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コタツでテイム!  作者: ghost
鬼姫慟哭
2/8

第二話

「……あれ?」


 目覚めて涎まみれの頬っぺたを拭きながら周りを見回すと。


 そこはやっぱりダンジョンでした。


 んん?……んー、おう!すき焼きを食って行儀悪くそのまま横になったあと、皆でそのままうとうとと寝てしまったのでした。


「お兄ちゃんおはよー。」


「おはようなのじゃ。」


 妹はみかんを剥いてもぐもぐ食べています。魔王さんもすっかり馴染んでますね。みかんの白い筋をものすごくきれいに取っています。


「おはよう。みかんどうしたの?」


「召還だよ。あたしのPCにも炬燵アプリ入ってたから。」


 そういって自分のノートPCを見せてくる。そういえば権限を委譲できるって書いてあったな。そう思いながら、みかんを手にとって自分も剥き始める。


「そういえば昨日の鍋もそうなんだけど、どっから出てくるんだ?」


『回答が必要ですか?』


 おお、そういえば居たな。コタツちゃん。


「説明お願いします。」


『炬燵の動力及び創生力は、ユーザーの満足値から捻出されます。炬燵に対し快適であればあるほど、満足値は高くなります。前日の鍋で使用したポイントは300ポイント、現在の満足値は2500ポイントです。』


「へえ。じゃあ快適であればあるほど、ポイントが貯まるのかな?」


『そうです。また、ユーザーが多ければ多いほど摂取値は多くなります。ユーザーを集めるために、調伏(テイム)を推奨します。』


「あ…。もしかして、魔王さんが解放できないのは、満足値が足りなくなるから?」


『肯定します。炬燵の維持に必要なポイントの為、隷属を解消できません。調伏については、隷属ほど摂取効率がよくありませんが、数の上限がない為、最終的には満足値の取得が多くなります。』


「なるほどの。調伏で代替できるようになるまで、解放されんということか。」


「なんか…。すみませんね。」


「お主のせいでもなかろう。まあ現状快適なのは確かじゃ。困ってはおらん。」


『お褒め頂き、恐縮です。』


「それで、どの位集めれば魔王さんを解放できるの?」


『試算では、オーガクラス1000体程になります。』


 この世界では強いもの程世界に与える干渉力が大きく、満足値の値も大きくなるそうだ。


「千であるか…。この迷宮には200体ほどしかおらんの。」


「もっと強力な固体は居ないんですか?」


「そりゃあおるが、全部引き抜かれても迷宮が弱体化してしまうからの。」


 と、魔王さんが苦笑する。そりゃそうか。迷宮全体が弱くなったら倒されちゃうもんね。聞けばこの迷宮は三十階層ほどの、そこそこ中堅の迷宮だそうだ。最上位のハンターが潜れば危ないのだが、町が近くにないのと、旨みが少ないのであまり流行っていないらしい。魔王さんの能力はカンスト気味なのに、迷宮は一番でっかいわけじゃないんですね、と言ったら、個人の戦闘能力と運営能力は別物じゃと、至極まともな答えが帰ってきた。


「ま、付かず離れずほどほどに、その辺のさじ加減が難しいのじゃ。」


 若干得意そうに魔王さんが言う。


「そういえば、快適なあまり気にしなかったけど、元の世界には帰れないのかな?」


『操作メニューの転移にて可能ですが、現在は満足値が足りない為、選択出来ません。』


「出来るの?!」


『世界間の転移は必要ポイントが高いです。魔王解放の100倍以上とお考え下さい。』


 うぐぐ。難易度は高いけど不可能じゃないのか。


「まあ、妾を解放出来るなら、ある程度迷宮の魔物を提供してもよいし、その後の助言も請負おう。」


「それは、助かります。目先の目標は魔王さんの解放、最終的目標は家に帰るってところかな。」


「でもさーお兄ちゃん。あんまり帰っても今と変わらなくない?」


「ジャンプも見れないネトゲも出来ないのに?」


「早く帰ろうお兄ちゃん!」


 よしよしどうどうと突っ込んで来る頭を押さえて妹を宥める。そうしていると、ドヤドヤと部屋の入口辺りが騒がしくなった。そこには、クワガタ虫みたいに二本の角を聳やかしたムキムキの鬼のお兄さん、鬼兄さん達が。


「取り敢えずオーガ100体呼び集めたのじゃ。こいつらは調伏して良いぞ。」


「どうでもいいんですが、なんで皆ロン毛ポニテのスパッツなんですか?」


「筋トレに楽なんじゃそうじゃ。」


「冒険者に舐められません?」


 爽やか過ぎてあまり怖くない。


「その辺が匙加減じゃ。ある程度与し易いと見せるのも必要でな。」


 そのドヤ顔若干ウザいです。そんな雑な匙加減で威張られても。


 あと、筋肉を見せつけながら周りを囲む鬼兄さんに妹が涙目なので、早く調伏してしまいましょう。


「コタツちゃん、調伏の仕方を教えて下さい。」


『現在空席の場所が初期設定で調伏口になっています。そこから炬燵に入れば調伏完了します。』


 何とも簡単だ。魔王さんに目でお願いすると、承知とばかりに頷きかえされる。鬼兄さんたちは、一列に並んで順番に炬燵に座り、にゅるっと消えていく。何処に消えているんだろう?そっと炬燵をめくるけど、そこには何もない。


『調伏された対象は、内部炬燵で寛いでいます。其処では、この炬燵と同等のサービスを提供し、満足値を提供して頂きます。』


 アフターケアもばっちりですね。良かった良かった。召喚待ちで暗闇に苦しむ子は居ないんだな。炬燵なら安心だ。炬燵なら。


「くぉらあーっ!!ひとの迷宮でー何やってんのー!!」


 鬼兄さんがあと数人というところで、入口からもっと怖い形相の女の人が怒鳴り込んできた。いわゆるラミア種ってやつで、下半身が蛇なんだけど、尻尾の先端が幾つもに別れてる。鱗と同じオレンジ色の眼鏡がよくにあってるひとだ。しかし、そうそうにトラブルですが、あれ?魔王さん?魔王さんの迷宮では?


「妾の補佐じゃ。グラニエよ。ちょっと落ち着けい。」


「あ、あれー?!我が主、こんなところに!昨日から見ないと思ったら、ここで遊んでたんですかー!帰りますよー!」


「いたたたた!引っ張るでない!妾はここから抜け出せんのじゃ!」


 引っ張り出そうとする補佐さんに慌てて言い訳する魔王さん。隷属の件を説明するが、だんだんと呆れ顔の補佐さんにしどろもどろになっていく。


「つまり、興味本位でいじっていたらー、迂闊にも隷属させられた挙句ー、現状解決の手立てがないのですねー?」


「ま、まあそう言うな、こつこつと積み上げていけば何とかなるじゃろ。」


「もー。いきなりオーガが迷宮からどんどん消えて行くから何かと思いましたよー。でー、この後はどうするつもりなんですー?」


「うーんそれなんじゃがなぁ…。」


「この炬燵?ですか?壊す訳にはいかないんですかー?」


「隷属されておるのにか?自分でやるのは当然、誰かにやらせても妾が邪魔をすると思うぞ。それにこれは魔道具というより超遺物(アーティファクト)や神器に近いものじゃ。妾らがどうにかできるとも思えん。」


 何だかやいのやいのと議論が始まったので、結果が出るまで放っておこう。意外とお腹が空いていたので、召喚の鍋メニューを見る。あ、おでんあるな。これのハーフなら量もちょうどいいかな。


「妹よ。にーちゃんはおでんを食べるぞ。」


「あ、あたしもー。」


「じゃあ、一人前を半分にしよう。それからご飯でいいかな?」


「いいよー。」


 ポチッとすると、二回りほど小さい土鍋におでんと、飯茶碗にご飯が出て来る。妹と二人でほこほこしていたら、視線を感じたので魔王さんの方を見る。と、二人とも沈黙してじーっとこちらを見てる。魔王さんはちょっと涙目だ。


「た、食べますか…?」


 二人とも、土鍋から目を離さずに、シンクロするようにこっくりと頷いた。仲良いですね。


「あ、でも補佐さんの座る処がないか…。あっても隷属されちゃうし、どうしようかな…。」


『オーガ百体の調伏が完了したので座席の拡張が可能です。また、新しい席に対し、調伏、隷属、客員(ゲスト)の設定ができます。』


「なるほど。じゃあ拡張をお願いします。」


『承知しました。』


 コタツちゃんが言い終わった瞬間、炬燵の魔王さんと妹の座っているところがぐにゅーっと横に伸びる。魔王さんの横と妹の横に、一人分ずつ席が増えて、都合六人掛けの炬燵になった。うーんなんでもありだな、これ。


 IHのコンロも二口に増えていたので、追加で二人前出した。そっちはそっちでやってもらおう。透き通った黄金色の出汁は関西風。蒟蒻とはんぺん、つみれと大根を取る。卵も捨て難いけど、妹の好物だからしょうがない。黄身を出汁に崩して、ご飯をその汁でかきこむと最高なんだけどね。妹の好物だからしょうがない。そんな妹は練り物三種に卵と牛すじ。幸せそうに玉ねぎ天を齧っている。うーん、起きたばっかりなのに一人前食べたくなるな。はんぺんは噛むと、ふわふわの食感で、じゅわっと出汁が染み出してくる。ちょっと濃い目の味は、その後ご飯を追わせるように口に入れるとちょうどいい。ご飯のためのおでんだ。大根は、ほろっと箸で割れるほど柔らかいのに、つゆの味が浸みすぎず大根の味が濃い。蒟蒻で食感を変えて、むちむちと噛む。つみれを齧ったら、びっくりするほど新鮮な鰯の味がした。噛みしめるとほろっと崩れて、魚の旨味と出汁の旨味が合わさり、堪能しているうちに、さらさらと消えていく。うーん、めちゃくちゃ美味い。なんだかうちのほっとするおでんというより、おでん屋さんのおでんだ。ほっこりするというより、旨みがじわ〜っと身体の奥に沁み渡る感じ。


「はぁふぅ、お兄ちゃん、美味しーね、このおでん!」


 妹がおでんを齧ってご飯を食べている。ふくふくたる頬っぺを懸命に、いっぱいに膨らませて食べるその姿。そこをきらきらと滴り落ちる汗の滴も、美しいけれどそれに気を取られてはならない。にーちゃんは一瞬たりとも気を抜かず、見守って居なければならないのだ。


「ほらほら、ご飯粒付いてる。」


「えへへ。」


 それが付いた刹那、僕はこう(・・)言う。言いながら、零れて頬についたそれを、刹那を置かず取ってあげるのだ。刹那……1回指を弾く間に60あるいは65の刹那があるとも、1/75秒とも言われるその時間が惜しい。時間という有限の枠の中でしか動けない自分が呪わしい。妹への愛は無限なのだというのに。もしもにーちゃんが時間の管理者だったら、時間を止めてご飯粒をとってやれるのに。兄というものは、妹の頬っぺたに付いたご飯粒をとってあげる存在なのだ。とってあげて、えへへと照れ臭そうに微笑まれる存在なのだ。それだけの存在なのだ。いつもは微かにもも色に色づく頬が、ほんのちょっとだけ赤くなりながら、てれてれと微笑うその顔がいいのだ。このイベントがとても優秀なところは、ご飯粒がつく限り、いくらでも繰り返すことが出来る点である。だからにーちゃんは一瞬たりとも気を抜かず、速やかに、さりげなく、頬っぺに付いたご飯粒をとってやるのだ。そうすれば繰り返される微笑み。約束された昇天。びくんびくん。


「あのー、我が主?少年くんが妹を見て変態な顔をしてますがー。」


「しぃっ。言ってやるな。触れてはならん事に触れないのも大人の付き合いじゃ。」


 聞こえてますよ、魔王さん。


「しかし、これも美味いのう。」


「確かにー。これは渡来元の世界の煮込み料理ですかー?上手く言えませんが美味しいですねー。エールが欲しくなります。」


 バッテン箸で不器用に食べる魔王さんと、諦めて刺し箸でちくわを頬張る補佐さん。どちらも味には満足そうだ。よかった。すき焼きの時も思ったのだけど、魔王さん達はよく食べる。何でも、魔力が高いとそうなるらしいのだ。


『酒類を提供する事も可能ですが』


 コタツちゃんの申告を受けて補佐さんを伺うと、残像が見えるレベルで頷いたので、ビールと日本酒を燗で出してあげた。コタツちゃんのお勧めだったので。


「くあ〜うまっ!」


 魔王さんと補佐さんはおでんをアテにビールを飲み始めた。500ml缶を六本出したのに、瞬く間になくなる。その後、燗にした日本酒に手を付け始めると、


「ダメになる〜これダメになる〜〜。」


とか言い始めた。


 いい大人が寝起きからお酒食らって、ダメな大人になってる。僕らもこんな大人になるんだろうか。ちょっと嫌だ。というか、米のお酒は初めて見るという話なのに、辛子をのっけた大根と一緒に、ちびちびと美味しそうに啜って堪能している。飲むTPOはだらしないけど、本当に美味しそうにお酒を飲むもんだ。


 本当に楽しそうだったので、追加の鍋とお酒と、自分ら用にオレンジジュースを出す。ほんわかした空気は、だらだらと、のんびりと、補佐さんが魔王さんに絡み始めるまで続いた。


「我が主はーもう少しー配下をー気にかけるべきー。」


「ぬおっ、グラニエ、ちょっと飲みすぎではないか?」


 もう何回目がわからないお代わりの末、いつの間にかとろんとした目の補佐さんが、ぬるぬると物理的に魔王さんに巻きついていく。


「いつもお慕いしているのですよー?我が主ー。人間の国とー全面戦争したときもー、こんな湿気た迷宮にー逃げ延びたときもー、これからだってー、離れませんよー?」


「湿気た言うな。……その妙な説明口調は気になるが……、お前の献身は、判っておるつもりじゃ。」


「えーへーへー」


 補佐さんはにゅるにゅるとうれしそうに魔王さんに絡む。物理的に。


「じゃあ撫でてくださいー?」


「わかったわかった。」


「乳揉んで下さい?」


「要求がエスカレートしてきた?!」


「パンツ脱がしてください?」


「履いとらんじゃろ?!!」


 ラミアだからね。妹の情操教育に悪いのでそろそろやめてほしい。


「だいたいーこんな美味しいものをー隠しておくのはーずるいー」


「そういうつもりなんぞないわ……。」


『警告。敵性対象の存在を検知。数分で接敵します』


 ピピピッという電子音とともに、突然コタツちゃんが警告してきた。


「ほお、勇者じゃの。ひさびさの大物じゃ。」


 ステータス画面を弄って確認した魔王さんが苦々しくいう。


「大丈夫なんですか?」


 心配して聞いてみる。


「物量で飽和攻撃をされん限り大丈夫じゃ。つまり、迷宮に篭っていれば、地の利で問題ない。」


 というけれど、補佐さんはにょろにょろしてて頼りにならないし、魔王さんもほろ酔いみたいなのでちょっと不安だ。


 そうこうしていると、入り口から下品な声が聞こえてきた。


「ぎゃはははは!こんなところに魔王がいるぜ!」



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