第三話
「ぎゃはははは!こんなところに魔王がいるぜ!」
そういって部屋に乗り込んできたのは、眉毛ともみ上げとあごひげがきれいに繋がっている山賊風の男。えーと勇者?山賊?パーティメンバーも怪しげな老魔術師、目つきの悪い盗賊、モヒカン刈りのメイスを持った神官と、キャラが濃すぎる。
「あれ勇者なんですか?」
「まあそうじゃの。」
「山賊じゃなくて?」
「くくくっ、酷い言い草じゃの。ま、こちらのテリトリーに押し入って殺しまくって財宝を持ち帰る、やってる事は確かに変わらんが。」
「そう言われると身も蓋もないですね。」
因みに、この会話は、魔王さんが張った防御結界に、勇者パーティが攻撃魔法を当てている所為で聞こえていません。爆音は、結界に阻まれて此方には殆ど響いてこないけど、向こうは、耳を抑えながら武器を構えている。まあ、悪口聞かせて下手なヘイトを稼ぐ気はない。
それにしても問答無用で攻撃して来るあたり、優秀な人達なのかもしれない。ぐだぐだ前口上あげる小物より直情的で直接的で分かりやすいです。楽しい会話は敵を無力化してから。戦場の基本ですね。プロフェッショナルってやつです。まあ、あちらの意思に反してダメージは与えられてないけど。
ドカドカドカッと結界に当たった爆裂呪文が、さらに追爆して、視界を閃光と爆煙で覆う。その隙間から赤い光を放つ短剣を持った盗賊が魔王さんに迫る。何十枚かの結界が、その短剣に切り裂かれ、澄んだ音を立てて壊れるけど、まったく届かない位置で止まる。
「なっ?!結界破りの赤剣が?!」
「単純に出力不足じゃ。残念じゃったな。」
「うあ、えぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!」
「あらーこの程度の絞めつけに耐えられないなんてー貧弱ー」
盗賊さんの足が止まったところをするっと補佐さんが捕まえて絞る。うええ。ぐろい。すかさず妹の両目を手で塞いだ。
「やっぱりー人間は絞りがいがないわー我が主が一番ー」
「主を絞るでないわ。」
「絞りきれてたらー軍門にー下る意味ないでしょー」
あ、そういう理由で配下なんですか。なんていうんでしょう絞扼趣味?種族的な嗜好なんですかね。
「扼竜グラニエ?!ってことは魔王は赤殲王か?!やべえぞ!」
やっべっぞ?!が遅くないですか。なんかとっくにモヒカンさんは真っ二つに、白髭のお爺さんは血溜まりに倒れていますけど。それに漸く気付いた山賊勇者さんはかなり動揺していますね。まあ、それより。
「あの未成年がいますので、グロを控えていただけると…。」
炬燵に入ったまま気持ちよく蹂躙している魔王さんに、おずおずと申し出てみる。
『R18視覚聴覚フィルタリングサービスが利用可能です。ご利用されますか?』
さすが快適な環境を提供するコタツちゃん。
「妹にお願いします。」
「わっお兄ちゃん。なんかモザイクがいっぱいだよ!」
視界を塞いでいた両手を離したけど、妹は問題ないようだ。妹に変な悪影響があると困りますからね。
「あーこれちょっといいわー。」
「ぎゃああああああ、あぎっ、ぐう、ぎゃああああああああ!」
補佐さんは、無力化した山賊勇者を握ったり緩めたりして、絞り心地を確かめている。山賊勇者さんは、緩める度に白い煙を吹きながら、回復している。所謂オートリカバリーって奴かな。だけど、あれじゃあ苦痛が長引くだけなので、ちょっと気の毒だ。
「……やめろとは言わんのか?」
「まあ、喧嘩売ってきたのはあちらですし。自業自得じゃないですか?」
迎撃はお任せしている訳だし、手段に文句を言う筋合いはない。グロいのは妹に見せたくないだけだ。それに、とばっちりかもしれないけれど、妹も巻き込んだのだ。それを許せる慈悲はない。
白煙は絞られる度に段々と小さくなって、悲鳴も聞こえなくなった。
「止めを刺さなきゃいけないのは、居場所を特定されたくないからですか?」
「……鋭いの。その通りじゃ。」
なんとなくだけど、この人達は人間社会で結構な有名人で、かなりお尋ね者な気がする。
「因みに逃がすとどうなってたんです?」
「まあいろいろ押し掛けてくるじゃろうな。」
うええ。やっぱり。それは困る。さすがにそんなものに巻き込まれたくはない。けれど魔王さんを隷属している限り、ある程度妥協して行くことは増えるんだろう。妹を守る責任もあるのだから、好き嫌いはいえない。
妹からはモザイクに見えるであろう残骸と血痕は、ずぶずぶと床に沈んでいく。補佐さんは下半身に付いた血糊を綺麗に洗い流してから此方に戻ってきた。
「はーぬくぬくー。」
肩まで炬燵に突っ込んで気持ち良さそうに呟いている。蛇って寒さに弱いってことだから、炬燵は居心地いいんだろう。
「ふむ。勇者撃退で、迷宮の施設拡張が出来るようじゃ。」
ウィンドウを見ながら、魔王さんがいう。冒険者などの敵害対象を倒すと、吸収した魔素で迷宮の拡張や強化が出来るらしい。魔物も最初呼び出すのに大量の魔素が要るものの、あとは勝手に増えて、少しづつ魔素を放出するらしい。それを回収して迷宮の運営エネルギーにするそうだ。まるで都市育成ゲームみたいだ。
「我が主ー?魔物を出して隷属解放が先でしょー?」
「わ、わかっておる。」
慌てて答えてますけど、どう見ても施設拡張のページ見てましたよね。しかもゴンドラとかジェットコースターとか、迷宮関係ないやつでしたよね。てか、そんなの作ってどうするつもりなんですか?この人、自信ありそうにしてたけど、迷宮の運営は意外とぽんこつな気がしてきた。
「んー結構大物がいけそうじゃな。ドラゴンとかどうじゃ?」
「そんなでかいの大丈夫ですかね?」
『問題ありません。』
「じゃあそうするかの。ドラゴンなんて高い買い物初めてじゃ。」
「この迷宮には居なかったんですか?」
「寒いから嫌だと拒否られての。」
「……。」
魔王さんが操作を終えると、赤と黒のかっこいい番いが呼び出される。でかい。15mを超える小山のような体躯。人間なんてちょろちょろ足下を駆け回る鼠、みたいなものなんだろう。倒すとか、勝負するとか烏滸がましい、対峙するのが馬鹿馬鹿しくなる巨大さだ。
「お初に御目もじ致す、赤殲王。要件は何かな?」
威厳のある錆びた低音は、お腹に響く。けれど魔王さんは、全く動じた様子はなかった。
「うむ。暖かい処でうまい飯を食ってだらだらするだけの簡単なお仕事を頼む。」
「ほう。」
黒いのが軽く目を瞠ると、考えるように首を捻る。
「戦わなくてよいと?」
「その辺りは状況次第じゃな。だが基本は暇じゃ。遊んでおってよいぞ。」
「ふはは。まあ、嫌になったら暇を頂きますぞ。」
「まあ良かろう。」
竜達は大人しく炬燵に入って行く。これでどのくらい溜まったのかな?
『ドラゴン二体はオーガ300体分です。満足値は5000ポイントを超えました。』
おお、すごい。これでまた一歩魔王さん解放に近づいたかな?
「あー、我が主ーやっぱり自分も隷属されますー」
補佐さんが、呂律の回らない口でそう言い始めた。
「いいんですか?」
僕が心配そうに問うと、ヘラヘラ笑いながら言う。
「いいのいいのー。我が主もどうせ他に行けないしー。ここあったかいしー。美味しいものいっぱいだしー。その方がポイントいっぱい貯まってウインウインでしょー。」
酔った勢いで契約とかすると、後悔すると思うんだけどな。まあ、ポイントの余裕はあるし、補佐さんの隷属は何時でも解放出来るから、難しく考えなくてもいいか。
席を隷属にすると、ポイントが12000を超えた。すごい。この人、ドラゴンより確実につよいな。
「じゃー隷属のご褒美にー、だぁ しぃ てぇ ?」
ああ、そんな、僕には妹がいるんですよ。あっちもこっちもハーレムは無理です。そんな艶っぽい声でおねだりとか、若さが暴発しちゃったらどうするんですか。ま、妹がいるからあり得ませんけど。
「あの美味しいのーお酒に合う奴お願いねぇ?」
ですよね。
それはそうと、散々食べてた割に、追加とはつくづくすごい。魔力が食うって言ってたけど、どういう仕組みなんだろう。まあ、いいか。それよりお酒に合うやつってどうしようかな。
「あ、もつ鍋がある。」
旅好きの両親に付き合わされて、博多で皆でご飯を食べたのを思い出した。親は美味しそうにビールと焼酎を片手に、もつを摘まんでたから、お酒には合うだろう。
魔法陣が光って、大振りの鍋が出て来る。人は増えたけど、やっぱり出来れば皆でひとつの鍋をつつきたい。スタンダードな醤油ベースのスープに、キャベツとふわふわのモツ、ニラ、もやしがたっぷりと入っていて、既にいい感じに煮えている。唐辛子とニンニクの、がっつりとした濃いスープは、飲めば飲むほど止まらなくなる。思わず溢れる生唾は、期待度MAXの証だ。
「いただきます。」
両手を合わせて目をつぶる。そして瞼を開けたとき、闘いは始まる。
お箸でもやしとキャベツとモツをいっぺんに掬って、取り皿に盛ったら、ニラをちょんと乗っけて、たっぷりとスープをかける。一口目はやっぱりスープだ。熱いのを我慢してごくりと飲めば、ニンニクの効いたそれがもつの脂のコクをともなって、口いっぱいに攻めてくる。モツは綺麗に処理されて臭みもなく、ふわふわ、くにくに、こってりと、しばらく口の中を蹂躙し、もやしとキャベツがしゃくしゃく、あっさりと、脂の余韻を奪っていく。入れ替わるように唐辛子がじんわりとした辛味を舌に乗せてきて、その刺激が次の一口を急かす。もっと、もっと。こってり、あっさり、じんわり。くにくに、しゃくしゃく、じわ〜〜。いつ迄も繰り返せそうな口の中での闘争は、取り皿がいつの間にか空になることで我に帰る。次の闘争を。その次の闘争を、その次の次の闘争を。
「これ、うまーい!」
妹の嬉しそうな声で、改めて自分を取り戻した。いかんいかん。つい夢中になってしまったが、にーちゃんには妹を見守る大切な仕事もあるのだ。
もつ鍋の良いところをあげるとすると、この辛くてクセになるスープがあげられる。何故なら、これを夢中で啜るのに、妹の綺麗な喉もとがふわりと露わになるのだ。普段見せない場所は、秘密の小箱を覗くような、ある種の罪悪感を感じさせる。その真っ白なすべすべの頤の下は無防備で、急所を晒すその行為は、余りにも無垢で、言葉に出来ない感動がある。こう、同じ無防備さでも、一見したところ、脇の下のような性的な要素はない。いや、脇の下もあれはあれでいいものなんだけどね。それは兎も角。そして、脇に対し、艶っぽさで勝るとも劣らないものがある。それが嚥下の動作、そう、つまり「ごっくん」だ。もつ鍋の汁を飲み下す度にこくこくと動くそれは、晒されたときの無邪気さをいっぺんにひっくり返して、妖艶さを醸し出す。無垢さと妖艶さ。どちらもを楽しむ事が出来るのだ。食べるという行為の持つ生々しさが、偶像にはない現実感を感じさせる。嗚呼、それはもつの汁。もつ。汁。ごっくん。一つ一つ分解すれば曰くありげにも聞こえる。いやむしろ聞こえたい。びくんびくん。
「我が主?少年くんが相変わらず変態な顔をしてますがー。」
「死ななければ治らない病気もあるのじゃ。」
呆れ果てた声でのたまう、外野がうるさい。なんびとたりとも妹を愛でる兄を邪魔してはいけない。それが正義。
しかし、今日も平和だった。主に僕の回りは。皆たくさん食べてお代わりも進み、補佐さんは、さらに酔っ払ってくねくねしながら、危ない顔で魔王さんを締めあげていた。