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ボスは大変だぜ

 俺の名はアレクサンダー……通称アレク。この町を仕切るボス猫だ。

 今まで、数々の修羅場を潜ってきた。隣町のニャー丸をボスとするニャー丸組との抗争、カラスに襲われた子猫の救助、若い挑戦者との決闘などなど……俺の青春は、常に戦いと隣合わせだった。

 だが俺は、その全てに勝ち抜いてきたのだ。俺のような百戦錬磨の強者でなければ、この町のボス猫は務まらないだろうな。




 そんな俺ではあるが、今は最大級のピンチを迎えている――


「ねえアレクぅ〜、こっちにおいでよぅ〜、今度ご馳走するからぁ〜」


 自宅近くの塀の上にいる俺を、猫なで声で呼ぶ人間がいる……ソーネチカ北原だ。この女は大変な猫好きで、俺に会うといつも腹をわしゃわしゃと撫で回してくる。

 本来なら、俺は人間ごときに腹など撫でさせたりしないのだが……このソーネチカだけは別である。何故なら、ソーネチカは俺の弟分であるマコト――本人は飼い主だと思っているらしいが、とんだ勘違いである――の友だちなのだ。マコトは人間のくせに情けない奴で、獲物を捕れない上に木にも登れない。さらに、惚れたソーネチカをデートに誘うことも出来ない奴だ……って、そんな事はどうでもいい。

 俺は、どうすべきか考えた。ソーネチカは、近い将来マコトの彼女になるかもしれない女だ。マコトの兄貴分としては、機嫌を損ねる訳にはいかない。

 だが、ここは外である。万一、腹を撫でさせている俺の姿を他の猫たちに見られてしまったら、一体どうなることか……。

 下手をすると、俺はボスを引退させられるかもしれないのだ。ボスの座を狙う若い雄猫にしてみれば、このスキャンダルは追い落としの格好の材料となるだろう。


「アレクぅ〜、おいでよお〜」


 俺の葛藤も知らず、猫なで声を出すソーネチカ。無視して立ち去ってしまったら、きっと悲しむことだろう。

 仕方ない、ちょっとだけだ……俺は塀から降りた。にゃあ、と鳴きながら近づいて行く。

 ソーネチカの前に出ると、仰向けになって見せる。そして、もう一度鳴いた。

 にゃあ。


「くぅ〜! アレク可愛い! 可愛いすぎる!」


 奇怪な叫び声を上げながら、俺の腹を撫で回すソーネチカ。ううう、こんな姿を他の猫たちに見られたら……。

 だが、ソーネチカは俺の心配をよそに腹をわしゃわしゃと撫で続ける。俺は不安を感じ、仰向けになったまま顔を動かす。


 その時、視界の端に猫の姿が映った。


 何だと!?


 次の瞬間、俺は呆然となっていた。いつの間にか、隣の家の三毛子が来ていたのだ……三毛子は電柱の陰から、じっと俺を見つめている。

 ソーネチカに腹を撫で回されている、俺のあられもない姿を……。


 驚愕の表情を浮かべ、硬直する俺。

 嬉々として俺の腹を撫で回し、奇怪な声を上げるソーネチカ。

 そんな俺たちを、冷たい目でじっと見つめている三毛子……。




 その翌日。

 俺はいつものように、自分の縄張りをパトロールしていた。若い猫とすれ違うと、みな俺に挨拶していく……どうやら、三毛子は昨日の件を他の猫には言っていないようだ。俺はホッとした。

 しかし、三毛子に見られたことに変わりはないのである。三毛子は、どうするつもりなのだろうか……そう考えながら、俺が歩いていた時――

 目の前に現れたのは、しなやかに尻尾をくねらせて歩く雌猫……三毛子だ。

 三毛子はすました表情で俺の近くに立ち止まり、毛繕いを始めた。

 俺は三毛子を睨む。こいつ、何のつもりだ?

「何だ三毛子……何か用か?」

 ドスの利いた声を出す俺……だが内心では、ニャー丸組との抗争の時より緊張していた。三毛子の目的は何だ?

 だが、三毛子は平然としている。

「どうしたの、そんな怖い声だして?」

 言いながら、毛繕いを続ける三毛子。俺は、尻尾で地面を叩いた。

「とぼけんじゃねえ。目的は何だ?」

「目的? 何のこと?」

 すました顔で、逆に聞き返す三毛子……俺はもう一度、尻尾で地面を叩いた。

「昨日、見てたろうが……俺が、人間に腹を撫で回されて――」

「ああ、あれ? あたし、偉いなあと思った」

「えっ?」

 驚く俺……すると、三毛子はセクシーに喉をゴロゴロ鳴らしながら、俺に近づいて来た。

「あたし知ってるよ。あのソーネチカって娘、あんたん家のマコトの彼女でしょ。一緒に歩いてるの、何度も見たよ。マコトのために、あんたは腹を撫でさせたんでしょ」

 言いながら、濡れた鼻をくっつけてくる三毛子。

「あ、ああ。知ってたのか……まだ、マコトの彼女にはなってないがな。マコトは近ごろ流行りのソウショクケイダンシらしいから、まだ手を触れることも出来んらしい。我が弟分ながら、本当に情けない奴だよ」

「ふうん、そうなんだ。でも偉いな……弟分のために体を張るなんて」

 言いながら、三毛子は俺の背中の毛を舐め始める。毛繕いをしてくれているのだ。

「アレク……やっぱりあんたは、この町のボスに相応しい猫よ。本当に偉いわ。下の者のために体を張れる……それこそが、ボスの器量よ」

 三毛子の毛繕いの腕は絶妙だ……俺は思わず、その場で寝そべる。余裕の表情を見せてはいたが、内心ではホッとしていた。どうやら、ボスの地位はまだ安泰のようである。

 まったく、ボスは大変だぜ……。






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