ダースフランの悪魔
この話はグロいです。また、Gも出ます。Gが苦手な人、グロいのが嫌いな人は絶対に読まないでください。本当に気分が悪くなる可能性があります。
「ラッシュパト、僕は忘れないよ。君と一緒に暮らした、あの幸せだった日々を……」
言いながら、ロネは大きな犬のそばに横たわる。
もう、これ以上は体を動かすことも出来ない。飢えと疲労と寒さとが、少年の体から生きる力を奪っていった。この後、自分に何が訪れるのか、ロネにももう分かっている。
ロネにとって唯一の救いは、最期に親友の犬であるラッシュパトがそばにいてくれることだった。ラッシュパトは体の大きな犬で、今までずっと牛乳運びの仕事を手伝ってくれていたのだ。どんなに辛い時も悲しい時も、ロネを助け、さらに彼の心を癒してくれたラッシュパト。
そして、今も……。
「ラッシュパト、僕は最期にベンスルーの絵を見ることが出来たんだよ……もう、思い残すことはない」
横たわるラッシュパトに最後の力を振り絞り語りかけると、ロネは目をつぶった。
これまでの辛い人生が、映像のように脳内で流れていく。優しかったお爺さんが死に、牛乳運びの仕事を商人に奪われた。さらにロネは、村の権力者スーバに風車小屋に放火したと濡れ衣を着せられたのだ。
結果、ロネは村八分にされ家を奪われ……居場所を完全に失い、この雪が降る中をさまよう羽目になってしまった。
僕は、今まで一生懸命に生きてきた。
悪いこともせず、真面目に働いていたはずだ。
なのに、何故?
神様は、どうして僕を助けてくれなかったのだろうか。
僕は、ベンスルーのような絵描きになりたかっただけなのに。
その時、ロネの顔を何かが撫でた。
薄れゆく意識の中、ロネは目を開ける。ひょっとしたら、誰かが助けに来てくれたのだろうか。
だが、それは人ではなかった。ゴキブリが数匹、ロネの体の上を這い回っていたのだ。
もうじき自分は死に、このゴキブリ共の餌になるのだろう……朦朧とする意識の中、ロネはそんなことを思った。
ふと、ラッシュパトの方を見る。するとラッシュパトの体にも、ゴキブリが這い回っていた。
次の瞬間、彼の中で何かが弾けた。ロネの手は、凄まじい速さで動く。左右の手を振るい、ゴキブリを叩き潰した。。
さらに、叩き潰したゴキブリを口に入れたのだ。
こんな所で、死んでたまるか。
食ってやる。
ゴキブリでも何でも食って、生き延びてやる!
それまでの優しそうな風貌が一変、ロネは鬼のごとき形相でゴキブリを食らった。そう、彼はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
「ラッシュパト、しっかりしろお!」
それまで死にかけていたのが嘘のように、ロネは叫んだ。そしてラッシュパトの体を揺する。この親友だけは、死なせるわけにはいかないのだ。
村人たちから濡れ衣を着せられ、仕事を奪われ、村八分にされた日々……それでもラッシュパトは、自分に付いて来てくれた。人間が次々と裏切っていく中、ラッシュパトは無償の愛をロネに注いでくれたのだ……。
ならば、今度はロネの番だ。どんな手段を用いても、ロネは生きなくてはならない。盗みでも強盗でも何でもやってやる。そして、ラッシュパトに幸せな生活をさせなくては――
だが、遅かった。
ラッシュパトは、既に息絶えていたのだ。
「ラッシュパト……そんな……」
呆然とした表情で、ロネはラッシュパトの亡骸を見つめる。
だが、それは当然だった。もともとラッシュパトは老犬だったのに、ロネのために一生懸命働いてくれた。キツい牛乳運びを手伝い、ろくに餌にもありつけず、それでもロネに忠義を尽くしてくれた。
その挙げ句、こんな場所で死なせてしまった――
「ちくしょう!」
ロネは喚きながら、床を殴りつけた。何度も何度も殴った。拳の皮が裂け、血が流れる。殴るたび、凄まじい痛みが走る――
だが、それでも殴るのを止めなかった。ロネはむしろ、自身に罰を与えたかったのだ。
僕にもっと力があれば。
僕がもっとしっかりしていれば。
僕がもっと強ければ。
ラッシュパトを死なせなかったのに――
やがて、ロネは殴るのを止めた。その時になって、ようやく気がついたのだ。
自分には、まだやるべきことが残っている。
ロネは、血まみれの手をポケットに入れた。中からナイフを取り出す。なぜ、こんな物が入っていたのか分からない。画材を削って調整するため、入れておいたのだろうか?
だが、そんなことはどうでもいい。ロネは、ラッシュパトの亡骸にナイフを突き立てた。
血をすすり、内臓を生のまま食らう。
ラッシュパト。
僕の、血と肉になってくれ。
僕の中で、永遠に生き続けてくれ。
そして、僕に力を貸してくれ。
その数年後。
ケンホーボー村は、阿鼻叫喚の地獄と化した――
「おらおら! どうした、このクズ共が! 俺を止めてみろ!」
逞しい青年が、狂気に満ちた表情で松明を振り回している。村は既に炎に包まれており、もはや手の施しようがない。
その火を放った犯人は、言うまでもなく松明を持った青年・ロネである。ロネはあらかじめ、村のあちこちに油を撒いていたのだ。さらに火薬なども仕入れており、村の主要な施設に仕掛けてあった。
そして今、火を点けたのだ――
「スーバの親父、お前は言ったよな! 俺のことを放火犯だと! だから、ご要望にお応えして放火犯になってやったぜ!」
叫びながら、なおも松明を振り回すロネ。
お前らみんなに、地獄を見せてやる。
お前らのせいで、ラッシュパトは死んだんだ。
やがて、ロネは教会に登った。狂ったように鐘を鳴らし、天に向かい叫び続ける。
「神よ! 貴様が本当にいるなら、この火を消してみろ! 村人たちを救ってみせろ!」
ロネは、教会の屋根へと上がっていった。
村は炎に包まれている。焼け死んだ者も、相当数いるだろう。もうじき自分も、この炎に巻かれて死ぬのだ。
だが、悔いはない。村の人間に、地獄を見せてやった。
もう、思い残すことはない。
ロネは屋根で寝転んだ。そして目をつぶる。
煙のせいで、息が出来ない。
もう、長くないだろう。
「おいロネちゃん、お前に話があるんじゃ。さっさと起きろ」
奇妙な声が聞こえた。
ロネが目を開けると、目の前に奇妙な者がいた。顔を白く塗り、道化師のようなだぶだぶの服を着ている。頭にはトンガリ帽子を被り、手には奇怪な形状の杖を持っている。
「あ、あなたは?」
困惑するロネ。だが、相手はお構い無しだ。炎に包まれた屋根の上をのしのし歩き、ロネの隣に座る。
「わしはピエロ魔人じゃ。あのな、今日はお前をスカウトしに来たんじゃ」
「スカウト?」
「そうじゃ。魔王のメフィストフェレス様が、お前の暴れっぷりを見ておってな……気に入ったからスカウトしてこい、と言っておったんじゃ」
「は、はあ」
訳が分からないが、一応は返事をするロネ。今になって気づいたが、炎に囲まれているのに全く熱くないのだ。
突然、ピエロ魔人はニタリと笑った。
「ところでな、お前に会いたいと言ってる奴が来てるんじゃ。ほれ、そこ」
言いながら、ピエロ魔人はロネの後ろを指差す。
ロネが振り返ると、そこにいたのは――
「ラッシュパト……」
呆然とした表情で呟くロネ。そこには、死んだはずのラッシュパトがいたのだ……昔と同じく、大きな体で地面に尻を着け、前足を揃えた姿勢で、じっとロネを見つめている。
「ど、どうして……」
呟くロネに、ピエロ魔人は真剣な顔つきで口を開いた。
「奴はのう、本来なら天国に行けるはずだったんじゃ。ところが、お前と一緒じゃないなら天国なんか行かん! とぬかしてなあ。神に愛想つかされ、仕方なく悪魔のわしらが引き取ったんじゃ」
「そんな……ラッシュパト……」
ロネの目に、涙が浮かんだ。ラッシュパトは天国行きを蹴ってまで、自分を待っていてくれたのだ。
ラッシュパト……。
もう、離さないよ。
君とは、ずっと一緒だ。
「で、どうするんじゃ? 奴と一緒に地獄に行くか、あるいは奴と一緒に、悪魔として人間を不幸のどん底に叩き落とすか、どっちにするんじゃ?」
もちろん、ロネは悪魔になることを選んだ。
かつて人間(と犬)だった時には、村人に牛乳を運んでいたロネとラッシュパト……だが今では、悪魔として人間に災いを運んでいるという。




