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短編集だよ!(ボツ作品もあり)  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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極上の美味

「岡山さん、本当に大丈夫なんですか?」

 栗村優子クリムラ ユウコの言葉に、岡山史朗オカヤマ シロウは力強く頷いた。

「ああ、今度こそ絶対に勝ってみせる。そして、西原勇一郎に敗北を味わってもらうさ」




 岡山と栗村は、東都新聞社文化部の記者である。二人は同社創立百周年記念の事業として発足した『極上のメニュー』作りに携わっているのだ。

 極上のメニューとは、この世の中に存在する料理の中でも、本当に美味といえる極上のものだけを紹介していく……という企画である。岡山と栗村は極上のメニューを作るために、日々奔走していた。

 ところが、思わぬことが起きる。東都新聞社にとってライバル紙である西濃新聞社が、至極のメニューなる企画を立ち上げたのだ。その至極のメニューを監修しているのが、日本のグルメ界最強の怪物と言われた西原勇一郎サイバラ ユウイチロウである。

 しかも、国内でも屈指の権力を持つ徳川財閥……その第十三代目当主である、徳川光正が介入してきたのだ。徳川は両者に対し、料理対決を提案してきたのである。その結果は各メディアで大々的に報道されることになり、双方にとって会社の名誉を賭けた勝負へと変貌していったのだ。

 かくして、極上のメニューと至極のメニューの闘いの幕が切って落とされた。




 だが、極上のメニュー側は既に二連敗していた。

 岡山と栗村は対決に際し、あちこちから様々な食材を取り寄せた。さらには、日本でも選りすぐりの料理人に頼み、究極とも思える布陣で闘いを挑んだ。

 だが、至極のメニュー側は、それをも上回る料理を揃えていた。食材、技術、発想などなど……全ての点で、西原が率いる至極のメニュー軍団には太刀打ちできない。岡山と栗村の必死の努力を嘲笑うかの如く、至極のメニューは立て続けに勝利したのだ。

 さらに……二度目の敗北を喫した時、至極のメニュー側の実質的なドンである西原勇一郎は、二人にこう言い放った。


「百聞は一見に如かず、百見は一食に如かず。貴様らのような、ネットで得た知識のみで料理を語るような無知蒙昧が、この俺に勝てるとでも思っているのか!? まさに愚劣の極み! 貴様らの愚かさこそが、極上ものだ! 極上のメニューなど、今すぐ止めてしまえ!」


 その言葉を、岡山は片時も忘れなかった。至極のメニューを敗北させてやる……そのため、岡山はありとあらゆる手段を用いて、至極のメニューに勝てるような料理を探した。

 結果、岡山が辿り着いた答えは一つであった。至極のメニュー側のドンであり、グルメ界最強の怪物と言われている西原勇一郎に勝てない限り、至極のメニューには勝てない。

 西原に勝てる料理人を見つけなくては、この勝負に勝つことは不可能だ。

 以来、岡山は寝る間も惜しんで、自身の眼鏡にかなう料理人を探した。東都新聞社の情報網を駆使し、あちこちに足を運び、時には裏社会の人間との接触も辞さなかった。

 その結果、ようやく一人の料理人の名前が浮かび上がってきた。


 範田刀我ハンダ トウガ……彼は、西原勇一郎の実の息子である。母親の死をめぐる確執から十年前に絶縁しており、今は田舎町で一軒の小料理屋を営んでいるというのだ。

 範田は幼い頃より、西原に料理を叩き込まれてきた。その腕前は、名ばかりの高級レストランのシェフなど比較にならないだろう。

 さらに、父親譲りの鋭敏な味覚も持っている。この味覚だけは天性のものだ。幼い頃より、高級な料理を食べ続けることで磨かれてきた舌。こればかりは、そう簡単に身に付くものではない。

 西原に勝つには、範田の協力が必要……岡山はそう考えた。そこで栗村を連れて、ここ白土市にやって来たのである。




 白土市は、周囲を山に囲まれた場所だ。その白土市の、さらに外れに位置する三森村……そこに、古い料理屋がある。一見すると、古い民家と間違えてしまいそうな造りである。

 その店を営んでいるのが、範田刀我であった。


「あんたらか、西原勇一郎と勝負しようってバカは」

 店を訪れた岡山と栗村に対し、範田は険しい表情と厳しい言葉で出迎えた。贅肉を削ぎ落とした顔と筋肉質の肉体、そして異様に鋭い目つき。料理人というよりは、武術家のような風貌であった。

「そうです。至極のメニューに勝つ、すなわち西原に勝つということです。西原に勝つには、あなたの協力がなければ不可能……私はそう判断し、ここにやって来ました」

 言った直後、岡山はその場で土下座した。

「お願いします……あなたの力を貸してください。西原に勝つためには、あなたが必要なんです……」

 いきなりの土下座に、横にいる栗村は唖然となっていた。しかし、範田は冷ややかな目で見下ろしながら口を開く。

「あんたらの極上のメニュー、見させてもらった。正直に言えば、大したものだと思う。日本でも、トップクラスのものを揃えているだろう」

 言いながら、範田はしゃがみこんだ。土下座している岡山の顎を掴み、顔を上げさせる。

「しかしだ、あの西原に勝つことは出来ない。お前らの揃えられる食材や器材、呼べる料理人……それでは、西原の足元にも及ばないだろう。西原の舌は、数世代に渡り磨き抜かれてきたものだ。その味覚は、まさに神の域にまで達している。さらに、奴の料理に関する知識も数世代に渡って積み重ねてきたものだ。お前らとは、完全に違う人間なんだよ。気の毒だが、お前らでは絶対に勝てない。西原とお前らとの間には、越えられない壁がある」

「その壁を越える方法をお聞きしたくて、俺はここに来たんです……」

 低い声で言いながら、岡山は範田を睨んだ。

 すると、範田はニヤリと笑う。

「お前に、地獄を見る覚悟があるか?」

「地獄……ですか?」

 予想外の言葉に、困惑したような表情を浮かべる岡山。たが、範田はなおも繰り返した。

「地獄を見る覚悟が無きゃ、あいつには勝てない。地獄を見る覚悟があるか? 無いなら帰れ」

 その言葉に対し、岡山の表情が変わった。睨むように範田を見つめ、大きく頷く。

「わかりました」

 すると、範田は笑みを浮かべる。

「いい面構えだな。わかった……力を貸してやる。ただし、後悔することになっても知らんぞ」

 押し殺したような声で言葉を返した後、範田は呆然としている栗村の方を向いた。

「君にも、協力してもらうからな」




 数日後、極上のメニューと至極のメニューとの対決の日を迎えた。

 会場には、既に多くのマスコミが集まっている。そんな中、審査員として選ばれた一流シェフや料理研究家や文化人たちが入場してきた。

 さらに、ゲストとして呼ばれたタレントや女優たちも、きらびやかな服装で微笑みながら席に着く。

 しかし、西原勇一郎が会社入りした途端、場の空気は一変した。七十近いとは思えないほどの筋肉隆々とした体格。昔の武術家のような鋭い眼光。顔つきは引き締まっており、他の審査員とは一線を画す迫力だ。黒いTシャツとズボンというラフな服装のまま、悠然と歩いて来た。

 だが突然、西原の歩みはピタリと止まる。彼の視線の先には、岡山史朗と範田刀我がいた。二人とも、異様にやつれた表情をしている。しかし、眼光の鋭さは西原にも負けていない。

「貴様……何しに来た」

 範田を睨みつけながら、ドスの利いた声で威嚇する西原。彼には分かっているのだ。今回、極上のメニュー側には範田が付いているということは……今までとは、全く違う勝負になる。この時点から、既に闘いは始まっているのだ。

 一方、範田は平然とした様子で顔を上げた。真っ直ぐに西原を見つめる。

「親父……やっとあんたに敗北を教えられるぜ」

 そう言って、ニヤリと笑う範田。すると、西原は呆れたような表情になった。

「ついにおかしくなったようだな。敗北だと? 貴様の作る料理など、この俺から見れば子供の作る泥団子と同レベルだ。恥をかかないうちに、さっさと山に帰れ」

 そう言って、西原は再び歩き出した。

 しかし――

「あんたは舌の方は相変わらずだが、鼻の方はすっかり衰えたようだな。昔のあんたなら、この時点で俺の料理の匂いを嗅ぎ当てていたはずだ」

「なんだと?」

 西原の顔に、訝しげな表情が浮かぶ。しかし、範田は不敵な表情で言葉を続けた。

「まあ、見てな。あんたは今日、敗北する」




 やがて、極上のメニュー側の料理が運ばれてきたが……。

 それは、何のへんてつもない一口サイズのステーキであった。しかも肉を切って焼いただけ、という風情だ。何の肉かは不明だが、あまりにも大雑把なものである。


「何だこれは?」

「こんなものを出すとは、極上のメニューはどうかしてるぞ!」

「連敗で、ついに自棄になったか?」


 ざわざわする審査員とゲストたち。だが、西原の反応は違っていた。そのステーキを一目見た瞬間、彼の態度は一変する。

「き、貴様ら……やりおったのか!?」

 驚愕の表情を浮かべ、ずかずかとゲスト席に近づく西原。

 そして最近売り出し中の、アイドルグループ上がりの女優・前田友美が座っている席の前に立った。彼女の前には横長のテーブルがあり、ステーキの乗った皿が置かれている。

 西原はものも言わず、前田の前にあるステーキを手で掴み取り、口の中に放り込んだ。

「ちょ、ちょっと! 何するんですか!」

 いきなりの出来事に、血相を変え抗議する前田。すると、西原はジロリと睨みつけた。

「貴様ごとき小娘に……この味が理解できるか! この味は、地獄を見た者のみが作り出せる味だ! 貴様には百年早い!」

 叫ぶと同時に、テーブルに手刀を叩き込む西原。すると、テーブルは真っ二つに割れてしまった――

 この西原の暴挙に、騒然となる会場……すると、審査員席から立ち上がり、西原の肩に触れた者がいる。主催者である徳川正光だ。

「まあまあ、勇一郎……そう怒るな」

 にこやかな表情で言うと、徳川は司会者の方を向いた。

「いつもと違う始まり方じゃが、こんなのもたまにはいいじゃろうて。さあ、まずは試食といこう。その上で採点を――」

「採点の必要はありません。今回の勝負は、我々の敗けです」

 険しい表情で西原は言い放ち、足早に会場を後にした。

 あまりに急な展開に、呆然となっていた審査員たち……だが、そのうちの一人が、ナイフとフォークを手にする。

 ステーキを一口サイズに切り、口に運んだ。

 すると、その顔に驚愕の表情が浮かんだ。

「な、何だこれは! これはまさに異世界の味だ!」

 叫ぶ審査員。それを見た他の審査員たちも、ステーキを食べ始める。


「こんな味は初めてだ!」

「摩訶不思議な、それでいて懐かしい味わい……今まで食べたことがない!」

「どうやったら、こんな味を作り出せるんだ!」


 ざわめく審査員たち。その時、範田が審査員たちの前に立つ。

「この料理は、地獄を見る覚悟のある者にしか作れません。あそこにいる岡山くんは、その覚悟を見事に見せてくれました。調理したのは私ですが……食材を用意してくれたのは、岡山くんです。皆さん、岡山くんに拍手を!」

 そう言うと、範田は岡山に微笑みかける。

 すると、岡山はやつれた顔つきでペコリと頭を下げた。

 続いて起こる、審査員からの拍手――


「岡山くん、よくやってくれた……これで、我らが極上のメニューの面目は保たれた」

 満足げな表情を浮かべ、岡山の肩を叩いたのは、東都新聞社の社長・安藤礼次郎アンドウ レイジロウである。安藤は、にこやかに会場を見回していた。だが、ふと疑問を感じ岡山の方を向く。

「そういえば、栗村くんはどうしたんだい?」

「栗村ですか……彼女は今ごろ、どこにいるんでしょうねえ。栗村にも、この勝利の場面を見せたかったですよ。おい栗村、俺たちは勝ったぞ……」

 虚ろな表情で、岡山は言った。

 その視線は、今まさに審査員の胃袋の中に消えようとしているステーキに向けられていた。






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