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驚きの黒幕

「白状して!」


 その言葉に、彼は僅かに顎を引くと、上目遣いでレナエルを睨んだ。


 腹をくくってしまえば、長い前髪の間からのぞく射るような視線にも、もう動じることはなかった。

 ありったけの気迫で見下ろすと、彼は満足そうにくっと片頬を上げ、ゆっくりと話し始めた。


「俺が夜中にセナンクール家の近くにいたのは、昼間、屋敷の近くで、怪しい男達を見かけたからだ」

「それは昨晩聞いた。怪しい男を見かけたってのは偶然? 本当は、あいつらは仲間なんじゃないの?」

「違う。俺はセナンクール家を張っていたんだ。正確に言うと、レナエル・クエリー、あんたのことを探っていた」

「やっぱり! じゃあ、あたしとジジの秘密を、最初から知っていたのね?」

「いや、事前には何一つ教えられていなかった。ただ、レナエル・クエリーという娘について調べろと言われただけだ。そして何か気になることがあれば、連れてくるようにと」

「連れてくるように? ふーん、思った通りね。やっぱりあたしを狙ってたんだ。それで、誰なの? 私を連れてこいと言った黒幕は」


「……シルヴェストル・エドゥアール・カルネ・リヴィエ王太子殿下」


 思いがけない言葉を聞いた気がした。

 長ったらしい名前の最後に付けられた、この国の国名と、王太子殿下という称号——。


 レナエルは二三度瞬きしてから、ぽかんと口を開けた。


「……………………は?」

「シルヴェストル殿下だ」


 でん……か?


 頭の中で、その言葉を反芻する。

 なかなか理解が追いつかず、思わず腕から力が抜けた。


「おい。剣先が下がっている!」


 とたんに怒鳴られて、はっとする。

 剣の柄を握りしめて姿勢を直すと、少し落ち着いて考えられるようになった。


 確かこの男は、王太子殿下の筆頭騎士だったはず。

 だけど……。


「な……んで、王太子殿下が?」

「知らん。今になれば、あんたたちの能力が目的だったんだろうと思うがな。あいつは秘密主義者だ。いちいち細かい説明はしない。今回のことも、休暇をやるからたまには実家に顔を見せてこい。そのついでに、レナエル・クエリーについて調べてこいと言われただけだ。クライトマン家とセナンクール家の関係を知っていて、俺なら入り込みやすいと思ったんだろうよ」


 彼はさらりと、王太子をあいつ呼ばわりした。

 おまけに、一切敬語を使わない。

 まるで、悪友について話しているようだ。

 相手は次の国王となる人物なのに。


「本当に、王太子殿下の命令なの?」

「さっきから、そう言ってる。疑っているのか!」


 彼の態度の悪さに、思わず疑いの言葉と視線を向けると、いらついた返事が返ってきた。


「じゃあ、その王太子殿下は、あたしたちの秘密を知っていたの?」

「どうだろうな。おそらく、曖昧な情報しか持ってなかったんじゃないか。だから、俺が調べた上で、気になるようなら連れてこいという命令になったんだろう」

「王太子殿下と昨晩の事件は無関係?」

「当たり前だ! 今の言葉は不敬罪に値する」


 物騒な言葉にぎょっとすると、また「剣先を上げろ」と怒鳴られた。


 自分は殿下に何の敬意も示していないくせにっ!


 むかつくまま、剣をしっかり構え直すと、それをぐいと前に突き出した。

 彼はそれでいいとでもいうように、軽く頷くと、続きを話し始める。


「……とにかく、昨晩のような事件は想定外だったんだ。それを見越して、殿下が俺を派遣したとは思えないからな。殿下以外にも、おまえたちの秘密を嗅ぎ付けた奴がいたんだろう。きっと、奴らの方が、その秘密を正確に把握していた。たまたま俺が来ていたから、あんたは助かったというだけのことだ」

「く……」


 彼の長い話に、レナエルがうめき声を上げた。


 長剣を突きつけて脅しているのはレナエルなのに、いたぶっているのは明らかに彼の方だ。

 そんな奇妙な構図が長時間続いている。


 重いものを支え続けて、レナエルの腕はパンパンに張ってきている。

 剣先が細かく震えるが、どうにもならない。

 それでも必死に耐えているのは、目の前の男が、とにかくむかつくからだ。

 剣を下ろしたら負けだと感じるからだ。


 そんなレナエルの様子に、ジュールはもちろん気づいていた。

 にやりと笑って「下がっている」と指摘してから、じらすようにゆっくりと話を続ける。


「そして、ここからは想像だが、あんたの姉のところにも、殿下の騎士が配置されていたはずだ。怪しい双子の、片方だけを調べるはずはないからな。だが、あっちは防ぐことができなかった。ったく、一体、誰が配置されていたんだ!」


 ジュールが忌々しげに舌打ちした。

 ジネットが攫われたことを、彼は王立騎士団の失態として腹を立てているようだ。


 案外、任務に忠実で、真面目な性格なのかもしれない。


 そう思うと、このよく分からない状況も理解できる気がした。


「今までの話は、王太子殿下から口止めされてるのね?」

「いや」

「え? あたしに脅されて口を割ったことに、したいんじゃないの?」


 彼がわざわざ自分の剣を握らせ、「俺を脅せ」と言ったのだ。

 そうでなければこの状況は、説明がつかない。


 彼の長い前髪から覗く鋭い眼差しに、はっきりと愉悦の色が浮かんだ。


「俺は脅されて口を割るくらいなら、死を選ぶ。真の騎士は皆、そうだ。ま、あんた相手に、そんな状況にはなり得ないがな。おい、下がってる!」

「どういう……こと?」


 レナエルは呆然となった。


 これだけの苦行を強いられた理由が分からなくなり、なけなしの気力は一瞬で消えた。

 「下がってる」と叱責されても、もう重い長剣を支えられなくなり、鋭い切っ先が彼の目の前の土にさくりと落ちた。

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