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苦い初陣

 剣戟の響きがそこかしこで上がる。

 悲鳴。馬のいななき。

 血の臭い。


「うおおおおー!」


 目の前の惨劇にひるむ暇などなかった。

 倒さなければ自分が殺られる。

 その極限の状況の中、若きジュールは興奮気味の愛馬の栗毛を必死に操り、普段よりも重く長い剣で、馬上の敵を薙ぎ払っていた。


 相手のヘルムが金属音を上げて飛び、叫び声を上げた男が目の前から消える。

 感情を消して、ひたすら目の前の敵を力ずくで叩き落とす。

 命を奪う。


 その繰り返しは、まるで、地獄の中に永遠に捕われたかのようだった。


「よくやったな。ジュール・クライトマン。初陣でこれだけの戦功は上出来だ」


 肩甲の上からではその感触は分からない。

 ただ、置かれたその手の重みと声で振り返ると、主である騎士、シルヴァンが白い歯を見せていた。


 終わった……のか?


 呆然とあたりを見回すと、血にまみれた死体や負傷兵が土に転がっているのが目に入る。

 敵は兵を引き、リヴィエ国軍が興奮した声を上げていた。


 背後に長く伸びる城砦の跳ね橋が、ゆっくりと下ろされる。

 砦を守り切った兵たちは意気揚々と中に入っていった。


 出迎えたのは、城主とその家族、城砦の向こうにかくまわれた大勢の領民たちだった。

 城主が指揮官であったシルヴァンに駆け寄る。


「娘が……セヴリーヌがあなた方にお知らせしたのですよね? 娘は無事でしょうか? どこにいるのでしょう?」


 城主が必死の形相で、礼よりも、ねぎらいよりも先に口にした言葉に、シルヴァンは周囲の兵たちと顔を見合わせた。

 誰もが首を横に振る。


「セヴリーヌ……様、ですか?」

「そうです。国境の異変を知らせるのだと、一人で城を出たのです。私が行くと止めたのですが、城主は城砦にとどまって指揮を執るべきだと……」

「そうですか。我々は、間諜からの知らせで駆けつけたのです。貴方の娘さんとはお会いしておりません」

「そ……んな。あの子は、一体どこへ」

「きっと大丈夫ですよ。我々が王都に戻るときに、お調べしましょう」


 明らかに落胆した城主を気遣うように、シルヴァンが声をかけた。


 その後、リヴィエ国軍は約半数を城砦に残し、残りは王都に戻ることになった。

 帰還組だったシルヴァンとジュールは、敵の残党が残っていないかを確認しながら、帰路を急いでいた。


 途中の森の中で、敵が野営したらしい場所を発見した。

 小川が流れるすぐ脇に、たき火の跡やたくさんの足跡が残されている。

 ジュールは何か慰留物はないかと、周囲をくまなく捜索した。


 そして、見つけた。


 それは、血の付いた毛布にくるまれて、藪の中に放置されていた。

 毛布の端から、長い金の髪がのぞいている。


「シルヴァン、こちらに来てください。何かが捨てられています。……おそらく」


 ジュールのもとにやってきたシルヴァンが、嫌な予感に顔をしかめながら、ゆっくりと毛布を開いた。


 中から出てきたのは、ドレスも下着も身に着けていない若い女だった。

 年齢は、ジュールとそう変わらないだろう。

 苦痛に顔を歪め、血のりがついた短剣を固く握りしめており、首の切り傷からは大量の血が流れた跡がある。

 青白い肌の至る所に、痛々しい痣や擦り傷ができていた。


 おそらく、あの城主の娘だろう。

 異変を知らせようとして、敵兵に捕らえられたに違いなかった。


 この場所で、彼女の身にどんな悲劇が起こったのかは、容易に想像できた。

 そしてその後、彼女は自害したのだ。


 ジュールは娘の亡骸から顔を背けた。


「そのまま城に残っていれば、こんな目に遭わずにすんだのに……。どうして、こんな……惨いことに」


 どんなに守りたくても、これでは守れない——。


 無茶さえしなければ、今頃は安全な城の中で、家族とともに解放された喜びを味わっていたはずだ。

 しかし彼女は今、血に染まった青白い肌で、ここに冷たく横たわっている。


 あまりの空しさに、ジュールは唇を噛んで俯いた。


 その細かく震える肩を、押さえきれず漏れる嗚咽を、彼の主は見て見ぬ振りをしてくれた。

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