ボス猫は眠れない
俺の名はアレクサンダー、通称アレク。ここいらのボス猫だ。
これまで、数多くの闘いを経験してきた。俺に挑戦して来た命知らずは数知れないが……全員、俺の猫パンチと猫キックで叩きのめしてやったのだ。そう、俺に勝てる奴なんかいやしない。
だが、勘違いされては困る。俺がなぜ、ボスの地位にいられるか? それはただ、喧嘩が強いからだけじゃない。ボスになった以上、いろいろとやらなくてはならないこともあるのだ。
今日はお前ら人間に、俺様のボスとしての仕事を教えてやるぜ。
「兄貴! 兄貴!」
真幌公園にて日向ぼっこを楽しむ俺。そこに、子分のニャンゴロウがやって来た。でかい図体で、ドタドタ走って来る。何やら、えらく慌てた様子だ。
「いったい何の用だ、ニャンゴロウ?」
俺が尋ねると、ニャンゴロウは困った顔つきで話し出す。
「兄貴、変な婆さんが俺にご飯をくれるようになったんだよ」
「はあ? いいことじゃねえか。何が困るんだ?」
「俺、婆さんのご飯を食べていいのか? 俺は野良猫なんだぞ? 飼われてもいないのに、人間にご飯をもらっていいのかな?」
でかい図体を縮ませながら、恐る恐る聞いてきたニャンゴロウ。俺は、あまりのアホらしさに呆れてしまった。
「食べていいんだよ! もりもり食べろ! 腹いっぱい食べろ! 皿が空になるまで食べろ!」
「で、でもさ、俺は野良猫だし――」
「バカ野郎、んなこと気にするな。いいか、人間からご飯をもらえるのも、お前の実力のうちだ。お前の存在感が婆さんの心を動かし、ご飯をあげたいという気持ちを呼び起こしたんだからな」
「そ、そうなのか?」
「ああ。だから気にせず食べろ」
「わ、分かったよ兄貴!」
スッキリした表情で、去っていくニャンゴロウ。こいつは、喧嘩は恐ろしく強い。この町では、俺の次に強いのだ。隣町のニャー丸組との抗争では、切り込み隊長として大活躍してくれている。
しかし、性格的に不器用というか……世渡りが致命的に下手なのだ。野良猫とは、かくあるべきだ! という概念に縛られ過ぎており、人間からご飯をもらっても食べられないのだ。
まあいい。ニャンゴロウも徐々に、上手くやることを覚えていくだろう。
俺は再び、昼寝を楽しむことにした。
「ボスー! ボスー!」
またしても、俺を呼ぶアホがいる。いったい誰なんだよ?
「ボス、困ったことが起きてさ……ちょっと聞いてくれよ」
やって来たのは、茶トラの茶太郎だ。神社を縄張りにしてる野良猫である。こいつは太ったオッサン猫なのだが、人間の若い娘に媚びを売るのが上手い。
「どうした、茶太郎?」
「実はさ、俺の縄張りに最近、人間のオッサンが来るんだよ。そいつが煮干しをくれるんだけど」
「いいことじゃねえか。どこが困るんだ?」
俺が聞いたら、茶太郎は首のあたりを後ろ足で掻き始めた。
「それがさ、そのオッサンは見た目が怖いんだよ。頭は坊主で、厳つい顔しててさ……オッサンが来ると、若い女の子がビビって近づいて来ないんだよ。やっぱり、オッサンは相手にしない方がいいのかな?」
茶太郎の話を聞き、俺は呆れ返った。こいつは猫であるにも関わらず、人間の若い娘が大好きなのだ。
「お前はアホか。いいか、若い娘なんざ気まぐれなもんだよ。いつ、お前に飽きて他に行くか分かりゃあしねえんだ。お前、ペットショップにいる生まれたての仔猫に可愛さで勝てるのか?」
「い、いやあ、そりゃあ無理だなあ」
「だろうが。ならば、色んな奴と仲良くしておけ。保険を掛けておくんだよ」
「そうかあ。じゃあ、オッサンにも愛想良くしなきゃならないのかあ」
とぼけた声で言う茶太郎。俺はめんどくさくなってきた。こいつは悪い奴ではないのだが、のほほんとした態度で今ひとつ覇気に欠ける。せっかくのアドバイスも、ちゃんと聞いているのかも分からん。
だが、俺はボスである。悩みには、最後まできちんと答えなくてはならない。
「そうだよ。オッサンの相手もちゃんとしてやれ。若い娘の気持ちは、移ろいやすいもんだからな。分かったか?」
「分かったよ、ボス」
茶太郎は納得したらしい。のほほんとした態度で、縄張りである神社へと帰っていく。まったく、とぼけた奴だよ。人間の若い娘なんざ、どこがいいのか俺には分からない。特に、うちに遊びに来る人間の若い娘ときたら……キャーキャー言いながら、俺の腹を撫でようとしやがる。困ったもんだぜ。
俺はふたたび、草の中でまどろむ。すると、またしても誰かが来やがった。
誰かと思えば、隣の家の三毛子じゃねえか。
「何だ三毛子、お前も何か相談か?」
俺が顔を上げると、三毛子はすました様子で近づいて来た。
そっと俺の背中の毛を舐め始める。
「アレク、お疲れ様。ボスは大変ね」
言いながら、俺に毛繕いをしてくれる三毛子。こいつの毛繕いの腕は絶妙だ。俺は思わず目を閉じる。
「いつもお疲れ様。あんたがいるから、この町の猫は平和でいられるのよ。これからも、頑張ってね。あたし、応援してるから」
毛繕いをしながら、優しく語りかける三毛子。俺は眠気に襲われ、いつの間にか眠りこんでいた。
どんなにボスが偉くても、女の癒しにゃ敵わないんだぜ……。




