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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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26/55

大門大介・逆襲のシドウ 1

「焼肉弁当、おいしいニャ!」

「そうか! それは良かった!」


 大門大介と猫耳小僧は、今日も神社のベンチに腰掛け、仲良く弁当を食べていた。

 だが、猫耳小僧の箸が止まる。何を思ったか、大介の弁当をじっと見つめた。

「イカフライ弁当、おいしいかニャ?」

「ああ、うまいぞ。イカフライ、一切れ食べてみるか?」

「ニャニャ! い、いいのかニャ!?」

「ああ、構わない。お前は小さいからな。いっぱい食べて、大きくて強い妖怪になれよ」

 言いながら、大介は猫耳小僧のご飯の上にイカフライを載せる。

 猫耳小僧は、イカフライを口に入れた。直後、満面の笑みを浮かべる。

「イカフライも、おいしいニャ!」

「そうか!」

 楽しそうに笑う大介。だが、その表情が一変する。

「なんだ……この気は?」

 大介は立ち上がり、すぐさま辺りを見回す。いつの間にか、霧のようなものが発生していた。濃い霧は一瞬にして二人を覆い、周囲を異界へと変貌させていく……。

 猫耳小僧も異変に気づいたらしく、不安そうな表情を浮かべた。

「大介、なんか変だニャ……」

「猫耳小僧、気を付けろ。俺のそばを離れるな」

 大介がそう言った時、霧の中からのっそりと一人の男が現れる――

「誰だお前は!?」

 叫ぶと同時に、身構える大介。だが、その表情が驚きで歪む。

 そこには、大柄な男がいた。身長は百八十センチ以上、体重も百キロを超えているだろう。黒髪と黒い肌、さらに整えられた口ヒゲ。筋肉質の肉体と洒落た雰囲気とを併せ持つ不思議な男だ。上半身は裸で、下半身にはトランクスを履いている。

 そんな男が、ゆっくりと両拳を上げて構える。

「あんた、アポロ・クライドか?」

 呆然となりながら、大介は呟いていた。だが、それも当然だろう。目の前にいる黒人は、かつてテレビや雑誌で見たボクシングの世界ヘビー級チャンピオン、アポロ・クライドだったからだ。

 もう十年以上前に亡くなったはずの伝説のチャンピオンが、大介の目の前に立っていた……。




 アポロ・クライド……かつて、ボクシング世界ヘビー級のチャンピオンとして一時代を築いた。そのビッグマウスと派手なパフォーマンスは、アメリカのみならず世界の注目を集めていたのだ。

 しかし、ロシア人ボクサーのイワン・ハシミコフとの試合中、イワンのパンチでダウンした際に場外に落ち、頭を床に打ち付けて亡くなってしまったのだ。




 そのアポロが、大介の前でファイティングポーズで立っている。

「アポロ……なのか?」

 もう一度、大介は尋ねてみた。だが、返ってきたのはアポロの拳だった――


 アポロの左ジャブを、大介はかろうじて躱した。鋭く速い左ジャブ、しかも重い。並みの人間なら、この左ジャブ一発で倒せるだろう。

 だが、大介とて並みの高校生ではない。

 アポロの左ジャブを、間一髪で躱す大介。と同時に、後ろに飛び退き間合いを離す。

 両者は、数メートルの距離を空けて睨み合った。体格的には、ほぼ互角だが……リーチ、スピード共にアポロが上回っている。真正面から打ち合えば、一撃必倒の拳がダース単位で大介の顔面を襲うだろう。

 だが、大介とて伊達に修羅場をくぐって来たわけではない。瞬時に間合いを詰め、左の内股ローを当てていく――


 大介の左内股ローキック……これは敢えて体重を乗せず、膝のスナップのみを用いた軽い蹴りだ。体重を載せない分、威力は無い。だがノーモーションで放てる上、リーチも長い。さらには、相手を牽制し苛つかせる効果もある。いわば、ジャブの役割を果たす左ローキックなのだ。

 狙い通り、アポロの表情が変わった。まだ若い少年に足をペチペチ蹴られ、彼のプライドが刺激されたのだろう。

 アポロは怒りを露にし、ジャブを突きながら強引に前進して来た。さらに、一撃必殺の右ストレートを放つ。

 だが、それこそ大介の望む展開である。彼は体を回転させ右ストレートを躱しつつ、渾身の力を込めた中段後ろ回し蹴りを叩き込む――

 大介の全体重を乗せた足先は鋭く伸び、アポロのミゾオチに炸裂した。その威力は凄まじく、アポロは腹を押さえ崩れ落ちる。さすがのヘビー級チャンピオンも、カウンターで命中した中段後ろ回し蹴りの衝撃には耐えられなかったのだ。

 倒れたアポロを、複雑な表情で見下ろす大介。だが次の瞬間、驚くべきことが起きる。アポロの体が、いきなり消え去ったのだ。同時に、霧も晴れていく――

「なんだと……」

 呆然となる大介。その時、どこからか声が聞こえてきた。

「大介、大したものだな。力、技ともに極限に近いレベルまで鍛え抜かれている。今のお前を倒せる者など、そうはいないだろう」

 声と共に森の中から現れたのは、赤いダウンジャケットを着た美しい青年であった。作り物のように端正な顔立ちで、白い肌は滑らかだ。テレビで見かける某事務所のアイドルなど、比較にならない美しさである……。

 そして大介は、この男を知っていた。

「あんたは……天草獅童か?」


 天草獅童アマクサ シドウとは、かつて幼い大介の遊び相手を務めてくれていた男である。大介より五歳ほど上だった獅童は、大介にとって特別な存在であった。

 大介の父・勇太郎は当時、特命捜査官としてあちこちを飛び回っており……父のいない寂しさを埋めてくれていたのが獅童である。大介にとって、兄であり師匠ともいえる男であった。文武両道に秀でており人格的にも優れていた獅童は、大介に様々なことを教えてくれたのだ。

 そんな獅童と、約五年ぶりに再会した大介……だが、彼の胸には懐かしさは無かった。むしろ、変わり果てた獅童の姿に不安を感じていた。


「大介、お前に話がある。ちょっと来てくれないかな?」

 美しい顔に笑みを浮かべ、獅童は言った。すると、猫耳小僧が大介のそばに近づく。

「大介、大丈夫かニャ?」

 心配そうに尋ねる猫耳小僧に、大介は笑顔を作りながら頷く。

「大丈夫だ。お前は先に帰ってろ。俺の分の弁当も食べておいてくれ」

 そう言った後、大介は獅童の方を向く。

「行こうか」




 二人は、森の中を歩いていく。周囲にひとけはなく、野鳥の鳴く声や風の音が聞こえる。

「あの妖怪は、お前の友だちなのか?」

 歩きながら聞いてきた獅童に、大介は頷く。

「ああ、猫耳小僧は俺の親友だ」

「そうか。妖怪と友だちになれるとは、お前は相変わらずだな……そんなお前だからこそ、是非とも協力して欲しい」

 そう言うと、獅童は立ち止まった。澄んだ瞳で、大介を見つめる。

「大介、この森をどう思う?」

「どう思う、って言われても……」

 戸惑う大介に、獅童は真剣な表情で語り出す。

「かつて、この森には狼が棲んでいた。だが、人間のエゴにより絶滅させられたのだ。しかも最近では、外来種の生き物があちこちで目撃されている。今後、日本古来の生き物たちは次々と駆逐されていくだろう」

「確かに、そうなるかもしれないな」

「それだけではないぞ。古来より、日本では人間と妖怪とは共存していた。しかし今では、妖怪の棲める地はどんどん少なくなってきているのだ。このままでは、妖怪は絶滅するだろう。お前は、この事実をどう思う?」

「ひどい話だな。だから、人間は反省しなくてはならない――」

「反省などという生易しい言葉では、もはや通用しないのだ」

 獅童の口調は静かだったが、その裏には激しい感情が渦巻いている。それに気付き、大介は思わず顔をしかめた。


 そんな大介の態度など、お構い無しに獅童は語り続ける。

「大介、私は秘術・冥界転生に成功したのだ」

「めいかいてんせい?」

 思わず聞き返す大介に、獅童は冷酷な笑みを浮かべて頷く。

「そう……過去の時代に無念の死を遂げた格闘家や武術家、さらには異界の英雄たちを今の時代に転生させる秘術だ。それを、私は甦らせたのだよ」

「じゃあ、さっきのアポロ・クライドは……」

「そう、アポロ・クライドは私が転生させたのだ。他にも、数名を既に転生させている」

 恐ろしい内容を、淡々とした口調で語る獅童。大介は、背中に冷たいものが走るのを覚えた。

「何のために、そんなことを……」

「冥界より亡者たちを復活させ、人類に思い知らせるためだ」

「何をだ! 何を思い知らせるというんだ!」

「人類は自分たちのことばかり考え、自然を破壊し生き物たちを絶滅させている。今こそ、意識の変革が必要なのだ」

 怒りを露に詰め寄る大介に、獅童は冷静な態度で言葉を返す。その顔には、はっきりとした信念があった……。


「いいか大介、今こそ人類は己の罪を償い、意識を変えなくてはならない。そのため、私は大勢の亡者たちを召喚する。亡者たちは、人間を無差別に襲うだろう……結果、日本の人口は半分以下になるはずだ。そうなった時、人類は初めて自分たちの犯した罪に気づくだろう」

「ふざけるな! 人が人に罰を与えるなど、許されるはずがないだろ!」

 叫ぶ大介。だが、獅童は怯まない。

「私、天草獅童が粛正しようと言うのだよ大介!」

「エゴだよ、それは!」

 憤怒の形相で、大介は獅童に詰め寄る。だが、獅童は舞うような華麗なる動きでそれを躱し、一瞬にして間合いを空ける。

「お前なら、私の考えを理解してくれると思ったのだがな……実に残念だよ。地球は今、人間のエゴによって潰されようとしているのだぞ。なぜ、それが分からない?」

「ふざけるな! 人間は……人間の知恵は、そんなものだって乗り越えられるはずだ!」

 熱い口調で言葉を返す大介に、獅童は目を細めた。

「ならば、今すぐ愚民どもに叡知を授けてみろ」

「あんたを叩きのめしてから、そうさせてもらう!」

 叫ぶと同時に、獅童に殴りかかる大介。だが、獅童は華麗な動きで大介のパンチを躱した。さらに、手を一振りする。

 その瞬間、大量の霧が獅童を包んでいった――

 驚愕の表情で霧を見つめる大介の耳に、獅童の声が聞こえてくる。

「大介……私は、地球を腐敗させるものが何なのかを知った。今や、人間は地球にとっての病原体でしかない。遅かれ早かれ、人間が地球という星の生命を奪うことになるのだ。私は冥界より、無念の死を遂げた亡者たちを召喚し、人類を粛正する。もし、貴様にその気があるなら……私を止めてみろ」

「そんなことさせるか! 俺が絶対に止めてやる!」

「お前に、それが出来るかな……一つ教えてやろう。この地は、凄まじい霊力に満ちている。私はこの地に、巨大なる扉を作る。その扉が開かれれば、冥界より数千人の亡者たちを一瞬にして召喚できるのだよ。そうなっては、もはや軍隊でも止められん……その暁には、ララァも復活するだろう」

「くそ! そんなことさせるか! 獅童、出て来て勝負しろ!」

 吠える大介の耳に、嘲笑うかのような声が聞こえる……やがて声は消え、森は静けさに包まれた。

 残された大介は、思わず呟く。

「ララァって、誰?」




 翌日、大介は神社にいた。傍らでは、猫耳小僧がしゃがみこんで野良猫たちと話をしている。野良猫がにゃあにゃあ鳴き、猫耳小僧は真剣に聞いていた。

 やがて、猫耳小僧が顔を上げる。

「大介、天草獅童は阿久静アクシズ屋という古い旅館にいるそうだニャ」

「旅館にいるのか?」

「うん。でも、阿久静屋はもう潰れてるニャ。天草は、その跡地に入りこんでるようだニャ」

「そうか! じゃあ、その旅館に案内してくれ!」

 そう言うと、大介は勢いよく立ち上がる。

「待っていろ獅童! お前の野望は俺が止める!」







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