魔法使いと少女(一)
今回の話は、中世ヨーロッパ風のハイファンタジーです。
険しい山道を進んで行くと、ようやく村らしきものが見えてきた。デビッドは、ほっと胸を撫で下ろす。交渉が上手くいけば、今夜は野宿せずに済むかもしれない。最悪でも、水くらいは飲ませてもらえるであろう。
慎重に、村へと近づいて行くデビッド。何せ、こんな山奥の村である。そこに住んでいる村人がよそ者に対しどのような反応を示すか、それを予測するのは難しい。やたら気前のいい者がいるかと思うと、よそ者には敵意を剥き出しにする者もいる。下手すると、問答無用で門前払いされる可能性もある。
村の入り口の前に立つデビッド。村は木の柵に囲まれ、その内側には小さな畑があるのが見える。牛や鶏の鳴き声もしており、そういった動物たちの存在に伴う匂いも、辺りにたちこめている。さらに木造の粗末な造りの家が十軒以上あるが、その内の幾つかの煙突からは煙が出ている。
デビッドは、そろりそろりと近づいて行く。すると突然、村の中から一人の男が出て来た。背はデビッドより高く、がっしりした筋肉質の体に毛皮の服をまとっている。さらに、その手には槍のような物を握りしめている。顔は日焼けしており、目付きは鋭い。
そのいかつい顔に、こちらを威嚇するかのような表情が浮かべて、大男は口を開いた。
「お前は誰だ? 何しに来た?」
「ぼ、僕は旅をしている者です。そろそろ日も暮れますし、出来れば今夜一晩だけでも泊めていただきたいのですが……」
言いながら、ペコペコ頭を下げるデビッド。大男はそんなデビッドを睨み付けた。
「お前、一人だけだろうな?」
不審そうな顔で尋ねる大男。
「はい、僕一人です。他には誰もいません」
即答したデビッドを、大男は渋い表情で見つめる。やがて、口を開いた。
「しょうがねえなあ。付いて来い」
その村の中は、しんと静まりかえっていた。全体的に暗い雰囲気が漂い、村人たちの顔にも覇気が無い。大男の後を付いて行くデビッドを、彼らは遠巻きに眺めている。歓迎されていないのは明らかだ。
デビッドは愛想笑いを浮かべながらも、この居心地の悪さには辟易していた。どうやら、長居は無用らしい。
ならば、一泊が限度だろう。
大男に連れられ、デビッドは村の中央にある小屋にやって来た。中は殺風景で、生活に必要な物はいっさい置かれていない。部屋の隅に、水の入った壺があるだけだ。
「ここで、しばらく待っていろ。じきに村長が来る。お前を泊めるかどうかは、村長が決める」
そう言い残し、大男は出て行った。
後に残されたデビッドは、背中の荷物を降ろし、ほっと一息つく。彼の旅の目的は、この村に到着することではない。まだ、先がある。
やがて、一人の老人が姿を現した。痩せた体ではあるが、長年の野良仕事で鍛えられた手をしている。表情は暗く、こちらを警戒する目でこちらを見ていた。
デビッドは笑みを浮かべて頭を下げる。目の前にいる老人は、この村の村長であろう。
「旅の人、あんたはこのパングワン村に何をしに来たのじゃ?」
ぶっきらぼうな口調で訪ねる村長。
「実はですね、この辺りに有名な魔法使いのサリアン様が住んでいると聞きまして、是非ともお会いしたいと……」
ニコニコしながら、答えるデビッド。だが、その途端に相手の表情が歪んだ。
「サリアン、か。旅の人、言っておくがな……あいつには注意した方がいい」
「えっ、注意と言いますと?」
「あいつは、何を考えているか分からん。近ごろは村に顔も出さず、怪しげな研究に没頭しておる。しかも最近では、ケットシーを飼うようになった」
「ケットシー、ですか」
デビッドは思わず首を捻った。ケットシーといえば、猫のような耳と尻尾の付いた人型の種族である。普段は山奥に棲み、人間の前にはめったに姿を現さないはずなのだ。
魔法使いとケットシー……いったい何をしているのだろうか。
「旅の人、あんたはサリアンに何の用があるのだ? 差し支えなければ、教えてくれんか」
尋ねる村長に、デビッドは頭を掻いてみせた。
「実はですね、僕の家族に呪いがかけられてしまったんですよ。有名な魔法使いのサリアン様ならば、呪いを解く方法を知っているのではないかと思いまして……」
「呪い、か。確かに、奴は呪いには詳しいだろうな」 そう言うと、村長は顔をしかめた。何か事情があるらしいが、聞けるような雰囲気ではない。デビッドは黙ったまま、村長の次の言葉を待った。
「サリアンの家は、ここから道に沿って北に進めば、半日も経たないうちに着けるであろう」
そう言った直後、村長の顔つきが険しくなる。
「だがな、一つ言っておくぞ。儂らも鬼ではない。今夜だけは泊めてやる。だが、明日になったらさっさと出ていけ。そして、二度とこの村に近づくな。でないと、命の保証は出来ん」
それだけ言うと、村長は立ち上がる。険しい表情のまま出て行ってしまった。
一方、デビッドは突然の急展開にポカンとなっていた。どうやら、サリアンと村の人間たちとは対立しているらしい。これは困ったことになったぞ……などと思いながら、デビッドは体を横たえた。とにかく、今夜一晩だけでも泊めてもらえるのはありがたい。
仕方ない、明日はすぐに出発だ。自分はこの村の人と仲良くなるために、ここまで来たのではない。自身にかけられた呪いを解くため、ここに来たのだから。
そう、デビッドがここに来たのは、家族の呪いを解くためではない。自身にかけられた、強力な呪いを解くためなのだ。
そんなことを考えていた時、小屋に一人の女が現れた。歳は四十代から五十代であろうか。恰幅のいい体格と、丸い顔がこちらに安心と親しみを与える。村長とは違い、ニコニコ笑いながら近づいて来た。
「旅の人、大したもてなしも出来んけど、ゆっくりしていきな」
そう言うと、女は焼き魚や木の実の乗せられた皿、さらにスープの入ったお椀をデビッドの前に置く。
「こんな物しか無いけど、たんと食べな」
女はにっこりと笑った。つられて、デビッドも微笑む。
「いや、ありがとうございます。ちょうど、お腹が空いてたんですよ。遠慮なくいただきます」
言いながら、デビッドは食べ始めた。頬っぺたが落ちるほど、という訳ではないが、まずまずの味だ。
「ねえ、あんた。歳は幾つだい?」
食べているデビッドに、女は話しかけてきた。
「あ、二十歳です」
「へえ、二十歳かい……あんた、可愛い顔してるねえ。あたしがあと十年若かったら、絶対にほっとかないんだけど」
「ええっ?」
驚きの表情を浮かべ、食事の手を止めるデビッド。すると、女はゲラゲラ笑った。
「何その気になってんだい! この村で変な真似したら、男どもに殺されちまうよ!」
「いやだなあ、からかわないでくださいよ」
言いながら、デビッドは恥ずかしそうに頭を掻く。
そんなデビッドを見て、女は愉快そうに笑っていたが……不意に神妙な顔つきになる。
「ねえ、あんた。本当にあのサリアンの所に行くのかい?」
「あ、はい。そのつもりですが」
「そう……」
女は俯いた。その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。デビッドは首を傾げた。村人たちとサリアンとの間に、いったい何があったのだろうか。
「すみません、差し支えなければ教えていただきたいんですが……いったい何があったんです?」
「サリアンと、この村のことかい? 実は、色々とややこしい事になっちまってるんだよ……」
女はため息をつき、語り始めた。
・・・
パングワン村の主な収入源は、畑で取れる作物や狩人たちの仕留めた獲物などである。また、山奥でしか採れない薬草を売ったり、川魚を獲ったり……村人たちの生活はつましいものだったが、それでも食べるには困っていなかった。
一方、サリアンは数年前から山奥に住みついた魔法使いである。魔法の研究ばかりしている変わり者ではあるが、村の人間と揉めることなく生活していた。時には、村人たちのためにちょっとした魔法を使うこともあったくらいだ。
サリアンと村人たちは、特にいさかいを起こすこともなく共存していたのだ……一年前までは。
その関係が壊れたきっかけは、一匹のケットシーであった。
ある日、サリアンの家に小さなケットシーが住み着いた。一応は人間と同じような姿形をしてはいるが、猫のような耳と尻尾の付いた亜人であるケットシー。サリアンと同居している者も、幼く可愛らしい少女のような外見ではある。
しかし、その外見とは裏腹に、ケットシーの少女は動きが素早く力も強い。まさに野獣そのものである。
そんなケットシーを、村人たちは警戒していた。野放しにしておいたら、何をしでかすか分からない。
やがて村人たちは、サリアンに申し入れた。ケットシーを村の近くで野放しにするな、と。
だが、サリアンは聞き入れなかった。ケットシーは危険な生き物ではない、お前たちが妙な真似さえしなければ問題ないはずだ……と言い返したのだ。
しかし、その後、ケットシーと村の子供たちが揉めた挙げ句に子供が怪我をさせられた。
・・・
「話をよくよく聞いてみたら、子供たちの方からケットシーにちょっかいを出したみたいなんだよね。ただ、怪我をした子の親はカンカンでさ……サリアンとケットシーを山から追い出せって言ってるんだよ」
「なるほど。そんなことがあったのですか……」
難しい表情になるデビッド。先ほどの村長の態度に、ようやく納得がいったのだ。
だが、女の話はそれで終わりではなかった。
「いや、それだけじゃないのさ。他にもあるんだよ……厄介な話がね。むしろ、そっちの方が理由としては大きいんだよ」
歯切れの悪い言葉を吐く女。その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。デビッドは首を傾げた。
「どういうことです? いったい何が――」
「それは、あたしの口からは言えない。村の秘密だからね……ただ、村の男どもはひどく殺気立ってる。中には、サリアンとケットシーを殺せ、なんて言ってる奴までいる始末さ」
そう言うと、女はデビッドを見つめる。
「あんた、明日サリアンに会いに行くんだろ? だったら、サリアンに言っておいてくれないかい……村の男どもが殺気立ってることをさ」
女の表情は真剣そのものだった。女が難しい立場にいることは、聞くまでもなく理解できる。何とかして、村人たちとサリアンとの争いを避けて欲しいと願っているのだ。
もちろん、第三者のデビッドに頼むのは本来なら避けるべきなのだ。事態をさらに悪くする恐れもある。
だが、女はその点を理解しつつも……あえてデビッドに頼んでいるのだ。デビッドは頷いた。
「分かりました。必ず伝えます」
「頼んだよ。本当に、血の気の多い連中が多くて困ったもんさ。このままだと、サリアンは殺されるかもしれない。あるいは、村の男どもが殺されるか……どっちにしろ、あたしゃそんなものは見たくないね」
女は吐き捨てるような口調で言った。その言葉の奥底には怒りがある。血の気の多い男たちに対するものか、それとも頑固で譲歩することを知らないサリアンに対してか。
あるいは、このままだと争いになるのが分かっているのに、何も出来ない無力な自分に対する怒りなのかもしれない。
いずれにせよ、事情を聞いてしまった以上、見て見ぬふりは出来ない。デビッドは頷いて見せた。
「分かりました。正直、僕に何が出来るかはわかりません。でも、出来るだけのことはやってみます」
「そうかい。あんた、本当にいい男だね。あたしがあと十年若かったら、惚れちまったかもしれないよ」
女は微笑んだ。そして立ち上がり、出て行こうとする。
だが、途中で立ち止まった。
「そういや、名前聞いてなかったね。あんた、名前は何ていうんだい?」
「デビッドです」
「そうかい。じゃあデビッド、サリアンに会ったら、ゾフィーがよろしく言ってたと伝えといてよ」