敵の隠れ家?
どうしたんだろう?
身体がふわふわと上下する。
ああ、そうか。
あたし、また荷物になっちゃったのか。
でも、前は、小麦がつまった袋の気分だったのに、今は、高価な美術品にでもなったよう。
落とさないようにしっかりと。
だけど、壊れないように大事にそっと。
だから、すごく安心する。
温かくて心地よい。
でも、どこへ運ばれて行くんだろう……。
ぱちりと目を開けると、濃緑一色が目に入った。
全身を包み込んでいるものは、柔らかく温かで、気持ち良い。
そっと足を動かしてみると、するりと滑らかな肌触りだった。
ここは……どこ?
見たことのない場所だった。
ゆっくりと身体を起こすと、少し頭がくらくらする。
額から、濡れた布がするりと落ちたが、気づかなかった。
辺りを見回すと、ゆったりとしたドレープが寄せられた薄く透ける布がかかる四本の柱。
手や身体の下には、白くふわふわしたものが敷き詰められている。
高級な、ベッド……?
自分の姿を見下ろすと、フリルがたくさん寄せられた淡いブルーの、まるでドレスかと思うような夜着を着ていた。
まさか!
レナエルははっとして、慌ててベッドから飛び降りた。
着地の振動で、頭がずきりと痛んだが、それには構わず部屋の中をぐるりと見回した。
そこは、濃緑を基調とした、落ち着いた雰囲気ながらも豪華に装飾された部屋だった。
緑地に金糸が織り込まれた布張りの大きなソファの下には、金茶の毛皮のラグが敷かれている。
黒檀で作られた凝った細工のキャビネットに、蔓薔薇が絡んだように見える異国の飾り壷。
濃緑のカーテンの模様織りを透過した外光が、床に複雑な模様を描いている。
ジネットが軟禁されている部屋も、ありえないほどの豪華さだと言っていた。
……ということは、あたしも、捕まった?
ずきずき痛む頭を押さえながら、昨晩の記憶をたぐり寄せる。
雨が降る中、漆黒の騎士馬を追って深夜の王都を駆け抜け、城壁のすぐ近くまでたどり着いたところまでは憶えている。
ジュールが「あと少しだ」と言ったような……?
しかし、それ以降のことは、全く思い出せなかった。
きっとあの後、敵に襲われたんだ。
頭がずきずき痛むから、殴られたのかもしれない。
きっと、あたしの目に映らないほど瞬時に、記憶に残らないほど一撃で——。
レナエルはゆっくり窓辺に近づいた。
一気にカーテンを開くと、思いのほか眩しい光が差し込んできて、ぎゅっと目を閉じた。
ジュールは、どうしたんだろう……。
あの人が、簡単にやられるとは思わないけど、あたしが捕まってしまったってことは、もしかしたら殺され……。
不吉な想像が頭をよぎり、それを追い払うために激しく頭を振った。
脳みそがかき混ぜられたように頭が痛み、うめき声が漏れた。
頭痛がおさまると、気を取り直して窓を開けてみた。
窓枠に手をかけ、大きく身を乗り出して、周りの様子を確認する。
どうやら、ここは大きな屋敷の三階の、端から二番目の部屋のようだ。
建物のいちばん端は六角形に張り出した大きな尖塔になっていて、二階の高さに、白い手すりに囲まれた大きなバルコニーが作られていた。
バルコニーにはうまい具合に、庭に降りるための階段がついている。
「あそこまで行ければ、逃げられそう」
しかし、跳び移るには結構な高低差があるし、距離も離れすぎていた。
壁伝いで行こうにも、石を組み上げた壁の凹凸は、手足を掛けるには浅すぎる。
ぐるりと見渡すと、壁を横に横断するように、窓の上部に長い出っ張りがあることに気づいた。
「この上を伝っていくなんて、できるかな?」
レナエルは窓の上部を確認するために、片足を窓枠にかけた。
その足と、窓枠の横を掴んだ手に力を込めて身体を持ち上げ、もう片方の足を窓枠にかけようとしたとき。
「きゃああああー!」
後ろから、甲高い悲鳴が聞こえた。
しまった!
見つかった。
思わず声がした方を振り返ろうとして、一瞬目眩がした。