第六話
「「むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない」」
「反省せんかぁー!」
どうも僕です。ただいま異世界で、正座をさせられ、グラニエさんと一緒に、魔王さんの説教を受けている。解せぬ。
「いやいや、理由は説明しましたよね?僕らの国は、穏やかで平穏を愛する国民性で、他国の軍に攻め込まれても殴り返さないと、ある意味ヘタレとも言える程、平和を愛しているんです。そんな僕らが激昂するのが、食い物と萌えを貶された時です。その時だけは義憤の為に全紳士が立ち上がると言われています。」
「知るかぁー!」
どうしたんですか。魔王さん興奮しすぎですよ。
「冷静になって下さい。時間は巻き戻らないんですから。」
「お前らが!考えなしに!後先考えず!やったんじゃろが!」
「まあまあ、過ぎたことより、これからどうするか、一緒に考えましょう?ね?」
「ねー。」
「お前らが言うなー!」
全くこういうときこそ、冷静に皆で話し合う必要があるというのに。メンタルの弱い大人は厄介だな。
「お主……殊勝に聞いている振りをして、馬鹿にしとるじゃろ……?」
変に鋭い大人も、厄介だな。
「大体ピタルもなんで止めんのじゃ。復讐に迷宮を荒らされて、困るのはお主じゃろう?」
あれ、今度は八つ当たりし始めたぞ。闇雲に当たり散らす上司は、部下に受けないって言いますよ。
「ええー?いやもうみんな炬燵に入れとけばええやん?ヘルスケアも万全やし?迷宮放棄してもええかなって。」
「ぐぬぅ。お主、完全に付いてくるつもりじゃな……。」
「よろしゅう頼むって、言うたやん?」
言ってましたね。
「そんなことよりー美味しい肴とお酒はー?」
補佐さんはのほほんと聞いてくる。
「お前らほんとに自由じゃな?」
まあそういう訳で、溜息を付いた魔王さんが説教をあきらめたので、魔王さんの迷宮に戻って、炬燵でごろごろすることにした。
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「お兄ちゃんー。ジャンプが読みたいー。」
妹が、蜜柑を剥きながら、机につっぷして言う。にーちゃんも読みたいぞ。黄色い生き物の最終回が気になってるんだ。此方に飛ばされて、一週間近くになる。早く帰らないと、アニメの録画も見られない。特番で番組変更なんかになったら、録りはぐれてしまう。もう少し、真剣に帰る事を考えよう。
「よし、少し今後のことについて、真面目に考えましょう。」
人がやる気を出したのに、こちらを見る皆の目が胡乱気だ。なんて失礼な人達なんだろう。こういう日々の積み重ねが、信頼って奴に繋がるんですよ。
「まず、ピタルさん。僕らが元の世界に帰ったら、炬燵はなくなっちゃうんですから、もっと稼ぎのいい、安全な拠点を決める必要があります。」
「ええっ!いややー、帰らんでええやん、それか、これ置いてって?ウチの身体こんなにしといて、責任とってえや?」
「貴方の変態は元からです。」
「そんなあ、殺生や。」
そんならあと何回出来るか分からへん、と言いながら欲望丸出しで炬燵に潜っていくピタルさん。いやいや、話し合いの途中ですよ?相変わらず自由人だ。欲望に人格がおまけでついている様な人だな。なんだかおもちゃ付きガム菓子を連想した。あの商品には、販売経路の拡大を目指し、お菓子コーナーにおもちゃを置くための、苦肉とも言える涙ぐましい努力があった。ガムがしょぼいのも、おもちゃ目当てで買った子供が、お菓子を捨ててしまわない様に、あえて少なくしているんだそうだ。考えぬかれたバランスなのだ。
決して頭を炬燵に突っ込んで、お尻をふりふりしながら、消えていく痴女と一緒にしてはいけない。
「じゃあ気を取り直して、話を戻すと、そもそも、安全性という意味で、地下迷宮なんてところに隠れるのは不毛だと思うんです。」
「ほう。それで?」
「んー、まあ迷宮でもいいんですけど、討伐対象になるっていうのが、もう詰んでるでしょ?此方はずっと見つかりたくないのに、相手は捜しに来るって状況がもうダメなわけですよ。」
「何だがお主に真面目な顔でまともな事を言われるともやもやするな……。」
魔王さんがなんとも言えない顔をしている。
「だから、居そうもない意外性のある施設に隠れるのが一番いいんですが、匿って貰う以上、トップとの癒着が出来ないと色々難しい。でも、そんな都合のいい物件は中々ないんですよね。」
「うむうむ。そうじゃな。」
「ないので……作ってしまう、というのは?」
そう言うと、魔王さんは考え込む。
「……ううむ。確かに一考の価値はあるのじゃ。規模はそれなりでなければ、難しいじゃろうが……。具体的に、何を考えておる?」
「魔獣もそれなりに居ますし、魔獣動物園みたいなものはどうでしょう。」
「…なるほどの。そして更に魔獣を集めるのに違和感ないというのもよいの。」
そういう事です。これは、僕らにとってポイント稼ぎの調伏、魔王さんの隠れ場所、ピタルさんの趣味を満たす一石三鳥の策なのだ。
「鬼兄さんをスタッフにして、園長をピタルさんにすれば、取り敢えず体裁は整うかな、と。」
「ふむ、いい案じゃ……。何と無く釈然とせんがの。」
「何か問題でも?」
「お主と真面目な会話が成立しておることに、妾の倫理観が悲鳴をあげておるだけじゃ。気にするな。」
まあ気にするなと言われれば気にしませんけど。
魔王さんとはそのまま、立地や運営について話していく。ここか、ピタルさんのところの迷宮核を使って、別の魔素の濃い場所に迷宮を作り、改造して行くのがアウトラインとして決まった。
そのまま使い回すことも考えたけど、どちらも知られた迷宮なので、何かと都合が悪い。討伐された事にして、閉めることにした方が良いらしい。場所捜しは、補佐さんに頼むことにする。この人が補佐してるの見たことないけど。存分に補佐力を発揮して欲しい。
大分話が弾んで、お腹が空いてきた。迷宮の中なので、全く昼夜の区別はつかないけれど、もう夕方のいい時間だ。夕飯をメニューから選ぶ。
「野菜と魚たっぷりの……あんこう鍋かな。」
渋いチョイスだけど、濃いめの味が恋しかった。土鍋の蓋を開けると、魚と味噌のいい匂いが広がる。鮟鱇の肝、所謂あん肝を味噌で伸ばして、香ばしく焼き、そこに野菜や鮟鱇の身をいれて煮た鍋、どぶ汁だ。名前の通り、色は良くないけれど、こってりとした肝の旨味が野菜に染み込んで、癖になる鍋だ。軟骨しかない鮟鱇は、身もぷるぷるで、皮まで食べられる。少なめの白身にも、どぶ汁の旨味が染みていて、食べ応え十分だ。
「ぷるぷるー。美味しー。」
あんこう鍋は罪作りだ。大抵の女の子は、食べ過ぎを気にする。誰だって太って醜くなりたくはないから、食べたいという欲求は、いつも抑圧されている。だが、あんこう鍋には免罪符が存在する。そう、コラーゲンだ。美容の為に良いとされるそれが、多量に含まれるあんこう鍋は、食べれば食べるほど、綺麗になるという、逆転式を成立させる。そこに抑圧されていた欲求は、晴れて枷を外されるのだ。欲求の解放。全裸でストリーキングするようなものだ。欲望の解放には大きな快楽が伴う。それは、今目の前で起こっている。嬉しくて堪らないという表情で笑う妹。そこには、紛れもない快楽が溢れる。
「美味しいねぇ。」
鼻に抜けたような色っぽい声で、ため息のように呟く。おふぅ、にーちゃんもう一回聞きたい。アンコール。あんこうだけに。びくんびくん。
「毎回よくまあ、そんな変質者みたいな顔をして嫌がられないものじゃ。」
毎回よくまあ、律義につっこんで嫌がられないと思っているんですか、魔王さん。
「妹を見守る兄に失礼ないい草です。」
「何事も慣れってあるんだよ、ロスピん。」
妹が菩薩の笑みで応える。なんて眩しい。はぁはぁ。思わず息が荒くなります。
「……妹御は、大物じゃな。」
魔王さんは、諦めたようにそう言った。なんだかんだ言って魔王さんもよく箸が進んでいる。最初のような不器用箸ではなく、もう綺麗に使いこなしている。DEXカンストは流石ですね。
「やーんー。我が主この鍋美味しいーお酒進みすぎるー。」
出してあげた日本酒の冷やは、この鍋に相性抜群のようで、もう数えるのも馬鹿馬鹿しい程空の銚子が並んでいる。なんだろう、そういえばこの人最近酔っ払ってないところ見たことないな。
「肝もよくお酒に合うと思いますよ。」
具として大きな塊で入っているあん肝を、お勧めしてみる。ベージュからオレンジのちょっと不気味なグラディエーションをしているそれを、恐る恐る食べて、お猪口を呷ると、気に入ったようで、ずるずると魔王さんを扱きはじめた。其れを見てピタルさんが「ああんっ」と悶えている。いや、変態はどうでもいいんだ、変態は。
鍋の具がすっかり無くなったので、お代わりを要求される。けれど僕はそれを拒否した。
「この鍋の真価は、実は締めにあるんです。」
そう、この鍋は、鍋の中身を食べ尽くすまでが前哨戦といっていい。白菜や人参などの野菜から出た出汁、鮟鱇の身や肝からでた旨み、そのスープにご飯を加え、雑炊に仕立てる。卵とアサツキだけシンプルにかければ、鍋の旨味を凝縮し、いっぱいに含んだ雑炊が出来上がる。初めてこれを食べたなら、足が震えますよ。まじで。
「うおお……美味ええ……。」
久々に食べたけど、久々に膝が震えたぜ。
「確かにこれは美味いの。」
魔王さんも目を見張って驚いている。
「おほっ、これっ、よっぽど機嫌がええ時にしかやらへんっ、十字絞めぇええっ、童貞くんっ、ぐっじょぉおおおおおおおおぶぅうっ!」
変態に褒められても嬉しくはない。まあ補佐さんにも好評のようで良かった。
雑炊は言葉通り気に入ってくれたようで、あっという間になくなった。
まだ物足りないであろう、魔王さん達のために、新しく鍋を出す。笑顔でそれを食べてくれる魔王さん達。なんだか、自分が食べて美味しかったものが、受け入れられるのは、嬉しい。
迷宮を出ても、こんな雰囲気が続けばいいなと、その時は思った。