神々の遊戯
そこは、奇妙な部屋だった。
真っ白い壁に囲まれた、狭い部屋。その中央で、綺麗な身なりの少年と青年とが向かい合う形で椅子に座っている。
二人の間には小さなテーブルがあり、その上には四角い板が置かれていた。板の上には、五角形の小さな木片が幾つも置かれている。
少しの間を置き、青年が木片の一つを動かした。
「オウテ。これで、ツミとなります。あなたの負けです」
そう言って、青年はにっこりと笑う。背はさほど高くなく優しそうな顔つきだ。しかし、その瞳から感じられる落ち着きぶりは青年のものとは思えない。見たところ、年齢は二十歳前後だろうか。だが、どこか年齢を超越した雰囲気をも漂わせていた。
「なるほど。ショウギというものは、面白いゲームだね。でも難しい。君には、まだ勝てないな」
もう一方の少年は、首を傾げながら言った。白いワイシャツに蝶ネクタイといういでたちで、年齢は十歳前後だろうか。肩まで伸びた金髪と透き通るように白い肌、人形のように美しい顔立ちである。
彼はゲームに負けたようなのだが、悔しそうな表情はしていない。むしろ興味深そうな表情で、板を眺めている。
「そういえば、彼女が降り立って何日になる?」
言いながら、少年は顔を上げ青年を見つめる。
すると、青年の口元が僅かに歪んだ。その表情には、翳がさしている。
「そろそろ十日になります」
「十日? いったいどうしたんだろうね。今までは、三日もすれば活動を始めたのに」
首を傾げながら、少年は白い壁に視線を移し右手を軽く振った。すると、壁一面に奇妙な映像が映し出される。
そこは森の中のようだった。木が生い茂り、鳥や小動物が時おり横切っていく。
森の中には、一軒の丸太家が建っていた。それを見た少年は、静かな口調で語り始めた。
「かの街に十人の善人がいたなら、その十人のために街を滅ぼさない……これは、君が昔に読んでいた小説の中の、神さまの発した言葉だったね? でも、それは間違っているんじゃないのかな。たかが十人のために、周囲に害毒を垂れ流す悪人たちの住む街を野放しにする……これは、随分と非合理な話だよ」
・・・
神さまが泣いたら、涙が雨になる。
昔、そんな話を聞かせてくれたのは母だった。
ふと懐かしい思い出に浸りながら、グレンは窓から空を見上げる。いい天気だ。これなら、雨は降らないだろう。となると神さまは今、空の上で笑っているのだろうか。
そんなことを考えながら、グレンは床の上に視線を移す。
そこには、とても奇妙な生き物がいた。ケロイド状の皮膚が顔を覆っており、髪の毛は一本も無い。目は片方しか開いておらず、もう片方は瘡蓋のようなもので塞がれている。しかも皮膚は緑色で、手足はとても短く指らしき物は付いていない。
ただ、顔や頭の形そのものは人間の赤ん坊に似ている。
その奇妙な生き物は、グレンの視線に気付き上を見上げる。
すると、表情が僅かに変化した。これは、微笑んでいるのか。あるいは、何かを訴えているのか。
「ゴブ、何してんだ?」
グレンが、微笑みながら尋ねる。すると、ゴブッ、という鳴き声が返って来た。
この奇妙な生物は、数日前にグレンの弟のジードが山で拾って来たのだ。
初めは村人が捨てた奇形児かと思い、どうしたものかとグレンは悩んだ。すぐに死んでしまうのではないか、と。だが、ジードの説得に押されて家に置くこととなった。
ジードは、この生き物にゴブと名付けた。鳴き声からの命名である。醜い外見にもかかわらず、ゴブは意外と賢い。すぐに名前を覚え、彼ら兄弟に懐いてしまった。
ゴブは、よちよちと歩いてきた。グレンの足元に近づき、彼の顔を見上げる。
「ジードの奴、遅いなあ」
そう言いながら、グレンはしゃがみこんだ。手を伸ばし、ゴブの頭を優しく撫でる。ケロイド状の皮膚、歪んだ背骨、毛のない頭部……誰が見ても、可愛いとは思わないだろう。
だが、ゴブは生きようとしている。短い手足を動かし、一生懸命に床を這う。歯がほとんどない口を開けて美味しそうに食べ、一つしかない目でグレンやジードをじっと見つめる。時に、笑うような表情を浮かべることもあるのだ。
グレンは、そんなゴブを見るたびに、何とも言えない気分になる。本来ならば、自然界では生きられないはずの生物……それを生かしておくことは、いいことではないのかもしれない。
しかしゴブは、必死で生きようとしているのだ。その姿を見てしまった以上、今さら見捨てることも出来ない。
こうなったら、ゴブに最後まで付き合ってやろう……グレンは、そう思っている。
「兄貴、ただいま」
言葉とともに、弟のジードが入って来た。彼は、毛皮の服を着た大柄な男である。猟銃を背負っており、鳥を二羽、腰からぶら下げていた。
「おう、帰ったか。ところで、村の様子はどうだ?」
グレンの問いに、ジードは暗い表情で首を振る。
「あれはまずいな。村人たちもピリピリしてる。いずれ、何か起きそうだ」
予想通りである。グレンは、思わず顔をしかめた。あの村は、どうなってしまうのだろう。
パングワン村の主な収入源は、畑で取れた作物や育てた家畜などを売ることである。
また、山奥でしか生えない薬草を採ったり、川魚を釣ったり……村人たちの生活はつましいものだったが、それでも今までは食べるに困っていなかった。
ところが、今年は作物がほとんど採れなかった。家畜も、病気のためほとんどが売り物にならない。
そればかりか、山道に熊や狼や猪が大量に出没し、商人たちが相次いで襲われる。さらに、村人も何人か食い殺されてしまった。
それだけでも、充分な災難だが……村長が、とんでもないことを言い出したのだ。
「これは、村の危機だ! こうなったら、神木に生け贄を捧げなくてはならない!」
神木とは、村の中央に生えている大木だ。樹齢は百年を超え、村のシンボルとなっている。
かつて、その神木に生け贄を捧げたら災厄がやんだ……という言い伝えが、パングワン村には存在しているのだ。生け贄とは、すなわち人間である。生け贄として選ばれた人間の体を切り刻み、神木の根元に埋める。そうすることで、災厄は収まる……。
馬鹿馬鹿しい話だ。グレンに言わせれば、そんなものは迷信以外の何物でもない。
いや、迷信よりもたちが悪いだろう。なぜなら、神木に生け贄を捧げる儀式は……結局のところ、村人たちのストレス解消のためのリンチ殺人だからだ。
村の空気を乱し、村八分にされている者を殺す。そのための大義名分として、儀式なるものを利用している。これは、村の血塗られた伝統なのだ。
災厄が起きた場合、村人たちは人間を投票で選び生け贄にする。無論、村で一番嫌われている人間が選ばれることになる。その生け贄を皆でなぶり殺し、神木に捧げる。
言うまでもなく、この風習は外の人間には知られていない。村だけの、秘密の掟なのだ。もし政府の関係者にでも知られれば、村そのものが消滅してしまうだろう。
グレンは迷っていた。彼もまた、この村で育った人間である。いつの日か、この狂った風習が自然消滅することを願っていた。事実、生け贄の儀式はここ百年近く行われていなかったらしい。
しかし、このままでは儀式が再開されてしまいそうだ。
もう、限界なのか。
古い伝統と因習に支配され、血塗られた歴史を持つ村。やはり、滅びるべきなのかもしれない。
「兄貴、どうするんだ?」
ぶっきらぼうな口調で、ジードが尋ねた。この男は、頭の回転は早くない。だが、強い信念と正義感とを持っている。それゆえ、たびたび村人たちと衝突してきた。
グレンもまた、都会で学んだ知識を基に村を改革しようと努めてきた。だが、それゆえ村長から反感を買っている。
結果、兄弟そろって村八分に近い状態である。
「さあな。逆に、お前はどうしたいんだ?」
「学のない俺に、分かるわけないだろうが」
ジードの呟くような言葉に、グレンは苦笑した。
「俺たちも、そろそろ潮時かもしれないぞ
「潮時?」
ジードが怪訝な顔で聞き返す。
「ああ。この村は、どうしようもない。村長は、また儀式を始めるかもしれないな」
「だったら、止めないと――」
「無理だ。奴らは、俺たちの言うことなんか聞いてくれないよ」
吐き捨てるような口調で言ったグレンに、ジードは顔を歪めた。
「そんなことはない。心を込めて、ちゃんと話せば分かってくれるはずだ」
「どうかな……熊や狼と話す方が、まだマシかもしれないぞ」
グレンの言葉に、ジードは下を向く。彼もまた、さんざん村人たちと話し合ってきたのだ……しかし、彼らは聞く耳を持たなかったのだ。
「奴らは弱く、しかも外の世界と接触していない。奴らにとって、村の掟こそが全てなんだよ。ジード、今の俺たちではどうにも出来ない」
翌朝、グレンは人の気配を感じ目を覚ました。数人の村人たちが、外で騒いでいる。
何事だろうか……グレンが起き上がると同じタイミングで、ジードも起き上がる。険しい表情で、猟銃を手にした。
「兄貴、誰か来たみたいだ」
「何しに来やがった?」
不機嫌そうな表情で、グレンは扉を開ける。
そこには村人が数人、思い詰めた表情で立っていた。グレンは思わず顔をしかめる。まさか、儀式を再開させるつもりか?
その生け贄に、自分たち兄弟を選んだのだろうか。
「こんな朝から、何をしに来たんだ?」
村人たちをゆっくりと見回し、グレンは言った。だが、村人たちから放たれた言葉は、全く想定外のものであった。
「お前らの家に、悪魔がいるだろ?」
「悪魔?」
「とぼけんじゃねえ! あの緑色の気持ち悪い奴だよ!」
その言葉に、グレンはやっと合点がいった。悪魔とは、ゴブのことだろう。
「あれは悪魔じゃない。恐らく突然変異の生物だ」
グレンは、出来るだけ冷静な口調で語りかけた。すると、村人は吠える。
「ふざけるな! トツゼンヘンイだか何だか知らねえがな、あんな生き物がいるわけねえだろ!
村人たちは、グレンを睨みつける。今にも襲いかかって来そうな雰囲気だ。
「そいつがお前らの家に来てから、災いが起きるようになったんだ!」
別の村人も、グレンに怒鳴りつける。その瞳には、狂信的な光が浮かんでいる。それを見たグレンは、思わず顔をしかめた。これでは話し合いにならない。
「まず、落ち着いてくれ。明日、俺が村長と話してみる。だから、今日のところは――」
「ふざけるな! お前らがあの悪魔を引き渡さない限り、村の問題は解決しないんだ!」
別の村人が、喚きながらグレンに殴りかかる。突然のことに、グレンは避けそこねてしまった。拳の一撃をまともに食らい、地面に倒れる。
それを見た村人たちは、一斉に襲いかかった。倒れたグレンを、集団で蹴りまくる――
その時、銃声が響いた。ジードが猟銃を構え、険しい表情で村人たちを見ている。
さらに、その足元にはゴブもいる。
「お前ら、さっさと失せろ。でないと、撃ち殺す」
ジードの顔には、冷ややかな殺意が浮かんでいる。体も大きい上、猟銃を構えている。狂気に支配される寸前の村人たちですら、怯ませる迫力があった。
「聞こえなかったのか? もう一度言う、さっさと消えろ。でないと殺す」
彼の言葉に、村人たちはじりじりと下がって行く。
その時、ゴブが這って行った。ゴブゴブと奇妙な鳴き声を発しながら、倒れているグレンのそばに擦り寄っていった。彼の身を案じているかのように。
「ゴブ、俺は大丈夫だよ」
言いながら、グレンは上体を起こした。後ずさりしている村人たちを睨む。
「お前ら、これを見ろ。ゴブは、怪我をした俺を心配してくれてるんだ。優しい奴なんだよ……こいつは、悪魔なんかじゃない」
グレンの言葉に、村人たちはじっとゴブを見つめる。
ややあって、目をそらし去って行った。
「兄貴、大丈夫か?」
ジードが近づき、グレンを助け起こす。ゴブは不安そうに、グレンを見上げていた。
「ああ、大丈夫だ。明日、村長と話し合ってみるよ……まあ、無理だろうがな」
そう言うと、グレンは自嘲するように笑った。
「分かった。では、俺も行く。兄貴は、俺が守る」
ジードの言葉に、グレンは首を振った。
「駄目だ。お前までいなくなったら、ゴブの面倒は誰が見るんだ。俺が一人で行くよ……万が一の時は、ゴブを連れて下山しろ」
しかし、その日の夜――
グレンは、奇妙な声により起こされた。見ると、ゴブが鳴きながら動き回っている。
「どうした、ゴブ」
言いながら、グレンは立ち上がり窓から外を見た。その途端、顔を歪める。
いつの間にか、大勢の村人たちに取り囲まれていた。彼らは松明を持ち、狂気に満ちた表情を浮かべている……。
グレンは、寝ているジードを蹴飛ばした。そのとたん、ジードは勢いよく起き上がる。
「な、何しやがる!」
「怒るのは後だ。外を見ろ、囲まれてる」
その言葉に、ジードは慌てて外を見る。すると、闇の中に幾つもの松明が見えた。しかも、その数はどんどん増えている。
「くそが……」
ジードは、すぐさま猟銃を手に取る。その時、外から声が聞こえた。
「皆の者、よく聞け! この兄弟は、悪魔を匿っているのだ! 二人も、悪魔と一緒に殺してしまえ!」
その言葉に、グレンは顔を歪めた。
「もう駄目だ、話が通じる状態じゃない。ならば、強行突破だ」
「兄貴、ゴブを連れて行ってくれ。俺が道を切り開くから」
言うと同時に、ジードは外に向かい猟銃をぶっぱなす。と同時に、グレンはゴブを抱き上げた。
「いいか、行くぞ!」
「おう!」
叫ぶと同時に、兄弟は外に討って出る――
ジードは猟銃を撃った。さらに、手近な村人を蹴飛ばす。
その迫力は、凄まじいものだった。村人たちは悲鳴を上げ、一斉に離れていく。その隙に、グレンは走った。ゴブを抱いたまま、暗い山道を走っていく。
やがてグレンは、大木の陰にゴブを置いた。真剣な表情で、ゆっくり語りかける。
「ゴブ、ここで静かに待っていろ。絶対に、ここを動くなよ。音も立てるな」
その言葉に、ゴブは体を震わせ彼を見上げている。何も言わず、一つしかない目でグレンを見つめていた。
グレンは微笑み、ゴブの頭を撫でながら語り続ける。
「俺は、弟を助けに行く。必ず連れて来るから……そしたら、三人で暮らそう。お前にだって、生きる権利はあるはずだ。三人で違う場所に行き、幸せに暮らそう」
そう言うと、グレンは立ち上がる。
暗闇の中、松明の明かりを目指し走って行った――
しばらくして、ゴブは動き出した。
グレンの言い付けを守らなかったのは、初めてのことである。だが、じっとしてはいられなかった。
もし自分が犠牲になることで、兄弟の命を助けられるなら……その想いだけが、ゴブを突き動かしていたのだ。短い手足を必死で動かし、這うように動く。芋虫のような動きで、ゴブは暗い山道を進んでいった。
やがて、ゴブは辿り着いた。
だが、そこは……この世の地獄と化していた。
ゴブは見た。
目の前で、グレンが無惨な死体となっているのを。グレンの四肢はバラバラにされ、首を村長が高々と掲げている。
さらに、ジードも同じだった――
どうして?
私たちが、彼らに何をしたというの?
ただ、普通に暮らしていただけなのに。
ゴブの目から、涙が溢れる。彼女は、生まれて初めて泣いた。単眼から、涙が次々と溢れてくる――
何も欲しくはなかった。
ただ、グレンやジードたちと楽しく暮らしていたかっただけ。
彼らと共に、平和な生活を送りたかっただけなのに。
ずっと、醜い無力な存在のままでいたかったのに。
ゴブは、もう一度顔を上げた。村人たちは、グレンやジードの死体をなおもバラバラに切り刻んでいる。何かに取り憑かれているかのように……。
さらに、村長が怒鳴った。
「あの悪魔を探せ! あいつが、村に災厄をもたらしたんだ!」
そう叫ぶ村長の顔は、ゴブが今までに見たどの生物よりも醜く見えた。
なんと、醜い生き物なのだろうか。
私は、こんな生き物たちに情けをかけていたというのか。
間違っていた。
やはり、この生物は滅ぼさなくてはならないのだ。
ゴブは、空を見上げた。次の瞬間、彼女は叫ぶ――
突然、周囲に霧が発生した。霧は、たちまち村人たちの視界を塞いでいく。
「な、なんだこれ?」
「何も見えないぞ!」
ざわめく村人たち。だが霧は、現れたのと同じく唐突に消えていく。
霧が消えた後、そこに立っていたのは……この世のものとも思えぬ美しい女だった。髪は金色で、肌は雪のように白い。一糸まとわぬ姿からは、神々しさすら感じさせる。
ただし、その背中からは鳥の翼が生えていた――
あまりのことに、呆然となる村人たち。さっきまでは兄弟の死体を掲げながら、悪魔のごとき形相で練り歩いていたのに……今では、全員が女の美しさの前に圧倒され、ただただ立ちすくんでいたのだ。
しかし、女は村人たちのことなど見ていなかった。
不意に、女は上を向く。空に向かい、何かを叫ぶ。
その時、雨が降り始めた。バケツをひっくり返したような、ものすごい勢いの雨である。
その雨は、村人たちに降り注ぐ。
雨を浴びた村人たちの体は、一瞬にして溶けてしまった――
次々と溶け、液体と化して地表を流れていく人間たち。この奇怪な雨は、局地的なものであった。パングワン村にのみ降り注ぎ、老若男女に関係なく平等に溶かしていく――
助かった人間は、一人もいなかった。
・・・
白い壁には、パングワン村の光景が映し出されていた。不思議な雨を浴びた人間が、跡形もなく溶けていく様を――
その映像を見ながら、少年はクスリと笑った。
「また、僕の勝ちだね」
少年の言葉に、青年は頷いた。その顔には、やりきれない表情が浮かんでいる。
青年は無言のまま、少年に何かを差し出した。少年はそれを手に取り、じっと眺める。
「これが、オサツというものか……これの価値は、どのくらいの物なんだろうね?」
「それは、私のいた世界ではセンエンサツと呼ばれていたものです。それがあれば、貧乏な三人家族の一回の食事を賄うことが出来たでしょう。しかし、裕福な人間にとっては鼻水を処理する紙と同程度の値打ちでしかありません」
「ふうん。では価値は、人それぞれだったわけだね。まあ僕の目には、綺麗な紙に見えるけど」
言いながら、少年は紙をテーブルに置いた。その時、青年が口を開く。
「彼女は醜い無力な生き物のまま、あの兄弟のそばで生きていこうとしていました。これは、初めてのケース……奇跡と言えるのではないでしょうか?」
「奇跡?」
怪訝な表情の少年に、青年は頷いた。
「ルシファーさま、私は奇跡を……いや、人間の内なる善性を信じます。いつの日か、私はこの賭けに勝ちますから」




