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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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24/55

大門大介は番長である

 これは、ある田舎町に蠢く妖怪たちに闘いを挑んだ一人の熱血番長の記録である。妖怪たちから見れば無力であるはずの人間の少年が、僅か一年で名だたる妖怪たちをシメてしまった奇跡を通じ、その原動力となった愛と勇気と友情とを、あます所なく小説化したものである――




「店長! お先に失礼します!」


 ここは、とある田舎町のコンビニである。周囲は豊かな自然に覆われ、すぐ近くには寂れた神社もあった。野生動物も多く、道路でタヌキやキツネを見かけることも珍しくない。

 そんなコンビニで、店長に頭を下げているのはリーゼントの男だ。身長は百八十センチを超え、肩幅は広くガッチリしている。胸板も分厚く、着ているシャツがはち切れそうだ。

 やたら太い眉毛を持ち、プエルトリカンのように濃く厳つい顔つきの、この大門大介ダイモンダイスケは……一見すると、三十近い成人男性にしか見えない。だが実は、まだ十六歳の高校生なのだ。

 しかも、このコンビニで学校帰りにバイトをしていたりする。

「う、うん、お疲れ様」

 顔をひきつらせながら、愛想笑いを浮かべる店長。大介は向きを変えると、大股で去って行く。

 だが、途中で何かに気付き立ち止まった。直後、物凄い勢いで戻って来る。

「店長! いつも弁当をいただき、ありがとうございます!」

「あ、ああ、分かったよ。どうせ廃棄する物だから構わないんだけど――」

「はい! これからもいただきます!」

 まるでアメリカ映画に出てくる海兵隊のようにデカイ声で言うと、大介は大股で店を出ていった。

 残された店長は、頭を掻きながら呟く。

「悪い子じゃないんだけどな。なんで今時、番長なんてやってんだろ……」




 大介は、ママチャリでのんびりと田舎道を走る。道路の周りは木々が繁っており、野生動物が出て来そうな雰囲気である。

 不意にガサリという音がした。と同時に、何かが飛び出して来た。

「ニャッハー! 俺は猫耳小僧だニャ! 恐ろしい妖怪だニャ!」

 そんなことを言いながら、大介を睨みつけているのは……おかっぱ頭から猫の耳を生やした男の子だった。Tシャツを着て半ズボンを履いているが、長い尻尾が生えているのも見える。年齢は小学生くらいだろうか。可愛らしい顔に怖い表情を浮かべ、大介を睨みつけている。

 大介はママチャリを止め、男の子を見つめる。一方、男の子は威嚇するかのような動作を続けていた。ゾンビのように両手を挙げ、口を大きく開ける。

「フシャー! 怖いだろニャ!」

 だが、大介は首を横に振る。

「まだまだだな、猫耳小僧。はっきり言って、ぜんぜん怖くない」

 その言葉を聞いたとたん、猫耳小僧の両手が下がった。残念そうな表情を浮かべる。

「そ、そうかニャ……また駄目かニャ」

「ああ、駄目だ。しかし、少しずつ良くなってはいるぞ。その調子だ」

 そう言うと、大介はママチャリのカゴに入っている袋を手にした。

 中から弁当を取り出し、猫耳小僧に差し出す。

「おい、シャケ弁当食べるか?」

「ニャニャ! いいのかニャ!」

 目を輝かせる猫耳小僧に、大介はニッコリ笑ってみせた。

「ああ、いいよ」




 この猫耳小僧なる妖怪の少年と大介が出会ったのは、三日ほど前のことである。その日も、大介はママチャリに乗っていたのだ。

 ママチャリを漕ぎ神社の前を通りかかった時、不意に現れた者がいた。小学生くらいの年齢の、可愛らしい顔をした少年だ。黄色いTシャツを着て、黒い半ズボンを履いている。

 ただし、そのおかっぱ頭には猫のような耳が生えていたのだ。

「フシャー! 俺は妖怪・猫耳小僧だニャ! 怖いかニャ!」

 呆気に取られ、ママチャリを止める大介。一方、猫耳小僧は彼の周りをピョンピョン飛び跳ねる。

「どうだ、怖いニャ!」

「いや、ぜんぜん怖くないんだが」

 冷静な口調で答える大介。すると、猫耳小僧の動きが止まった。

「あーあ、どうせこうなると思ってたニャ。もう、やめだニャ……」

 自嘲の笑みを浮かべ、猫耳小僧はその場にしゃがみこむ。ため息を吐き、下を向いた。

「お、おい。お前、どうしたんだ?」

 心配そうに近づいていく大介。だが、猫耳小僧は首を振った。

「いいニャいいニャ。どうせ俺なんか、落ちこぼれ妖怪だニャ」

「何を言ってんだよ。お前は、落ちこぼれなんかじゃない。良かったら、話を聞かせてくれよ」

 そう言って、大介は猫耳小僧の肩を叩く。すると、猫耳小僧は下を向いたまま語り出した。

「お前で、百九人になるニャ」

「百九人?」

「そうだニャ。百九人の前に出ていったけど、怖がった人間はゼロだニャ。俺を笑う奴もいたし、バカにする奴もいたニャよ」

 猫耳小僧の言葉は冷めきっている。大介は何も言えず、じっと見つめるだけだった……。


「百九回も挑戦して、結果はゼロ。本当にバカバカしいニャ。もう、怖がらせるのはやめだニャ。どうせ俺なんか、落ちこぼれ妖怪だニャ」

 そこで、猫耳小僧はヘラヘラ笑い出した。

「つまらない話を聞かせて悪かったニャ。もう行っていいニャよ」

 その時、猫耳小僧は異変に気付いた。大介の大きな体が、プルプル震えているのだ。

「お前、どうしたニャ?」

「バカヤロー!」

 叫びながら、大介は立ち上がった。その顔は、怒りで真っ赤になっている。

「ニャニャ? ど、どうしたニャ?」

「お前、俺が何で怒っているのか分からんのかぁ! それはなあ、お前がどうでもいいと勝負を投げてるからだ!」

「しょ、勝負かニャ?」

 うろたえる猫耳小僧。だが、大介は首を縦に振る。

「そうだ、これは妖怪と人間の勝負なんだよ。俺がなぜ怒ったか……それは、お前が勝負をナメてるからだ! 妖怪としての生き方をバカにしてるからだ! 今、お前がしていることに真剣に取り組まないで、いつ真剣になるんだ! お前、それでも妖怪なのか!」

 怒鳴り続ける大介。いつの間にか、彼の目から涙が流れている。それを見た猫耳小僧は、何も言えなくなり下を向く。

 いつしか、その猫耳がプルプル震えていた。だらんと垂れ下がっていた尻尾にも、力がみなぎってきている。


 そんな猫耳小僧に、大介は泣きながら語り続けた。

「百九人がなんだって言うんだ! 最後に一人を怖がらせることが出来れば、その一人の心の中で……お前は怖い妖怪として永遠に残るんだ! だがな、今のままだとゼロだぞ! お前はゼロなのか! ゼロの妖怪なのかぁ!」

 大介は、いったん言葉を止めた。流れる涙を拭く。

「お前、人間なんかにバカにされて悔しくないのか! どうなんだぁ! 何か言ってみろ――」

「ぐやじいニャ!」

 叫ぶと同時に、猫耳小僧が顔を上げた。その目にも涙が溢れている。

「今までは、笑ってごまかしてたニャ。仕方ないと思ってたニャ。でも今は……とっても悔しいニャ!」

 猫耳小僧は、突然その場に崩れ落ちた。

 そして、地面をグーで殴り始める。

「ぢぐじょー! ぐやじいニャ! ぐやじいニャ!」

 その姿を見ていた大介の胸に、強い感動が込み上げてきていた。幼い妖怪の中に、ここまで熱い想いが眠っていたとは……。

 番長である以上、その熱い想いに応えなくてはならない。

「悔しい、と言ったな! だが、言うだけなら誰でも出来る! お前は、これからどうしたいんだぁ!?」

「怖がらせてやりたいニャ! 人間を、めいっぱい怖がらせてやりたいニャ!」

 その言葉を聞き、大介は力強く頷いた。この願い、自分が必ず叶えてみせる。

「だったら、俺が練習相手になってやる! 毎晩、俺と練習するんだ!」

「れ、練習かニャ?」

「そうだ、練習だ! どうすれば人間を怖がらせられるのか、よく考えて実行するんだ。だが、その前に……」

 大介は、猫耳小僧のそばにしゃがみこむ。

「俺は今から、お前をモフる! 歯を食いしばれ!」

「も、モフる? な、何でだニャ!?」

 唖然となる猫耳小僧。しかし、大介はお構い無しで話し続ける。

「そうだ! モフるんだ! モフられた感触は三日もあれば消える。だがな、今の気持ちは忘れるな!」

 言うと同時に、大介は猫耳小僧をモフり始める……これは大介にとって、猫耳小僧との絆を深めたいとの強い想いから生まれた行動であった。セクハラだという者があれば、出るところに出ても構わない……大介は、そう思っていた。

「うらあ! 猫耳モフモフだぁ!」

「ニャニャニャ!」




 そして今、大介と猫耳小僧は神社のベンチに座っている。猫耳小僧はシャケ弁当に舌鼓を打ち、大介はその横で気合いと共に正拳突きをしている。

「シャケ弁当、美味しいニャ!」

「そうか! 廃棄する弁当があったら、また持って来てやるからな!」

「ありがとニャ!」


 そんな二人の姿を、遠くから見ている者がいた。

「猫耳小僧の奴、あんな人間に懐きやがって……上等だよ、あたしがあの人間をビビらせてやる」




 翌日、猫耳小僧と会うためママチャリを漕ぐ大介。

 ふと前を見ると、一人の女が立っている。赤いコートを着て背が高く、髪は長い。マスクをしてはいるが大きな二重瞼と高く形のいい鼻は、そこらのアイドルが裸足いや全裸で逃げ出すくらいの美貌の持ち主であることが窺える。

 さらに豊かなバストとくびれたウエストと豊満なヒップ、加えてすらりと伸びた美しい足は、もはや戦術核兵器の域にまで達しているだろう。

 これは童貞の大介には、刺激が強すぎた……彼は頬を赤らめ、目を逸らして横を通り過ぎようとする。

 だが、美女が声をかけてきた。

「ねえ、ちょっと待って」

「は、はい! 何でありますか!」

 海兵隊のような声と共に、立ち止まる大介。

 すると、美女は近づいて来る。

「あたし、綺麗?」

 その問いに、大介はぶんぶんと首を縦に振る。

「は、はい! もちろん綺麗です!」

 すると、美女の目付きが変わる。マスクに手を伸ばし、一気に取り去った。

 耳元まで裂けた口が、露になる。


「これでも?」


 そう言って、ニヤリと笑う女。このパターンで、何人の人間を恐怖のどん底に叩き込んできただろう。

 しかし、女は何も分かっていなかった……目の前にいる少年は、並の高校生ではないのだ。

 大介は女の顔を真っ直ぐ見つめ、何事もなかったかのように即答する。

「はい! とても綺麗であります!」

「えええっ!?」

 想定外の答えに戸惑い、後ずさりする女。しかし、大介はお構い無しだ。必死の形相で、体を震わせながら近づいて行く。

「あ、あの! し、初対面でこんなこと言うのは、アレですが……お、俺とお付き合いしていただけないでしょうか!」

「は、はあぁ!?」

 すっとんきょうな声を上げる女。しかし大介は退かない。

「だ、駄目ですか? じゃ、じゃあ……まずは、お友だちからお願いします!」

「ふ、ふざけるんじゃないよ!」

 女は、真っ赤な顔で怒鳴りつける。すると、大介の表情にも変化が生じた。

「ふざけてなんかいません! 俺は極めて真剣です! あなたみたいな綺麗な女性は、初めて見ました! 一目惚れしました! まずは、お友だちからお願いします!」

 言いながら、突き進んでいく大介。そのプエルトリカンのごとき濃い顔を近づけて行く。

 すると、女は怒鳴った。

「や、やめんかぁ! 近いんだよ!」

 声と同時に、女のすらりとした足が飛ぶ。女の足裏は、弾丸のような速さで大介の顔面を捉えた――

 直後、鼻血を出しながら仰向けに倒れる大介。

 だが、瞬時に立ち上がった。

「いやあ、素晴らしい蹴りだ! こんな威力の蹴りは初めてです! 是非、お手合わせを! 今度、一緒にスパーリングでもどうですか!?」

「い、嫌じゃあボケぇ!」

 声と共に、女は高く跳躍した。

 体をくるりと一回転させ、強烈なローリングソバットを見舞う――

 女の足裏が、またしても大介の顔面に炸裂した。大介はたまらず吹っ飛び、仰向けに倒れる。

 常人なら、確実にKOされていたであろう一撃……いや、死んでいたかもしれない。しかし、大介は並の人間ではない。彼は番長なのである。

 大介はすぐに立ち上がり、吠えた。


「いくら蹴られても、俺は死にましぇん! あなたがぁ! 好きだからあぁぁぁ!」


「い、嫌じゃあぁぁ!」


 叫ぶと同時に、女は向きを変えた。

 そのまま両手で顔を覆い、凄まじいスピードで走り去っていく……あまりにも急な展開に、大介は呆気に取られ、その場に立ち尽くしていた。

 その時、後ろから彼をつつく者がいる。振り返ると、猫耳小僧が心配そうな様子で立っていた。

「大介、鼻血出てるニャ。大丈夫かニャ?」

 猫耳小僧の言葉に、大介は鼻血を手で拭った。

「ああ、大丈夫だよ」

「それなら良かったニャ。にしても、大介は本当に凄いニャ。あの口裂け女が逃げ出すなんて、考えられないニャ」

「くちさけおんな? 何だそりゃ?」

 首を傾げる大介。すると、猫耳小僧は呆れたような表情になった。

「お前、口裂け女を知らないのかニャ……昔、都会で何百人もの子供を怖がらせ、社会現象にまでなった妖怪だニャ」

「ぜんぜん知らん……というか、あの人のどこに怖がる要素があるんだ! あの宝石のように輝く瞳、白い肌、完璧なボディライン……まさに俺の理想の女性だ! 美の女神さまだ! ちょっとばかり口が大きいくらい、なんだって言うんだ!」

 叫ぶ大介を見て、猫耳小僧はため息を吐いた。

「お前、分かってないニャ。あいつはキレたら鎌を振り回す、めちゃくちゃ怖い奴ニャよ」

「だから何だ! 鎌くらい受け止めてやる……いや、ちょっと待てよ。猫耳、お前はクチサケさんと知り合いなのか?」

 恐ろしい勢いで、猫耳小僧に迫る大介。

「ニャニャ? し、知ってるけど……」

「じゃあ、クチサケさんを紹介してくれ!」

 言葉の直後、いきなり土下座する大介。

「ニャニャ!? あ、頭を上げろニャ!」

「いや、俺は頭を上げない! お前がクチサケさんを紹介してくれるまでは!」

「い、いや……それじゃストーカーだニャ」

 困惑した表情で、彼は自身の猫耳をポリポリ掻く。しかし、大介は頭を地面に擦り付けている。

 ややあって、猫耳小僧はため息を吐いた。

「しようがない奴だニャ。協力してやるニャ」

「ほ、本当か!」

「だって、このままだと大介はストーカーになりそうだニャ。だから、ちょっとずつ仲良くなるくらいの手助けはしてやるニャよ」

「あ、ありがとう心の友よ! 俺は今、猛烈に感動しているぞ!」

 言うと同時に、大介は猫耳小僧を抱き締める。

「く、苦しいニャ! 離れろニャ!」




 その翌日、猫耳小僧は神社のベンチで弁当に舌鼓を打っていた。その横で、大介は気合いと共に拳立て伏せをしている。

「ハンバーグ弁当、美味しいニャ!」

「おお、そうか! また持ってきてやるぞ!」

「ありがとニャ!」


 楽しそうに笑い合う、大介と猫耳小僧。

 そんな二人を、羨ましそうにじっと見つめている者がいた。妖怪・口裂け女である。派手な赤いコート姿で、もじもじしながら電柱の陰に隠れている。

「あ、あたしは、お前なんか好きじゃないんだよ。猫耳小僧が心配なだけなんだからね……」

 赤いコート姿で頬を赤らめ、一人でブツブツ言いながら、口裂け女は大介にストーカーのごとき熱い視線を送っていた……。


 ・・・


 その頃、山の中にある廃屋では、都市伝説でその名を知られた妖怪たちが集結している。首なしライダーと赤マント、そして人面犬とテケテケが仲良く酒盛りをしていたのだ。


「なにい!? 口裂け女と猫耳小僧が人間に負けたのか!?」

「うん、そうらしいんだよ。口裂け女の奴、目がハート型になってたんだから。耳まで真っ赤にして、あたしの負けだ……なんて言ってたよ。あれは、大介に惚れたね」

 テケテケの言葉を聞いた首なしライダーは、不快そうに首の付け根に酒を流し込む。

「だったら、次は俺が行く。あの大介とか言う生意気なガキを、必ずひれ伏させてやる」

 そう言うと、首なしライダーはバイクに飛び乗った。直後、凄まじいスピードで町へと降りていったのである。


 こうして、妖怪たちと熱血番長・大門大介との一年に渡る戦いの幕が切って落とされたのだ。頑張れ大介、負けるな大介。勝利をつかむ、その日まで……お前の戦いは、まだ始まりの始まりに過ぎない――







 創作の神が舞い降りて来たら、続きを書くかもしれません……。





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