何日も無理したんだから、今はしっかり食べて、ゆっくり休むのよ。身体が良くなるまで、むやみに動き回ったりしないで』
『……うぅ、ジジまで同じこと言うのね。でも、ジジに言われるとほっとする。心配してくれてるんだって思えるもん。ジュールったら怒鳴りながら言うんだよ? あれじゃ、腹が立つだけだわ。あーもう! 今でもむかむかする』
『ふうん。心配してほしかったの? ジュール・クライトマンに?』
『まさか! 誰が、あんなヤツに!』
からかうような言葉に強く反発すると、急にかっと熱がぶりかえした気がした。
姉はそれ以上何も言わなかったが、笑いを押し殺す気配が伝わってきて、さらに身体が熱くなる。
沈黙にも耐えられなくなり、頭からすっぽり布団を被った。
たいしたことないと思っていたけど、結構、重病かも……?
そんなことを考えながら、ベッドに丸くなって唸っていると、扉が叩かれる音が聞こえてきた。
レナエルにはそれが、救世主のようにも思えた。
『あ、ごめん。ごはんが来たみたいだから、また後で!』
レナエルは逃げるように、ぷっと吹き出した姉との交信を切った。