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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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34/55

超獣戦線 3

 永石市の中心地には、氷村組の事務所がある。事務所と言っても、昔ながらのヤクザのそれとは根本的に違うものだ。

 二十代にして氷村組の会長となった若きカリスマ・南条真吾は……ヤクザの古くからのしきたりを廃し、ヤクザ組織を一般企業に近いものへと変えていった。ただし、逆らう者には恐ろしい罰が待っていたが。

 そんな氷村組の事務所を今、奇妙な青年が訪れていた。




「おい、何なんだよてめえは……」

 低い声で凄む組員。だが、それも当然だろう。

 訪れた青年は、なんと上半身裸であった。まだ暑さの残る時期であるため、寒くはないだろうが……かといってアメリカの西海岸のように、上半身裸の青年を許容するような場所でもないのだ。

 事務所にいた数人の組員たちは、この闖入者をどうしたものか……と考えつつ、周りを取り囲んでいた。


 いかついヤクザに囲まれた青年。だが、彼に怯む様子はない。

「俺の名は来留間忍だ。南条真吾はどこにいる? 教えれば、痛くないように一瞬で殺してやる」

「はあ? おい、ケガしないうちにさっさと頭の病院に帰って、薬飲んで寝た方がいいんじゃねえのか」

 呆れたような口調で、組員は言った。さらに、別の組員も首を振る。

「お前、もしかしてユーチューバーなのか? ヤクザからかうと、シャレになんねえぞ」

「シャレにならない、か」

 そう言うと、忍は事務所の中を見回した。落ち着いた雰囲気であり、余計な調度品などは一切置かれていない。映画やドラマなどで描かれているヤクザの事務所とは真逆である。組事務所というよりは、オフィスと呼んだ方がしっくりくるであろう。

「とりあえず、ここはヤクザの事務所っぽくないなあ。模様替えが必要だ。ヤクザの事務所にふさわしいデザインに変えてやるよ」

 言った直後、忍は牙を剥き出しニヤリと笑った。

「な、なんだ……」

 唖然となる組員。だが、それも当然だろう。彼らの目の前で、忍の肉体が変化し始めたのだ。上半身の筋肉が瞬時に肥大化していき、さらに獣のごとき体毛に覆われていく。

 さらに、腕の形状にも変化が生じた。五本の指を持つ、細いが筋肉質の腕……それが今では、猛獣の前足へと変わっているのだ。常人のウエストほどの太さと、鋭い鉤爪を持つ前足へと――

「な、なんだこいつ……」

 忍の目の前にいた組員が、呟くように言った。

 それが、彼の最期の言葉となる。忍が腕を振るった途端、組員は軽々と飛ばされた。数メートルほど吹っ飛び壁に叩きつけられ、ぐちゃりという音と共に無残な死体となる。もはや、人間としての原型をとどめていない。

 愕然となる組員たちに、忍はにっこり微笑んだ。

「さて、模様替えの始まりだ。俺の中の芸術を、思いきり爆発させたデザインにしてやるよ」

 言った直後、忍の目に狂気の光が宿る。


 牙を剥き出し、前足を振るう忍。標的となった組員は天井へと叩きつけられた。大の男が、まるでぬいぐるみのように天井に飛ばされ、べちゃりと潰れたのだ……。

 忍はなおも動き続ける。彼が獣の前足を振るうたび、組員がミンチへと変わっていった。掃除が行き届いており、ゴミ一つ落ちていなかった事務所。だが今は、血と肉と臓物が撒き散らされた修羅場と化していた――


 人肉処理場となった事務所の中で、、一人の若い組員が震えたまま立ちすくんでいた。無論、彼に戦う気などない。恐怖のあまり、動けないのだ。

 そんな組員に、忍は落ち着いた口調で語りかける。

「なあ、あんた。南条真吾の居場所はどこだ?」

「す、すみません……知らないんです」

「んだと……」

 聞いた瞬間、忍の目がつり上がる。その途端、組員が叫び出した。

「ほ、本当に知らないんです! 会長の家は誰も知らないんですよ! だから、だから助けて――」

「はいはい、あんたが嘘を吐いてないのは分かった。だから、もう黙れ」

 直後、忍は組員を叩き潰した。




 体に付着した返り血を綺麗に拭った後、忍は事務所からあるだけの金を奪い外に出た。まだ日は高く、周囲には人の往来が絶えていない。

 そんな中、忍は目立たないようさりげなく歩いていた。さて、これからどうしたものか。南条の居場所は、どうやって探せばいいのだろうか……。


 そんなことを考えつつ、忍は車に戻った。

 車内では、真理亜と沙羅が何やら楽しそうに会話をしている。実に微笑ましい光景であった。

 思わず笑みを浮かべながら、忍はサイドウインドウをこんこんと叩いた。すると、二人ともニコニコしながらドアを開ける。

「なあ、飯食べにいかないか?」

 忍の言葉に、母と娘は嬉しそうに頷いた。




 古い商店街にありがちな大衆食堂に、三人は入って行った。店はお世辞にもお洒落とは言えないが、優しげな雰囲気だ。年老いた夫婦らしき男女が、店の中で働いている。

 真理亜と沙羅は普通の定食を頼んだが、忍は目に付いたものを片っ端から注文し、瞬時に平らげていく……その食べっぷりに、母娘は目を丸くしていた。

「しのぶは、いっぱいたべるんだね!」

 沙羅が驚きの表情を浮かべながら言うと、真理亜がたしなめる。

「沙羅、ダメでしょ。忍さんて呼びなさい」

「いいよ、忍で」

 忍がそう言うと、沙羅は嬉しそうに笑った。真理亜も笑みを浮かべた。

 だが、その表情が一変する。


天涯富三郎テンガイ トミサブロウさんが遺体となって発見されました。遺体は死後、数日が経過しており、妻の真理亜さんと娘の沙羅ちゃんは行方不明となっております。警察は、この二人が何らかの事情を知っているものと見て、行方を追っています)


 テレビから流れる音声に、真理亜は青い顔で耳を傾けていた。その体は、小刻みに震えている。

 彼女は今、改めて理解したのだ……自分が富三郎の命を奪った殺人犯であり、警察に指名手配されているということを。

 今までの優しき日々は、もう二度と戻って来ないという事実を。

 真理亜は今、己の未来に待ち受けている運命に打ちのめされ、ただただ震えるばかりだった。


 だが次の瞬間、真理亜は驚きの表情を浮かべる。忍が手を伸ばし、彼女の手を握りしめたからだ。

「大丈夫だよ、俺が付いてるから。何があろうと、俺がそばにいる」

 そう言いながらも、忍は自分の言動に矛盾を感じていた。何人もの人間を、ためらうことなく殺してきた……この母娘にしても、初めのうちはどうでも良かったはず。

 だが今は、真理亜と沙羅の仲睦まじい姿を見ているのが好きだった。二人の存在がたまらなく愛しい。

 人殺しが大好きな、血に飢えた獣の自分が。

 忍は、じっと真理亜の手を見つめた。同時に、自分の手も。

 先ほどは、相手の流した血で真っ赤に染まっていた己の手。今は、汚れひとつ無いようには見える。だが、血の穢れだけは……どんなに洗っても、落とすことは出来ない。

 その時、不意に真理亜が口を開いた。

「ありがとう、忍」

 彼女の言葉に、忍は顔を上げる。

 真理亜と沙羅が、真っ直ぐこちらを見ていた。その瞳には、深い感謝と親愛の情がある。それは、とても暖かく心地よいものであった……。

 様々な感情が胸に湧き上がってくるのを感じ、忍はそっぽをむいた。

「は、早く食べろよ」




「それで、次はどこに行くの?」

 車に戻ると同時に、真理亜が尋ねる。彼女は腹を括ったらしい。先ほどまでの弱々しい雰囲気が消え失せていた。その代わりに、強い意思が感じられる。忍は圧倒されるような何かを感じ、思わず目を逸らした。

「さ、さあな……分からない」

 忍の口から出たのは、そんな頼りない言葉であった。まさか、真理亜がここまで変わるとは思っていなかった。

 さらに、真理亜と沙羅の二人を自分の復讐に付き合わせていいのか……という思いもある。無論、二人を守ってやりたいという気持ちは変わっていない。しかし、自分は人間ではない。

 今の忍は、化け物でしかないのだ。果たして、二人のそばにいていいのだろうか。


 その時、頭をこつんと叩かれた。

「ちょっと、しっかりしなよ。もし悩みがあるなら、お姉さんが聞いてあげるから」

「お、お姉さんって……」

 うろたえる忍を、真理亜は怖い顔で睨んだ。

「何よ……お姉さんじゃなくておばさんだ、とでも言いたいの?」

「い、いや、違う」

 慌てる忍。だが、その表情が一変した。

 何者かが、こちらに近づいて来ている。一応は人間ではあるが、普通の人間ではないはずの何かが――

「お前ら、ここを離れろ」

 言うと同時に、忍は車を飛び出した。五感をフルに研ぎ澄ませ、辺りを窺う。外は既に闇に覆われ、月が出ている。道路のすぐ脇には木々が立ち並んでおり、虫や小動物の蠢く気配がしていた。

 そんな中、三人の男女が道路を歩いているのが見えた。忍をまっすぐ見つめ、こちらに向かい歩いて来ている。


「忍、大丈夫なの!?」

 車の窓から、真理亜が心配そうに声をかける。

「大丈夫だ! さっさと離れろ!」

 叫ぶと同時に、忍は三人組へと走る――


 それは奇妙な者たちだった。

 一人は、着物姿の中年男である。落ち着いた温厚そうな雰囲気であり、太く濃い眉毛とモミアゲが特徴的である。背はさほど高くないが、肩幅は広くがっちりした体格だ。一見すると、どこかの中小企業の社長といった雰囲気である。

 ただし、その手には日本刀が握られていた。

「今どき日本刀かよ……あんた、頭おかしいんじゃねえのか? いい歳して厨二病じゃあ、シャレになんねえぜ」

 忍は軽口を叩いた。もっとも、彼の獣の血は告げている。

 この男は、先ほどのヤクザが束になっても勝てない強者だ――


「はじめまして、私は山岡と申します。あなたは、ぼっちゃまに仇なす者のようですな」

 一番背の高い男が言った。髪の毛は真っ白であり、口ひげも白い。だが背筋はピンとしており、体に余分な脂肪が付いていないことは服の上からでも窺える。落ち着いたデザインのスーツとネクタイ姿は、初老の紳士といった印象だ。

「ぼっちゃま? 誰のことだよ?」

 忍の言葉に、山岡は口元を歪めた。

「南条真吾さまです。私はずっと、ぼっちゃまにお仕えしておりました。あなたは、ぼっちゃまの会社を滅茶苦茶にしてくれたそうですね」

「会社だあ? よく言うぜ……ただのヤクザじゃねえかよ。で、そのぼっちゃまの使いが何の用だ?」

 尋ねる忍に、日本刀を持った中年男が進み出る。

「言うまでもなかろう。南条さまに仇なすのなら、我らしろがね屋の手で死んでもらう」

 言葉の直後、刀を鞘から抜き放った。

「我が名は、権藤以蔵ゴンドウ イゾウだ……真剣にて勝負!」

 直後、正眼で構えた――

「あのなぁ、あんた何時の時代の人間だよ……まあいいや、いつでも来な」

 言いながら、忍は残る一人を一瞥する。こちらも、年老いた着物姿の女である。髪の毛は真っ白で、顔も皺が目立つ。目はギョロっとしており、背筋もピンと伸びている。武器らしきものは持っていないが、背中に三味線を背負っていた。

 見れば見るほど、おかしな三人組である。しかし油断は出来ない。忍の獣の勘が、彼らはただ者ではないと言っている。

 だが同時に、自分の敵ではない、とも言っている。


 忍が老婆に視線を移したのは、時間にして一秒にも満たない僅かな間である。だが、権藤はその隙を逃さなかった。

 瞬時に間合いを詰める権藤。その足さばきは、氷上を舞うスケーターのようであった。滑るように動き、忍へと迫る。

 次の瞬間、彼の突きが忍を襲う――

 だが、忍は避けようともしなかった。微動だにせず、権藤の刀を受け止める。

 権藤の刀は、忍の腹に突き刺さった。だが、彼の腕に伝わってきた感触は予想外のものだった――

「ば、馬鹿な!」

 権藤は目を見開き、呆然となっていた。彼の刀の切っ先は、確かに忍の腹に刺さっている。

 しかし、そこから先が動かないのだ。かつては、猪を一刀両断したこともある権藤の刀。だが、いくら力をこめて動かそうとしても、忍の肉体を貫くことが出来ない。

「そんな刀じゃあ、俺の体を貫き通すことは出来ないぜ」

 忍の言葉に、権藤はようやく我に返る。次の瞬間、彼の体は吹き飛んだ――

 地面に叩きつけられながらも、受け身をとり立ち上がる権藤。一方、忍は余裕の表情で、腹に刺さったままの日本刀を引き抜く。

 さらに刀身を握り、一気にへし折った。

「どしたサムライ? もう終わりか? じゃあ、次は俺のターンだな」

 楽しそうに言ってのけた忍。

 その時、異様な音が聴こえてきた。非常に耳障りな音だ。音は忍の五感を刺激し、脳へと直接伝わってくる。忍は、思わず頭を押さえた――

「ク、クソがぁ!」

 吠えると同時に、忍は音を発している元凶を睨む。

 それは、老婆の鳴らす三味線から発せられていた。人間の耳には、単なる下手くそな三味線の演奏にしか聴こえないであろう。

 だが獣並みの聴覚を持つ忍にとって、この三味線の音色は特殊なものだった。獣の耳にしか届かないはずの音をかき鳴らす老婆……その三味線は、忍に超音波のような刺激をもたらしているのだ――


 まず、あいつから殺す。


 そう決意した忍は、老婆へと突進する。だが、両足首に妙な違和感を覚えた。

 それが鎖だと気づいた時には、もう遅かった。

 直後、鎖により引っ張られる。凄まじい速度で、忍は引きずられていく――

「なんだこれは!?」

 喚きながら、忍は巻き付いた鎖を掴む。

 同時に、満身の力を込め思いきり引いた。

 何かが外れる音、さらに鎖と共に忍へと飛んできた何か。だが忍は反射的に、飛んできた物を素手ではたき落とす。

 それは、車のバンパーだった。彼の足に巻き付いていた鎖は、バンパーに繋がれていたのだ。

「ふざけた真似しやがって……」

 唸ると同時に、忍はシャツを脱ぎ捨て跳躍する――

 背中の翼を広げ、忍は飛んだ。上空より、三人組を探すために。その時、別のものを発見する。


 道路の真ん中にて、乗用車がひっくり返っていた。しかも、後部バンパーが外れている。どうやら、この車が忍を引きずっていたらしい。だが、人の匂いはない。最初から無人だったのか。

 念のため、忍は車に近づいてみる。やはり誰も乗っていない。あたりを見回してみても、人の気配も匂いも感じられなかった。山岡ら三人組は、逃げ去ってしまったらしい。

「あいつら、何者だ……」

 忍は、思わず呟く。三人組の目的が、ようやく理解できた気がした。

 奴らは、忍の力を試すためだけに来たのではないか。一瞬のうちに忍の強さや力の源を見極め、老婆が三味線を鳴らして場を混乱させる。

 その隙に山岡が鎖を投げつけ、忍の足を無人の車と繋げる。と同時に、その車を走らせ忍を引き離し、自分たちは離脱する――

 僅かな時間で、そこまで判断し行動できるとは……恐ろしい連中だ。




 再び上空を舞い、忍は真理亜の元に向かう。

 二人は、少し離れた場所にいた。車の中で不安そうな表情を浮かべていたが、忍の姿を見て笑顔になる。

「ちょっと忍、服はどうしたの」

 真理亜は、呆れたような様子で聞いてきた。忍は、思わず頭を掻く。

「あ、忘れた」

「もう、何やってんの……仕方ないから、後でコンビニ行って買ってくるから」

 そう言って、真理亜はクスリと笑った。すると、今度は沙羅が口を挟む。

「ねえ、しのぶは、てんしなの?」

「て、天使?」

 ポカンとなる忍に、沙羅はなおも聞いてくる。

「だって、はねがでてきて、そらとべるじゃん! しのぶは、てんしなんじゃないの?」

「そうだよ。忍は、私たちを守るために神さまがよこしてくれた天使だよ」

 そう言ったのは、真理亜だった。優しく微笑みながら、沙羅の頭を撫でる。

 忍は何も言えなくなり、下を向いた。自分は天使ではない。むしろ、悪魔の側なのに。

 だが、忍を見つめる沙羅の目は輝いている。それは直視できないものだった。


 ・・・


 永石市の山の中には、奇妙な一軒家が建てられていた。洒落た雰囲気など欠片もない箱のごとき殺風景な外観と、機能性のみを重視したような頑丈さが取り柄である。

 そこには今、年齢も性別も人種もバラバラな男女が集まっていた。




 大きな丸テーブルが設置されている居間で、スウェット姿の南条は椅子に腰掛け、目の前にいる初老の男をじっと見つめている。その傍らには濃い眉毛とモミアゲの中年男、さらに三味線を背負った老婆がいる。

 彼らは忍と戦い、敗走させられたしろがね屋の三人だ。山岡は南条に、先ほどの戦いについて報告している。南条は、静かな表情で耳を傾けていた。


 部屋には、別の者たちもいた。一人はキリー・キャラダインである。白いTシャツを着て黒ぶちメガネをかけたラフな姿だ。真剣な面持ちで、じっと南条ら四人のやり取りを見ていた。

 その横で床に座り込んでいるのは、巨大な黒人である。筋肉の塊のような肉体を、作業服のような灰色の衣装で覆っている。髪は短く刈り込まれており、目は小さく顔には表情がない。南条たちのやり取りを無視し、ずっと床の一点を凝視している。

 黒いスーツ姿で、ポケットに手を入れヘラヘラ笑っている白人の青年もいる。こちらも背が高いが、ガリガリに痩せていた。彼は突っ立ったまま、南条と山岡の話に耳を傾けている。

 部屋の隅では、二人の若い女が座り込み、ひそひそ話し合っている。片方はジェニー、もう片方はサングラスをかけた黒髪の女である。どちらも痩せており、顔色が悪い。病的な雰囲気の二人は、お互いにしか聞こえないくらいの音量でひそひそ話している。




「……という訳です」

「そうか。山岡、苦労をかけたな。まあ、お前が無事で何よりだ」

 南条の言葉に、山岡は頭を深々と下げる。

「ぼっちゃま、申し訳ありません。まさか、あんなものが現実に存在するとは。我ら三人では、歯が立ちませんでした」

 山岡の言葉に対し、横で聞いていた白人の青年が反応する。バカにしたように笑いながら口を開いた。

「おいジジイ、オマエはボケ始まってるか? アタマ無事か?」

 白人が片言の日本語で言ったとたん、老婆がギロッと彼を睨んだ。

 次の瞬間、老婆が三味線のバチを投げつける。バチはびゅんと音を立て、白人の顔面へと飛んでいった――

 だが、白人はそれを素手で払いのける。バチは、横の壁に突き刺さった。

「なんだババア? 死ぬか? コロスか?」

 言いながら、白人は拳銃を抜いた。しかし、老婆も引く気配がない。着物の懐から別のバチを取り出し、白人を睨みつけた。

 その時、キリーが二人の間に入る。白人に向かい、早口の英語でまくし立てた。すると白人は、不満そうな顔をしながらも拳銃を収める。

 一方、老婆の腕を掴んでいるのは権藤だ。

「先生、怒るのは分かるが、ひとまず収めてくれ。今回は、俺がへまをしたんだ。全ては、俺の責任だ」

 その言葉に、老婆は無言のままバチをしまった。そして権藤は、南条の方を向く。

「南条さま、あの化け物は普通の刀では斬れません。奴を斬るには、斬魔刀でないと無理です」

「斬魔刀?」

 首を傾げる南条。

「はい、斬魔刀です。戦国時代より伝わる、魔を斬るためにのみ打たれた特別な刀です」

「今どきサムライブレードで戦うのか? オマエ、脳が残念なのか?」

 またしても、白人が口を挟む。だが、南条がちらりと彼を見た。

「リッチー、すまないが黙ってくれないか」

 静かだが、有無を言わさぬ迫力だった。リッチーと呼ばれた白人も、さすがに口を閉じる。

「権藤、その斬魔刀は用意できるのか?」

 南条の問いに、権藤は会釈し答える。

「はい、明日には届きます。斬魔刀さえあれば、必ずあの化け物を仕留めてみせます」

「そうか。では明日、皆で狩るとしよう」

 南条はそう言った後、ジェニーへと視線を移した。

「ジェニー、奴は今どこだい?」

「詳しい位置は、まだ分からない。でも、永石市にいるのは確かよ」







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