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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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39/55

強すぎる癖

 僕は、一軒家に住んでいる。

 とは言っても、両親からは既に独立している。嫁も子供もまだいないのだが、一軒家を借りて生活しているのだ。古い木造の平屋であり、家賃は安い上に住み心地も悪くない。引っ越してきてから、もう三ヶ月になる。


「一人暮らしなのに、広い一軒家に住んで寂しくないか?」


 知人からは、よくそんな風に言われる。だが、寂しいと思ったことはない。なぜなら、僕は大切な友だちと同居しているから。




 うちには、猫が二匹いる。雄のジョニーと、雌のヴァネッサだ。どちらも雑種であり、知人からもらい受けたものである。まだ一歳にもなっていないはずだ。

 雌のヴァネッサはとてもおとなしく、のんびりとした性格だった。家の中をのそのそと歩き、気が向くと喉をゴロゴロ鳴らしながら僕に擦り寄ってくる。「ナアナアナア」と僕に話しかけてくることもあった。もっとも、何を言っているのかは分からないが。

 とにかく、ヴァネッサは人懐こく、本当に可愛い奴である。

 しかし、雄のジョニーの方は気の荒い性格だった。あちこちで喧嘩をして歩き、時には虫や小動物のような獲物を捕まえてくることもある。死んだ蛇をくわえ、勝ち誇った表情で帰って来たりもしたのだ。その度に、僕が始末をしなくてはならなかった。

 このジョニーだが、おかしな癖がある。

 普段、ジョニーは僕のことを無視していた。僕が名前を呼んでも、ほとんどが知らん顔である。遊ぼうとして撫でても、迷惑そうにとことこ離れていく。ご飯をもらう時以外、ジョニーが自分から寄って来ることはない。

 ところが、僕が部屋でストレッチや筋トレをしている時に限り、向こうからちょっかいを出してくる。

 僕が座った状態での前屈なんかをしていると、ジョニーは離れた場所から、じっとこちらを見ている。「あいつ、またやってるよ」とでも言わんばかりの様子で。

 僕はジョニーを無視し、長座前屈を続ける。するとジョニーはとことこ近づいて来て、僕の背中に猫パンチを打ってくるのだ。「コラ、何してんだ」という感じで。

 それでも無視してストレッチを続けていると、ジョニーの攻撃もだんだん激しくなってくる。しまいには僕の足を己の前足でがっちりロックし、猫キックの連打をくらわしてきたりするのだ。

 また別の日のことだが、僕は腹筋をしていた。すると、またしてもジョニーがじっと見ているではないか。「またやってるな、こいつ」とでも言いたげな表情で、じっとこちらを見ているのだ。

 そんなジョニーを無視し、僕は腹筋を続ける。すると、ジョニーはつかつかと近寄って、腹に猫パンチを食らわせてくるのだ。僕が上体を起こすタイミングに合わせ、ペチンと叩いてくる。「コラ、無視するな」とでも言いたげに。

 かと思うと、日によってはゴロゴロ喉を鳴らしながら、頬を擦りつけてくることもある。「そんなのやめて、俺と遊ぼうよ」とでも言わんばかりに。

 そんな時は、ちょっと戸惑ってしまう。普段は絶対にしない行動なのだが、なぜかストレッチや筋トレをしている時に限り近づいて来ていた。




 こんなジョニーであるが、最近もう一つ奇妙なことをやり始めた。週に一〜二回くらいの割合で、屋根裏の探検をするようになったのだ。

 先ほども書いた通り、僕の家は古い木造の平屋である。押し入れの天井には、屋根裏に通じている入り口があった。もっとも、普段は板でふさがれており猫が入ることは出来ない。

 しかし、ジョニーは気が向くと、天井裏に通じている押し入れの周囲をうろうろと徘徊するのだ。

 僕がそちらに行くと、ジョニーは「ナア」と鳴く。分かってるだろ、とでも言いたげに……まあ、僕も何をすればいいかは分かっている。仕方なく、板を外してジョニーを屋根裏へと送り出してやるのだ。

 すると、ジョニーは小一時間ほどガサゴソと屋根裏を探索し始める。探索、と書いたが……実際に何をしているのかは不明だった。

 ともかく、ジョニーは僕に向かい「屋根裏に行かせろ」とばかりにナアナア鳴き、僕は屋根裏へと上げてやる。ジョニーは屋根裏を徘徊し、気が済むと降りて来る。こんなやり取りが、週に一度か二度くらいの割合であったのだ。

 ジョニーは、いったい何をしているのだろうか……僕は気になり、一度だけ懐中電灯を手に屋根裏を覗いてみたことがある。中にネズミでもいるか、あるいはトイレ代わりにされていたら悲劇だからだ。

 しかし、中は綺麗なものであった。ひょっとしたら、虫の類いはいたのかもしれない。だが、ネズミなどの害獣のいるような気配はなかった。まあ、奴らも僕なんかに見つかるほど愚かではないだろうが。

 いずれにしても、ジョニーの屋根裏探索の目的が何なのか、当時の僕には分からなかった。




 ところが、謎が解ける日が来てしまった。

 その日は休日であり、僕は昼間に目を覚ました。あくびをしながら、周りを見回す。しかし、猫たちの姿は見えない。どうやら、外に遊びに行っているらしい。僕は起き上がると、顔を洗い歯を磨いた。

 その時、ナアと鳴く声が聞こえた。猫が帰ってきたらしい。

 玄関を見ると、猫専用の出入口からヴァネッサが入って来ていた。ヴァネッサは「ナア」と僕に挨拶をした後、とことこと歩いていく。

 ヴァネッサは奥に進んで行くと、ある部屋で立ち止まり天井を見上げた。そして「ナア、ナア」と鳴き始めたのだ。まるで、親しい友人に語りかけるかのように。

 僕は首を傾げた。ヴァネッサは人懐こい猫である。しかし、言うまでもなくそこには何者もいない。ヴァネッサは、いったい何をしているのだろうか?

 僕は近づいてみた。しかし、ヴァネッサは僕を完全に無視している。何もない空間に向かい、なおも「ナア、ナア」と鳴き続けているのだ。

 ようやく僕は気づいた。ヴァネッサは、そこに何かの存在を感じ取っているのだ。それも、彼女が親しげに挨拶するような何者かの存在を……。

 背筋が寒くなり、僕は思わず後ずさっていた。確かに、そこには何かがいる。ヴァネッサは、その何かを見つめているのだ。

 形容の出来ない感覚に襲われながら、僕は天井を見上げた。その時、ある考えが頭に浮かぶ。


 天井の板を外し、僕は屋根裏を覗きこむ。中は暗くて見えない。しかし、間違いなく何かがいる……。

 手にした懐中電灯で、中を照らしてみた。

 そこには、一人の女がいた。

 殺したはずの、あの女が――


 ・・・


 彼女の名はメグミ。かつては、僕の彼女だった。

 恵は天使のように美しい顔と、モデル顔負けのスタイルの持ち主である。僕は初めて見た時から、彼女に強烈に惹かれていた。

 僕は、共通の友人を介して恵に近づいていく。恵はおとなしく引っ込み思案な性格であったが、そこも当時の僕にとっては魅力であった。

 時間をかけながら、僕は恵との距離を少しずつ縮めていく。恵は、僕のアプローチに初めは戸惑っているようだったが……徐々に、心を開くようになっていった。

 やがて、僕と恵は付き合い始める。だが、当時の僕は何も分かっていなかったのだ。

 恵の美しい顔に潜む、恐るべき狂気に。




 恵は、僕を束縛するようになった。常に行動を監視され、一時間ごとにスマホに連絡してくる。何をしているのか、いちいち聞いてくるのだ。

 その返信が少しでも遅れると、彼女はブツブツ文句を言ってくる。遠回しに僕を責めるような言葉を、スマホを通じて浴びせかけてくるのだ。

 だが、それくらいならまだ良かった。


 やがて恵の存在は、僕の生活を侵食し始める。いや、それは侵食などという生易しいものではなかった。

 ある日、恵は何の相談もなしに、僕の家に自分の荷物を運びこむ。そして、半ば強引に住み着いてしまったのだ。

 その時は、さすがの僕もキレた。なぜ相談もせず、こんなことをしたのかと怒鳴り付ける。すると恵は、しくしく泣きながら僕に言ったのだ。


「私のこと、愛してないの?」


 愛してるとか愛してないとか、そういう問題ではないだろう。せめて一言、相談して然るべきではないのか。

 この時、僕は理解したのだ。

 恵はまともではない。


 その後、僕は恵と何度も話し合った。無論、別れるための話し合いである。

 だが、この会話は平行線を辿るだけだった。僕は別れたいが、恵は別れたくない……しかも、恵は僕の言うことに耳を傾ける気配がないのだ。


「私はあなたを愛してる。なのに何故、別れなければならないの? あなたを失ったら、私は生きていけない……」


 僕は、心底嫌になった。もう、彼女とはやっていけない。

 ある日、恵が留守の間に僕は夜逃げ同然に家を出た。もちろん、彼女に行き先は言っていない。ただただ、彼女と縁を切りたかったのだ。

 引っ越した時、僕はホッとした。恵は頭がおかしいのだ。あんな女とやっていくのは不可能だろう。




 だが、僕は甘かった。

 引っ越してから一月も経たぬうち、恵は僕の家を探し当てたのである。

 あの時の恐怖は、今も忘れていない。仕事が終わり家に帰ったら、目の前に恵が立っていた時のことを――


「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする?」


 まるで新妻のように、エプロン姿で僕を出迎えた恵……本当に嬉しそうな表情であった。


「お前、ここで何してんだよ」


 僕は、そう言うのがやっとだった。すぐに警察に電話すべきだったのだが、とっさに頭が回らなかったのだ。

 しかし、恵は全く怯まない。微笑みながら言葉を返す。


「だって、あなたのいるところが私の家だもん。だから……来ちゃった」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けとんだ――

 僕は無言のまま、恵を殴りつけた。女性を殴ったのは、この時が初めてである。いや、そもそも人を殴ったこと自体が初めてであった。

 生まれて初めての、他人に対する暴力。だが、それは予想外の結果をもたらす。スマートな体型の恵は、ひ弱な僕のパンチを浴びて後ろに倒れた。

 結果、テーブルの角に頭を打ち、死んでしまったのである。




 幸いなことに、僕の実家は精肉工場を経営していた。父親らが動物を解体していく様を、僕は幼い頃から見ている。

 僕もまた、同じことをした。恵の死体を実家の工場に運びこみ、バラバラに切り刻んだのだ。骨は細かく砕き、肉を削ぎ落とす。皮膚や肉はビニールに詰め、海へと流した。常人なら吐いてしまうであろう作業だが、僕は淡々とこなした。人間の肉も動物の肉も、大して変わりはしない。

 あとは、魚が全てを処理してくれる。

 残酷だ、と思うだろうか? だが、僕にはそうする以外になかった。あんな狂った女のせいで、殺人犯として残りの人生を過ごさなくてはならない……そんなのは御免だ。

 死体さえ処理すれば、ただの行方不明である。警察に調べられたりはしない。


 ・・・


 確かに、恵は死んだはずだった。その上、死体を切り刻みバラバラにして海に捨てたのだ。生きていられるはずがない。

 なのに今、僕の目の前には彼女がいる。その顔には、傷一つない。いつの間に盗んでいたのだろう……僕の服を着て、ほこりだらけの暗い屋根裏で照れくさそうに笑っている。


「もう、サプライズのつもりだったのに……見つかっちゃったね」


 恵は、そう言って上目遣いに僕を見つめた。てへっ、という声が似合いそうな表情を浮かべて。

 その時、僕はようやく理解する。ジョニーは、屋根裏を探検していたのではなかった。

 屋根裏に潜んでいた恵と遊んでいたのだ。




 翌日、僕は朝食を食べていた。

 二匹の猫は、隣の部屋にいる。恵と一緒に、仲良く遊んでいるらしい。

 ジョニーとヴァネッサは、恵の同居をあっさりと受け入れているようだ。どう考えても、まともな人間ではないはずの恵を。

 もっとも、二匹はだいぶ前から恵の存在を知っていたのだろうが……。


 時間になり、僕はいつも通り出勤するため扉を開ける。


「行ってらしっしゃい」


 恵の声がした。振り返ると、彼女はニコニコしながら僕を見ている。

 こうなった以上、もはや諦めるしかないのだ。今の恵が、何者なのかは分からない。だが、殺した後にバラバラに解体したにもかかわらず、こうして僕の前に出てきている。

 今の僕には、何も出来ない。恵から逃れる方法はないのだ。


「ちょっと待って」


 恵は、立ち止まっている僕にスッと近寄って来た。


「こらこら、ご飯粒ついてるぞ。もう、しょうがないんだからあ」


 言いながら、僕の頬に唇をつける。

 端から見れば、僕たちはバカップルに見えるのだろうか。それとも若き新婚さんだろうか。

 いずれにしても、恵の強すぎる癖の前に、僕は為す術なく屈したのである。

 これから永遠に、恵と同居していくしかないのだ。







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