第一話
一章投稿します。
「……あれ?」
何時ものように炬燵で妹とゲームしながら寝落ちし、目覚めて涎まみれの頬っぺたを拭きながら周りを見回すと。
そこはダンジョンでした。
んん?……んー、おう!これは異世界転移って奴だな!……んんん?いや、トラックに引かれてもないし、女神様にあってチートも貰ってないんだけど…。
相変わらず下半身は炬燵に入っているし、ぬくぬくあったかい。寝落ちしたので、待機モーションを繰り返すノーパソのネトゲのキャラも、元気に動いている。
「あれれっ??ここどこ?お兄ちゃん。」
そして妹も健在のようです。
しかし様変わりしたなぁ。八畳のごちゃごちゃした部屋が、何ということでしょう、何処ぞの匠のおかげで百畳をゆうに超える、石造りの大部屋に。天井は高く五階建てのビルくらいはすっぽりと入りそうです。ボス部屋とか、モンスター部屋って奴ですね。家具はすっきりと何もなくなって、雰囲気のある光苔や茸が沢山……。うん、どうしようこれ?
途方に暮れていると右から隣に座っている妹が、肩を揺さぶってくる。
「お兄ちゃんしっかりして。自分を見失ったものから戦場では死ぬの。まず、ここは何処?」
ここは戦場だったのか。いやそれに対して正否は出せないけど。妹は直前までやってたネトゲのキャラがはいってるだけっぽいな。つまり寝ぼけてるって事だ。
「にーちゃんの見解を言っていいか?」
「なに?」
「ダンジョンだ。」
「え?」
「ダンジョン。迷宮。ラビリンス。」
「……。」
そんな可哀想な目で見るな。妹よ。にーちゃんもちょっとあり得ないなーって思ってるんだから。しかしなあ……。
「その少年の言うことは正しい。ここは妾の迷宮じゃ。」
そう、炬燵の妹の向かい側でごろごろしてるのがどう見ても魔王(女)。曲がりくねった角と、紅い猫目、その辺の似非レイヤー土下座ものの、しっくり馴染んでるローブと、魔道具満載の杖。杖には宝玉が浮いていて、何かの魔法陣がくるくる回ってる。実にファンタジーだが、今は枕にされてて台無しだけど。
「どなた様で?」
「この迷宮の主、紅の魔王ロスピニールじゃ。」
恐る恐る聞いてみたら、やっぱり魔王でした。自分の迷宮に転移、地形干渉をされたので気になって見に来たら、気持ち良さげに寝てる人族が二人。思わず足を入れてみたら、居心地がいいのでごろごろしているらしい。
「ええと、魔王?ほんと?」
妹がちょっと疑わしげに言う。まあ、そう認めたく無いよね。でも本物だったらやばいでしょ?にーちゃんひやひやしちゃうな。
「ふん?仕方ないの。ステータス!」
魔王さんがそう叫ぶと、出ましたステータスウィンドウ。あら、やっぱりあるんですね。さすが異世界。
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名前:ロスピニール
種族:天魔族
職業:迷宮魔王
状態:隷属(炬燵)
HP:99999/99999
MP:99999/99999
STR:8888
VIT:9999
DEX:9999
INT:9999
AGI:9999
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うおお、カンストっぽい数字ばっか。怒らせたら命はないですね。ただしちょっと疑問が……?
「えーと……。ステータスと職業は了解なんですが、状態が隷属っていうのは……。」
「な、なんじゃと!?」
ええ、それも訳のわからない「隷属(炬燵)」に。
あわててステータスを確かめて、炬燵から出る魔王さん。そのまま数歩後ずさるけど、そこで不安そうに眉を寄せて躊躇する。もっと離れようとして止まる、を数回繰り返すと、またおずおずと炬燵に入る。それからにぱっとした笑顔を見せてほっこりした。つられて僕ら兄弟もにっこり笑う。
「にっこり、じゃないわ!……くう、分かっていても体が動かぬ……。れ、隷属とはどういうことじゃ?妾には状態異常無効がついとるのに!」
へぇ。そうですか。やっぱりボスは状態異常無効ありですよね。
「僕らにもよくわかりません。そもそもたぶん、僕らはこの世界の住人ではなさそうですし。」
「ふむ……ううむ、渡来人か……。そうするとこの怪しげな魔道具も納得じゃの。そも、奴等には特殊な異能がつくことが多いのじゃ。」
「へえ……。僕らにもありますかね?」
「そんなもの、自分で確認してみればよかろう?」
そうですね。僕は試しに「ステータス」と口に出して言ってみる。
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名前:猫野 正
種族:渡来人
職業:炬燵管理者
状態:健康
HP:なし
MP:なし
STR:なし
VIT:なし
DEX:なし
INT:なし
AGI:なし
異能:炬燵管理
炬燵に関するあらゆる操作権限を有する。操作は端末を使用する。
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げ、現状を把握しようとしたら益々謎が深まるという悪循環に陥っています。助けて。
「ほう、管理者権限持ちか。中々レアじゃの。」
「何ですか?管理者権限って。そしてステータスに数字がないのは何でなんでしょう?」
「管理者というのは、ほぼその事象に関する神様の様なもんじゃ。世界の理からはみ出す必要があるから、ステータスもない。つまり誰かに傷付けられることは無いし、逆に傷付けることも出来ん。」
おお、なかなかのチートっぽいけど、炬燵の神様ってなんだろう。しょぼいのかすごいのか……いやすごい感じはしないな。これ。
「レアなんですか?なんかショボそうですけど。」
「この世の事象には既に管理者がおるからの、新しい管理者はなかなか現れん。転移元のものをこっちで創生して、上位カテゴリの管理者から移譲してもらわんと無理じゃ。」
でもなー、対象が炬燵だからなー。
「いいなーお兄ちゃん、あたしも見る。ステータス!」
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名前:猫野 蜜柑
種族:渡来人
職業:炬燵警備員
状態:警備中
HP:なし(50/50)
MP:なし(5/5)
STR:なし(5)
VIT:なし(5)
DEX:なし(20)
INT:なし(10)
AGI:なし(50)
異能:炬燵警備
警備中は管理者から権限を移譲される。
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「なーにーこーれー。ださっ」
妹が落ち込んだ。
いや実質管理者権限使えるじゃん。しかもカッコの中が本来のステータスで多分こっちの人と同じくレベルアップとか出来るんじゃないか?リスクはありそうだけど都合よく切り替えられて、選択の幅がにーちゃんより多そうなんですけど。
「ふむ。警備員とはよく分からんが……。お前の兄者と同じ能力を使えるようじゃぞ?」
「ロスピん、警備員ってのはね、うろうろしてればいいだけの、何にもしない人のことなんだよ!」
「ロ、ロスピ……?そうなのかや?」
それは某自宅警備の人だろ。それは自称じゃないかな。
「とにかくじゃ。炬燵というのがこの魔道具で、それの管理者がお主ということは、妾の生殺与奪はお主が握っておるようじゃの。」
魔王さんはあっさりという。
「平気なんですか、それ?」
他人に自分の生死を握られたら、僕ならかなり動揺しそうだけど。
「常にあの手この手で命を狙われとるとな、死ぬときはあっさり死ぬものじゃからの。じたばたしたところでどうにもならんじゃろ。」
そう言ってからからと笑う。その笑顔には日常で命のやり取りをする潔さが伺えた。さすがだなと思う。
「まあ、どうこうするつもりは今のところないですよ。それに、現状僕らの命の危険はなさそうなのは安心しました。しかし、炬燵の管理ってなにするんですかね?」
「そもそも炬燵とはどんな魔道具なんじゃ?」
「単なる暖房器具ですよ。足をあっためるだけです。」
「ふうむ……。ならこの隷属というのはなんなんじゃ。体の異変は特にないのじゃが、一定以上離れることが出来んぞ?」
「ああ…まあ、一度入るとなかなか出られないとは言いますけどね。」
「そら見ろ。やはりトラップの類ではないのか?」
「いや、居心地よすぎて出られないってことでですね…。」
「……謎じゃの。端末で操作出来るとあるから、端末を見れば詳しい事が分かるのではないのか?」
端末か…。うちの炬燵は、温度調節をリモコンでするタイプだ。そのリモコンを探すけれど、ない。まあ、ものが無くなるよね、炬燵って。
「その、目の前の画面の付いたやつじゃないのか?」
僕が掛け布団をひっくり返していると、ノートPCを指差して、魔王さんがいう。
いや、これは単なるゲーム用のPCなんですよ、と言おうとして、タスクバーに見慣れないアイコンがあるのに気付く。まんま炬燵の絵だ。カーソルを合わせると吹き出しに「炬燵管理アプリ」と出た。無言でクリックしてみる。
ウィンドウが切替わり、アプリのウィンドウらしきものが立ち上がる。魔王さんビンゴです。
「これっぽいですね…。」
ポップアップで「自律インターフェースをONにしますか?」と出た。YESにしてウィンドウを前に出す。
メニューのタグ(とそのプルダウン)には、
「操作」
(誘引/転移/召喚/拡張/収納)
「隷属」
(命令/情報/解放)
「調伏」
(命令/召喚/改造/放棄)
「設定」
(設定/ヘルプ)
とある。いやどう見ても内容が炬燵管理じゃないでしょ。温度調節はどうした。
「どう見ても魔道具じゃの。」
魔王さんが覗き込んで言った。
「文字がわかるんですか?」
「翻訳用の魔法を使っておる。そもそも口頭で意思疎通ができとるじゃろ。」
へえ。便利そうですね。気付きませんでした。
「見た感じ、使役系の魔道具かの?隷属と調伏と召還ができるようじゃ。詳細はわからんか?」
「ちょっと待って下さい。」
こういうときはヘルプを見よう。
◆隷属
炬燵に座った対象を隷属できる。人数は座席が残っている分だけ。この世界の状態異常耐性、加護を貫通する。対象に対する命令、対象の情報閲覧、隷属対象を解放できる。残り座席1席。
◆調伏
炬燵に入った対象を調伏できる。調伏、召還は1席が必要。この世界の状態異常耐性、加護を貫通する。対象に対する命令、対象の改造、調伏対象を放棄できる。現在可能。
耐性や加護を貫通ってすげーな。隷属も調伏も命令できるけど、調伏のほうは改造ができるらしい。強化とか悪魔合体とかかな。調伏のほうが上位互換っぽいけど。差がよくわからない。
炬燵の席の残りは僕の向かいの1席しかないから、それを隷属に使うか、調伏に使うかどっちかだけにしか使えないんだろう。
「ふむ。条件はあるが、耐性、加護を貫通するってことは成功率100%じゃの、凄まじいわ。」
「ですよね。でも、解放メニューがあるので、魔王さんは隷属解けそうですよ。」
「そうなのか?では解放してくれんかの。」
「いいですよ。えっと…。」
隷属メニューのプルダウンを開けるけど、解放の文字がグレーアウトされている。
「あれ?機能自体はありそうなんですが、なんか有効になってないですね。」
「そうか、まあ仕方あるまい。何か条件があるのじゃろ。おいおい調べればよかろう。」
軽いな。とりあえず困ってないし、いいんだろうけど。
「お兄ちゃん。」
「どうした妹?」
「お腹すいた。」
「あー、そうね…」
寝落ちしたからお腹に何も入れてない。と言っても、どうするか。
その時、ポォンと音がして、「自律インターフェースの初期起動が完了しました。音声ガイドを始めますか?」とポップアップが出た。おお、助かります。YESで。
『初めまして。私は自律インターフェース、コタツちゃんです。コタツちゃんとお呼び下さい。コタツちゃんは、ユーザーの快適な環境を整える為、日々努力させて頂きます。』
無機質だけど滑らかな口調の声がスピーカーから流れる。魔王さんが「ふごっ」っと変な声を出してびっくりしている。
『ユーザーの空腹を感知しました。食べ物を召喚しますか?』
「えっ出来るの?」
『品種には限りはありますが、メニューの操作→召喚から選択出来ます。』
召喚を選択すると、食べ物リストが出てくる。
「鍋物ばっかりだな…。」
『炬燵と言えば鍋です。』
ですよね。
「お兄ちゃんあたしすき焼き食べたい!」
「いいね。じゃあそうしよう。」
すき焼きを選択すると、ノートPCが机に収納される。それから光る魔法陣が現れて、ずずずっと中身が満載のすき焼きの鍋、取り皿、山盛りの卵、ご飯などが出て来る。机の真ん中がIHの埋め込みになって、ぐつぐつと実に旨そうに煮えている。
「おおお…。」
「いただきまーす!」
我慢出来ない妹が、お箸を取って早速卵をかき混ぜている。魔王さんはその様子を見て興味深そうにお箸を手に取って、しげしげと見ていた。
「取り敢えず食べません?」
「む?妾もいいのか?」
「どうぞどうぞ。鍋はみんなで食べるほうが美味しいですし。」
魔王さんは妹のほうを見て、見様見真似で卵をかき混ぜている。握り箸でちょっとかわいい。やっぱりお箸という文化はなさそうだな。こっちも手を合わせて、卵を取り皿に混ぜる。いい感じにくつくついってる牛肉を取って、とっぷりと卵に浸す。白身のとろっとしたところと一緒に、見るからに柔らかそうな肉を、ほかほかのご飯に乗せて、ずるっとかきこむ。甘辛い割り下が、牛肉の脂の暴力的な旨みと卵のこくと合わさって、口の中でぶわっと広がる。これめっちゃいい肉。これめっちゃいい肉。
「うまー!」
妹がのけぞって悶えている。気持ちはわかるよ。お行儀悪いけど。
「これは…。なんともとろける美味さじゃの。なんの魔物の肉なのじゃ?」
魔王さんがぶきっちょな箸使いですき焼きを食べている。隠し切れない愉悦で、口の端が歪んでいますね。
「牛の肉です。ええと、美味しく食べるように脂肪や肉の味を改良した牛です。」
「ほう。美味さを追求するために改良までするのか…。渡来元の世界は興味深いの。」
春菊、白滝、ねぎ、豆腐と順番にひとつずつ食べてしっかりした味を確認したら、肉と春菊、肉と白滝、肉と豆腐と併せながら食べる。独奏も二重奏も、どのハーモニーも美味しゅうございます。ねぎも、白滝も、春菊も豆腐も、お前ら最高のチームだぜ!牛肉を引き立てる立役者達。みんな違って、みんないい。うんうん。そこまで食べたら、取り皿に卵と割り下がいい感じで混ざったので、それをご飯にぶっかける。それからさらに追い卵を一個割り、ご飯をかき混ぜて卵ご飯に。ねぎを乗っけてさらに牛肉で巻いて、TKG肉巻き!これうまー!
「お主は美味そうに食べるの。」
すき焼きを堪能していると、魔王さんに生暖かく見られていた。ちょう恥ずかしい。けれど夢中になって食べるほど、このすき焼きは美味しかった。白髪こめかみメッシュのおっさんがなんと言おうと美味かった。
妹がはふはふしながら、肉と白飯を食べている。本当に美味しそうに食べる妹を見るのは楽しい。贔屓目に見て、学校でトップ10に入る美人さんが、髪を耳にかけながら鍋をふーふーする姿は、我が妹ながら艶めかしい。汁物っていうのは、口元をぬめらせる。つやつやとした桜色の唇が、段々と黄身と牛脂でべたべたに光っていく。だがそれがいい。無垢なものが汚れていくような、それにぞくりとする背徳感があるのだ。
「ほらほら、口元汚してお行儀悪い。」
「んふー。」
おしぼりで拭いてやると、自ら目をつぶって、口をおしぼりに擦り付けてくる。それがとても可愛い。しかも、また綺麗になった唇が改めてすき焼きに侵食されるのだ。なんて永久機関。にーちゃん幸せから戻って来れない。びくんびくん。
魔王さんの視線が訝しげになるのを感じるが、兄とは妹を耽溺するものなのです。それはしょうがない。しょうがないのです。
『お替りしますか?締めますか?』
音声メニューが聞いてきた。もちろんお替りをお願いして、締めのうどんに辿り着いたのは、三回のお替りを経た後だった。