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魔法使いと少女(四)

 その時、小屋の扉が開かれた。

 中から、杖を突いた老人が姿を現す。言うまでもなくサリアンだ。

「やめんか、お前ら」

 そう言うと、サリアンは悲しげな瞳で村人たちを見つめる。すると、村人たちの間にも怯んでいるような空気が広がっていく。

 一方、サリアンの姿を見たデビッドは、ハッと我に返る。怒りが消え、冷静な気持ちが生まれた。サリアンなら、なんとかしてくれるかもしれないのだ。

 しかし、村人たちも怯んでばかりもいられない。彼らも、腹を括って来ているのだ。

「サリアン! さっさと洞窟を塞いでいる壁を消せ! さもないと、この二人を痛めつけるぞ!」

 怯えながらも、サリアンに怒鳴りつける村人。すると、サリアンの顔が歪む。

「お前ら、本気なのか? あの洞窟の中に入ったら、怪物が目覚めてしまうのだぞ……」

 サリアンの声は弱々しいものだった。デビッドにも、その気持ちが理解できる。村人たちは、もはや聞く耳を持たない。完全にサリアンを敵だと認識しているのだ。村に害を為す敵だと……敵の言うことを信じる者はいない。

「どうするんだ! 早くしねえと、このケットシーが痛い目に遭うぜ!」

 言いながら、ミーニャの喉元にナイフを当てる村人……サリアンの顔が歪む。

 やがて、サリアンはため息をついた。

「いいだろう。儂に付いて来い」




 杖を突きながら、山道を歩くサリアン。時おり立ち止まっては、激しく咳き込む。

 初めのうちはサリアンを恐れ、遠巻きに接していた村人たちであったが……やがて、サリアンが病身の老人にしか見えないこと、さらに人質の存在に安心したらしい。サリアンが立ち止まる度に、口汚く罵り出した。


「てめえ魔法使いなんだろうが! さっさと空飛んで、洞窟まで行けねえのかよ!」

「いっそ、俺たち全員をさっさと飛ばしてくれや!」


 そんな村人たちを横目で見ながら、デビッドは必死で落ち着こうとしていた。もし、自分が怒りに支配されてしまえば、恐ろしいことになるのだ。村人たちに小突かれ歩きながらも、深呼吸を繰り返していた。




「おい、着いたぞ」

 村人の声を聞き、我に返るデビッド。だが前を見た瞬間、彼はあまりの事に唖然となった。

 洞窟の周辺には、老若男女を問わず、大勢の村人たちが来ていたのだ。彼らの目付きは、尋常なものではなかった。今にも、サリアンに襲いかかって行きそうな勢いだ。何かきっかけがあれは、すぐに暴徒と化すだろう。

 その暴徒の中には、村長もいる。

 そして、あのゾフィーという中年女も。親切だったはずの彼女は、冷酷な表情でサリアンを見つめていた……。

 デビッドは、助けを求める視線をゾフィーに向ける。だが、ゾフィーはこちらを見ようともしない。険しい表情を浮かべている。


 やがて、村長が口を開いた。

「サリアン、このような手段に出たことはすまないと思っている。しかし昨日、村に商人が来たのだ。遺品は本物だ、だから取り引きしたいとな。儂らも、もう待てないのだ。さあ早く、あの壁を消し去れ」

 村長の言葉を聞き、サリアンは顔を上げた。

「村長……お前は分かっているのか? 今のお前たちの所業は、山賊と代わりないのだぞ。あの二人は、何の関係もない。二人だけは逃がしてやってくれ」

 そう言うと、サリアンはデビッドとミーニャを指差す。

 だが、村長は首を振る。

「それは出来ん。あの二人を放したら、お前は何をするか分からん。儂は、村のためなら賊にでもなる……そのくらいの覚悟は出来ている」

 村長の目には、冷酷な光が宿っている。他の村人たちと、村長は違っていた。自身が悪を為している、という自覚がある分、その決意は少々のことで揺らぎはしないのだ。サリアンは虚ろな表情で、洞窟の方を向いた。

 手をかざし、奇妙な呪文の詠唱を始める。

 すると地の奥底から響くような、奇妙な音が聞こえてきた。地下で、何かが蠢いているような……村人たちは、不安そうな表情で顔を見合わせる。

 だが、いきなり音が止んだ。

 次の瞬間、サリアンはしゃがみこむ。荒い息を吐きながら、村長を見上げた。


「壁は消えた。入って行って、その目で確かめるがいい」


 すると、村人たちは先を争うようにして洞窟へと雪崩れこんで行く……デビッドは、その様子を呆然とした表情で眺めていた。ついに、壁が消えてしまった。このままでは、村人は皆殺しにされてしまう。自分は、どうすればいいのだろう……。

 その時、背後に何者かの気配を感じた。

「あんたたち、この隙に早く逃げな」

 女の声。と同時に、デビッドを縛っていた縄が切られる。

 振り返ると、そこにいたのはゾフィーだった。さきほどまでとはうって変わって、彼女は、ミーニャを縛っていた縄も切った。

「さあ、今のうちに逃げるんだよ。このままだと、あんたらも村の連中に殺されちまう。ケットシーを連れて、早く逃げな!」

「それは出来ません! あの洞窟の中には、怪物がいるんです!」

 デビッドの言葉に、ゾフィーは顔を歪めた。

「あんたまで、何を言ってるんだい……怪物なんか、いやしない――」

 ゾフィーの言葉の途中、洞窟の中から悲鳴が聞こえてきた。次いで、とてつもなく重たい何かが動いているような音も。

 同時に、しゃがみこんでいたサリアンが叫んだ。

「みんな、早く逃げろ! ゴーレムが動き出したぞ! 皆殺しにされるぞ!」

 直後、サリアンは胸を押さえながら崩れ落ちる。激しく咳き込み始めた。

 それを見た途端、ミーニャも叫ぶ。

「サリアン様!」

 その直後、恐ろしい速さで走って行くミーニャ。サリアンのそばに行き、彼を抱き上げようとする。デビッドも慌てて、サリアンのそばに行った。

 すると、サリアンは弱々しい声を出した。

「は、早く逃げろ……ゴーレムが動き出した……村人どもの動きで……眠っていたゴーレムが……起きてしまった……」

 そこまで言うと、サリアンの首がガクリと落ちる。

「サ、サリアン様……サリアン様!」

 ミーニャは叫びながら、サリアンの体にすがる。だが、サリアンは反応しない……デビッドは、思わず顔を歪めた。

 サリアンは死んでしまったのだ。もともと病気の身でありながら、村人たちに無理やり歩かせられ、さらに魔法まで使わせられた……病身の老人に対し、あまりにも酷い仕打ちである。その体は、限界を迎えてしまったのだ。

 だが、今はサリアンの死を悼んでいる場合ではない。早く逃げなくてはならないのだ。

「ミーニャ、早く逃げるんだ!」

 デビッドは叫びながら、ミーニャの腕を掴む。

 だが、遅かった。

 洞窟の中から聞こえてくる、奇怪な金属音……やがて、巨大な鉄の塊が姿を現す。

 それは、騎士が身にまとう甲冑に似ていた。ただし、人間が着られるようなサイズではない。成長しきった灰色熊をも上回るほどの大きさだ。


 あれが、ゴーレムなのか……。


 デビッドとミーニャは、恐怖のあまり凍りついていた。入口付近にいる村人たちも同様だ。あまりのことに、動くことも出来ず呆然としていた。

 だが、ゴーレムはそんな事情にはお構い無しだ。巨体に似合わぬ俊敏な動きで、村人たちに襲いかかって行った――


 デビッドが我に返った時、村人たちは既に全滅していた。子供が気まぐれに蟻を踏み潰すような勢いで、ゴーレムは村人たちを皆殺しにしてしまったのだ。サリアンの言うことに耳を貸さなかった村長も、親切だったゾフィーも、無残な死体と化して横たわっている……。

 だが、感傷に浸っている暇はなかった。ゴーレムは新たな獲物を見つけたのだ。兜のような形をした頭が向きを変え、デビッドたちを見つめる。

 次の瞬間、一気に飛び上がった――

 デビッドは、咄嗟にミーニャを抱え上げる。反射的に、自らが楯になって少女を救おうとしたのだ。

 しかし、そんな楯などものの役には立たなかった。ゴーレムは一瞬にして接近し、デビッドを蹴飛ばす。デビッドは軽々と吹っ飛び、ミーニャを抱いたまま茂みの中に叩き付けられる。

 だが、ゴーレムは容赦しない。とどめを刺すため、後を追う。

 しかし、その動きが止まった。


 茂みから、ゆっくりと立ち上がるデビッド。その目は緑色に光っている。さらに体からも、奇妙な光を発している……。

 デビッドは叫んだ。

「ミーニャ、逃げろ! 出来るだけ遠くに――」

 後の言葉は、何を言っているのか聞き取れなかった……怯えるミーニャと、動きを止めたゴーレムの前で、デビッドの肉体は変化し始めた。

 その皮膚は緑色に変わり、筋肉はみるみるうちに肥大化していく。同時に、その体も変化していった。背丈はゴーレムにも負けないほど大きくなり、顔はまるで野獣のようだ――

 デビッドは、緑色の大男へと変わっていた。


 大男はゴーレムを睨み付け、凄まじい勢いで咆哮する。あたかも、野獣が敵を威嚇するかのように。

 そして、一気に跳躍した――

 大男は、一瞬のうちにゴーレムの前へと着地する。と同時に、ゴーレムを殴り付けた。

 鋼鉄の塊であるはずのゴーレム……だが大男のパンチを頭部に受け、ゴーレムはよろめきバランスを崩した。

 大男は間髪入れず、攻撃を続行する。ゴーレムの腕を掴み、力任せに引きちぎった――

 すると、ちぎられた切断面から火花が散った。同時に、ゴーレムの体から奇怪な音が出始める。打楽器をでたらめに打ち鳴らしたような音だ。

 だが、大男は攻撃を止めない。力任せにゴーレムの手足を引きちぎり、放り投げていく――

 手足をバラバラにされ、ゴーレムは完全に動きを止めた。それでもまだ、内部からは奇妙な音が洩れ出ている。

 一方、大男は天に向かい咆哮した。まるで、自身の勝利を誇示するかのように……。

 その時、茂みの中から様子を見ていたミーニャが姿を現した。吠える大男を、悲しげな瞳でじっと見つめる。

 すると、大男は咆哮を止めた。ミーニャの方に向き直り、歩き出す。

 見るも恐ろしげな、緑色の肌をした大男……だが、ミーニャは逃げなかった。彼女は恐る恐る手を伸ばし、大男に触れる。

 すると、大男の顔に笑顔が浮かぶ。

 次の瞬間、大男はその場にしゃがみこんだ。

 さらに、大男は目をつぶり、眠りにつくかのように仰向けに倒れる。と同時に、その体がしぼんでいった……。




 目の前に、空が見える。

 デビッドは、慌てて体を起こした。ぼんやりする頭を振りながら、周囲を見回す。

 そこは、惨憺たるものであった。多くの死体が転がり、死肉の匂いに引き寄せられた狼などの獣が、遠巻きにデビッドたちを見ている。だが、不思議なことに近づいて来ない。

「大丈夫ですにゃ?」

 不意に、横から声が聞こえてきた。デビッドがそちらを向くと、ミーニャが心配そうな表情で見つめている。

「ミーニャ……なんで逃げなかったんだ」

 呟くように言ったデビッド。すると、ミーニャは下を向いた。

「ごめんなさいにゃ……でも、デビッドさんを置いて行けなかったですにゃ」

 その言葉を聞いたデビッドは、口元を歪める。

 ややあって、静かな口調で語り始めた。

「ミーニャ……僕はね、呪いをかけられてしまったんだよ。サリアン様に、この呪いを解いてもらおうと思ってここに来たんだ」

 デビッドの脳裏に、かつての記憶が甦る。当時、デビッドは盗賊を生業としていた。ある屋敷に忍びこみ、貴重な宝石を盗み出そうとしたのだ。しかし宝石に触れた時、宝石は奇妙な緑色の光を放つ――

 デビッドはその光に打たれ、意識を失った。


 以来、デビッドは激怒すると変身してしまうようになったのだ。緑色の大男に変身し、本能のままに破壊を繰り返す。しかも、変身した後の記憶はほとんど無い。まるで野獣の如く、怒りの衝動のまま動くだけ――


「ミーニャ……僕はいつ、緑色の大男に変身するか分からない。それに、変身したら何をしでかすか、自分でも分からないんだ」

 言いながら、デビッドは立ち上がった。そして、地に転がっている死体から衣服を剥ぎ取り、身に付けていく。周りには狼やカラスなどの動物が、隙あらば死肉を漁ろうとしている。だが、デビッドたちには近づこうとしない。彼らは野生の勘で気づいているのだ……デビッドに手を出せば、ただではすまないことを。

 デビッドは狼の群れを見つめ、自嘲の笑みを浮かべる。死体の服を剥ぎ取る自分も、死肉を漁る狼たちも、大して代わりない。

 そして、デビッドはミーニャの方を向いた。ミーニャは不安そうに、狼たちを見ている。デビッドが居なくなったら、ミーニャは一人で暮らさなくてはならない。

 そうなれば、いつか獣に食われてしまう可能性が高い。自分と行動を共にするのと、この山に一人で暮らすのと、どちらが危険なのだろうか。


「ミーニャ、君はどうするんだい?」

「にゃにゃ?」

 顔を上げ、こちらを見つめるミーニャ。

「ミーニャ、僕と一緒に行くかい? それとも、この山で一人で暮らすかい?」

「デビッドさんと行きたいですにゃ!」

 間髪入れずに答えるミーニャ。デビッドはじっと彼女を見つめた。

「だけど、君も見たろう……僕は、あんな姿になるんだよ。怖くないの?」

「大丈夫ですにゃ。ミーニャには分かりますにゃ。デビッドさんは、優しい人ですにゃ。さっきだって、ミーニャを守るために闘ってくれましたにゃ」

 ミーニャの表情は、自信に満ちている。

 一方、デビッドは顔をしかめた。正直、迷ってしまう。今後、変身した自分が彼女に危害を加えない……という保証はないのだ。

 しかし、デビッドを見つめるミーニャの目には、溢れんばかりの信頼感がある。それは無視できないものだった。

 デビッドは複雑な思いを押し隠し、笑顔でミーニャの手を取る。

「じゃあ、一緒に行こうか?」

「はいですにゃ!」

 嬉しそうに答えるミーニャ。デビッドは微笑みながら、周囲を見渡した。

 死体と化した村人の数は、三十人を超えているだろう。自業自得、と言えばそれまでだ。それに、自分には手の打ちようが無かった……サリアンは真実を見抜いていたし、こうなることも予測していたのだ。しかし、村人たちは耳を貸そうとはしなかった。

 もっとも、村人たちの気持ちも分からなくもない。貧乏な村に訪れた、一攫千金のチャンス……飛び付いてしまうのも、やむを得ないと思えてしまう。

 結局、この惨劇は止めようが無かったのか。


「どうしましたにゃ?」

 ミーニャが手を引き、不安そうに尋ねる。彼女は、早くここを離れたいのだろう。もっとも、死体が転がる戦場のごとき場所に長居したがる者はいないだろうが。

「うん。行こうか」

 そう言って、デビッドは微笑んだ。

 確かに、惨劇は止められなかった。

 しかし、ミーニャを救うことは出来たのだ。

 そう、たった一人の命でも救うことは出来た。それで良かったのではないだろうか。


 そんなことを考えながら、デビッドは歩き出した。今はただ、この小さな命を守るだけだ。

 いつか、自身の呪いが解ける日が訪れることを信じて……。





 魔法使いと少女《完》



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