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雨の中の到着

 時々、思い出したかのように、雲の切れ間から半分を超えた月がのぞく。

 しかし、その冴えた光はすぐさま厚い雲にかき消され、今度は水滴が落ちてくる。

 なんとも安定しない空模様の中、二頭の騎士馬が王都のはずれから中心部に向かって疾走していた。


 王都に入ってからは、道が広く整備されていて走りやすい。

 雨にけむり、目の前が闇に閉ざされることがあっても、馬たちは速度を落とすことはなかった。


「レナ、ついて来れるか?」

「大丈夫!」

「きつかったら、言え!」


 ジュールは時々、後ろを振り向いて、レナエルに声をかけた。

 彼女からは毎回しっかりした返事が返ってきたし、馬の走りも安定していたため、特に心配せずに先を急ぐ。


 夕食後に出発したばかりの頃は、道の左右の家々に明かりが灯っていたが、時間が経つにつれ、その数はどんどん減っていった。

 通りを歩く人影も、ぱったりなくなった。


 深夜を過ぎ、城下が完全に寝静まった頃、ようやく、街並みの影の向こうに、ぼんやりと浮かび上がる灰色の高い城壁が見えてきた。


 目的地を目前にして、無情にもまた雨脚が強くなる。

 顔を打つ雨が頬から首を伝っていく。

 ジュールは舌打ちすると、後ろを振り返った。


「あと少しだ。大丈夫か?」

「大丈夫!」


 まとっているマントはじっとりと重く、中に着ている衣類もとっくにずぶ濡れだ。

 断続的に雨が降る中、一日中馬を走らせてきたため、ジュールですら強い疲労感を覚えていた。

 早く彼女を、安心できる場所で休ませてやりたかった。


 城壁の際までたどり着くと、壁に沿ってぐるりと回っていく。

 逆方向に回っていくと正門があるのだが、さすがにこの時間では正門を開けさせるのは難しい。

 正門のほぼ真裏にある、軍の通用門を目指す。


 壁に沿って等間隔に配置されている警備兵は、漆黒の騎士馬に乗った人物が誰なのかを察し、姿勢を正して見送った。

 すぐ後ろに続く馬も、一目で騎士馬だと分かる体躯であったため、兵に止められることはなかった。


 しばらくして、ようやく軍の通用門に到着した。

 篝火に照らされた巨大な門は二人の警備兵が守っていた。

 そのうちの一人には見覚えがある。

 自分の隊に所属する男だ。


 彼もまた、青毛の騎士馬に乗った人物に気づいて、驚いた顔をした。


「ジュール殿! こんな時間にどうされたのですか」

「ああ、ジェロームか。訳あって、今戻ったところだ。後ろは、シルヴェストル殿下のお召しでお連れした客人だ。門を開けてくれ」

「はい」


 ジェロームが合図を送ると、内側の大きな閂が外される音がして、ゆっくりと門が開かれた。

 門の内側から、数人の兵が駆け寄ってきた。


 ジュールが中に馬を進めようとすると、後ろから部下の声がかかった。


「ジュール殿、お連れ様のご様子が……」


 振り返って見ると、明るい茶色の騎士馬はその場に立ち止まったままだった。

 馬の首の両側から、彼女の手が見える。


「レナ?」


 声をかけても返事がない。


 慌てて馬を旋回させ、レナエルの馬に近づくと、彼女は、愛馬の濡れた首を両手で抱えるようにして、ぐったりともたれ掛かっていた。

 茶色の馬は何かを訴えるような不安げな瞳を、ジュールに向けてくる。


「おい、レナ、どうした!」


 腕を伸ばして軽く身体を揺すってみるが、彼女はぴくりとも動かない。


「ばかな。ついさっきまで、大丈夫だと……」


 ジュールはさらに自分の馬を寄せると、彼女の馬に乗り移った。


「レナ、どうした。しっかりしろ!」


 レナエルの身体を後ろから抱きかかえて起こすと、彼女の両腕が力なく下がった。

 馬からずり落ちないように、雨に濡れた細い身体をしっかりと抱きかかえる。

 顔を上げさせ頬に触れてみると、雨に濡れて冷えたはずの肌は、信じられないほど熱い。

 意識はなく、喘ぐような浅い呼吸をしている。


「くそっ! やっぱり、あの宿でもう一泊するんだった」


 こうやって抱き上げてみると、本当に細くて軽い身体だ。

 それなのに、八人の男たちに囲まれても怯むことなく大立ち回りを演じ、男でも扱いが難しい騎士馬を駆って王都まで走り通した。


 一体、この身体のどこに、こんな力があったというのか。

 今、この腕の中の少女は、少しの力で簡単に折れてしまいそうなほど、頼りないというのに……。


「この、馬鹿! きつかったらそう言えと、あれほど……」


 思わず怒鳴りつけた言葉の後半は、囁くように細くなった。


 夕食を摂りながら、このまま王城まで走っても大丈夫かと、何度も確認した。

 彼女はその度に「大丈夫」だと答えていたが、そういえば珍しく、食事を少し残していた。

 疲れがたまっているのだろうと気にしなかったが、もしかすると、あのときから具合が悪かったのか……。


 なぜ、こんなになるまで無理をする。

 なぜ、俺を頼らない。


 ジュールは無意識のうちに、彼女を抱く腕に力を込めていた。


「医者と、この娘が休める部屋を用意しろ。それから、すぐにダヴィドを呼んでくれ。俺の馬は厩舎へ連れて行け」


 部下に手短に命じると、ジュールはレナエルを抱きかかえたまま、彼女の馬を操って門をくぐった。

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