第七話
炬燵で寛ぎながら、妹とゲーム攻略の話をしていると、突然大きな地響きが聞こえた。
不気味なその音は止むことがなく、絶え間無く続く。気の所為か、徐々に大きくなっている気もする。
「ちっ、どうしてばれたのじゃ……。」
魔王さんがステータス画面を見て唸っている。
炬燵の上に現れた大画面に、それが映る。迷宮が破壊されていた。何階層かわからないが、空まで吹き抜けており、茜空を背景に、迷宮が抉り取られている。通常の手段でそんなことが出来るはずもなく、質も量も伴った、まごうことなき、侵略だ。
そこには、夕陽から隠れるようにしている、タキシードにマントのナイスミドルな顔色の悪い男と、千体を超える羽根付き令嬢(白目)バンパイアオーク。何百体ものバンパイアオークが、幾つも詠唱を重ね、雷光を伴った紫の塊を生成する。それが迷宮にぶつかる度に、轟音とともに迷宮が抉れる。そして、その後ろで、抉れた迷宮に蟻の様に散らばる、万を超えるオークが、周りの壁を物理的に吹き飛ばしている。鋼の筋肉の集団は、異様な圧力を吹き出していて、物理的にも、日が暮れて急激に冷え込んでいく空気に、体躯から湯気が吹き上がっている。
「なん……だと……。」
その光景を見て、僕は後悔した、過去の軽率な振る舞いを。千体もの、バンパイアオークを前にして。
「見てみよ。これが軽率な行いの報いじゃ。質量を揃えられては、さすがの妾でも厄介じゃ。もっと真面目に反省せい。」
頭を抱えた僕を見て、魔王さんが得意気に諌めてくる。
「三姉妹じゃなかったなんて…なんて無益な殺生を……。」
三姉妹じゃないなら、問題なかった。誰の夢も壊れて無かったんだ。
「後悔するのそっちかぁ!」
僕は己の信念のために戦ったのに。それが欺瞞だったなんて。信じたくない。
「お兄ちゃん、あの軍隊、小隊単位に整列してるね。」
「それがどうしたんだ?妹よ。」
にーちゃんは己の信念の狭間で今揺らいでいるんだ。
「小隊の人数は9体……。つまり九人ユニットって事だよね?」
女神のように微笑みながら言う、妹の顔を見て、稲妻のような天啓が走る。……そうか。何処までも奴等とは相容れないのだな。よかろう。
「ならば、戦争だ。」
「どうしてそうなる!」
「僕らの国では九人ユニットというのは、特別な意味を持ちます。それはごく最近の神話、自分達の学び舎が廃校になるのを惜しんで、健気にも立ち上がった九人の乙女達の辛く献身的な物語があるのです。」
「アイドル女神だね!」
「あーわかったもういい。」
なんだと!神話を語らせろ!
「取り敢えずやる気になったんならいいのじゃ。妾も売られた喧嘩を買うのは楽しいからの。」
そういって、舌舐めずりしながら超やる気の魔王さん。なんだかんだ、好戦的なんですね。
「ほんとに聞かなくていいですか…?」
「いらん!」
なら仕方ないね。布教は又の機会に。
「でも、迎え撃つんですか?転移で逃げてもいいんじゃないですか?それに、そもそも、魔王さんには……。」
暴走した僕らの所為だし、そういう意味では、魔王さんは参加する義務はない。
「ふふふ。固く考えるな。グラニエは腐っても妾の部下じゃし、お主らは子供じゃ。大人が尻拭いしてやるのは、当たり前じゃ。」
「ピタルん、格好い〜。」
妹が魔王さんに抱きつく。魔王さんは少し戸惑いながら、頭を撫でた。男前です魔王さん。かっこ良くて惚れそうです。
「…んむ?何か寒気がしたぞ……?……それにの、戦うのは理由があるのじゃ。此方を追跡した手段がわからん。妙な能力で追跡されては堪らん。その為に、一当てする必要があるのじゃ。」
「ああ、成る程。」
ピタルさんのところで殺ったのに、ここまで追って来られるのは確かに不思議だ。その方法をどうにかしない限り、不利で不毛な鬼ごっこは続いてしまう。
「しかしオークも初めて見ますが、想像より厳ついですね。」
「大分上位種じゃの。ようも集めたもんじゃ。」
あら、やっぱりそうなのか。
炬燵のある広間は、迎撃する広さとしては十分なのでここで迎え撃つことにした。今まで調伏した魔物をなるだけ出しておく。
此方が準備を整えていると、地響きは一際大きくなり、天井の半分が、例の紫の攻撃魔法で吹き飛ぶ。余波はきっちりと、魔王さんの結界が消失させた。
マントを翻した黒い影が、暮れゆく夕陽がつくる濃い陰影の中に、静かに落ちてくる。輪郭も判然としない薄闇に、紫色の瞳だけが怪しく光った。その瞳には、あきらかな怒りと、下等な生物へ向ける侮蔑の感情が見て取れた。
「変態がー、なに格好つけてんのー?」
のんびりとした言葉とは裏腹に、いつの間にか近寄った、グラニエさんの尻尾が、唸りをあげて迫る。影を打ち据えようとする瞬間、続けて降りてきた九つの影が、それをハンマーやメイスで、打ち遮る。バンパイアオークの精鋭だろう。その筋肉が行使する、鈍器で打ち据えられたというのに、グラニエさんは痛そうな素振りもせず、尻尾を引き戻し、此方に大きく引いて、距離を取った。
続いて、幾体ものバンパイアオークとオークが、降りてくる。広間は忽ち、チェスの盤上のように、敵味方が睨み合う、戦場となった。
ええー、何か、シリアスじゃね?
「ふむ、我が迷宮を随分と風通しよくしてくれたの。何か用かや?喜血祖バンハ。」
「……ほう。ぐははっ、ここはお前の迷宮だったか、赤殲王。相も変わらず、醜い婆あめ。」
おっと、左の方から、ぶちん、て音がしましたよ。開始二秒で魔王さんを本気にさせるとは、中々の遣り手ですね。
「迷い込んだアホな蝙蝠は、叩いて潰して良いかの。大概目障りじゃ。」
魔王さんが青筋を立てながら言う。
「それはこちらの台詞だぞ!我が愛娘の中でも選りすぐりの美しさを持っていた、ぱーぷる☆あいずの三姉妹を、非道にも死に追いやった奴を出せ!とぼけても無駄だ、彼女らの最後の無念、『血の接吻』にて付着した血液は、洗ったくらいで落ちるようなものではないからな!ほれ、こうすれば、言い訳も無駄な足掻きだ!」
バンハと呼ばれた吸血鬼が、手元で小さな魔法陣を操ると、補佐さんの下半身、蛇の胴体の所々が紫色に光る。あれが、距離を無視した追跡を可能にしている、何かの能力なのだろう。
「ぐふふっ。やはりいたな。汚くて醜いラミア種が。我等一族を弑するなど、許しがたいわ。赤殲王よ、大人しくそいつを渡せば、お前等にも楽な死に方を選ばせてやるぞ?」
死亡は確定なんですね。
「嗤わせるな、人格性癖破綻者が。バンパイアの中でも爪弾き者の貴様に、慈悲などあるはずもない。交渉の余地などないわ。」
魔王さんも負けずに言い返す。やっぱあの人ボッチなんですね。
「ふん。儂の高尚な趣味を理解しない者共など、此方も一族と思っておらんわ。オークの素晴らしさは、世界一だぞ?オークの女の中でも格別なのが、姫騎士の称号を持つものよ。そいつ等は誇り高く自らを省みない。そんな心を蹂躙するのが堪えられんのだ!」
姫騎士とオークじゃなく、オークの姫で騎士か。新しい。新しすぎる。1足す1は、2でも3でもなくなるという事案がある事を僕は知りました。異世界は広い。
「げはは、姫騎士オークを抵抗出来ないように追い込んで、「くっ殺せ」と言わせながら屈辱で歪む顔を、徐々に快楽に染めさせるのだ。姫騎士オークが抗いきれない恥辱に身を染めながら「ブヒィ!孕ま「あ、その辺でいいです。」
「ここからがいいところなのに、なぜ止める?」
「流石に、オークの性的表現で運営に警告貰ったら、親にあわせる顔が無いからです。」
「ふむ……言っている事は意味不明だが、言葉は無用というなら、ここまでだ。蹂躙されるがいい!」
しかしこのバンパイア、大分下衆い。オークの姫とか、ちょっと可憐に想像しちゃったじゃないか。これが倒錯ってやつか(錯乱)。実際はあのおっさんの周りで、涎を垂らして見下してる、ムキムキ姫騎士プレートメイルのオークがそうなのだろう。ないわー。あのギャップはトラウマになるわー。オークにフリフリのミニスカはないわー。そして万を超える姫騎士オークもひくわー。いったい幾つの集落から集めたらそうなるのか、想像したくないわー。
相対する二軍。
彼方は、戦車のような重戦士の姫騎士オーク、魔法も物理も万能な、ダメージディーラーの令嬢バンパイアオーク。恐らく防御力も、再生力も半端なものじゃないはずだ。そして駒としては強過ぎる、変態が、盤上を縦横無尽に遊撃する。しかも、階上には、まだまだ補充兵がてんこ盛りだ。
対して此方は、盾役の鬼兄さん、砲台兼盾役の赤竜黒竜夫妻、牽制役のサンダーボルトペンギン、バフ、援護は魔王さん、遊撃は補佐さん。バランス型だが、それだけにあっちのような極端な構成に弱い。圧倒的な攻撃力に盾役が、どれだけ踏ん張れるか、それに掛かっている。
「もう、逃げてもいいんじゃないですかね?」
追跡の絡繰りもわかった訳だし、正面切って戦う必要は無いような気がするので、そう魔王さんに言ってみる。
「ああん?」
超怖い顔で睨まれた。ちょっと、怒りで我を忘れないで下さいね?かっこいい大人じゃ、なかったんですか。
「くふっ、大丈夫じゃ怒ってなどおらん。怒ってなど……あんな小物の挑発など取るに足らん……くっ、くくっ、くふふふふふふ……。後も残らんようにすり潰してくれる……。」
わあ、魔王っぽい台詞。駄目だ止まりそうにないです。同じような事を言ってガチギレしてた大人を僕知ってます。妾を怒らせたら大したもんじゃとか、言い出さないで下さいね。
魔王さんが青筋を立ててブツブツ呟いている間に、鬼兄と姫騎士がぶつかる。姫騎士のメイスの圧倒的な攻撃力を、鬼兄さんは、筋トレで培ったしなやかな筋肉と、手に持った大盾で受け流している。魔王さんの強化も効いて、何とか前線は維持された。
後ろから飛んでくる魔法は、魔王さんの魔法と竜のブレスでかろうじて打ち消している。何と言っても数は力だ。複数のバンパイアオークの詠唱で合成される攻撃魔法は凄まじい。加えて、部隊全体にかける補助魔法は、戦いの趨勢を見ながら、要所要所に掛け直す必要がある。流石の魔王さんも、何十何百の魔法陣を操りながら、手一杯になっている。
遊撃してくる吸血鬼を抑えているのはグラニエさんだが、吸血鬼が無数に操る空中に浮かぶ剣に、じりじりと押し込まれていた。
「げはははは!口程にも!無いな赤殲王!老いたか?寝呆けたか?お前の大事な部下も!眷属も!もはや風前の灯だぞ?!」
ぶちぶちん
ああ、余り挑発しないで欲しい。魔王さんが一気にヤバげな顔に。周りに何倍もの魔法陣が増える。
「うるァアッ!」
ヤンキーみたいな掛け声に、うねりながら噴き出す業火。その線上にいた姫騎士や令嬢を、纏めて消し飛ばす。五分の一程の数が一気に減るが、ばらばらと階上から補充され、前よりも分厚い前線が構築される。焼け石だ。
「我が愛しの!妻と娘たちをぉ!許さん!許さんぞぉ貴様ら!」
いや、戦場に連れて来たのはあんたでしょ。
「だが!我が家族の結束は誰にも破れん!物量の前にひれ伏すがいいわ!」
その上まだ嗾けるんですね。
魔王さんは、バーストタイムの無理が祟ったのか、暫く防戦で手一杯になった。じりじりと、前線がこちら側に後退してくる。
吸血鬼は、目にも留まらぬ立体軌道で、グラニエさんの周りの防御魔法陣を切り裂いていく。ついに押し切って、グラニエさんを壁際まで吹き飛ばした。
「げは、げらららら!小便は漏らし終わったか?!遺言は決まったか?!後悔に鼻水を垂らせ!恥辱に涙を流せ!生の終わりに!蹂躙した者の貌を!魂に刻みつけて逝け!!」
直ぐ其処まで迫った吸血鬼が、血走った目で嗤う。うーん興奮し過ぎは良くないですよ。
「まあまあ、落ち着いて。最期なんですし、冷静になってはどうですか?」
「なに?」
怪訝な顔をして問い返してくるも、周囲の雰囲気の異常さに気付く。剣戟が聞こえない。慌てて振り向くと、其処には打ち倒された姫騎士と、令嬢の屍だけが転がっていた。
「なにぃ?!」
今度こそ驚愕に身を染めて、吸血鬼は動揺する。その隙をついて、八つの魔鎖が地上から伸びて吸血鬼を拘束する。
「漸く捕まえたのじゃ。さあ、灰は灰に還るがよい。」
「な、何故儂の軍勢がぁぶぎぃぃあああああああああああああああ!!」
説明責任などないので、とっとと灰に還す。そう、変態はこれ以上要らない。
「いゃあ、ぎょうさん仕事したわぁ。」
いい笑顔で敵陣に佇む、ピタルさんがそう言った。