ハーレム魔人と嘔吐
「ひゃっひゃっひゃっ、ハーレムじゃ! ハーレムなのじゃ!」
奇怪な叫び声と共に、今夜も町に現れたハーレム魔人。だぶだぶの派手な衣装を身にまとい、真っ白い顔には奇怪なデザインの紋章が描かれている。一見すると、旅芸人か宮廷道化師のような格好だ。
しかし、この男はそんな愉快な存在ではない。
ハーレム魔人が現れたとたん、町の若い女たちは恐怖の叫び声を上げ、怯えた表情で逃げ惑った。しかし、ハーレム魔人は容赦しない。
「ほーっほっほっほっほ、逃がさんのじゃ! わしゃハーレム魔人なのじゃ! 若い女をさらうのじゃ!」
奇怪な声を上げながら、ハーレム魔人は立ち並ぶ家の屋根をピョンピョン飛び跳ねて移動する。
その時、町の衛兵たちが現れた。鎧兜に身を固め、クロスボウを構えている。
「くそう! いいか、お前ら! 今日こそハーレム魔人を退治してやるぞ!」
衛兵の隊長が怒鳴る。と同時に右手を挙げた。
すると衛兵隊は、一斉にクロスボウを構える。
「射てえ!」
隊長の号令と同時に、多数の矢が放たれた。日頃から訓練を欠かさないだけあって、衛兵の狙いは確かだ。ハーレム魔人の体にも、何本もの矢が命中する。
だが、ハーレム魔人は高笑いするばかりだ。矢が突き刺さっているというのに、まったくダメージを受けている様子が無い。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ! このハーレム魔人に、そんなものが通用すると思っているのか!? バカな連中じゃ!」
言うと同時に、ハーレム魔人は右手を振る。
次の瞬間、衛兵たちは目に見えない力で吹き飛ばされていた――
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ! わしゃ無敵のハーレム魔人なのじゃ! さあ、女をさらうのじゃ! ハーレムを作るのじゃ!」
陽気かつ狂気に満ちた叫び声を上げながら、ハーレム魔人は街中を飛び跳ね、駆け回る。叫び、逃げ惑う女の中から一人を選び、担ぎ上げた。
「今日は、この女をさらうのじゃ! ハーレム建設に、また一歩近づいたのじゃ!」
「困ったもんだ……あのハーレム魔人を倒せる勇者はおらんのか」
ため息をつく町長。ハーレム魔人が現れるようになってから、町には活気が無くなった。
ハーレム魔人の居場所は分かっている。町から、さほど遠くない位置にある古い城に住んでいるのだ。そこに、これまでさらってきた十人近い女たちを幽閉しているらしい。
町としても、これまでに腕の立つ傭兵たちをハーレム魔人の城に差し向けた。ところが、ことごとく返り討ちに遭っている。
「こうなったら、冒険者ギルドに大金を払って腕の立つ冒険者のパーティーを派遣してもらうか」
町長の言葉に、他の主だった者たちは渋い表情をしてみせる。
「冒険者ギルド? あんなものは、はっきり言ってボッタクリですよ。奴らは金だけ取っていって、山賊まがいの自称・冒険者たちを寄越すだけです。そんな連中では、あのハーレム魔人を倒すことなど出来ませんよ」
一人の男が発した言葉に、全員が頷いた。
またしても、ため息をつく町長。
「本当に困ったもんだ。あのハーレム魔人を、どうすればいいのだろうか……」
その頃、ハーレム魔人の城では――
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! わしゃハーレム魔人じゃ! さらなるハーレムを築くのじゃ!」
奇怪な叫び声を上げながら、巨大な玉に乗って移動しているハーレム魔人。大広間を、玉に乗ったままグルグル回っている。
一方、さらわれた女たちは、恐怖のあまり顔を歪ませていた。震える彼女たちの周りを、ハーレム魔人は玉乗りをしながら回っているのだ……。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! どんな風に可愛がってやろうか、楽しみなのじゃ!」
狂気めいた叫び声の直後、ピョンと玉から飛び降りるハーレム魔人。彼は、女たちの前にすくっと立つ。
そして、恐ろしく下品な腰振りダンスを始めた。
あまりの下劣さに、目を背ける女たち。だが、その時――
「魔人さま、お客さんですー」
とぼけた声とともに、大広間に現れたのは門番のオーガーである。体はデカく力も強いが、頭は物凄く悪い。
「なんじゃ? 誰が来たんじゃ?」
不思議そうに首を傾げるハーレム魔人。この城に、客が来ることなどないはずだが。
「それが、勇者と名乗ってます」
「勇者!? なんじゃそりゃあ!」
やがて大広間に、奇妙ななりをした者が現れた。頭から猫耳を生やした、可愛らしい顔の女の子である。猫の足を模したような長靴を履き、腰からは細身の剣をぶら下げている。白い服を着て、こちらを上目遣いに見つめる姿からは、勇者らしさなど欠片ほども感じられない。
顔を真っ赤にして笑いをこらえるハーレム魔人に、女の子は恭しい態度で一礼した。
「わたしは、長靴をはいた猫耳勇者・ペロですにゃ」
その言葉を聞いたとたん、ハーレム魔人はひっくり返った。
「なんじゃと! 長靴をはいた猫耳勇者じゃと! なんじゃそりゃ! おかしいのじゃ! おかしくて、へそでコーンポタージュを沸かせるのじゃ!」
叫ぶと同時に、ハーレム魔人はひっくり返った状態からブリッジした。
さらに、ブリッジの体勢のまま、大広間を動き回る……あまりに気色悪い動きのため、女たちは悲鳴を上げた。
だが、ペロは平然としている。
「ハーレム魔人さん、あなたは何故ハーレムを作るのですにゃ?」
その言葉に、ハーレム魔人の動きは止まる。
「何のために、じゃと!? ほぉっーほっほっほっほ! こりゃおかしいのじゃ! おかしくて、へそでボルシチを煮込めそうなのじゃ!」
言った直後、ハーレム魔人は軽快な動きでピョンと立ち上がる。
「いいか、ハーレムを作る理由、それはだな……」
だが突然、ハーレム魔人の動きが止まる。彼の頭の中で、何かが弾けた。
そうじゃ……。
わしゃあ、何でハーレムなんか作ってるんじゃ?
女を何人さらってきても、やるこたぁ同じなのじゃ……。
では、わしゃ何のためにハーレム作るんじゃ?
ハーレム魔人は、吐き気のようなものを感じた。と同時に、彼は長年の眠りから覚めたような気分になった。と同時に、様々な疑問が湧き上がってくる。
自分は何故、ここにいるのか?
何故、こんな奇妙な服を着ているのか?
そして、何故に生きているのか?
ハーレム魔人の頭を駆け巡る、とりとめの無い疑問……さらに、またしても吐き気に襲われ、ハーレム魔人はしゃがみこんだ。呆然とした表情で、床を見つめる。
「なんじゃこりゃあ!?」
叫ぶハーレム魔人を無視し、ペロは女たちのそばに行く。
「今のうちですにゃ。早く逃げましょうにゃ」
かくて、長靴をはいた猫耳勇者・ペロはさらわれた女たちを無事に救出した。ペロは町の人々から褒め称えられ、町に残るように町長から懇願されたが、
「わたしは、長靴をはいた猫耳勇者・ペロですにゃ。困ってる人を助けるのが、わたしの使命ですにゃ。では、失礼しますにゃ」
そう言うと、颯爽と旅立って行った。
有志たちの提案により、町の広場にはペロの銅像が建てられた。銅像は今も、町の平和を見守っているという。
一方、ハーレム魔人はというと――
「なんでじゃ……」
今も吐き気に襲われながら悩んでいるらしい。




