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手強い敵

「ギュス。その騎士は誰だ」


 王太子の筆頭騎士の彼にとっては、同じ隊のすべての騎士は部下にあたる。

 ジュールが苦々しい表情で問うと、ギュスターヴが深刻そうに声を潜めた。


「ボドワン・デュエムだ。命に別状はないそうだが、かなりの重傷だと聞く」

「何だって! ボドワンが」


 ジュールが顔色を変えて絶句した。


 ボドワンは、白翼騎士団に複数いる副団長の一人だった。

 ジュールより二十歳近く年長で、年齢による衰えがあるとはいえ、強者ぞろいの王立騎士団の中でも、特に優れた剣の使い手として知られている。

 実戦で鍛え上げられた高い技術を誇る彼が、重傷を負わされたなどとは、ジュールには信じられなかった。


「まさか……。彼を倒せる男など、王立騎士団にも、そうはいない」

「そうだな。敵は相当に手強そうだ。居合わせたのが彼でなかったら、きっと殺されていただろう」


 難しい顔をして黙り込むジュールに、ギュスターヴは説明を続ける。


「あの晩は、王城でオーギュスティーヌ様のご婚約披露の舞踏会があったんだ。ボドワンはもともと、そっちの警備につくはずだったが、王都の見回りの騎士が一人出られなくなり、代わりに彼が……」


 オーギュスティーヌはリヴィエ王家の第三王女で、王太子にとっては同母の妹。

 にもかかわらず、王太子はボドワンをセナンクール家に向かわせた。

 しかも、この大事な時期に、筆頭騎士のジュールを休暇という名目でオーシェルに派遣している。

 王太子がどれほど、レナエルらの問題を重要視しているのかが分かる。


「ボドワンは、敵の顔を見ていないのか? 何か手がかりは」

「いや、顔は見えなかったそうだ。背の高い、細身の男だったということぐらいしか……」

「手がかりはないということか」

「ああ。だが、私は必ず奴を見つけ出して、あの方を救い出してみせるよ」


 ギュスターヴは琥珀色の瞳に強い意志を宿らせ、腰の長剣に手を置いた。

 その様子に、ジュールが眉をひそめる。


「待て。ボドワンがやられたのなら、それは俺の隊の仕事だろう」

「そうだな。シルヴェストル殿下には、この件には手出ししないように言われている。だが、恋人を奪われて、私が黙っていられる訳はないだろう」


 リヴィエ王国には四人の王子がおり、それぞれが軍隊を率いているが、要請がない限りは相互不可侵が徹底されている。

 ギュスターヴは第二王子であるマクシミリアンの筆頭騎士だ。

 ジュールにすら詳細を伝えなかった王太子が、彼にこの問題に関わることを許さないのは当然だ。

 おそらく、マクシミリアンもそうだろう。


 しかし、捕らえられたのが彼の恋人ならば、ある程度は目を瞑るべきか。

 彼がここにいること自体、両殿下の配慮なのかもしれない。

 そう考えて、ジュールは少し譲歩する。


「……我々の邪魔だけはするな」


 ギュスターヴは、微かに笑うと、ジュールの肩にぽんと手を置いた。


「恩にきる。お前に迷惑をかけるようなことはしないさ。ところで、どうしてお前が、彼女と一緒にいるのだ」

「ああ。クライトマンとセナンクール家は、仕事柄、親しい関係だからな。レナエルが王都に行く用事があるというから、俺が同行することになった」


 ジュールはもっともらしく答えたが、この状況では、明らかに不自然な説明だった。

 しかしギュスターヴも心得ているのか、ふっと笑うだけで、これ以上探りを入れてくることはなかった。


「そうか。お前が一緒なら安心だ。私にとっては、彼女も大切な女性だ。王都にしっかり送り届けてくれ」

「ああ」


 ギュスターヴはレナエルに向き直ると、右手でそっと頬に触れてきた。

 レナエルはぎょっとするが、彼の方は全く気にせず、甘い微笑を浮かべた顔を近づけてきた。


「ここで貴女にお会いできて、本当によかった。これですぐに、ジネットの捜索に向かえます。貴女の大事な姉上は、必ず私がお救いしますから、どうぞ安心してお任せください」

「……」


 レナエルは無言のまま彼の手首を掴むと、頬に貼り付いている手を、無理やり引きはがした。

 顔には一応、引きつってはいたが笑顔を浮かべておいた。


「貴女は本当に、おもしろい方だ。ジネットと見た目はそっくりでも、中身は真逆なのですね」


 興味深そうに琥珀色の瞳を輝かせるギュスターヴに、ジュールが芦毛の手綱を押し付けた。

 早くここを立ち去れという意味だ。


 ギュスターヴは苦笑しながらそれを受け取ると、ひらりと馬に飛び乗った。


「どうか吉報をお待ちください。レナ」


 さりげなく愛称を呼んで、片手を上げて去っていく彼の後ろ姿を、レナエルは猛烈な疲労感に襲われながら見送った。


「あんな人だったんだ……。ジジが嫌がるのもよく分かる」


 どれだけあからさまな態度であしらっても、彼は全く堪えない。

 ひたすら甘ったるい言葉と態度で迫ってきて、うんざりした。

 正直、一発お見舞いしたいくらいだった……というか、するところだった。


 あんな男に口説かれるなんて、どれだけ鬱陶しいだろう。


 思わず寒気がして、腕をさする。


「おまえの姉が、やつの恋人だったとはな」


 未だに信じられないといったジュールの言葉に、レナエルはまだ腕をさすりながら、顔をしかめた。


「違うわよ! あの人が勝手にそう言っているだけ。セナンクールの上客だから、無下に断れなくて困ってるんだから」

「そうか。しかし、おまえたちが貴族の出だとは思わなかった」

「はぁ? まさか、ただの庶民よ」

「ただの庶民に、子爵のギュスが求婚するはずがないだろう?」


 彼の疑問は当然だった。


 しかし、姉妹の雇い主であるセナンクール男爵は、以前より「貴族と結婚したいなら養女にしても良い」と言ってくれている。

 よほどの大物貴族でない限り、婚姻に支障はないのだ。

 姉妹を思ってのことではあるが、男爵がこんなこと言い出しさえしなければと、レナエルは深い溜め息をついた。


「なるほど。……いや、それでは、男爵に恩ができるだけだから意味がない」

「どういうこと?」

「ルコント家はいくつもの爵位と領地を持つ大貴族だ。だが、次男のギュスは、子爵位と僅かな領地しか継げなかった。だから、強い後ろ盾になってくれる有力貴族の令嬢との婚姻を、ずっと望んでいたんだ。セナンクール男爵なら後ろ盾として申し分ないが、養女と結婚したのでは、それは望めないからな」

「それほど、ジジのことが好きなんでしょ?」

「だったら、愛人にすればいい。貴族にはよくある話だ」

「あ……い、じん? ジジを愛人にするっていうの! 冗談じゃないわ!」


 たった一人の大事な姉を、愛人にすればいいだなんて、あまりにもひどい!


 レナエルがくってかかると、彼はうんざりした様子で手をひらひらと振った。


「うるさい。わめくな。愛人にする様子ではないから、不思議だと言っているんだ。やつが、色恋沙汰で将来を棒に振るようなことをするとは思えないが……まさか、それほど本気なのか?」

「きっとそうよ。でも、どんなに本気でも、あの人、ジジとは結婚できないけどね」


 レナエルはふくれっ面で断言した。

 万が一のことがあっても、自分がこの縁談をぶちこわすつもりだった。


「ねぇ、今のこと、ジジに報告していい?」

「今、ここでか? いや、宿に入ってからにしてくれ。先を急いだ方がいい」


 彼は空を見上げてあっさり拒否すると、さっさと愛馬に跨がった。

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