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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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33/55

超獣戦線 2

 ここから、話はややグロくなっていきます。苦手な人は注意してください。



 永石市は、もともとは日本でも有数の産業地帯であった。ところが、オリンピック後の不況の波をまともに被る形となり、倒産が相次いだ。

 さらに安い地価に目を付けた裏社会の人間が次々に入り込み、今では日本でも屈指の犯罪地帯となってしまった。ネットでは「世紀末シティ」「ヒャッハーの養殖場」などと揶揄される始末だ。

 今夜も永石市では、クズどもが我が物顔で暴れていた――




 永石市の外れには、広い森林地帯がある。一見するとのどかな風景ではあるが、とある母娘にとっては恐怖の惨状と化していた。

 周囲を木に囲まれた空き地に、数人の人影がある。今風の服に身を包んだ少年たちが、一人の女を囲んでいたのだ。

女は二十代前半、Tシャツにジーパンという服装だ。しかし、少年たちとは明らかに人種が違っていた。さらに彼女は、震えながら下を向いている。

 少年たちは薄笑いを浮かべ、じっと女を見つめている。彼らは進学も就職もせず、将来に何の希望もなかった。

 彼らにあるものは、今現在だけである。刹那の快楽が、この少年たちの全てであった。


「お願いだから……娘だけは離してください」

 懇願する女に、少年たちは下卑た笑い声を返した。

「はあ? ざけんじゃねえぞコラ」

 一人の少年がそう言いながら、女の襟首を掴む。

「いいか、お前がトロトロ車を走らせてっからよう、俺らは迷惑したんだよ! その迷惑料を払ってくれねえかな!」

「そ、そんな……」

 怯える女の前に、幼い少女が引きずり出されて来る。こちらは、まだ十歳にもならないような小さな子供だ。

 その途端、女の表情が一変した。

「ま、待って! 娘には手を出さないで!」

「バカ野郎、俺らはガキには興味ねえんだ。ガキに教えてやろうかと思ってな……子供を作るやり方ってものを、よ」

 別の少年が言うと、女は恐怖に満ちた表情で後ずさる。

「や、やめて……娘の前では――」

「だったら、お前の見てる前で娘をヤっちまうぞ。どっちがいいんだよ?」

 少年たちの言葉に、女は震えながら頷いた。

「わ、分かったわ……その代わり、娘には手を出さないで」

「初めからそう言えばいいんだよ。ほら、さっさと脱げや――」

「そんなに裸が見たいのか? 俺のでよけりゃ、いくらでも見せてやんよ」

 不意に、木の陰から声がした。少年たちの視線がそちらに移る。

 木の陰からのっそりと現れた男、それは先ほど復活したばかりの忍であった。体格は生前と同じだが、野獣のごとき鋭い顔つきの青年へと変貌している。

 そんな忍は、一糸まとわぬ姿で歩いていった。

「悪いけどな、服と金をもらうぜ。ついでに、この体の使い方も知らなきゃならないんだ。実験台になってもらうぜ」

「はあ? 何言ってんだよ? てめえ、露出狂の変態か?」

 リーダー格らしき、ひときわ凶暴そうな少年が前に出てくる。薬物のせいか目は充血し、前歯は欠けていた。痩せてはいるが、短く切った鉄の棒を片手に持っている。

「変態? お前らよりマシだろ」

 忍がそう言った直後、少年たちの表情が変わる。

「ざけんじゃねえ! 殺すぞコラ!」

 叫ぶと同時に、リーダー格が鉄棒を振り上げる。

 直後、忍の頭めがけて振り下ろした――

 だが、忍は何事もなかったかのように、その鉄棒を右手で受ける。

 さらに、その右手が変化した……忍の右手が、毛に覆われていく。獣の体毛のようなものが、一瞬にして右の前腕を覆っていたのだ。

 腕の形状も変化している。まるで猫の前足のような……いや、大きさからして虎の前足だ。

「な、なんだこいつ……」

 呆然となり、呟くリーダー格。

 それが、彼の最後の言葉となった。

「さて、次はこっちの番だぜ」

 言った直後、忍の手……いや前足が振るわれた。その一撃で、少年はグチャリと叩き潰される。汚ならしい体液を撒き散らし、潰れた肉の塊と化した。

 硬直する残りの少年たち……今の出来事は、彼らの理解を超えていた。自分たちのリーダー格が、一瞬にして挽き肉になったのだ。彼らは皆、ただただ唖然とするばかりであった。

 だが忍の方は、自分のなすべきことを心得ていた――


「悪いがな、全員死んでもらうぞ。お前らの魂を、悪魔にくれてやらなきゃならないんでな」




 数秒後、そこは地獄絵図と化していた。

 忍が獣の前足を振るい、数人の少年たちを一瞬にして死体へと変えたのだ。もっともリーダー格とは違い、人間の原型をとどめてはいる。血もあまり出てはいない。

 そして女は娘を抱き抱え、ぶるぶる震えている。あまりの恐怖に逃げることも出来ず、ただただ怯えるだけだった。

 そんな母娘の前で、忍は死体からズボンを剥ぎ取り、慎重に身につけていく。その表情は冷静であり、呼吸も乱れていない。

 やがて、忍は母娘の方を向いた。

 とたんに、女は悲鳴を上げた。しゃがんだまま、必死で後ずさる。だが足に力が入らず、離れることが出来ない。

 忍はニヤリと笑い、女に顔を近づける。

「俺は、あんたを助けたよな?」

 いきなりの問い……というよりは脅し文句に、母娘は震えるばかりだ。

 忍は、さらに顔を近づけて口を開ける。鋭く尖った牙が剥き出しになった。

「助けた、な?」

 そう言って、死体を指差す忍。女は震えながら頷いた。

 すると忍は、ニッコリと笑う。

「助けられたら、お礼をするのは当然だよな。てなわけで、協力してもらうぜ」

 言いながら、忍は母娘を軽々と抱き上げる。

 そして、跳躍した。


 忍の背中に出現した、巨大な鳥の翼。その翼を広げ、忍は飛んでいた。

 だが、抱えられている母娘は生きた心地がしなかった。顔を引きつらせ、下を見ないように目をつぶっている。

「おい、お前らの家はどこだ?」

 不意に聞こえてきた、忍からの質問。女は目を閉じたまま答える。

「く、車を!」

「えっ……車って何なんだよ?」

「車が下に止めたままなんですう!」

 絶叫する女。その声に、忍は顔をしかめた。

「おいおい、そういうことは先に言ってくれ」

 直後、忍は急行下する――


 着地した忍は、二人を地面に降ろした。だが、母も娘も放心状態だ。呆けた表情のまま、地面にしゃがみこんでいる。

 そんな状態の女に、忍は話しかけた。

「おい、あんた。車はどこだよ?」

 その口調からは、女をいたわる気持ちというものが欠片も感じられない。女は震えながら忍を見上げた。

 目の前にいる、不良少年たちなどよりも遥かに恐ろしい存在を――




 女は天涯真理亜テンガイ マリア。娘の沙羅サラと、二人きりでアパート暮らしをしていた……つい先日までは。

 ところが事情が変わり、アパートに居られなくなったのだという。今は母娘二人きり、車で暮らしているとのことだ。先ほどの少年たちとは、運転している時に因縁を付けられたのだという。


「じゃあ、今は車で暮らしてるのか?」

 忍の問いに、真理亜は震えながら頷いた。

 首を捻りながら、忍は車内を見回した。幼い娘と二人で、車の中で暮らしている……どう考えてもおかしい。確実に、何かを隠している。

「いいか、一つ言っておく……俺に嘘をつくなよ。本当のことを言え」

 その言葉に、真理亜の表情は凍りつく。

 忍はさらに続けた。

「俺に嘘をついたり、俺を裏切ったりしたら……まず、お前の両手両足をへし折る。次に、沙羅をお前の目の前で食い殺してやる。最後に、お前を殺す。これは脅しじゃねえ」

 その言葉に、嘘がないのは分かっている。真理亜は震えながら頷いた。

「で、お前らはどういう事情でこんな生活をしてるんだ? その理由を教えろ」

 忍の言葉に、真理亜はためらうような素振りをした。だが、忍はじっと彼女を見つめたままだ。

 やがて無言の圧力に屈したのだろう、真理亜は沙羅の方をちらりと見た。

 眠っているのを確かめると、静かに口を開く。

「人を殺しました」

「んだと?」

 忍は、真理亜の顔をじっと見つめる。だが、彼女の目には嘘はない。代わりに、暗く深い闇があった。

「そう、あたしも人殺しなんですよ……」


 ・・・


 天涯真理亜は二十歳の時、五歳年上の男と結婚した。すぐに沙羅が生まれ、傍目には順風満帆に人生を送っているように見えたことだろう。

 しかし、彼女の夫にはDV癖があった。何か気に入らないことがあれば、すぐに暴力を振るう……それは、沙羅が生まれた後も変わらなかった。

 夫は、娘である沙羅の前でも真理亜に暴力を振るう。やがて気が済むと、嘘のように涙を流して二人に謝った。

 そんな生活が続き……ある晩、悲劇が起きてしまった。


 その日、夫は帰って来るなり真理亜を罵り出した。どうやら、会社で不快なことがあったらしい。さらに、真理亜を殴りつけた。

 だが、それだけでは終わらない。夫は、今度は沙羅の方を向いた。沙羅は、母を殴る父を暗い目で見つめていたのだ。

 夫の怒りの矛先は、沙羅へと向いた。

「何だ、その目は……俺をバカにしてるのか!」

 喚くと同時に、夫は沙羅の顔を蹴飛ばそうとした――

「やめて!」

 真理亜は、半ば反射的に動いていた。娘をかばうため、夫を突き飛ばす。

 その瞬間、夫は片足だけの不安定な体勢であった。そこを真理亜に突き飛ばされ、バランスを失い派手に倒れる。

 倒れた先にはテーブルがあった。夫はテーブルの角に頭を打ち、死んでしまったのだ。


 気がつくと、真理亜は沙羅を連れ、車を走らせていた――


 ・・・


「何だそりゃ……あんた、つくづく運の悪い女だな」

 言いながら、忍は寝ている沙羅に視線を移す。普通でない出来事をいくつも体験し、本当に疲れてしまったのだろう……沙羅は、ぐっすりと眠っていた。

「そうですよね……あたしは、本当に運が悪いんですよ」

 言いながら、真理亜は自嘲の笑みを浮かべる。

 忍は、複雑な思いで彼女を見ていた。真理亜は運命に見放され逃亡生活をする羽目になり、挙げ句に忍という化け物と出会ってしまったのだ。

 もっとも、忍も突然に家族を皆殺しにされてしまったのだ。運の悪さでは負けていないが……。


「お前、これからどうする気だ?」

 忍の言葉に、真理亜は力なく笑った。

「考えてもいませんでした。無我夢中で、気がついたら車を走らせてましたよ。これから、どうしましょうかね……」

「やることないなら、俺を手伝ってくれ」

「えっ?」

 きょとんとした真理亜に、忍は牙を剥き出して笑った。

「ああ。その代わり、俺があんたらを守るから。警察に逮捕なんかさせねえよ」


 ・・・


 仁龍会の会長である田川博之タガワ ヒロユキは、非常に苛立っていた。

「おいコラ! てめえら何をやってんだよ! さっさと南条と連絡をとれ!」

 受話器に向かい、田川は怒鳴り散らした。その顔は、怒りのあまり真っ赤になっていた。


 仁龍会に戦争を仕掛けてきた氷村組……その会長である南条の手先と思われる人間が、若頭の外川を射殺したのだ。しかも、そのやり方が尋常ではない。

 人が数多く行き来している昼間の繁華街。そこのレストランにて食事していた外川だったが、なんとマシンガンにより射殺されたのである。

 今の時代にこんな無茶苦茶をやる連中がいたとは、完全に想定外であった。他の幹部連中は、完全に怯えている。

 こうなっては、南条に頭を下げるしかないのだが……。


 その時、田川は違和感を覚えた。何かがおかしい。

「おい! 誰かいねえのか!」

 田川は怒鳴りつけた。普段なら、ガードに住まわせている組員が飛んで来るはずだった。

 しかし、誰も来ないのだ。広い家の中は、しんと静まりかえっている。

 そんなはずはないのに。

 田川の全身を、得体の知れない感覚が支配する。この家には、何かが潜んでいる。


 ひょっとして、南条の手下か?


「おい! 誰かいねえのかよ!」

 田川は、半狂乱で喚き散らした。すると、その声に答える者がいた。

「うるせえよ。おめえもヤクザの親分なら、ギャアギャア騒ぐな」

 言いながら、田川の書斎に入ってきた者がいた。身長はさほど高くないが、野獣のごとき風貌の青年である。

「て、てめえ誰だ!?」

 言いながら、田川は素早く机の引き出しを開けた。

 拳銃を取り出し、震える手で構える。

「だ、誰だと聞いてんだよ! さっさと答えろ!」

「俺の名は、来留間忍だ……てめえらヤクザの抗争に巻き込まれて死んだけどな、地獄から甦ったぜ。ついでに、ボディーガードの組員は全員殺したよ。何か文句があるか?」

 鋭い牙を剥き出し、ニヤリと笑う忍。

 田川は、かつてないほどの恐怖を感じた。この男とて、仮にも数千人のヤクザを束ねる立場である。それなりに修羅場もくぐっていた。

 だが今、目の前にいるのは、ヤクザなど比較にならない存在だ……田川の勘は、そう告げていた。足はガクガク震え、冷たい汗が吹き出る。

 もっとも、残念なことに田川は現場から遠ざかっていた。それゆえ、危険に対する判断は恐ろしく鈍っている。自身の勘に、身を委ねることが出来なかったのである。

 田川は震えながらも、拳銃のトリガーを引いた――

 その行動は怒りよりも、むしろ恐怖ゆえであった。放たれた弾丸は、忍の体を貫く。普通なら、血を吹き出し倒れているはずだった。

 だが、忍は笑っている。

「アホか、お前」

 言った直後、忍の体にめり込んだ弾丸が押し出されてきた。

 呆然となっている田川の目の前で、からんという音を立てて弾丸が転がる。

「じゃあ、次はこっちの番だ」

 そう言うと、忍は右手を伸ばした。

 次の瞬間、その右手が変化する。手から、何かが出現したのだ――

 忍の手は、大型の猛獣の顔へと変わっていた……まるで虎のような何かが、田川を睨んでいる。

 恐怖のあまり、凍りつく田川。彼の両手は、拳銃を握ったまま前に突き出されている。

 その両手に、虎が噛みついた――

「ぎゃあああ!」

 ワンテンポ遅れて、悲鳴を上げる田川。彼の両手は拳銃ごと噛み砕かれ、ちぎられた傷口からは血が吹き出している……。

「おい、お前らの幹部を殺した奴は誰だ? 正直に言えば、病院に連れて行ってやるぞ」

 忍の楽しそうな声が聞こえたが、田川はそれどころではない。彼の両手は手首のあたりから食いちぎられ、骨が剥き出しになっているのだから。

 しかも、傷口からは今も大量の血が流れ続けている。そのせいか、意識も薄れてきていた……。

 だが、忍はお構い無しである。

「まだ気絶すんな。さっさと言え。お前ら仁龍会は、どこのバカと揉めてたんだ? 言わねえと、両足も食っちまうぞ」

「ひ、氷村組の……南条真吾だ……頼む、病院に連れて行ってくれ。まだ死にたくない……」

 弱々しい声で、田川は訴えた。だが、忍は首を傾げた。

「待て、氷村組の南条真吾で間違いないんだな?」

「間違いない……頼む、病院に連れて行ってくれ。何でもするから……」

 言いながら、ちぎれた腕を伸ばし懇願する田川。だが、忍はその手を払いのけた。

「汚ねえな、バカ」

 言うと同時に、忍は右腕を振るう。

 次の瞬間、虎が口を開け田川の頭を噛みちぎった――




 田川の家にあった金庫をこじ開け、あるだけの金を奪った忍。家の中にはたくさんの死体が転がっており、床は血の海と化している。壁には血や肉片や内臓の一部がこびりついていた。仮に爆発事故が起きたとしても、ここまでむごたらしい有り様にはならないであろう。

 だが忍は、何事もなかったかのように家を出ていった。

 外に出ると同時に、高く跳躍する。直後、彼の背中に翼が出現した――

 忍は巨大な翼を広げ、空を舞う。次に行くべき場所を探しながら……しかし、途中で彼は意外なものを見つける。

 驚愕の表情を浮かべ、上空から一気に急行下した。




 真理亜と沙羅が、車の中で身を寄せ合い眠っていた。先ほど止めた場所から、全く動かず忍の帰りを待っていたらしい。逃げようと思えば、いつでも逃げられたはずなのに。

 忍は、この母娘を解放するつもりでいた。自分たちを襲った銃撃事件……そのあらましを、真理亜のスマホで調べてもらったのだ。さらに、田川の居場所も知ることが出来た。

 こうなれば、彼女たちに用はない。これ以上、付き合わせるのも気の毒だ。

 だからこそ、いつでも逃げられるよう、少年たちから奪った金も渡しておいたのに。いったい何を考えているのだろうか……。


 複雑なものを感じながらも、忍はサイドウインドウを叩いた。

 しばらく待ってみたが、起きる気配がない。仕方ないので、忍は車体を持ち軽く揺すってみる。

 忍にとっては軽く揺すったつもりだったが、中にいる母娘にとっては地震のごときものに感じられたらしい。慌てて飛び起きる。

 だが忍の顔を見て、二人に安堵の表情が浮かんだ。心の底から、ほっとしたような表情だ……。

 忍の胸に、またしても複雑な思いが込み上げる。自分のような人殺しの化け物を見て安堵するとは。

 考えてみれば、この母娘には忍以外に味方がいないのだ……。

「ちょっとドアを開けてくれ」

 忍は湧き上がる気持ちを押し殺し、ぶっきらぼうな口調で言った。




「何で逃げなかった?」

 車に入ると同時に、忍は尋ねた。どうしても聞かずにはいられなかったのだ。

 すると、真理亜はクスリと笑った。

「どこに逃げろって言うの? どこにも逃げる場所なんてないんだよ。あとは、刑務所に行くだけ……この子を残してね」

 冷めた口調で、真理亜は答える。疲れきった表情を浮かべながら。

 忍は胸が潰れそうになり、沙羅に視線を移す。こちらは、好奇心に満ちた目で忍を見ていた。さらに、尊敬の念も感じられる。子供の目から見れば、忍は強い上に空も飛べるスーパーマンなのだろう。

「とにかく、何か食べに行こう。金なら幾らでもあるから」




 国道沿いのファミリーレストランで、沙羅はお子さまランチを美味しそうに食べている。その隣で、真理亜は微笑みながら娘の食べる姿を見ていた。

 そんな二人を、忍は向かいあった席で見ている。ふと、幼い頃に両親と行ったレストランでのことを思い出した。誕生日プレゼントに弟が欲しい、と無茶なおねだりをした忍をなだめるため、レストランで好きなものをいっぱい食べた記憶がある。

 ひとすじの涙が、彼の頬に流れた。

「ねえ、どしたの?」

 不意に、真理亜が話しかけてきた。忍は思わずうろたえ、下を向く。いつの間にか真理亜の口調が砕けたものになっていたが、忍にとってむしろそれが心地よかった。

「何でもない。昔を思い出しただけだよ」


 ・・・


「んだと? 田川が死んだ?」

 すっとんきょうな声を出すキリーに、南条は苦笑しながら頷いた。

「ああ。ひどい有り様だったらしい。熊にでも襲われたように、頭と両手首がちぎられてたという話だ」

「なんだそりゃ。おっかねえ話だな」

 大げさな身振りをしてみせるキリーに、南条は首を傾げた。

「キリー、お前の仕業じゃないよな?」

「バカ野郎、お前の指示もないのに、そんなことしねえよ」

「それもそうだ」

 頷く南条。その端正な顔は、予想外の事態を前に困惑している様子であった。

 仁龍会の会長である田川が死んだ……仁龍会とは敵対関係にあった南条にとっては、ありがたい話のはずだった。

 だが、どうも妙だ。何かおかしい……南条の勘が、そう告げている。


 その時、またしてもドアが開く。

 無言のまま入ってきたのは、若い女であった。切れ味の悪いハサミで適当に切ったような短い黒髪と不気味なくらいに白い肌、そして痩せた体つき。顔は美しいが、その表情は病的な雰囲気が漂っていた。

「ジェニー、どうした?」

 南条の問いに、ジェニーは憑かれたような表情で口を開く。

「地獄から甦った者が、あなたたちを探している……悪魔の力を持つ男よ」

 仮に、この言葉が町の占い師から放たれたものであるなら、南条は笑いながら射殺していただろう。

 だが、ジェニーは占い師ではない。本物の予知能力を持っているのだ。南条が短期間で裏社会の大物になれた理由の一つに、ジェニーの力もあった。

 そのジェニーが悪魔の力と言っている以上、これは無視できない。

「悪魔の力? それは面倒だな」

 そう答えた南条に、キリーはけらけら笑った。

「悪魔の力だあ? 上等じゃねえか。だったら、俺は三バカトリオを日本に呼び寄せてやるよ。その悪魔とやらを、ぶっ殺してやる」

「だったら、俺はしろがね屋に召集をかけよう」

 そう言うと、南条は歪んだ笑みを浮かべる。

「久しぶりに、面白いことになりそうだな」







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