世紀末救世主伝説・破裏拳ダイゴ 1
近頃は目もかすみ、耳も遠くなってきた。私の命の炎も、もうじき消えようとしている。
しかし、記憶だけは薄れない。
かつて、この地上が地獄だった時代……私は、荒野の中を必死で生きてきた。大勢の人間の死を目の当たりにし、また時には、自らの手を血に染めてきた。そう、私の記憶は……常に血塗られたものだった。
だが、あの男の思い出だけは違う。
ダイゴという名の、バイクに乗った救世主……彼のことを思い出す時だけは、私は今も少年の時代のようなときめきを覚える。
ダイゴについて語るには、この星の歴史についても語らなくてはならない。
初めに、戦争により文明が崩壊した。
無政府状態、虐殺、飢饉が続き……。
さらに追い討ちをかけるように、ゼッター線なる謎の光が宇宙より降り注いだのだ。
幸い、ゼッター線はほとんどの人間には無害な光であったが……浴びた人間の中には、ミュータントへと変貌した者もいた。
ミュータントは常人を上回る様々な特殊能力を備えており、普通の能力しか持たない人間を暴力により蹂躙していく。無政府状態と化した地上には、弱者を助ける者などいない。
地上は、腐敗と自由と暴力とが支配する地獄と化したのだ。
時代は、まさに世紀末……そんな中、瓦礫に覆われた淀んだ街角で、我々は出会った。
・・・
数人の子供たちが、瓦礫の町を歩いていく。彼らはボロボロの衣服を着て、手製の槍や弓を携えていた。さらに腰や背中からは、鳥やネズミの死骸を紐で結びぶら下げている。
「タクマ、今日もたくさん獲れたなあ」
毛皮のベストを着た子供が、先頭を歩く年長の少年に言った。
「ああ、そうだな。みんなの弓の腕が上がったおかげだよ」
タクマと呼ばれた少年は振り返り、笑みを浮かべてみせる。だが、その笑みはすぐに顔から消えた。
十メートルほど先の瓦礫の中から、数人の男が出てきたのだ。いずれも二十代から三十代、みな人相が悪く体格も大きい。
一方、子供たちの方は……八歳から十二歳くらいの年代の者がほとんどだ。リーダー格のタクマは十五歳だが、それでも男たちに比べれば貧弱である。
タクマの後ろにいる子供たちは、怯えた様子で後ずさりした。今日もまた奪われるのだ。子供たちが必死になって獲った、僅かな食料を……。
「ようタクマ、ごくろうさんだったなあ。今日もいただきに来たぜ」
男たちの一人が、そう言いながらニヤリと笑う。
タクマは唇を噛みしめた。だが、彼らに逆らうことは出来ない。自分たちのような弱者はしょせん、強者に生かしてもらっている身分なのだ。強者に逆らっては、ここで生きていくことが出来ない。
生まれてから今まで、タクマはひもじい思いをし続けてきた。これまでの人生で、満腹になったことは数えるほどしかない。いつも飢えていた。だが、食料を恵んでくれる者など皆無である。両親は早くに亡くなり、天涯孤独の身の上であった。タクマは仕方なく、野草を摘んだり野ネズミやハトなどの小動物を捕えて食べ、飢えを凌いでいたのだ。
幸いなことに、タクマは幼い頃より力も強く、すばしっこい少年だった。さらに他の孤児と助け合い、様々な道具を使い、どうにか生き延びていったのだ。
月日が流れ、タクマは十五歳になった。少年から青年へと変わり行く年齢である。体は大きくなったし、この無法地帯で生き抜くために必要な知識と知恵も身に付けていったのだ。
さらにタクマは、かつての自分と同じような天涯孤独の幼い子供たちを集めて廃墟に住み着いた。そこで彼らを統率し、生活するようになる。
だが、そんな彼らを大人たちは放っておいてくれなかった。
一月ほど前のことだ。タクマと子供たちの前に、突然ふらりと現れた集団がいた。集団とはいっても十人ほどで、銃の類いは持っていない。それでも、タクマたちの敵う相手ではなかった。
そんな彼らは、一つの提案をしてきたのだ。
「俺たちがお前らを守ってやる。その代わり、お前らは食料を差し出すんだ」
タクマは迷った。目の前の大人たちは信用することが出来ない。しかし、逆らえば何をされるか分からない。子供たちの身の安全のため、タクマは仕方なく取り引きを受け入れた。
しかし、奴らの要求はとどまることを知らない。
「おいタクマ、今日は何が捕れた?」
言いながら、男たちは馴れ馴れしい態度で近づいて来る。タクマは立ち止まり、子供たちの方を向いた。
「お前ら、獲物を渡せ」
すると子供たちは、虚ろな表情で男たちに獲ってきたものを差し出す。
しかし、タクマは差し出さなかった。その様子を見た男たちは、彼を睨みつけながら口を開いた。
「おいタクマ、お前のもよこせ」
「すみません、これは勘弁してください。家で待ってる女の子や小さい子たちに食べさせなきゃならないんで……」
そう言うと、タクマは神妙な顔つきで頭を下げる。彼の背中には、獲物の中でも一番大きく太ったカモが紐で結わかれていた。これだけは、住みかで待っている者たちに届けなくてはならない。
だが、相手は聞く耳を持たなかった。
「んなこと知るか。俺たちはな、お前らより体がでかいんだ。だから、お前らより多く食べないといけないんだよ」
言うと同時に、男はタクマの襟首を掴み引き寄せる。すると別の男が、タクマの背負っているカモを無理やり奪い取った。
「そんな! 返してください!」
タクマは慌てて、カモを取り返そうとする。だが、いきなり腹に重いパンチを食らった。耐えきれず、地面に倒れる。
「女たちに言っとけ。大きくなったら、俺たちのナニをしゃぶらせてやるから勘弁してくれってな」
一人の男がそう言うと、皆がゲラゲラ笑いだした。
しかし、タクマは立ち上がる。そして、男たちに手を差し出した。
「お願いです。それだけは返してください」
「るせえぞ!」
喚きながら、男たちはタクマを突き飛ばす。すると、幼い子供が走って来た。
「タクマを、いじめるなー!」
叫びながら、子供は男たちにかかって行った。しかし、ボールのように蹴飛ばされる。
「や、やめてくれ。ブンタは小さいんだ……」
タクマは立ち上がり、止めに入ろうとする。だが、またしても殴り倒された。一方、男たちは残忍な笑みを浮かべていた。
「こら面白い! 人間サッカーだ!」
笑いながら、なおも子供を蹴飛ばそうとする男たち。その時、雄々しく勇ましい声が投げ掛けられた。
「待てい!」
その力強い声は、周囲に響き渡る。男たちは、瞬時に動きを止めた。辺りを見回し、声の主を探す。
すると、さらなる言葉が聞こえてきた。
「純粋な子供たちの想いを踏みにじり、己が醜い欲望を満たさんとする者たちよ……その行ないを、恥と知れ。人、それを……外道という」
声の主は、ゆっくりと近づいて来る。赤いヘルメットを被り、黒い革のジャンパーを着た中肉中背の男だ。ただし、ヘルメットの顔の部分は開いているため、男の顔は丸見えである。年齢は二十代であろうか。精悍な顔立ちであるが、左の頬には十字型の大きな傷痕がある。
そのヘルメットを被った若者は、強靭な意思を秘めた瞳を男たちに向け、恐れる様子もなく真っ直ぐ歩いて来ていた。
「何だお前は!」
男たちは怒鳴り、歩いて来た若者を睨み付ける。男たちの方が人数は多い。しかも、人相も悪い上にナイフや棒のような武器まで携えている。一方、若者は丸腰だ。
しかし、若者に怯む気配はなかった。
「フッ、貴様らに名乗る名は無い!」
言い返すと同時に、若者は走り出した――
若者の、鞭のようにしなる上段回し蹴りが放たれる。その一撃で、一人の男が顔から血を吹き倒れた。
男たちは、一瞬で凍りつく。だが、若者の動きは止まらない。狙いすました正拳突きが、また一人を倒していく――
すると、残りの男たちは作戦を変えた。先ほど蹴られ、地面にうずくまっていた幼い子供の首根っこを掴む。
高々と持ち上げ、喉にナイフを押し当てたのだ。
「おら、正義の味方さんよう……それ以上近づくと、このガキを殺すぞ!」
言いながら、男たちは、下卑た声で笑う。
それを見たタクマは立ち上がり、男たちに近づいて行く。
「お願いです……ブンタだけは助けてください。俺が人質に――」
「るせえ! てめえみてえな可愛げのない奴はな、人質にはなれねえんだ!」
怒鳴ると同時に、男の一人がタクマを突き飛ばした。タクマは吹っ飛び、地面に倒れる。
その時、若者が叫んだ。
「チェンジ、ゼブンガー! ゴー!」
次の瞬間、その場にいた全員が衝撃のあまり硬直していた。
瓦礫の中から、一台のバイクが飛び出したのだ。バイクはひとりでに走り、勢いよく飛び上がる――
さらに空中で、バイクは人型のロボットに変型したのだ。
赤と銀色の金属製のボディは、武骨で機械的な形状ではある。だが、その動きは人間らしい柔軟さも感じさせた。耳にあたる部分には角のような物が付いており、全体的にどっしりした造りのロボットである。
その不思議なロボットは空中で人型に変型したかと思うと、ブンタを人質にしていた男の後ろにすくっと降り立つ。
「ゼブンガー! ブンタを助けろ!」
若者が怒鳴る。すると次の瞬間、ロボットの腕が飛んだのだ。前腕が切り離され、ミサイルか何かのようにひとりでに飛んでいく――
ロボットの前腕は、男の手からブンタの体を奪い取った。さらに自動的に戻って行く。
ブンタを抱いた前腕は、元通りロボットの体に装着されたのだ。
一方、若者はニヤリと笑った。
「よくやったぞ、ゼブンガー!」
叫ぶと同時に、若者は男たちに襲いかかっていった。強烈な正拳と蹴りが、男たちを倒していく――
数分後……タクマら子供たちが見ている前で、男たちはみな地面に倒されていた。もっとも、命までは奪われていないらしい。
一方、若者は息も乱していなかった。冷静な表情で、倒れている男たちを見下ろす。
やがて、若者は言った。
「チェンジ! マシン・ゼブンガー!」
すると、ロボットは一瞬にしてバイクへと変型した。さらに、若者の隣へと自動で走って行く。タクマらは、唖然とした表情でその光景を見ていた。
だが若者は、涼しい表情でバイクにまたがる。そして、爽やかな笑みを浮かべた。
「君たち、気をつけて帰るんだぞ。じゃあ、縁があったらまた会おう!」
その時、タクマは慌てて駆け寄って行った。若者の腕を掴み、顔を見上げる。
「ま、待ってください! お、お礼をさせてください!」
タクマの言葉に、若者は振り返り彼を見つめる。
一方、タクマは言葉を続けた。
「あなたには、俺たちの獲物を食べる権利があります。来てくれませんか? 俺たちに味方してくれた大人は、あなたが初めてなんです」
その言葉を聞き、若者はニッコリと笑った。
「食べる権利、か。分かった。君たちのおもてなし、受けるとしよう」
そう言うと、若者はバイクを引いて歩き出す。タクマも、並んで歩き始めた。
「あ、そういえば御名前を聞いてませんでしたけど……まさか、お前たちに名乗る名は無い! とか言わないですよね?」
冗談めかした口調でタクマが尋ねると、若者はおかしそうに笑った。
「フッ、まさか。君たちには、俺の名前を聞く権利があるよ……俺の名は、ダイモン・ダイゴだ。ダイゴと呼んでくれ」
・・・
その頃、先ほどダイゴに叩きのめされた男たちは……全員、アジトで土下座させられていた。
「てめえら! 素手の相手にボコられて、おめおめと帰ってきたのか! しかもロボットが出ただと! 嘘つくんじゃねえ!」
怒鳴りつけているのは、洒落たボーラーハットを被り黒いコートを着た男である。背は高いが痩せた体つきをしており、頬の肉は削げ落ちていた。その右手には、大きな肉切り包丁を握りしめている。
「も、申し訳ありません、リパーさま! でも、あいつ無茶苦茶に強くて――」
「やかましい! てめえら全員、小指を出せ! 今から指つめだ!」
リパーと呼ばれたコートの男は、凄まじい形相で怒鳴りつけた。だが、とぼけた声が聞こえてくる。
「弟よ、待つんだホ。そんな奴らの小指なんかもらっても、誰も得しないホ」
言いながら、アジトの奥からのっそり出てきたのは……可愛らしい口調がまるで似合っていない、スキンヘッドの大男であった。身長は二メートル近くあり、体重も百キロを超えているだろう。
また大男の肌の色は妙に白く、筋肉質の体に白いベストを着て、白いパンツを履いている。さらに、その頭には雪の結晶のような奇妙な形のタトゥーが彫られていた。
「フ、フロスト兄さん」
リパーは、慌てて包丁を降ろし怯えたような表情になる。一方、フロストと呼ばれた大男はニヤリと笑った。
「上等だホ。どこのバカか知らんけど、俺たちチャック三兄弟の恐ろしさを思い知らせてやるんだホ」
言いながら、フロストは震え上がっている男たちの方を向いた。
「お前たち、ガキどもの寝ぐらに案内するだホ。そうすれば、小指をつめるのは勘弁してやるだホ」




