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黒隼の騎士の二つ名

 彼はレナエルの意識が自分に向いたことに気づき、口を開いた。


「今、姉と話しているのか」

「そうだけど」

「話は後で聞く。できる限りのことを聞き出せ」


 相変わらずの尊大な命令口調にむっとして、一言文句を言おうとしたが、ジネットの声に妨げられた。


『レナ? どうしたの? そこに、誰かいるの?』


 気が散ると、頭の中での会話は途切れる。

 そのことに姉はぴんと来たらしく、声に不安が滲んでいる。


 レナエルは慌てて説明する。


『うん。ジュール・クライトマンっていう騎士が、今、隣にいるの。一応、味方らしいんだけど……』

『ええーっ! あの黒隼の騎士……の?』


 ジネットは、レナエルの頭が割れるほどの大声で驚いた後、絶句した。


 王都のセナンクール家の本店で、王族や貴族を相手にすることも多いジネットは、当然、そういった人々の事情にも詳しい。

 その彼女がこれほど驚いたことが、意外だった。


『そんなに、すごい人なの?』


 恐る恐る聞いてみると、冷静沈着な姉にしてはめずらしく、興奮気味に説明を始めた。


『そうよ。ジュール・クライトマンって言ったら、黒隼くろはやの騎士の通り名で、王都ではすごく有名なんだから。彼は、五年前の戦のときは従騎士だったんだけど、急遽、戦場で叙任されて、敵の将軍の首を取ったという凄腕なの。去年、二十五歳の若さで、王太子の筆頭騎士に任命されたほどなんだから。とにかく、すっごい人なの』

『えええっ! ってことは、あの人、今二十六歳なの? ……軽く三十歳は越えてると思った』

『レナ。驚く場所が違うから……。でも、どうしてそんな人が、レナと一緒にいるの?』


 妹の的外れの反応に、ジネットは盛大に呆れつつも冷静になったらしい。

 脱線した話を元に戻す。


『うん、ちょっと信じられないような話なんだけど……』


 レナエルは、昨晩から今に至るまでをかいつまんで説明した。


 頭の切れるジネットは、妹の説明から、自分たちの置かれている状況を正確に把握していった。

 しかし、黒隼の騎士が王太子から受けていた命令については、さすがのジネットも驚きを隠せなかった。

 これまでひた隠しにしていた、自分たちとセナンクール家の秘密が、王太子にまで知られているとは、思わなかったらしい。

 自分たちの巻き込まれている事態の大きさに、しばらく口もきけないようだった。


『ジジ?』

『……分かった。じゃあ、わたしもこっちの状況をさぐってみる。何か分かったことがあったら知らせるわ』

『うん。どこにいるか分かったら、すぐに助けに行くから、待ってて!』

『もう……。そんなところが心配なのよ。分かってる? 今の状況で、いちばん危険なのはレナなんだから、それを自覚して! 絶対に、無茶なことをしたらだめよ!』


 そう強く言いおいて、姉の声は途切れた。


 とたんに、日差しの強さや、緑の匂い、木々のざわめきを五感に押し寄せてくる。

 レナエルはゆっくりと目を開いた。


「レナまで、あの男と同じことを言うんだから……」


 ぼやきながらも、姉が自分を気遣ってくれていることが分かるから、口元に笑みが浮かんだ。

 とりあえず無事でいてくれたことにほっとする。


 ゆっくりと立ち上がり、体中についた土や枯れ草を払い落とした。

 しばらくじっとしていたおかげで、疲労感もかなり軽くなっていた。


 側にいたはずのジュールはいつの間にかいなくなっていた。

 きょろきょろと辺りを見回すと、彼は愛馬の蹄の具合を調べていた。


 レナエルが近づいていくと、まだかなり距離があるのに、彼はこちらを振り返った。

 睨むように見る眼にせかされた気がして、慌てて駆け寄る。


「話は終わったか」

「うん、大体のことは聞いたし、こっちの状況も説明しておいた。ジジはね……」

「お前の姉はどこにいる」


 説明しようとした言葉を強引に遮られ、レナエルはむっと眉を寄せた。


「……今は、分からない。カーテンを引いた馬車で、どこかに移動してるって言ってた」

「そうか」

「それで、ジ……」

「居場所が分からないのなら、それ以上の説明は後でいい。先を急がないと、宿がある村に着く前に日が暮れてしまう。すぐ出るぞ」


 さらにレナエルの言葉を遮ってそう言うと、ジュールは馬に飛び乗った。

 高い位置からの威圧的な視線。無言の圧力。

 あまりの傲慢さに呆然としていると、彼は馬の鼻先をもと来た方向に向けた。

 ぐずぐずするなら置いていくぞと、言いたいようだ。


 なんなの、この真っ黒男!

 黒隼の騎士の二つ名が似合いすぎて、吐き気がする!


 腹立たしさに叫びだしたい気持ちを必死に押さえながら、レナエルは自分の愛馬に跨がった。

 そして、彼とは正反対の方向に馬を向ける。


「森をこっちに真っすぐ抜けると、道に出る! この方が早いわ」


 そんなことも知らないくせに、偉そうに!


 彼に背を向けて、そう胸の内で激しく毒づきながら、レナエルは馬の腹を蹴った。

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