大門大介・逆襲のシドウ 3
大門大介は、ゆっくりと階段を上がって行く。この先に、天草獅童が待っているはずだ。
ふと、かつての獅童との思い出が甦る。腕力にものを言わせ、小学生はもちろん中学生ですら倒していた大介。だが、そんな大介の前に獅童が現れた。
獅童は彼をねじ伏せると、こう言ったのだ。
「大介、お前は確かに強い。だがな、お前の力はただの暴力だ。その力を、正しい目的のために使え」
そんな獅童が、怪しげな妖術を使い人類を粛正しようとしている……なぜ、そんなことになってしまったのか。
大介は神妙な面持ちで、階段を上がって行った。
「大介、よくぞここまで来た。だが、どうしても私の邪魔をするつもりか?」
天草獅童は真っ赤な着物に身を包み、悲しげな表情で大介を見つめる。ゴミにまみれた廃墟の中にあって、天女のように美しい獅童の姿。この階は他の階と違い、幻想的な雰囲気すら感じさせる。
「当たり前だ! 俺は、一人の人間も殺させない!」
「大介……今の人間は、自然を蝕む病原菌のごとき存在なのだ。お前の友だちの妖怪とて、人間に見つかれば捕らえられ、実験動物と成り果てるのだぞ」
「そんなことは、俺がさせない!」
「無理だ。人間は、妖怪を奇妙な動物としか見ないだろう。人間はしょせん、そんな生き物だ。だからこそ、罰を与えねばならん」
「ふざけるな!」
大介は、憤怒の形相で獅童に迫る。
「あんたは世直しのつもりなんだろうがな、やっていることが無茶苦茶なんだよ! これじゃ世直しどころか、ただのテロじゃねえか!」
言いながら、大介は獅童を指差した。
「あんただって、世直しの顛末がどんなものか知ってるだろうが! インテリが夢みたいな目標をもってやるから、いつも過激なことしかやらない! しかも革命の後では、気高いはずの心だって官僚主義と大衆に飲み込まれていくんだ!」
「私は、世直しなど望んでいない! その才能を愚民どもに利用されている者に言われたくないな!」
獅童の声が、感情を帯びてきた。
「そうかい、話し合いは平行線てわけか……ならば、力ずくで止めてやる!」
叫ぶと同時に、大介は突進する――
獅童の動きは速く、かつ変則的だ。しかも、着物の長い裾が大介の視界を遮る……大介は、攻撃を当てることが出来ない。
「クソ、チョロチョロ動きやがって! 卑怯だぞ獅童!」
怒鳴り、渾身の右ストレートを放つ大介。その瞬間、獅童はすっと身を沈めてパンチを躱す。
直後に獅童は大介の腕を掴み、綺麗な一本背負いを極めた――
「うぐっ!」
硬い床に背中を思い切り打ち付け、大介は思わず悲鳴にも似た声を洩らす。
そんな大介を、獅童は涼しい顔で見下ろした。
「どうした大介……この程度で、もう終わりか? 私を止めるのではなかったのか?」
からかうような口調の獅童に、大介はギリリと奥歯を噛みしめる。
「いつもそうだ……あんたはそうやって、周囲の人間を上から見下していた。あんたは永遠に、他人を見下すことしかしないんだ!」
怒鳴りながら、大介は立ち上がった。だが獅童は笑みを浮かべつつ、軽やかに舞う。
「そう、私はお前より上なのだ。そろそろ、私の本気の力を見せてやろう」
直後、獅童が舞った――
「エロイム!」
声と同時に、獅童の横殴りの左掌底打ちが炸裂する。大介はかろうじて腕でガードしたが、獅童の攻撃はそれでは止まらない。
「エッサイム!」
獅童の回転しての右裏拳が放たれた。速くキレのある裏拳は、大介の顔面を打ち抜く。さすがの大介も、その威力に意識が飛びそうになる。
直後、獅童の体勢が低く沈んだ。
「我は! 求め! 訴えたりいぃ!」
大介の腹めがけ、獅童は発勁を打つ――
分厚い腹筋をも貫き通すような強烈な衝撃波に、大介は前のめりに倒れた。常人なら、内臓が破裂し昏倒していたであろう。
だが、大介は常人ではない。妖怪たちとの幾多の闘いが、彼の肉体を超人へと鍛え上げていたのだ。
あん時ほどじゃねえ。
クチサケさんのローリングソバットや、ドロイのボディーアッパーに比べりゃあ……。
屁のつっぱりにもなりゃしねえ!
心の中で吠え、大介はすぐに起き上がる。
「この程度か獅童……次はこっちの番だぁ! 歯ぁ食いしばれえぇ!」
吠えると同時に、大介の拳が飛ぶ――
「ひっさぁつ! 月面パーンチィィィ!」
伸びのあるパンチを食らった獅童は、吹っ飛ばされ床に倒れる。大介は、さらに追い討ちをかけた。一気に極めの下段突きを叩き込む――
だが、寸前で拳が止まった。
「獅童……お前の敗けだ! さっさと投降しろ!」
その言葉に、獅童は笑みを浮かべる。
「フッ、相変わらず甘い男だ。私が逆の立場であったなら、即座に殺していたものを……」
「まだ能書き言うのか? もう、お前の敗けなんだよ! 観念しろ!」
「確かに、お前との闘いは私の敗けだ。しかし、冥界の門は開いたぞ」
「なんだと!?」
驚愕の表情を浮かべる大介に、獅童は嘲笑うような表情を向ける。
「お前は、本当に単細胞だな。おかしいと思わなかったのか? なぜ、私がここにいるのか……お前の目を、門のある場所から逸らすためだ。本当の門は、地下にあるのだよ。旅館の地下一階……そこに、私は門を出現させたのだ。私やエプシロンら三人は、ただの時間稼ぎだよ」
その言葉に、大介の表情が歪む。一方、獅童はニヤリと笑った。
「今なら、お前にも分かるだろう……冥界の亡者たちが今、地下より出現している。亡者たちは、人間を無差別に襲い殺していく。もう、誰にも止められぬ」
「ふざけるな! たかが亡者ごとき、俺が冥界へと押し戻してやる!」
大介は吠え、階段へと向かう。その背中に、獅童が叫んだ。
「バカなことはやめろ! 奴らは後から次々と現れるんだ! いくらお前でも勝ち目はない! ここでおとなしくしていろ! 奴らも、ここには入って来れない! 無駄死にする気か!」
「やってみなければ分からないだろ!」
大介は階段を下りていく……すると、耳元で獅童の声が聞こえた。
「正気か!? お前は死んではならない! 死に急いでどうする!」
これはテレパシーなのだろうか……そんなことを思いつつ、大介は怒鳴り付ける。
「あんたみたいに生き急いでいるわけでも、人類に絶望してるわけでもない!」
「一階は既に、亡者たちが溢れているのだぞ!」
またしても、耳元にきこえる声。大介は、階段を下りつつ叫んだ。
「大門の名は、伊達じゃない!」
獅童の言葉通りであった。一階にたどり着いた大介が見たものは、一階に溢れんばかりの亡者の群れ……佑清や獅子虎らと違い、その目は虚ろで光が無い。まるでゾンビのようだ。
大介は顔を歪めながら、亡者たちの前に立つ。まずは、群れを突破し門を閉ざさなくては。
「てめえら、よく聞け! この拳は大門の……いや、俺の魂だあぁ! てめえらごときに、食い尽くせるかあぁぁ!」
叫びながら、大介は走った――
四方から、大介に襲いかかる亡者たち。だが大介の突きと蹴りを食らい、あっという間に倒される。
大介は襲い来る亡者たちを薙ぎ倒し、地下に向かおうとする。しかし、敵の数が多すぎた。圧倒的な数の差に押され、出口まで後退する。
「ちくしょう!」
吠える大介。しかし、亡者たちは止まる気配がない。逆に亡者たちの攻撃が、大介を襲う。さすがの大介も躱しきれず、何発もの重い打撃を受ける。知能は失われているが、その動きは生前のままだ……大介は後退し、思わず膝を着く。
「く、くそ……」
これまでに大介は四人と闘い、どうにか討ち果たしてきている。が、その体は無傷ではない。さらに今、押し寄せて来る幾多の亡者たちと闘い……もはや、大介は満身創痍であった。
だが、大介はなおも立ち上がる。
「負けられねえ……俺は負けられねえんだ!」
言いながら、必死の形相で向かっていこうとする大介。その時、彼の肩を叩く者がいた。
「アンタは、しばらく休んでな」
聞き覚えのある声……振り向くと、そこには白い巨獣が立っていた。イタチのような姿、赤い瞳、二メートルを超える巨体、そして透き通るような白い毛並み……。
「ド、ドロイ! お前、何しに来た!?」
「あら、何しに来たって随分な言い方じゃないのよう。アタシは忘れてないわよ、アンタとの甘く激しい一夜を――」
「でたらめ言うんじゃないよドロイ!」
叫びながら現れたのは口裂け女だ。今回は、最初からマスクを取っている。
「く、クチサケさんまで……」
「大介、この騒ぎが無事に終わったら……クリスマスイブを二人で過ごす件、考えてあげてもいいよ」
言うと同時に、二人は亡者たちへと立ち向かっていく――
「やめてくれ! これは人間の問題だ! 妖怪には関係ない!」
絶叫する大介……だが無情にも、闘いは始まってしまった。
口裂け女の鳳凰脚が、亡者を次々とKOする。さらに、ドロイが群がる敵を薙ぎ倒していく。
だが、多勢に無勢の状況は変わらない。強者妖怪の二人も、数の力の前に徐々に押されていった……。
「もう……もうやめてくれえぇぇ!」
天を仰ぎ、大介は叫ぶ。すると、またしても声が聞こえてきた。
「結局……遅かれ早かれ、こんな悲しみだけが広がって地球を押し潰すのだ。ならば人類は、自分の手で自分を裁いて……自然に対し、地球に対して贖罪しなければならん。大介、なんでそれが分からん!」
獅童の声も、悲鳴に近くなっている。しかし、大介はそれを無視し立ち上がった。
目の前で口裂け女が倒れ、ドロイがその巨体で庇っているのだ。亡者たちが、ドロイに一斉に襲いかかる――
「くそう! 動け! 動いてくれえ! ドロイ、今助けるぞ!」
大介は、必死の形相でドロイに近づく。だが、既にドロイは亡者たちに囲まれてしまった。
肉を打つような音が響き、白い毛が舞い散る――
「やめろ! やめてくれえぇぇ! そいつらは妖怪だ! やるなら、俺をやれえぇぇ!」
叫ぶ大介。その時、彼の耳に奇妙な音が聞こえてきた。
あれは……。
ヘリコプターのエンジン音か!?
そう、上空では……超音速攻撃ヘリ・エアードッグが旋回していたのだ。
「おい勇太郎、ここらしいな。下は大変な騒ぎだぜ……じゃあ、今着陸させるから――」
「必要ない。キャプテン・スミス、世話になったな」
ヘリの中でそう言ったのは、大介の父・大門勇太郎であった。肩まで伸びた黒髪は、野生的な面構えによく似合っている。筋肉隆々とした体格と野獣のごとき鋭い眼光は、もはや人間をやめてしまったかのような迫力だ。黒いTシャツとズボンというラフな服装で、後部座席に座っている。
「世話になったって、どういう意味だよ」
とぼけた口調で言葉を返したのは、葉巻をくわえた白髪頭の中年男だ。一見すると軽薄そうだが、甘く見てはいけない。彼こそはキャプテン・スミス……特攻野郎たちを率いるリーダーである。
「俺は、一人で降りる。お前らは、ここで帰れ」
言った直後、勇太郎はヘリの扉を開ける。
そして、飛び降りた――
「参ったね、スミス……勇太郎の奴、パラシュート無しで飛び降りたよ。で、どうすんの? 帰る?」
呆れたような口調で言ったのは、これまた軽薄そうな感じの若いイケメンである。ヘリコプターの中にいるより、ホストクラブにいるのが似合いそうな雰囲気だ。背中に背負っているベースが、カオスさをさらに際立たせている。
「ここまで来て、帰るわけにも行かないだろうが。それに、コングの奴がそろそろ起きそうだしな。モンキー、準備はいいか?」
スミスの言葉に、返事をしたのはパイロットだ。
「おう! さあてエアードッグちゃん、いよいよ化け物どもとの戦いだよん! 大佐、あの化け物どもにバードミサイルを撃ち込んでいいかい?」
陽気な口調で言いながら、パイロットはバードミサイルの発射ボタンに手を伸ばす。だが、スミスは首を横に振った。
「いや、そいつはダメだ。バードミサイルなんか撃ったら、大介たちまで巻き込まれるぞ。それに勇太郎の話だと、門を閉ざすには儀式が必要らしいからな」
一方、ヘリから飛び降りた勇太郎は……数十メートル下の地面へと落ちていった。言うまでもなく、常人なら全身を強く打って死んでいるはずだ。
しかし……これまた言うまでもない話であるが、勇太郎は常人ではない。着地と同時に受け身をとり、すぐさま立ち上がる。世界最強の生物の異名は、伊達ではないのだ。
「お、親父かよ!?」
その姿を見て目を白黒させている大介に、勇太郎はニヤリと笑ってみせた。
「この程度の数に苦戦するとは、だらしないぞ大介! 戦いは、これからが本番だ!」
そう言うと、勇太郎はTシャツを脱ぎ捨て背中を見せる。
太い首から僧帽筋、さらに三角筋から上腕三頭筋へと連なるラインは芸術的でさえある。その上、極限まで鍛え抜かれた背筋群が作り出す筋肉の彫刻……それは、まさにオーガーの顔のようであった。
「あれが伝説の、オーガーの背中か……」
驚嘆し、呟く大介。その時、ヘリコプターが着陸した――




