魔法使いと少女(三)
「怪物? どういうことです?」
驚愕の表情を浮かべるデビッド。サリアンは険しい顔つきで口を開いた。
「あの洞窟の奥を調べてみたところ、鋼鉄で作られた巨人の像が置かれていた。あれは、間違いなくゴーレムだ。あれもまた、古代文明の遺品なのだよ……自動的に動き、人間を襲うタイプだ。今は活動を停止しているが、何かの拍子にまた動き始めたら、あの村人たちは皆殺しにされてしまうだろう」
「えっ……」
デビッドは驚愕のあまり、二の句が継げなかった。まさか、そんなことになっていようとは。
「だ、だったら村人たちに伝えないと――」
「伝えたのだよ。ところが、奴らは聞く耳を持たん。儂が遺品を独り占めしたくて、あの洞窟の入り口に魔法をかけて塞いだ……奴らは、そう思っておるのだ。とにかく、今の奴らとは話し合いにならないよ」
投げ遣りな表情で答えるサリアン。
デビッドはそれ以上、何も言えなかった。彼にはよく分かる。パングワン村の景気は、お世辞にもいいとは言えない。しかし古代文明の遺品が発見されたとなれば、確実に村おこしに繋がるのだ。村人たちにとって、洞窟には大量の希望が隠されているのだ。
その希望への道を、サリアンが塞いでしまった。これは村人たちにとって、重大な裏切り行為であろう。
「ですが、このままだと大変なことになりますよ! 村人たちは、あなたたちを殺しに来るかもしれません! 何とか、もう一度だけ話し合ってみて下さい!」
デビッドは思わず、叫ぶように言った。このままでは、無意味な争いが始まってしまう。結果、誰かの血が流れる羽目になるのだ。
しかし、サリアンは首を振った。
「無理だ。奴らにゴーレムの危険性を証明するには、ゴーレムを動かさなくてはならん。しかし動き出したが最後、ゴーレムを止めることは不可能に近い。だから、儂の出来るのは動かさないようにすることだけだ。しかし、村人たちは儂の言うことを信じない。奴らが信じたいのは、あの洞窟に巨万の富が眠っているという事実だけなのだ」
投げ遣りな口調で答えるサリアン。デビッドは、どうすればいいのか分からなかった。村人たちが聞く耳を持たないのであるなら、一体どうすればいい?
しかし、デビッドは他にも差し迫った問題があることに気づいた。このままでは、サリアンとミーニャが危ないのだ。村人はいつ、この家を襲撃するか分からない。
「でしたら、まずはサリアンさんはミーニャを連れ、ここから逃げた方がいいですよ。このままでは、村人たちはあなたたちに襲いかかって来ます。洞窟の入り口を塞いだまま、ここから逃げましょう。そうすれば、あなたたちも村人たちも安全です」
そう言ったデビッドに対し、サリアンは力なく首を振って見せる。
「それは出来ない」
「何故です? このままでは、あなたは殺されるかもしれませんよ!」
「儂が今、ここから逃げ出したら、洞窟を塞いでいる壁の魔法が解けてしまう。そうなれば、村人たちは洞窟に殺到するだろう。その結果、ゴーレムが動き出してしまう。後は、言わなくても分かるな」
サリアンの言葉は淡々としていた。しかし、その奥に秘められたものは重い。デビッドは何も言えなかった。
サリアンは、なおも言葉を続ける。
「儂は今、ここを離れる訳にはいかんのだ。この病が落ち着き次第、洞窟の入り口を完全に塞ぐ。村人たちが絶対に入ってこれないようにな。その上で、儂はここを去る」
サリアンはそこで言葉を止め、デビッドをじっと見つめる。
「あんたに一つ頼みがある。ミーニャを連れて、ここから逃げてくれんか」
「ええっ!? な、何を言っているんですか!?」
思わず、聞き返したデビッド。だが、サリアンの表情は変わらない。懐から小さな袋を取り出した。
「この袋の中には、貴重な宝石が入っている。これを持って、ミーニャと一緒に逃げてくれ――」
「嫌ですにゃ! ミーニャは、サリアン様のそばにいたいですにゃ!」
サリアンの言葉の途中で、悲痛な声を発したミーニャ。その体はわなわなと震えており、今にも泣き出しそうだ。
すると、サリアンの表情が一気に険しくなった。
「ミーニャ、よく聞け。このままでは、お前の身が危ない。村人たちは、お前を狙ってくるだろう。だからこそ、一刻も早くここから逃げるのだ。デビッドさんの言うことをよく聞くのだぞ――」
「嫌ですにゃ! ミーニャは、サリアン様といたいですにゃ!」
なおも繰り返すミーニャ。サリアンを見つめる表情からは、不退転の決意が感じられる。
すると、サリアンの表情が僅かに緩む。
「ミーニャ……大丈夫だ。儂は偉大なる魔法使いなのだぞ。村人ごときに殺されはしない。洞窟の入り口を完全に塞いだら、すぐにお前たちの後を追いかける。今度は、別の山でのんびり暮らそう」
そう言って、優しく微笑むサリアン。
「ほ、本当ですにゃ?」
「ああ、本当だよ」
言いながら、ミーニャの頭を撫でるサリアン。
傍らにいるデビッドは、胸が潰れそうな気分になっていた。恐らく、サリアンとミーニャとが再会することは無いだろう。それどころか、サリアンが生き延びられるかどうかも不明だ。サリアンは命を賭けて、あの洞窟の入り口を塞ぐつもりなのだ。
そして万が一に備え、ミーニャだけは遠くに逃がそうと……。
「デビッド、頼んだぞ。ミーニャを連れて、できるだけ遠くへ逃げてくれ」
サリアンの言葉に対し、デビッドは断る術を知らなかった。
「分かりました」
翌日の朝、デビッドとミーニャは荷物を背負い、サリアンの前に立っていた。
「ミーニャ、お前は本当にいい子だ。デビッドのお兄さんの言うことを、ちゃんと聞くのだぞ」
サリアンの言葉に対し、複雑な表情を浮かべるミーニャ。傍らにいるデビッドは、切ないものを感じた。ミーニャの辛い気持ちは、デビッドにも痛いほど伝わってくる。さらに、サリアンもまた辛いのだ。
しかし、関わってしまった以上……最後までやり通さなくてはならない。
「ミーニャ、そろそろ行こうか」
デビッドのその言葉に、ミーニャは悲しそうな顔で頷いた。
「わかりましたにゃ……サリアン様、早く会いに来てくださいにゃ」
そう言って、ミーニャは頭を下げる。
二人は複雑な思いを胸に秘め、サリアンの家を出て行った。
黙ったまま、とぼとぼと歩いていくデビッドとミーニャ。その顔つきは暗い。
やがて、二人が森の中に入って行った。だが、その時――
「お前、うちの子供たちを脅したそうだな」
言いながら、木の陰から出てきた男たちがいる。年齢はまちまちだが、彼らには共通する部分が二つあった。
一つは、全員が野良仕事で鍛えられた逞しい体つきをしていること。もう一つは、ミーニャを襲っていた子供たちと同じ目をしていることだ。
「な、何ですか、あなたたちは……」
言いながら、デビッドはじりじり下がって行く。ミーニャもまた、威嚇するような唸り声を上げる。
だが次の瞬間、上から布のような何かが覆い被さってきた――
「な、何をするんだ!」
不意に視界を塞がれ、必死でもがくデビッド。ミーニャも隣で暴れる。しかし、数人の男たちがデビッドたちを押さえつけてきた。その力は強く、デビッドは身動きがとれない。
やがてデビッドとミーニャは、縄で縛られて地面に転がされた。
「お前らは今すぐ殺してやりたいが、俺たちの言うことを聞けば助けてやる。サリアンは今、どうしてるんだ?」
男たちの一人が、デビッドに尋ねてきた。
デビッドは顔を上げる。目の前にいる男たちは、パングワン村の住人だ。彼らに真実を伝え、説得するしかない。
「あなたたちは、分かってないんだ。あの洞窟の奥には、怪物が眠っているんだぞ!」
縛られた状態で叫ぶデビッド。だが、村人の一人が蹴りを入れる――
「うぐぅ!」
デビッドは痛みのあまり、思わず声を上げる。
「嘘つくんじゃねえ。あの洞窟には、怪物なんかいやしねえよ。でかい鉄の像みたいなのはあったけどな、あんなものは怪物じゃねえよ」
村人は、いかにも不快そうな表情で言った。だが、今度はミーニャが叫ぶ。
「お前たちは分かってないにゃ! サリアン様は優しい魔法使いだにゃ! 嘘はつかないにゃ! 悪いのは、お前たちだにゃ!」
そう言って、村人たちを睨むミーニャ。だが、村人たちはミーニャが相手でも容赦しない。縛られている状態の彼女の腹を蹴飛ばしたのだ。
ミーニャは、その蹴り一発で吹っ飛ばされる――
それを見た瞬間、デビッドの中で何かが騒ぎ始めた。ドス黒い凶暴なものが、外に出ようと蠢き出している……。
だが、その時デビッドは深呼吸をし出した。大きく息を吸い、吐き出す。絶対に怒ってはならない。もし怒りの衝動に負けてしまったら、ここは地獄絵図と化してしまう可能性があるのだ。落ち着かなくてはならない。
落ち着け。
冷静になるんだ。
自分に言い聞かせ、深呼吸を繰り返すデビッド。一方、ミーニャはうずくまったままだ。心配ではあるが、今は彼女に気を配る余裕はない。まず、自分が落ち着かなくては……。
その時、村人たちの手が伸びてきた。デビッドとミーニャを、無理やり立ち上がらせる。
「お前ら、ちょっと来い。サリアンの家まで付き合ってもらうぞ」
そう言うと、デビッドとミーニャを引っ立てて行った。
小突かれながら、歩いていく二人。腰縄を付けられているため、逃げることも出来ない。デビッドとミーニャはされるがままに、サリアンの家に向かい歩いて行った。
ミーニャは顔をしかめながら、時おりデビッドの顔を見上げる。だが、デビッドには何も出来なかった。彼は、ただひたすら心を落ち着けることだけに努めていたのだ。怒りを抑え、何とかこの場を平静な気持ちで乗り切ることに。そのため、デビッドには他のことを考えている余裕などなかった。
やがて、一行は足を止める。サリアンの家の、すぐ前まで来ている。
ここまで来て、デビッドはようやく気持ちを落ち着かせることが出来た。そのため、周囲に気を配り、また今後どうすればいいかを考える余裕も出てきた。
もっとも……悔しい話ではあるが、今の自分たちには何も出来ない。こうなったら、サリアンが自力で何とかしてくれることに期待しよう。サリアンは魔法使いだ。ならば、この状況も何とかしてくれるかもしれない。
村人の一人が、先に進んで行った。
小屋の前に行き、声を張り上げる。
「おいサリアン! 出てこい! さもないと、ケットシーの娘の耳をちょん切ってやるぞ! その次は尻尾だ! それでも出てこないなら、手足をぶった切ってやる!」
その言葉に、デビッドとミーニャの表情は凍りついた。
「あ、あんたら! 何を考えているんだ! それでも人間か!」
デビッドは、思わず叫んでいた。あまりにも無茶苦茶な話だ。
だが次の瞬間、デビッドは腹を殴られた。みぞおちに拳が炸裂し、デビッドは崩れ落ちる。
そして、ミーニャを無理やり引っ立てて行く村人たち――
「さっさと出てこい、サリアン! でないと、このケットシーの耳をちょん切ってやるぞ!」
だが、村人たちは気づいていなかった。
うずくまっているデビッドの目に、緑色の奇妙な光が宿っていることに。