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雨にまぎれた敵

 降ったり止んだりを繰り返す雨で、道はかなりぬかるんでいたが、二頭の騎士馬は動じることなく、力強く土を蹴っていく。

 道に沿って流れる川には茶色の濁流が渦巻いている。上流はかなりの大雨になっているらしい。


 ジュールは、徐々に雨脚が強くなってきた空を見上げた。


 毛織のマントは今のところ雨を防いでくれているが、かなり重く感じるようになってきた。

 このままでは、中まで水が染み通ってくるのは時間の問題だ。

 しばらくの間、雨をしのいだ方が良さそうだ。


「あの林で、休憩するぞ!」


 ジュールは後ろを振り返り、川の水音にかき消されないように声を張り上げると、道の少し先の高台にある、こんもりとした林を指差した。


 顔を雨に打たれながら、唇を固く結んで前を見ていたレナエルの顔が、ほっとしたように緩んだのが分かった。


 低い柵を乗り越え、膝の高さぐらいの雑草が生い茂った薮に分け入っていく。

 林の手前で荷を降ろして馬を放すと、二人は林の中に入っていった。

 充分に枝が張った大木の根元だけは、かろうじて乾いていて、腰を下ろして休めそうだった。


 ジュールはマントを脱ぐと、ばさばさと水を払って枝に掛けた。


 それを側で見ていたレナエルも、マントのひもを外し、同じように水を払おうとしたが、水を含んだ長いマントはずっしりと重く、どうにもうまくいかない。

 あろうことか、ジュールの顔を目がけて水滴が飛ぶ始末だ。


「何をやっているんだ。かせ!」


 いらいらして彼女の手から無造作にマントを奪うと、簡単に水を払い、高い枝に掛ける。

 その間、ずっと彼女の視線を感じていた。


「なんだ」

「え? えーと……ありがとう」


 彼女の思わぬ言葉に、どう反応してよいか分からなかった。

 一瞬言葉につまり、視線をそらすと、木の根元にどっかりと座り込む。


「こんなことぐらいで、いちいち礼はいらん」


 ぶっきらぼうにそう言って、荷物の革袋の中身を探っていると、彼女が隣に腰掛けた。


「ふーん」


 また、間近から顔を覗き込むような視線を感じる。

 そのことに妙な腹立ちを覚えながら、油紙に包まれたライ麦パンを取り出すと、彼女の顔の前に突き出した。


「雨が小降りのときを狙って走るから、食えるときに食っておけ」

「うん。……ありがとう、ジュール」

「うるさい。さっさと食え」


 ゆっくりはっきりと口にしたこの礼には、さっきと違った他意を感じて、レナエルを睨みつけた。

 案の定、彼女はにやにや笑っている。


「ふうん。初めて知ったわ。ジュールでも照れたりするんだ」

「くだらんことを言ってないで、早く……」


 それが照れ隠しだと自分で気づかないまま怒鳴りかけたとき、雨音に、複数の蹄と馬車の車輪の音が混ざっているのに気づいた。


 ジュールがはっとして立ち上がる。


 目を凝らしてみると、雨に煙る道の向こうから、道を塞ぐような大型の荷馬車が走って来るのが見えた。

どれほど急いでいるのか、かなりの速度が出ているのに、御者はしきりに馬に鞭をあてている。


 何か、嫌な予感がする——。


 ジュールが神経を尖らせる様子に、レナエルも不安を覚えて立ち上がった。


 荷馬車は、二頭の騎士馬が草を食む薮の前を通り過ぎたところで、不自然に急停止した。


「いかん!」


 ジュールは慌てて鋭く短い指笛を吹いた。


「シモン! ルカ! 逃げろ!」


 緊迫した指笛と叫び声に、雨に濡れて黒光りするジュールの馬が、瞬時に反応した。

 答えるようにいななくと、馬車の際をすり抜けるように疾走していく。

 レナエルの馬もつられるように走り出し、青毛の後を追っていった。


 ほぼ同時に、荷馬車の荷台から、長剣を腰にした屈強な男たちが飛び降りてきた。

 御者台から降りた男も合わせると、その数、総勢六人。

 彼らは道の柵を乗り越えて、薮をかき分け林に迫ってくる。

 いちばん後ろから悠々と歩いて来る、長身で口ひげのある男が、リーダー格だと思えた。


 ジュールはレナエルを背にかばい、腰の剣を抜いて構えた。


「レナ、林の奥に逃げろ!」


 レナエルはその声に従って林の奥に向かいかけたが、ぎょっとして足を止めた。


「だめ! 後ろにもいる。……多分、二人」


 レナエルは駆け戻ると、短剣を抜いた。

 ジュールと背中合わせになり、林に向かって剣を構える。


「くそ、囲まれたか。レナ、俺から離れるな!」


 敵が潜む見通しの悪い林を離れ、二人は草薮に出て行った。

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