表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/46

似てない兄弟

 西に太陽が沈み、辺りを包んでいた橙色の光が深い青に染め変えられるころ、二人はようやく小さな村に到着した。


 家々の窓からは、ぼんやりとした光が漏れている。

 人影もまばらな村の中央を通る道を進んでいくと、宿の看板を掲げた建物があった。

 村の規模から考えると、かなり大きな宿だ。

 周囲の村まで距離があることから、旅人には重宝されているのだろう。


 馬を馬屋に預け、二人は宿の入り口をくぐった。

 中は酒場兼食堂になっていて、肉の焼ける香ばしい香りや、酒や煙草の臭いが立ちこめている。

 八つほどあるテーブルは半分ほど埋まっており、人々が食事や酒を楽しんでいた。

 まだ夜が浅いためか、こういう酒場にありがちな、荒れた雰囲気はない。


 おいしそうな食べ物の匂いが空腹を刺激して、レナエルの腹がぐうとなった。


「おまえは、俺の弟ということにする。話を合わせろ」


 ジュールは耳元でそう囁くと、食堂の奥に向かった。

 カウンターの向こう側で料理を盛りつけていた、女将さんらしき中年の女性に声をかけている。


 レナエルは自分の姿を見下ろした。


 なるほど。

 長い髪を帽子で隠し、男物の服を身に着け、幸いと言って良いのかたいした胸もないから、弟と言っても不思議はないだろう。

 顔や背格好は、彼とは全く似ていないが。


「おい、おまえは何を食うんだ?」


 しばらく女将と話していたジュールが振り返った。

 先ほどまでと比べて軽い口調に、にこやかな笑顔まで浮かべている。


 そうか。

 演技か。


「え……と、何があるの?」


 話を合わせるため、少年らしい低めの声で答えると、女将さんが愛想の良い笑顔を向けた。


「おや、かわいらしい子だねぇ。お腹が空いているのなら、豚の香草焼きがおすすめだよ。あとは、ひよこ豆のスープね」

「じゃあ、それにします」

「俺も同じものを頼む。あと、チーズとパンも」

「あいよ。空いてる席に座っておくれ。部屋は食事が終わるまでには、準備させるから」


 女将さんに促され、二人は窓際のテーブルに着いた。


 椅子に座ったジュールは、元通りのむっつりとした顔になった。

 腕を組んで黙ったままの彼と向かい合って座っているのは、あまりにも居心地が悪い。

 早く料理がくればいいのにと、しきりにカウンターの向こうを気にしていると、彼がふと口をひらいた。


「で?」

「……へ?」


 たった一言では、分かるはずがない。

 レナエルが訝しげに正面の男の顔を覗き込むと、前髪の隙間からぎろりと睨まれた。


「昼間の話だ。お前の姉から聞いたことを説明しろ」

「…………うん」


 相変わらずの口調に胸がむかむかするが、それでも黙って向かい合っているよりは、よほどましだ。

 真偽を見極めようとするような、厳しい視線にさらされながら、レナエルは声を潜めて話を始めた。


「やっぱりジジは、私が悲鳴を聞いたときに襲われてたの。眠っていたら、誰かが剣で斬り合うような音が聞こえてきて……」

「斬り合うだと?」


 ジュールの眼光が鋭くなった。


「そう言ってたわよ。その音で目が覚めたって」

「そうか。おそらく、殿下が配置した騎士が、先に異変に気づいたんだな。やはり、敵を止められなかったということか。俺をこっちに派遣したくらいだから、王都にもそれなりの実力者を置いていたはずなのに」


 ジュールが悔しげに、テーブルに置いた大きな手を握りしめた。

 和やかで楽しげな雰囲気が漂う店内で、彼一人だけが不穏な空気をまとっている。

 話を続けるのも気が引けて、レナエルも口をつぐんだ。


「あいよ。お待たせ!」


 さっきの女将が、大皿を手に近づいてきた。

 二人の深刻そうな雰囲気に、ちょっと眉を寄せたが、それを吹き飛ばすようなあっけらかんとした声で話しかけてくる。


「どうしたの。二人とも、しけた顔しちゃってさぁ。そんなときは、まず、食べな! 腹が膨れれば元気も出るからさ」


 ゆでた野菜の上に、じゅうじゅうと音を立てる肉が乗せられた皿が、まず目の前に置かれた。

 女将はカウンターとテーブルの間を往復し、湯気を立てている豆のスープとごつごつしたパンをテーブルに並べていく。


 レナエルの気分は一気に上昇した。緊張感に忘れかけていた空腹が甦り、早く食べろとせっついてくる。


「うっわ! おいしそう。食べていい?」


 並べられた料理をぐるりと見渡して、興奮気味に顔を上げると、ジュールがじっとこっちを見ていた。

 その吊り気味の眼の眦が、少し下がったように見えたのは気のせいか。


「ああ」


 彼もフォークを手に取った。


 二人は焼きたての肉を忙しく口に運びながら、話を続けた。

 さっきまでのぴりぴりとした空気は和らいで、ずいぶん話しやすくなった。

 話の内容は不穏なものだが、周囲からは、普通に会話をしながら食事を楽しんでいるように見えるだろう。


「……だからジジは、敵はかなりお金持ちで、おそらく貴族だろうって言ってた」

「そうだな。その可能性は高そうだ。だが、まだ判断するには材料が少なすぎる」

「馬車に押し込められているんだから、しょうがないじゃない」


 レナエルはパンの最後のひとかけらを、肉汁のソースをつけて口に放り込んだ。

 彼の方はとっくに食事を終えていた。


「姉と話せるか?」

「今、ここで?」


 あたりを見回しすと、食事と話に夢中になっている間に、食堂の席はすべて埋まり、カウンターで立ったまま酒を飲む人までいる。

 客が増え、酒が進み、話し声や笑い声で店内はかなり騒がしくなっていた。


「気が散るから難しいわ。それに、あたしがじっと動かなくなったら、不自然じゃない?」

「そうだな。部屋に入ろう」


 ジュールが立ち上がって、カウンターの向こうに声をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ