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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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11/55

黒猫が鳴く

 吉井深雪ヨシイ ミユキは息を潜め、じっと外の様子を窺っていた。どうやって、ここから出たらいいのだろう……。

 不安そうに、辺りを見回す深雪。彼女が今いるのは、廃墟と化した空き家である。周囲からは、カサカサという音が聞こえる。虫や小動物などが動いている音であろうか。床には、得体の知れない何かの残骸やゴミくずが散らばっていた。

 まだ小学生の深雪にしてみれば、頼まれてもこんな場所には居たくないであろう。しかし、彼女にはここから出られない理由があった。

 なせなら……深雪は今、一糸まとわぬ姿で震えているからだ。


「なんで……なんであたしが、こんな目に遭わされるの……」

 不意に、深雪の目から涙が零れる。彼女は、もはやどうすればいいのか分からなかった。ただ、地面を見つめながら涙を流す以外に何も出来なかったのだ。

 その時、どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。


「お前、こんな所で何してるニャ?」


 その声に、深雪は慌てて振り向く。

 だが、そこに居たのは……一匹の黒猫であった。

「えっ?」

 驚き、戸惑う深雪。だが、黒猫はお構い無しだ。またしても話しかけてきた。

「お前、聞いてるのかニャ? それにしても、こんな場所を裸でウロウロするとは、本当に変な奴だニャ」

 呆れたような口調で言うと、黒猫は毛繕いを始めた。自分の体の毛を、丁寧に舐めている。

「ね、猫なのに……喋れるの?」

 深雪は自分の置かれた状況も忘れ、黒猫に話しかけていた。

 すると、黒猫は顔を上げる。

「あたしは、化け猫のミーコだニャ。二百年も生きていれば、人間の言葉くらいペラペラだニャ」

 そう言うと、黒猫は毛繕いを再開した。

 深雪は改めて、黒猫をまじまじと見つめる。体つきは痩せすぎず太りすぎず、ちょうどいいバランスであった。毛並みはとても美しく、野良猫には見えない。しかも、長くふさふさとした尻尾は二本生えていた。

「ところで、お前はなんで裸なんだニャ? 外で裸になる趣味でもあるのかニャ?」

 不意にこちらを向き、尋ねてきたミーコ。深雪は慌てて首を振った。

「ち、違うよ!」

「じゃあ、なんで裸でいるニャ?」

 なおも尋ねるミーコ。すると、深雪は下を向いた。

「隠された……」

「隠された? どういう意味だニャ?」

 ミーコの問いに、深雪は悔しそうな表情で下を向いた。

「服を、隠されたんだよ……」

「いや、それは分かるニャよ。誰が隠したのかニャ? 何のために、そんなことをしたニャ?」

 さらに尋ねるミーコだが、深雪は答えず下を向いたままだ。その目には、涙が溢れている……。

 やがて、深雪は声を絞り出した。

「知らないよ……何のためにそんなことをしたのかって? そんなの、わたしが聞きたいよ……」

 深雪の言葉には、嗚咽が混じっている。彼女は、そのまま泣き崩れた。

 すると、ため息をつくような声が聞こえた。

「しょうがない奴だニャ。ちょっと待ってろニャ。あたしが戻って来るまで、ここを動いては行けないニャよ」

 そう言うと、ミーコはのっそりと出て行った。


 震えながら、物陰に隠れて待っている深雪。

 どのくらいの時間が経過したであろうか……深雪の耳に、足音が聞こえてきた。はっと顔を上げると、廃墟の中にビニール袋を持った女が入ってきたのが見える。女は背が高く、Tシャツとジーパンというラフな格好だ。黒髪は長く、異国情緒の漂う不思議な顔立ちをしている。

 だが何より不思議なのは、彼女の頭には猫のような耳が付いていることだった……。

 ポカンとした表情で、女を見つめる深雪。すると、女は呆れた様子で口を開いた。

「なに間抜けな顔してるニャ? お前の服、探したけどなかったニャ。だから、代わりの服を持ってきたニャ。今日はこれ着て帰るニャよ」

 言いながら、ビニール袋を差し出す女。その声を聞いた途端、深雪はハッとなった。

「その声は……あんた、さっきの化け猫なの?」

 その言葉を聞いた瞬間、女の目がつり上がる。

「その態度は何だニャ! あたしは三百年前から生きてる、最強の化け猫ミーコ様だニャ! ガキのくせに生意気だニャ! お礼も言えないのかニャ!」

 言うと同時に、びしゅんと音がした。よく見ると、彼女には長い尻尾が生えている。今の音は、尻尾を振った音らしい。

「ご、ごめんなさい……服を持って来てくれて、ありがとう。でも、変身できるなんて凄い」

 深雪の言葉に、女……いや、ミーコの表情が僅かに変化した。

「あたしは、四百年も生きてる化け猫だニャ。姿を変えるくらい簡単だニャ。それより、さっさと服着て帰れニャ」

「う、うん」

 さっきは二百年生きた、って言ってたのに……などと思いながら、深雪はビニール袋に入っていた服を着る。サイズはバラバラであったが、それでも無いよりはマシだ。

「それ着たら、さっさと帰るニャ。こんな場所に居たら、ロクなことが無いニャよ」

 ミーコの言葉に、深雪は頷いた。

「うん。ありがとう、ミーコ」

 頭を下げ、深雪はその場を立ち去ろうと歩き出す。

 しかし、その足が止まった。

「ミーコ、あなた化け猫なんだよね」

「ニャニャ? そうだニャ。あたしは化け猫だニャ。それがどうかしたのかニャ?」

「あなたに、やっつけて……いや、殺して欲しい奴らがいるの」

 静かだが、はっきりとした口調で深雪は言った。しかし、ミーコは何も答えない。黙ったまま、じっと深雪を見つめていた。


「あいつら、あたしが何もしてないのに、あたしに酷いことばかりするんだよ……」

 深雪の目から、涙が零れた。これまでにされてきた、数々の仕打ちの記憶が甦る。バケツの水をかけられたり、体操着を切り裂かれたり、教科書を燃やされたり……そして、今日されたこと。

 奴らは、深雪が泣きながら頼んでも許してはくれなかった。むしろ、その反応を楽しんでさえいたのだ。


「お願いミーコ、奴らを殺して。もし奴らを殺してくれたら、あたしは何でもするから」

 ミーコに訴えかけながら、深雪は頭を下げた。

 すると……少し間を置き、ため息を吐くような音が聞こえた。

「人を呪わば穴二つニャ。そいつらを、永遠に苦しめてやることが出来るニャ。ただし、お前はその代償として、自分自身の命を差し出すことになるニャ。お前に、その覚悟はあるのかニャ?」

 そう言って、ミーコはじっと深雪を見つめる。その表情は先ほどまでとは違い、険しいものだ。深雪は、思わず後ずさっていた。

 だが、ミーコはさらに尋ねる。

「どうするニャ? 決めるのはお前だニャ」





 それから二十年後。

 とある空き地の前に、一人の少女が立っていた。かつて、古い民家が建てられていた場所だが……今は取り壊され、地面の土が剥き出しになっている。

 少々は、その空き地に立っていた。二十年前から、ずっと……。

 彼女はかつて、深雪という名だった。


 深雪の前を、大勢の人間が通りすぎて行く。しかし、彼女の存在には気づかない。そもそも、深雪の姿を見ることすら出来ないのだから。

 そんな深雪の視線の先には、顔だけを出した少女たちがいた。全員、空き地の土の部分から顔だけを出している。まるで、複数の似顔絵を地面に敷き詰めたかのように。

 少女たちは皆、苦悶の表情を浮かべていた。時おり、何やら叫ぼうと口を動かす。だが、声にならない。しかも、その少女たちの顔もまた、行き交う人間たちには見えていないのだ。

 苦しみ続ける少女たちの顔を見つめる深雪の口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 さらに、その表情は満足げでもあった。






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