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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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25/55

大門大介は番長なのだ!

 大門大介は、その日もママチャリを漕いでいた。今や親友となった妖怪・猫耳小僧に会うためである。

 緑に囲まれた田舎の道路に、ママチャリの音が響き渡る。自転車のカゴには、唐揚げ弁当が入っていた。もちろん、猫耳小僧へのお土産である。

「猫耳小僧の奴、喜んでくれるかな……」

 ニコニコしながら、大介はママチャリを漕ぐ。

 その時、森の中から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあああ!」

「うわあああ! 化け物だあ!」


 左手の方向から聞こえる男女の悲鳴……大介は自転車を止め、すぐに森の中へと入って行った。

 すると、そこには戦慄の光景が待っていたのだ――


 地面に倒れ気絶している、若い男女。

 それを見下ろしているのは、真っ白い毛に覆われた巨大なイタチであった。大きさは、二メートルほどだろうか。辺りは闇に包まれているはずなのに、イタチの周りだけは白く輝いている。

 ただし、その瞳は紅く光っていた。


 やがて白イタチは、真紅の瞳をこちらに向ける。大介の背筋に、冷たいものが走った……目の前にいるのは、とてつもなく恐ろしい奴だ。

「お前は何者だ!? この二人に何をした!?」

 強い口調で問う大介に、白イタチはカラカラと笑った。

「人に名前を聞く時は、まず自分が名乗るのが礼儀じゃないかえ、坊や?」

「お、俺の名は大門大介……番長だ!」

「番長? オホホホホ、ずいぶん古くさいものが出てきたねえ」

 言いながら、白イタチは体をくねらせる。その仕草は妙に女っぽく、大介は思わず後ずさりする。

「アタシの名は、オオカマイタチのドロイよ。で、番長の坊や……アタシに、何の用かしら?」

「なぜだ! なぜ、こんなことをした!」

 言いながら、大介は倒れている二人を指差す。だが、ドロイは怯まない。

「ああ、そこのバカップルね。イチャイチャしながら森を汚してたから、ちょいと脅かしてやっただけよ。後は裸にひんむいて、道路に放り出してやるわ」

「何だと! そんなことはさせんぞ!」

 大介は両拳を上げ、構える。すると、ドロイはおかしそうに笑った。

「ホーッホッホッホッホ、お前ごときが、アタシに勝てるとでも思ってるのかい。まあ、いいわ。さあ坊や、好きなようにかかってらっしゃい」

「くっ……ふざけるな! 行くぞ!」

 吠えると同時に、大介は突進した。と同時に、鋭い正拳を放つ――

 だが、ドロイは体をくねらせて避ける。人間には真似の出来ない動きだ。

「な、何だと!」

 大介は、さらなる攻撃を仕掛ける。右の正拳を打ち、続いて右の上段回し蹴りを叩き込んだ。

 しかし、ドロイには当たらない。まるで柳のように体をしならせ、大介の攻撃をことごとく躱す。こんなディフェンスの仕方は、そもそも人間には不可能だろうが。

「クソ! なぜ当たらないんだ!」

 大介は荒い息を吐きながら毒づいた。こんな敵と闘ったのは、生まれて初めてだ。

 一方、ドロイは平然としている。

「おやおや、もうへたばったのかい。若いのに早いねえ。いや、若いから早いのかしら」

 言うと同時に、ドロイの目が紅く光る。

 直後、前足の一撃が大介を襲う――


「ぐわあぁぁ!」


 両前足での続けざまの強烈な連撃を浴び、大介は吹っ飛ばされた。

 しかし、すぐに起き上がる。

「ほう……若いだけあって立ちがいいねえ、坊や。素敵よ」

 からかうような口調のドロイに、大介はギリリと奥歯を噛みしめた。

「くっ、ざけんなあ! お前には、死んでも負けんぞ!」

 気合いと共に、大介は横蹴りを放つ。だが、ドロイはまたしても体をくねらせた。細長い胴体は、まるで柳の枝のようにしなり、大介の蹴りを逸らす。

 直後、ドロイのバックハンドブロー(回転しての裏拳)がカウンターで炸裂した――

 大介の意識は吹き飛び、仰向けに倒れた。


 その時、乱入してきた者がいた。

「フシャー! そこまでだニャ!」

 叫びながら、身構えた者は……猫耳小僧である。猫耳小僧は小さな体で、大介を守るように立っていた。

 しかし、ドロイは平然としている。

「おや、誰かと思えば猫耳小僧じゃないか。お前、人間の味方をする気かい?」

 鼻で笑うドロイに、猫耳小僧は怒りを露にした。

「大介は、俺の友だちだニャ! これ以上、傷つけるのは許さないニャ!」

「許さないだって? お前みたいな落ちこぼれ妖怪が、アタシと闘おうっていうのかい?」

 言いながら、ドロイはギロリと睨みつける。その迫力に気圧され、猫耳小僧はたじろいだ。

「ニャ……」

 目を逸らし、悔しそうに唇を噛みしめる猫耳小僧。その姿を見て、ドロイは鼻で笑った。

「妖怪の中では、落ちこぼれで誰からも相手にされない……そんな甘ったれのくせに、アタシと闘おうだなんて百年早いんだよ。お前は、本当にどうしようもないねえ――」

「黙れ!」

 叫んだのは、猫耳小僧ではなく大介である。さっきまで意識を失っていたはずなのに、凄まじい形相で立ち上がったのだ。

 すると、ドロイは感心したように口笛を吹く。

「おやおや、まだ立ち上がってくるの……若いだけあって立派ねえ」

 からかうような口調のドロイに、大介はよろよろしながら近づいていく。

「取り消せ……猫耳小僧は落ちこぼれじゃねえ! 取り消せ!」

 喚きながら、ドロイに迫っていく大介。しかし、ドロイは意に介さず前足を振るった。

 その一撃で大介はぶっ飛び、仰向けに倒れる。

 だが、それでも立ち上がった。

「ふざけるな……猫耳小僧は、落ちこぼれなんかじゃねえ!」

 叫び、なおもドロイに迫っていく大介。

 その時、ドロイは不気味な笑みを浮かべた。真紅の瞳を大介に向け、恐れる様子もなく立っている。

「ほう、そんなに大事なのかい。ならば……」

 言うと同時に、ドロイの尻尾が伸びた。猫耳小僧の体に巻きつき、自由を奪う――

「ニャニャ! 何するニャ!」

 猫耳小僧は必死でもがくが、ドロイの尻尾は外れない。それを見た大介は、渾身の力を振り絞り向かって行く。

「貴様あ! 猫耳小僧を離せえ!」

 叫ぶと同時に、大介は正拳を放つ。しかしドロイは、いとも簡単に彼の正拳を弾き飛ばした。

 直後、ドロイ式ボディーアッパーが打ち込まれる――

 そのボディーアッパーは、ヘビー級のプロボクサーのパンチを遥かに凌駕する威力があった。抵抗しようのない苦痛を前に、大介は腹を押さえ崩れ落ちる。

 もがき苦しむ大介の耳に、ドロイの嘲るような声が聞こえてきた。

「いいかい、この猫耳小僧はしばらく預かるよ。助けたかったら……アタシに勝つんだね。ただし、今度はアタシも容赦しない。お前を殺すつもりで行くから」

 そこで言葉を止め、ドロイはくすりと笑う。

「そうだねえ、怪我を治すのに一週間の猶予をやるよ。一週間後の晩、この先にある松の木の下に来な。そこで、もう一度アタシと勝負するんだ。勝ったら、猫耳小僧を返してやろう。ただし、次に負けたらアンタは死ぬよ。それと……もし来なかったら、猫耳小僧の貞操は保証しないからね」

「クソ、待ちやがれ……猫耳小僧を離せ……」

 呻きながら、大介は起き上がろうとする。だが、体が動かない。視界も徐々に霞んでいく。

 そんな大介の耳に、猫耳小僧の声が聞こえてきた。

「大介、俺なら大丈夫だニャ! だから、来たらいけないニャ! 殺されるニャ!」

 その声に、大介は必死で起き上がろうとする。

 だが、体は言うことを聞いてくれない。

 やがて、意識が遠のいていった――




 どのくらいの時間が経過しただろう。

 大介が目を開けると、口元をマスクで覆った女がいる。長い黒髪、宝石のように輝く瞳、そしてボンキュッボンのセクシーボディを包む可愛らしいパジャマ姿……大介は顔を赤らめ、慌てて下を向いた。

「あ、あんたは……」

「忘れたのかい、口裂け女だよ」

 そう言うと、女はマスクを外す。耳元まで裂けた口が露になった。

「あっ、クチサケさん!」

 慌てて起き上がる大介。だが、全身に激痛が走る。うめき声を上げながら、再び仰向けに倒れた。

 すると、口裂け女はため息を吐く。

「何やってんだい……今、あんたの親父さんが来るからさ。親父さんに送ってもらうんだね」

「えっ、親父が来るんですか?」

 状況がまだよく呑み込めないまま、半ば本能的に周囲を見回す大介。どこかの一軒家だろうか。木の床の上に布団が敷かれていた。丸い木のちゃぶ台が置かれており、壁には棚が設置してある。

 ここは、口裂け女の家なのだろうか……大介が思ったその時、タイミングを計ったかのように凄まじい闘気が流れ込んで来る。

 さらに、獣の咆哮のごとき雄叫びも――


「俺が特命捜査官・大門勇太郎である!」


「うわっ! 何だい、今の声は!」

 すっとんきょうな声を上げる口裂け女。だが、大介は忌々しそうな顔で舌打ちした。

「親父が来たんですよ」

 その言葉の直後、扉が開く。

 直後、大柄な男が入って来た。肩まで伸びた黒髪は、野獣のごとき面構えに似合っている。筋肉隆々とした体格と、昔の武術家のような鋭い眼光は人間離れした迫力だ。黒いTシャツとズボンというラフな服装のまま、悠然と入って来た。

 この男こそ、大介の父・大門勇太郎ダイモン ユウタロウである。かつては特命捜査官として、アクノミヤ博士率いる犯罪組織チクマ団を、たった一人で叩き潰したのだ。

 以来、大門勇太郎は静弦一郎シズカ ゲンイチロウ早川健人ハヤカワ ケントと並び、「特命三大チート捜査官」と呼ばれている。この三人が揃えば、小さな国をも潰せると言われていたのだ。

 そんな勇太郎は、じろりと大介を睨む。次いで口裂け女を一瞥した後、再び大介を睨む。

 ややあって、口を開く。


「大介……お前も、色を知る歳か」


「は、はあ!?」

 すっとんきょうな声を出す口裂け女。だが、勇太郎は彼女を無視し大介に近づく。

「よくやったぞ大介! さすが、我が息子だ! 伝説の妖怪・口裂け女を口説き落とすとは――」

「ちいがあぁぁう!」

 勇太郎の言葉を遮り、大声で否定したのは口裂け女である。さらに彼女は、きっと勇太郎を睨み付けた。

「ちょっと、勘違いするんじゃないよ! あたしは、大介の彼女でも何でもないんだからね!」

 すると、その一言にガックリうなだれる大介……だが彼は、すぐさま顔を上げた。

「じゃあクチサケさん、俺のことどう思ってるんですか!?」

「ど、どうって言われても……」

 頬を赤らめ、うつむく口裂け女。すると大介は、そのプエルトリカンのごとき濃い顔を近づけていく。

「クチサケさん! 俺はあなたが好きです! 次のクリスマスイブは、あなたと二人で過ごしたい――」

「バ、バカ言うんじゃないよ! 段階ってものがあるだろうが!」

 口裂け女の平手打ちが炸裂し、大介はぶっ飛んだ……その一撃で、彼は我に返る。

「ハッ! こんなことをしてる場合じゃねえ!」

 そう言うと、大介は立ち上がる。全身に痛みが走ったが、そんなことに構ってはいられない。

「親父、すまないが送ってくれ……一週間後に備え、怪我を治さなくては!」

 大介の言葉に、口裂け女は慌てて止めに入る。

「ちょっと待ちなよ! あんた、あのドロイと闘う気かい?」

「ああ。奴に勝ち、猫耳小僧を解放してやる」

 そう言う大介の目は、決意の光に満ちていた。




 一週間後――

「ホーホッホッホ、大介の奴、現れるのかねえ」

 言いながら、ドロイはちらりと猫耳小僧を見る。

 猫耳小僧は縛られ、地面に転がされていた。その顔には、諦めの表情が浮かんでいる。

「さてと……大介が来なかったら、お前はアタシのものさね――」

「待て!」

 不意に響き渡る声。ドロイは、にやりと笑った。

「ほう、やっぱり来たかい……さすがね」

 

 大介は、険しい表情で歩いて来る。タンクトップ姿の上半身は分厚い筋肉に覆われているが、同時に傷だらけでもある。彼がこれまで潜って来た修羅場を物語っていた。

 その後ろからは口裂け女、さらに父親の大門勇太郎が付いてきている。

 ドロイの目が、スッと細くなった。

「なんだいアンタ、勝ち目ないからって助っ人を呼んだのかい?」

「違う。この二人は、単なる立会人だ」

 そう言うと、大介は目をつぶる。

「友への想いを拳に刻み、心の闇を光に変える……天上天下! 一騎闘神! 俺が大門大介だ!」

 叫ぶと同時に、大介は身構える。


「人間の力……見せてやるぜ!」


「おやおや、また中二くさいセリフが飛び出したもんだ。じゃあ見せてもらおうかね、その人間の力って奴を」

 せせら笑うようなドロイの言葉。だが、大介はそれを無視し猫耳小僧の方を向いた。

「おい猫耳小僧、お前は前に言ってたな……正拳突きなんかやって強くなれるとは思えない、と。今から、その答えを見せてやる。基本の正拳中段突きでも、磨き抜けば必殺技になるんだ!」

 そう言うと、大介はドロイに向き直る。

 その直後、乾いた音が響き渡った――


 空気が破裂したかのような音、そして大介の拳……ドロイには、何が起きたのか把握できていなかったのだ。

「なんだ今のは?」

 驚愕の表情のドロイに、大介は落ち着いた様子で語り始めた。

「ドロイ、俺はあんたに感謝している。あんたという強者に出会わなかったら、俺は自身の未熟さに気付けなかった。また、未完の秘技を完成させることも出来なかった」

「何を……」

 言いかけたドロイ。だが、またしても破裂音が響く――

 大介の拳が、前に突き出されている。確かに彼は、正拳突きを放ったはずだった。

 しかし、その動きが全く見えなかったのだ。

「この技は、世界最強の漢に捧げる予定だった……」

 大介は、そこで振り返り勇太郎を睨み付ける。

「すなわち、あんたに叩き込むつもりで磨いてきたんだよ! 親父!」

 言われた勇太郎は、不敵な笑みを浮かべて頷く。

 その表情を見た後、大介は再びドロイの方を向く。

「しかし、なかなか完成させることが出来なかった……ところが、あんたのおかげで完成できたのさ。あんたのディフェンス技術は、人間を遥かに凌駕している。そんなあんたに攻撃を当てるには、音速を超えるしかないからな!」

 言うと同時に、大介は再び突きを放つ。

 破裂したかのような音が響き渡った……。

「いい音だろう。これは、物質が音速の壁を超えた瞬間の音さ。俺の突きは今、音速を超えたんだ!」

 そう……足の親指から足首、足首から膝、膝から股関節、股関節から腰、腰から肩、肩から肘、肘から手首……同時八ヶ所の関節の加速と、体内で練り上げた大地の気の融合が、音速の壁を破る突きを生み出すのだ。

 そして、大介は低い姿勢で構える。

「今の俺の最高傑作だ。ドロイ、あんたに捧げたい」

「フッ、そうかい。アタシが初めての相手ってわけかい。光栄だねえ……でも、そんなもんじゃアタシは倒せやしないよ!」

 叫ぶと同時に、ドロイは一気に間合いを詰める。

 その白い前足が、鉈のように降り下ろされた。

 しかし、大介はその場で構えたままだ。

 直後、声を発した。

「真空・ハリケーン突きいぃぃ!」

 鋭い気合いと共に、マシンガンのごとき連続的な破裂音……次いで、肉を打ち抜く鈍い音が響き渡る。

 一瞬遅れて、ドロイの白い毛が大量に宙を舞った――


「なんだい今のは……」

 呆然とした表情で、口裂け女が呟く。彼女の目には、前足を降り下ろしかけたドロイが、僅かな間ではあるが小刻みに痙攣したように見えたのだ。

「突き、だ」

 重々しい口調で、勇太郎が言った。口裂け女は、その言葉に反応する。

「突きだって? 何も見えなかった――」

「音速を超えた速度の突きが、ダース単位でドロイの胸に命中したのだ。その威力は、北極熊ですら葬れるだろう」

 勇太郎のその言葉を裏付けるかのように、ドロイの巨体が大きくぐらついた。

 だが、すぐに体勢を整える。もっとも、その表情は歪んでおりダメージを隠せていないが。

「さすがね、坊や。今のは凄く感じたわ……でもね、アタシはまだイってないのよ!」

 吠えると同時に、ドロイは全体重をかけた一撃を放つ。しかし、大介の突きの方が遥かに速い。

 またしても、音速を超えた拳が炸裂する――

 ドロイは、悲鳴にも似た声を上げる。それと共に、口から大量の血を吐き出した。誰の目にも、ダメージは明らかである。事実、これだけの数の突きを受ければ、恐竜ですら立っていられないはずなのだ。

 しかし、ドロイは倒れない。白い体を血に染めながら、紅い瞳で大介を睨み付けている。その瞳からは、闘志が消えていない。

 すると、大介の顔に戸惑うような表情が浮かぶ。

「何が……何があんたを支える? 意地か? 面子か? あんたは、俺を一度は敗北させているんだ。ここで負けても、一勝一敗の五分だろうが」

 尋ねる大介を見て、勇太郎がチッと舌打ちした。

「大介め……相変わらず甘い奴だ」


 大介は、なおも語り続ける。

「その信仰心にも似た妖力に支えられた肉体も、あと一撃で確実に滅する。あんただって、分かっているはずだ……負けを認めろドロイ! でないと死ぬぞ!」

 その言葉に、ドロイの表情が変わる。

「アンタに猫耳小僧が大切なように、アタシにも大切なものがある。アタシは森を守らなきゃならないんだ……森を汚す奴らは許せないんだよ」

 そう言うと、ドロイはにやりと笑い手招きした。

「来なよ……その最後の一撃とやらでアタシを滅せられるかどうか、試してごらん」

 直後、ドロイは両手を高く挙げる。その姿は、大切な何かを必死で守ろうとしているかのようだ……。

「さあ、いらっしゃい……思いっきり突いて、アタシをイかせてみな」

 その言葉に、大介の顔が歪む。目をつぶり、悲痛な表情で叫んだ。

「ドゥォロォイィィィ!」

 叫ぶと同時に、大介は渾身の突きを放つ――

 彼の拳は、白い巨獣の体を捉えた。

 にもかかわらず、ドロイは立ったままだ。両手を大きく上げ、もっと打ってこいと言わんばかりの姿勢は崩れていない。

 しかし、その瞳の光は消えていた。


「どうなってんの……」

 呟くように言った口裂け女に、勇太郎が答える。

「あれが、大釜オカマ立ちだ」

「おかまだち?」

「ああ……本物を見るのは初めてだが、ここまでとはな。見事だ」

 勇太郎のその言葉には、心からの感服の思いが込められている。

「なんだいそりゃあ?」

 尋ねる口裂け女に、勇太郎は苦笑した。

「そうか、お前は昭和の妖怪だったな。知らないとしても不思議はない」


 ・・・


 時は戦国。地方を治める大名である花形藤兵衛ハナガタ トウベイの一人息子である守之助モリノスケは幼き時、猟師の罠にかかったイタチを見つけた。

 まるで雪で染めたかのように、真っ白な美しい毛並みの白イタチ。だが罠にガッチリ足を捕られ、衰弱しきっていた。守之助は、あまりに見事な毛並みに心を打たれ、罠から解放し傷の治療をした。さらに家に連れ帰ると、食べ物と水を与えて介抱したのである。

 やがて体調の回復した白イタチは、元気に山へと帰って行った。

 途中、名残惜しそうに何度も振り返りながら……。




 それから一年後。

 花形家にて謀反が起き、幼い守之助は外にいるところを、百人近い男たちに襲われた。謀反の首謀者は、まず守之助の首を獲り味方の士気を上げようと考えたのである。

 二人の従者は斬り殺され、守之助の命は風前の灯火であった。

 その時だった。森の中から、白い巨獣が姿を現したのだ――


 それは、六尺を超すイタチであった。イタチは熊のように立ち上がり、一瞬にして数人を倒したのだ。さらに守之助を抱えると、近くにあった山小屋へと逃げ込む。

 山小屋には、子供がすっぽり隠れられるくらいの巨大な釜が置かれていた。白イタチは大釜を持ち上げ、守之助に被せる。

 だが、釜の脇には穴が空いていた。これでは、中に入っている守之助が丸見えだ。

 すると、白イタチは後ろ足で立ち上がった。穴の前で仁王立ちになり、凄まじい雄叫びを上げる。

 それは、近づいた者は殺す……という意思表示であった。

 だが、敵も死に物狂いだ。白イタチに向かい、一斉に斬りかかっていく――




 騒ぎに気付き、手勢を引き連れ駆けつけた藤兵衛。だが、そこには異様な光景があった。

 全壊し、もはや山小屋としての体をなしていないガラクタの山。周囲には、おびただしい数の死体が転がっていた。さらに、その中心には巨大な何かが立っている。

 その「何か」の足元では、守之助が泣きじゃくっている。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、足のあたりにすがり付いているのだ。

 藤兵衛は恐る恐る近づき、その正体を知る。巨大なイタチが、二本足で立ったまま息絶えていたのだ。全身に刀や槍さらには矢が刺さったまま、それでもなお戦う意思を捨てていない……。

 さらに守之助から事情を聞いた藤兵衛は、無言のまま両膝を着いた。

 白イタチに向かい、深々と頭を下げる。


 守之助に巨大な釜を被せ、我が身を敵に晒し守り抜いた白イタチ。この名もなき妖怪は、漢の鏡として花形家に代々語り継がれることとなる。




 生まれ育ちは違えども

 心通いし友のため

 その身を妖怪へと転じ

 一生一度の恩返し

 純白の身を血に染めて

 一歩も退かぬ白イタチ

 ついに命が尽き果てて

 されど倒れぬ大釜立ち

 命の炎は消えるとも

 意地は潰えぬ大釜立ち


 ・・・


「以来、花形家では白いイタチを神として祀っているとのことだ」

 語り終えた勇太郎。だが口裂け女の目は、大介へと向けられていた。その大介はというと、猫耳小僧を抱きしめている……。

「ニャニャ! は、離せニャ!」

「嫌だ! 俺はお前を離したくない!」

 そんな二人を、羨ましそうに見つめる口裂け女。すると、勇太郎が彼女に手を伸ばす。

 一瞬で、その体を抱き抱えてしまった――

「ちょっと! 何すんだい――」

「口裂け女よ! 女として自己を高めよ! 喰らい尽くせぬ女であれ!」

 勇太郎は意味不明なことを叫んだかと思うと、次の瞬間には口裂け女を放り投げたのだ。

 派手に飛ぶ口裂け女。だが、彼女をキャッチしたのは大介だ。大介は口裂け女を抱き止め、勇太郎を睨み付ける。

「親父! 何しやがんだ! クチサケさんに手を出すんじゃねえ!」

 吠える大介に、勇太郎はニヤリと笑った。

「二人とも、幸せにな」

 その言葉を残し、勇太郎は去って行った。

 一方、唖然となりながら勇太郎の去り行く後ろ姿を見つめる三人。

「お前の親父、なんだか無茶苦茶だニャ……」

 猫耳小僧が呟くと、大介は顔をしかめて頷いた。




 翌日、大介と猫耳小僧は並んでベンチに腰かけ弁当を食べていた。傍らには、ゴミの詰まった袋が置かれている。二人は今まで、森のゴミ拾いをしていたのだ。ドロイの森を、少しでも綺麗にしてあげよう……という思いから始めたボランティア活動である。

「唐揚げ弁当、おいしいニャ!」

「そうか!」

 仲良く笑い合う二人を、大木の陰にて地団駄を踏みながら見ているのは口裂け女だ。

「ちくしょう、二人で楽しそうにしやがって……大介の奴、何故あたしを誘わないんだ! 大介に、あたしの手作り弁当を食べて欲しかったのに! 女子力を見せるチャンスだったのに! くそう! くそう!」

 さらに別の大木の陰では、巨大な白イタチが身悶えしていた。

「大介……もう一度、アタシにあの突きを打っておくれよ。突いて突いて突きまくって、アタシをイかせとくれ……」








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