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背中合わせの共闘

 前方から六人、後方からは二人。

 男たちは次々と剣を抜き、包囲網をじりじりと狭めてくる。

 ジュールは素早く視線を動かしながら、敵の様子を冷静に観察していた。


 ごろつきを装っているが、剣の構えは正式な訓練を受けたものだ。

 有力者の私兵といったところか。

 男一人、女一人を相手に八人がかりとは、あまりに用心深い。

 つまり敵は、レナに同行している者の正体を知っているということか?


「俺は、リヴィエ王国王太子殿下の筆頭騎士、ジュール・クライトマン」


 その堂々とした名乗りを聞いた男たちに、一斉に動揺が走った。

 ジュールがリーダー格だと見定めた、口ひげの男までが、ぎくりと足を止めた。


 なるほど。

 俺の名までは知らせてなかったか。


 ジュールはにやりと笑った。


「その首を地に落としたくなければ、今すぐここから立ち去るがいい」


 強烈な殺気を放つ騎士に圧倒されたように、二人を取り囲む男たちは動けなくなっていた。

 しばらくして、口ひげの男が一度抜いた剣を鞘に納め、ゆっくりと前に進み出た。


「いくら黒隼の騎士と呼ばれる貴方でも、八人相手ではどうにもなりますまい。我々も、手荒なことはしたくない。おとなしくその娘を引き渡してください」


 妙に紳士的な態度の男を、ジュールはせせら笑った。


 やはり、狙いはレナの身柄か。

 ならば奴らは、この娘を無傷で手に入れなければならないはずだ。


「ふん。ずいぶんと舐められたものだな。欲しければ力づくで奪ってみろ」


 ジュールは長剣を握り直し、低い体勢に構えた。

 周りの男たちを威圧するように、鋭い視線を走らせる。


 この国一の騎士と噂される男の、本気の気迫に、口ひげの男は顔を引きつらせたが、やがて決心したように顎をしゃくった。


「殺れ!」


 その声に、正面の男を除く七人が、一瞬のためらいの後、ジュールたちに迫ってきた。

 しかし、案の定、後方の二人は、短剣を構えた娘を前に、手出ししづらそうに間合いを取っている。


「レナ、お前は自分の身を守ることだけ考えろ!」


 最初に斬り込んできた男の刃を難なく受け流すと、ジュールは叫んだ。


「大丈夫! ついでに、あんたの背中を守ってあげる」

「何を馬鹿なことを!」


 ジュールの背中に、レナエルの肩がとんと触れた。


「こいつら、あたしには手出しできない。あたしが背後にいれば、あんたは後ろから襲われることはないはずよ。任せて!」


 ジュールは敵の新たな攻撃を弾き上げると、そのまま剣を斜めに振り下ろす。

 悲鳴をあげてのけぞる男を足で蹴り倒し、崩れた体制のまま剣を横に薙ぎ払う。

 新たな悲鳴があがり、赤いしぶきが飛び散った。


「生意気を言うな!」


 しかし、左右から絶え間なく突き出される剣に合わせ、どれほど激しく動いても、レナエルはまるで影のように、背後にぴったりついてくる。

 ひと一人をかばいながら複数の敵を相手にしているというのに、彼女が背後にいることで、ジュールには僅かな隙も生まれなかった。


 これは……まさか?

 敵と俺の動きを正確に読んでいる?


 彼女の身体能力の高さと、勘の鋭さに驚きながら、ジュールは敵を一人、また一人と、濡れた草の上に沈めていく。


 突然、背後で剣が交わる金属音が響いた。

 ぎょっとして後ろの様子をうかがうと、レナエルが平然と長剣を振るっている。


「おいっ! お前、何を……」

「落ちてた、から」

「落ちてた、じゃないだろ! ……ったく、女が出過ぎたことを!」


 そう悪態をつきながらも、レナエルに背を預けることに、不安を感じていない自分に驚く。

 彼女は自分の分身かと思うほどに、思った通りの動きを見せていた。


 しかし、そろそろ、ヤバいな。


 苦しそうに息を弾ませている彼女の様子に、体力の限界を感じ取っていた。

 いくら、並外れた度胸と高い身体能力があったとしても、男の体力には及ばないのだ。


「あと……二人か」


 正面に、悔しげに顔を歪める口ひげの男が、まだ残っていた。

 奴はこれまで周囲に指示を出していただけで、戦闘そのものには全く参加していない。

 彼の体力は温存されており、これまでのジュールの動きも頭に入れているはずだ。


 レナエルと向かい合っているもう一人の男は、俊敏な動きで相手を翻弄する、嫌な戦い方をする。

 正面の男に気を取られすぎると、彼女は後ろの男の手に落ちるだろう。


 奴らは、間違いなく手強い。


 残り二人となってようやく剣を抜いた口ひげの男を、ジュールがひたと見据えた。

 背後に、ぴりぴりとした緊張感を発する小さな身体を感じる。


 この娘を守り切らねばならない。

 決して、奪われてはならない。


「レナ、絶対に俺の後ろから離れるな」

「分かって……る」


 二人の敵が少しずつ間合いを詰めてきた。

 それぞれが相手の隙を探り、張り詰めた睨み合い中で均衡が保たれる。


 勝負はおそらく、一瞬で決まる。


 急に雨脚が強くなり、大粒の雨が顔や肩を叩く。

 草に覆われた地面や木々が、いっそうざわめく。

 しかし、耳に入ってくるのは、相手の息づかいだけだ。


「はっ!」


 強烈な気合いで先に動いたのは、口ひげの男。


 ジュールは男に対抗するため、左足を下げて半身に構えた。

 その動きに合わせて、レナエルも片足を下げて同じく半身に。

 同時に彼女の向かいの、もう一人の男が横に動いた。

 対峙していた男の標的が、自分からジュールに変わったことを察して、レナエルが男の動きを追う。


「きゃ……」


 しかし、雨に濡れた草で足を滑らせたレナエルは、大きく体勢を崩した。


「レナ!」


 叫び声と同時に、重い金属音が響いた。

 ジュールは、弾き返してかわすはずだった相手の剣を、己の剣で真っ向から受け止めた。

 同時に、広く硬い背で、倒れ掛かるレナエルを支える。


「……くっ」


 まずい。

 これでは動けない。


 攻め込む口ひげの男との間に、僅かな気を抜くことも許されない最悪な力の均衡がついてしまった。

 この均衡が崩れたとき、勝負は残酷な形で決するが、敵はもう一人いる。


「黒隼の騎士、覚悟!」


 こんな絶好の機会を、敵が見逃すはずはなかった。

 長剣同士の押し合いで、脇ががら空きとなったジュールに、回り込んできた男が切り掛かってきた。


 これまでか!


 さすがのジュールも、最悪の結末を覚悟した。


「ジュール!」


 そのとき、背中で支えていたレナエルの身体が、するりと滑り落ちた。

 彼女は敵に向かって倒れ込みながら、身体をねじり、長剣を握った右腕を大きく突き出した。


「ぎゃあああ」


 レナエルの顔に、生臭いしぶきが飛んだ。


 脇腹に刃を受けた男はよろめきながら、数歩後ろに下がった。


 草に倒れたレナエルは、瞬時に体勢を立て直すと男に体当たりする。

 そして後ろに倒れた男の、剣の柄を握った拳を力一杯踏みつぶすと、同時に喉元にぴたりと切っ先を向けた。


 一方ジュールは、一瞬の動揺を見せた口ひげの男の隙をついて、一気に攻め込む。


 完全な一対一に持ち込めば、実力の差は歴然だった。

 たった三度の激しい打ち合いの後、相手の手から離れた長剣は、空を切って土にざくりと突き刺さった。


「……く……そっ」


 力なく両腕を下ろした顔面蒼白の男に、ジュールは真っすぐ剣を突きつけた。

 顔に貼り付いた濡れた髪の間から、凍り付くような視線を向け、口元だけでにやりと笑う。

 その残忍な形相たるや、もはやどちらが悪人なのか分からないほどだった。


「その首、望み通り、地に落としてやろう」

「ひっ」


 ジュールがいたぶるように一歩前に出ると、口ひげの男は怯えた様子で数歩下がり、草に足を取られて無様に尻餅をついた。


「俺たちを襲うよう、お前に命じたのは誰だ」


 ジュールは男の肩にずしりと重い長剣を乗せると、顔を寄せて低い声で問う。

 男はきつく唇を結ぶと視線をそらせた。


「それは、お前の主か?」

「……」


 男は全身を強ばらせ、回答を頑に拒否している。


「ほぉ、それほどの忠誠を誓うか。お前の主は、相手が黒隼の騎士だと知りながら、お前たちにそれを伝えなかったというのに」


 辛辣な言葉に、男の肩がびくりと動いた。

 しかし、僅かな葛藤はあったのだろうが、それを打ち消すように、男は毅然とした顔を上げた。

 あくまでも、自分の主をかばう姿勢を見せる。


「それは……っ、何かお考えがあってのことだ!」

「なぜ、あの娘が必要なんだ」

「知らぬ! 知っていたとしても、お前になど言わぬ!」


 やはり無理か。


 ジュールは心の中で舌打ちした。

 しかし、こうなることは最初から分かっていた。

 もし、この男が簡単に口を割ったら、激しく失望しただろう。


「そうか。お前の主は良い従者を持ったものだ。ならば、お前の望むようにしてやろう」


 ジュールは男の肩から長剣をどけると、頭を上から押さえつけて無理やり俯かせた。

 男は覚悟を決めたのか、その姿勢のまま動かない。

 丸められた肩が、微かに震えていた。


「ジュール、やめて! 殺さないで!」


 レナエルの金切り声が聞こえたが、ジュールはその声の主に目をむけることもなく、おもむろに男の後ろに回りこんだ。

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