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豪華な監禁先

 重い雲が一層低く垂れこめてきて、夕暮れにはまだ早いというのに、辺りはかなり薄暗くなっていた。


 ジュールはこうなることを予想していたのだろう。

 早いペースで馬を進めてきたおかげで、雨粒が落ちる前に、王都の一つ手前の町に到着した。


 市場町として知られるこの町は様々な商店が軒を連ね、昼間は活気に溢れているが、今日は早めに店じまいをした店舗も多く、少し寂しげだった。


 二人は町の中央近くにある宿を取った。

 夕食には少し時間が早かったため、しばらく部屋で休むことにする。


 ジュールはいつものように、部屋の中を念入りに調べている。

 彼と同じ部屋に宿泊することに慣れたレナエルは、彼に言われるまでもなく、窓際でない方のベッドに座った。


「ジジと話していい?」

「ああ、彼女のことだから、新しい手がかりを掴んでいるかもしれんな」


 点検を終えたジュールは、いつものように、窓際のベッドに腰掛けた。


 今日の午後、ギュスターヴと別れてしばらく後に、ジネットから呼びかけがあったのだが、先を急ぐジュールは姉と話すことを許してはくれなかった。

 姉は、大きな屋敷に到着したことを手短に報告してくれただけだったから、早く詳しい話を聞きたかった。


『ジジ、ジジ? 今話せる?』


 何度か呼びかけたが、なかなか返事がない。


『ジジ、どうしたの? 何かあったの?』

『ん……、レナ?』


 不安になって強く呼びかけると、ようやく寝ぼけたような声が返ってきた。


『無事なの?』

『ごめんね。久しぶりのベッドだったから、つい、お昼寝しちゃった。びっくりするくらい大きくて豪華な、ふかふかのベッドなのよ。まるでお姫様にでもなった気分』

『なぁーんだ。びっくりした』


 姉のあくびまじりの返事に、胸を撫で下ろす。


『ジジ、今、どこにいるの?』

『分からないわ。この部屋まで、目隠しされて来たんだもの。かなり大きなお屋敷の、三階にいるってことだけは分かるけど……』


 ジネットのいる部屋は、誘拐した娘を監禁するにはあまりにも豪華だという。


 えんじ色の絨毯が敷き詰められた広い部屋の奥には、薔薇の花模様が浮かび上がる生地で取り囲んだ天蓋付きの大きなベッド。

 チェストや鏡台などの家具はすべて白で統一されており、優美な曲線の造形の所々に、繊細な金の細工が施されている。

 一般に流通している家具と一線を画す仕事ぶりからして、おそらく特注品だと思われた。


 クローゼットの中には、真新しい豪華なドレスがずらりと並んでいた。

 帽子や靴の箱も高く積まれている。

 チェストの上には、薔薇のレリーフが彫り込まれた楕円形の白い宝石箱が置かれていて、中には真珠のネックレスと、揃いの指輪が入っていた。


『わたしを懐柔しようっていう魂胆かしら? ドレスや靴のサイズまでぴったりだから、気味悪いったらないわ。この部屋は明らかに、わたしのために特別に用意されたものよ』

『でも、それだけ高級品が溢れているのなら、ジジの知識で、手がかりがつかめるんじゃない?』


 ジネットの頭の中には、セナンクール家で扱う商品は全て入っているし、他の商家で扱っているものでも、かなり目が利く。

 馬や武器に関してはレナエルの方が詳しいが、それ以外の商品分野では、リヴィエ王国一の知識量だと、本人もレナエルも思っていた。

 だから、購入ルートから敵が割り出せないかと考えた。


 しかし、姉は深い溜め息をついた。


『それが、ダメなのよ。うちの店で扱っている商品は、何一つ置いてないの。産地や工房を推測することはできるけど、いまひとつ確信が持てなくて……。わたしがどんな人間なのか、しっかり把握していて、購入ルートが特定できるようなものは置いてないんだわ』

『ジジが分からないようじゃ、お手上げね……』

『もう、ほんと悔しくって! ……でもね、一つだけ、気付いたことがあるの。今、わたしがいる部屋の窓から、ラバーナムの花が見えるのよ』

『ラバーナムって、あの黄色の? それがどうしたの?』


 明るい黄色の小さな花が金色の鎖のように連なるこの花は、初夏には王都でもあちこちで目にすることができる。

 セナンクール家の庭にもアーチが仕立ててあるくらい、この国ではありふれた花だ。


『ふふふ。ラバーナムは王都じゃ、とっくに散っちゃったのに、ここでは今が満開なのよ。ってことは、ここは王都より気温が低い場所なのよ。三日半の移動距離を考えると、北のオクタヴィアン辺境伯領あたりか、東の山岳地帯に近い場所だと思うわ。暖かい南や、海に近い西側の地方はあり得ない!』


 姉が断言した言葉をジュールに伝えると、彼は納得したように大きく頷いた。

 ここ数日のやり取りで、彼はジネットの頭脳を信頼するようになっていた。


「大きな屋敷と言えるような建物は、そう多くはない。高級品を買いあされる人物となれば、さらに候補は絞られる。地域が絞られたのだから、しらみつぶしに探しても、たいしたことはないだろう。明後日には王都に到着するから、すぐに捜査を手配しよう」


 ジネットの推測に沿ったジュールの返答を伝える。

 しかし、姉の声は冴えなかった。


『でも、やっぱり納得いかないわ。何かしっくりこないのよ』

『何か気になることでも?』

『ここがオクタヴィアン領だと仮定すると、大きな屋敷と言える建物は、オクタヴィアン家かその縁者の屋敷しかないはず。わたしは仕事で辺境伯に会ったことがあるけど、北の国境を守るだけあって、すごく厳格な方なのよ。その彼が、こんな事件に関わるとは到底思えないわ。でも、山岳地帯には、こんな大きな屋敷はほとんどない。それに、その二カ所のどちらも、通った道が全然違う気がする。きっと、どこかで何かが間違っているのよ』


 この屋敷までの道中、ジネットはジュールに言われたこともあって、馬車の中で感じ取れる道の状態から、行き先を推測しようとしていた。

 しかし、日を追う毎に、頭の中にある地図と、道の状態が一致しなくなり、昨日あたりから完全に迷子になっていた。


 姉の言葉を伝えると、ジュールはしばらく考え込んだが、悩むより行動することを選んだ。


「目隠しされた状態だから、道が辿れなくなったとしても仕方がない。とにかく今は、僅かな情報でも調べてみる価値はある。北方は今、緊張感が高まっているから、既に、軍の間諜が入り込んでいる。調べるのは容易いだろう。……そういえば、オクタヴィアン家はギュスの母方の実家だったか」

「ギュスって、昼間会った人?」

「ああ。彼の母親はオクタヴィアン家の三女で、現在の当主はいちばん上の兄だ」

「へぇ……。あ、そうだった」


 ギュスターヴの名前が出たことで、昼間の出来事を思い出した。


『あのね、今日の昼に、ギュスに会ったの』

『ギュスって……えぇっ? まさか、ギュスターヴ・ルコント?』

『うん。ジジが攫われたことを、あたしに知らせようとしてくれたみたい。で、あたしのことを、近々、義理の妹になる予定だって言ってたわよ』

『なに勝手なこと言ってるのよ! 冗談じゃないわ!』


 ジネットが憤慨して、ここから女の子同士のおしゃべりが始まった。


 大部分はギュスターヴの悪口だったが、たまにジュールの話も混ざって盛り上がる。

 もちろん、話の内容はジュールには聞こえていない。

 しかし、レナエルは両足をばたつかせたり、ベッドをばんばんと激しく叩いたり、転がり回って悶えたり。

 表情も、目を閉じたまま、にやりと笑ったり眉をひそめたり、不気味なほどに滑稽だ。

 話が脱線しているのは明らかだった。


 しばらくあきれ顔で様子を見ていたジュールだったが、いつ終わるか分からない盛り上がりように、いい加減しびれを切らした。


「おい、お前ら、いい加減にしろっ!」


 突然怒鳴られて、レナエルはびくりと肩を震わせた。

 慌てて、文句を言いつつも話を軌道修正する。


『また、ジュールに怒られちゃった。本当にあいつ、口うるさいんだから。でね、ギュスも、貴女の大事な姉上は、必ず私がお救いします……って言ってたわ。それに彼のお母さんって、オクタヴィアン家の人なんでしょ? 彼に協力してもらったら何か分かるかも?』

『ええっ! やめてよ、そんなこと。ギュスターヴ・ルコントに助け出されてしまったら、あの話、断れなくなっちゃうじゃないの』

『あ、そっか。そうだね』


 あの話とは、もちろん結婚話のことだ。

 ジネットはギュスターヴの求婚を、のらりくらりとかわしてきたはずだったが、彼の方は完全に婚約者気取りだった。

 確かに、下手に借りを作ると、結婚を断れなくなってしまうだろう。


 あの甘ったるい表情や台詞や仕草を思い出すだけで、レナエルも鳥肌が立ちそうだから、姉の気持ちはよく分かる。


『あの男に助けられるのだけは、絶対に嫌! そんなことになるくらいなら、このまま、ここに一生いる方がましよ!』

『分かった。あたしだってあんな気色悪い人に、大事なジジを取られるのは嫌だもん。ギュスの力は借りない。ジジを助けるのはあたしよ! 任せておいて!』


 レナエルは姉に力強く宣言した。

 敵の魔の手からも、自称婚約者からも、姉を救い出してみせると強く心に決め、拳を固く握る。


「おい。もう、いいだろう。メシに行くぞ」


 そんな声が聞こえてきたら、急にお腹が空いてきて、レナエルは姉に断って会話を切った。

 もちろん、夜寝る前に、話の続きをしようと約束した。


 目を開けると、腕を組んだジュールがこちらを睨むように見ていた。


「おおかた、良からぬことを考えていたんだろう」

「そんなことないわよ」

「その顔と……」


 彼がレナエルの顔と手を、順番に指差していく。


「握った拳で分かる。ジジは自分が助ける。あるいは、敵は自分が倒す。どうせ、そんなところだろう」


 完全な図星に、レナエルは目を見開いた。

 しかし、なぜこんな風に責められるのかが分からずに、直後にむっとする。


「それのどこが良からぬことなのよ!」

「良からぬことだ」


 そうぴしゃりと言って、彼はベッドから立ち上がった。

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