ぼくの兄ちゃん
ぼくは犬なのだ。名前はシーザー。
このおうちに貰われてきて、もう一年になる。ご主人さまはマコトさん。とっても優しくて、ぼくを毎日、散歩に連れて行ってくれるんだよ。「こうこうせい」というお仕事をしているみたい。
そんなぼくには、カッコいい兄ちゃんがいる。名前はアレク。ぼくより体は小さいけど、木に登るのが上手いんだ。動くのも速いし、いろんなことを知ってて賢いんだよ。
あ、アレク兄ちゃんが外から帰って来たよ!
「アレク兄ちゃん! おかえりなさい!」
ぼくが吠えると、アレク兄ちゃんは面倒くさそうな顔でこっちを見た。
「なんだバカ犬。馴れ馴れしくするな」
アレク兄ちゃんてば、いつも素っ気ない態度なんだ。ぼくのこと、バカ犬なんて呼ぶんだよ。自分だって猫のくせにさ。
「アレク兄ちゃん、外で何してたの?」
ぼくは聞いた。
「隣町のニャー丸が、子分を連れて来やがったんだよ。だから、ちょいとシメてやったぜ。ま、ニャー丸ごとき俺の敵じゃねえがな」 毛繕いをしながら、答えるアレク兄ちゃん。ぼくは、あまりのカッコよさに痺れてしまった。
「へえ! アレク兄ちゃん強いんだね! 隣町の猫をやっつけるなんてカッコいい!」
言うと同時に、ぼくは突進していた。アレク兄ちゃんと格闘ごっこしたくなったからだよ。
なのにアレク兄ちゃんてば、ぼくの顔をぺちんと叩いた。
「しゃー!」
唸るアレク兄ちゃん。痛いじゃないか。ちょっとくらい構ってくれてもいいだろ。
「お前なんかと、馴れ合うつもりは無い」
言いながら、おうちに上がりこむアレク兄ちゃん。ちぇ、ぼくはそこに行けないのに。ずるいよ。
次の日、ぼくはマコトさんと一緒にお散歩したんだよ。お散歩は楽しいな! ワンワン!
「おっ、なんだシーザー。楽しそうだな」
そう言って、頭を撫でてくれるマコトさん。もっと撫でて!
「そうかそうか。お前は可愛いなあ」
なでなでしてもらって嬉しいなあ! ワンワン!
マコトさんとたっぷりお散歩してから、おうちに帰ったんだ。そしたら、アレク兄ちゃんが庭でひなたぼっこしてる。
「ただいま、アレク兄ちゃん!」
「やかましい、このバカ犬が」
アレク兄ちゃんてば、相変わらず素っ気ない態度だよ。
「アレク兄ちゃん、お散歩すごい楽しかったよ! 今度は、みんなで一緒にお散歩しようよ!」
「嫌だ。俺は昼寝の方が好きなんだよ」
相も変わらず、つれない態度のアレク兄ちゃん。ちぇ、いつもこうなんだよ。ちょっとくらい構ってくれてもいいのにさ。ひどいと思わない?
そんなある日、大変なことが起きたんだ。
ぼくはいつものように、おうちで留守番をしてた。すると、外から他の犬の匂いが!
うわっ、大変だ! おうちに、よその犬が来てるよ!
それだけじゃないんだ。アレク兄ちゃんの匂いもしてるよ! ひょっとしたら、アレク兄ちゃんがよその犬と戦ってるのかもしれない!
ぼくはワンワン吠えながら、外に飛び出そうとした。すると、首輪がスルッと抜けたんだ。
やったぞ! ぼくは大急ぎで、匂いのする場所へと走る!
すると、そこにはとんでもない奴がいたんだ。
ぼくのおうちの前で、体のでかい犬がじっと立っている。今まで見たことも無い奴だ。
でも、それより大変なのは……その犬と睨み合ってるのが、アレク兄ちゃんだってことだよ!
「しゃー!」
アレク兄ちゃんてば、あんな大きな犬を相手に一歩も引いてないんだよ! しかも、その後ろには小さなメス猫がいる。アレク兄ちゃんは、あの猫を守ろうとしてるんだ!
「おい、お前! アレク兄ちゃんに手を出すな!」
ぼくは、アレク兄ちゃんと犬の間に割って入った。すると、でかい犬はぼくを睨みつける。
ううう、すっごくでっかい。ぼくより強そうだ。でも、アレク兄ちゃんを助けるためだ! お前なんか怖くないぞ!
「こら、お前! アレク兄ちゃんをいじめるなら、ぼくが相手になるぞ!」
でかい犬を睨みながら、ぼくはワンワン吠えた。すると、でかい犬はフンと鼻を鳴らした。
「なんじゃ、お前は」
でかい犬は、バカにしたような目でそう言った。なんて失礼な奴なんだ。
「ぼくの名前は、シーザーだ! バカにすると、噛みついてやるぞ!」
吠えると同時に、ぼくはそいつに突撃しようとしたんだ。
すると、どこからか走って来る人が!
「ヨーゼフだめでしょ! 勝手に走って行ったりしちゃ!」
言いながら、走って来たのは小さな女の子だ。
ぼくの目の前で、女の子はでっかい犬を連れて、どこかに行ってしまった。マコトさんより、ずっと小さい女の子だ。なのに、あのでっかい犬の綱を引っぱっている。でっかい犬は、おとなしく従ってるんだよ。
ぼくは、おったまげて見ているしかなかった。
「おい、お前。今のうちに早く行け」
アレク兄ちゃんの声が聞こえた。ぼくが振り返ると、小さい猫がアレク兄ちゃんに促され、その場から離れて行く。さすがはボス猫だなあ。
「アレク兄ちゃん、大丈夫?」
ぼくが尋ねると、アレク兄ちゃんはビクリとなって顔を上げた。
「は、はあ? ぜぜぜ全然ビビってねえから! あああんな犬なんか全然こわくねえし!」
ん?
アレク兄ちゃんてば、すっごく変な喋り方だよ? どうしたのかな?
「アレク兄ちゃん、喋り方が変だよ?」
「へへへ変じゃねえし! おおお前みたいなバカ犬の助けなんか必要なかったし!」
そう言うと、アレク兄ちゃんはおうちの中に入って行った。バカ犬だなんて、相変わらず失礼だよね。
次の日。
ぼくは昼寝をしようと思って、庭でうとうとしていたんだ。
すると、アレク兄ちゃんがとことこ歩いて来た。よく見ると、口に何かくわえてる。
アレク兄ちゃんは珍しく、ぼくのすぐ近くまで歩いて来て、くわえていた何かをポトリと落とした。
うわっ、緑色のでっかい虫だよ。アレク兄ちゃんってば、いっつも外に出て行っては虫を捕まえて来るんだよね。
「ほら、俺様が捕まえてきた獲物だ。今日は特別に、お前にも食わせてやる」
えっ?
ぼくは恐る恐る、匂いを嗅いでみた。でも、あまり美味しそうじゃないなあ。
「うーん、ぼくはドッグフードの方が好きかも――」
そう言ったとたん、アレク兄ちゃんにペチンされた。いててて。
「痛いじゃないか、いきなり何すんのさ」
「ふん、お前みたいなバカ犬には、この繊細な味は分からんのだ。もう、お前になんかあげないからな!」
ぷりぷり怒りながら、おうちに入っていくアレク兄ちゃん。何を怒ってるんだろう? 変なの。
まあいいや。ぼくは目をつぶる。今はお昼寝の時間なのだ。
うとうと……うとうと。
おやすみなさい。




